夏の終わり

 触れ合う手から、相手の体温が伝わって来る。
「さよならの時間だよ」
 涙は出ない。また逢えると知っているから。
「あぁ、そうだな。ほんとはもっと一緒にいたいんだけど」
「都合がいいなぁ。別れ際にそんなこと言うだなんて。僕がいるときにはさっさとどっかいけー、とか家から出たくない、とか言ってたくせに」
「そう言われると弱いな」
 思い出すのは夕立が多いと嘆いたことや、アイスを求めて自転車で走ったこと。熱中症で倒れたり、木陰で待たされたこともあったっけ。どれも目の前にいる相手には何の責任もないのに、思わず不満をぶつけてしまっていた。
 それでも、思い返せばいい思い出だったな、と思ったり、もう一度あったらいいな、と思ってしまうのだから都合がいいと言われるのも仕方がない。
「でもいいよ。全部許してあげる。そう思ってるのは君だけじゃないだろうし、それでも毎年会うのは決まってるんだからね。こうして話ができるだけでも僕としては楽しいさ」
「これからどこにいくんだ」
「とりあえずゆっくり南にでも行こうかな」
「そっか。そうだな。じゃ、また1年後か」
「そうだね。それまではしばらくのお別れさ」
 手が離れる。彼の特徴とも言える高い体温が離れて行き、いよいよ別れの時を自覚する。
「体に気をつけてね。君たち人は季節の移り目には体調を崩しやすいから」
 俺の見ている前で、彼の体が透け、やがてそこには何もいなくなった。


「さて・・・・・・。夏ももう終わりか・・・・・・」
 空を見上げる。そこには色鮮やかな茜空。この空もだんだん見れなくなると思うと寂しくなる。 
 が、季節は巡る。
 どんなに拒んでも、季節は巡り、どんなに求めても、季節が戻ってくれることはない。
「あ・・・・・・宿題終わってない」
 俺は残っている宿題の存在を思い出し、家に向かって駆け出した。
 先ほど別れた夏の精の体温を右手に残しながら。

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