慣れない浴衣に四苦八苦

 人通りが疎らな通りを、いつもよりすこし早めのスピードで歩く。浴衣を着ているため、いつもの速度が出せないのだ。
 そのことをもどかしく思いながら、目的地に向かって懸命に歩く。
 家を出る時に確認した時計では、すでに6時半を過ぎていた。
 待ち合わせの時間は6時半なので、完全に遅刻だ。まさか浴衣を着るのにこんなに手間取ると思っていなかった彼女はついいつもの調子で準備をしてしまった。
 待ち合わせている相手は、多少時間に遅れたところで起こるような人でないことはよく知っているが、逆にそれが彼女の足を急がせることになっている。
 すれ違う人は皆その手にりんご飴や焼きそばの匂いを漂わせているパックを持っており夏祭りのことをいやがおうにも想起させる。
 だんだんとすれ違う人が多くなる。神社で開かれている夏祭りは5時からとかなり早い時間からやっているので、いますれ違っている人たちはもう家に帰るところなのだろう。
 やがて、待ち合わせ場所にしている大鳥居が見えてきた。他にも待ち合わせ場所にしている人がかなりいるようで、そこがハレとケを隔てる境のようになっている。
 こんな多くの人の中から、目的の人を探し出せるだろうか、と不安に思っていると、不意に肩を叩かれた。
 まさか後ろから肩を叩かれるとは思っていなかった彼女は、驚き振り向いた。
 その柔らかなほおに何かが突き刺さる。
 予想外の刺激に驚く。
「へっへへ。引っかかったな」
「もぅ!びっくりさせないでよ!」
 見れば肩を叩いた手から人差し指が伸びており、振り返れば頬をその人差し指が刺すようになっている。彼の常套手段だ。
 振り返った先の彼は白絣の浴衣をきており、浴衣の襟から覗く胸元から色気が漂っているかのようだ。
 気恥ずかしくなり、彼から視線をそらす。
 夏祭りはまだ始まったばかりだ。

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