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今の仕事満足してる?

今は時代の変化とともに生活スタイル、就職、仕事の捉え方も変わってきている。転職をするのも、新しい仕事を立ち上げるのも自由。

少し昔は1つの職業、会社に入ったらそこで定年まで働く事が一般的であり、長く同じ状況下で働く事を良しとしてきた。

安定した収入、年齢と共に伸びていく給料、地位。その中で家族を養い、子供を大学に行かせ、定年になったら、お疲れ様!!今までどうもありがとう。そういって人生は過ぎていく。それで、あとはのんびりで良かった人もいれば、趣味に没頭し楽しんでいる人、仕事というものが終わってミッドエイジクライシス。逆に路頭に迷う人もいるだろう。

特に仕事というものの中に、人生における価値をどこまで置いていたのかわからないが、生活の為、家族の為、仕事とはそういう役割をしているのだろうか。

そこに自分という個を介入させてはならないのか。ただ、生活の為に行っているのだったら、人生の大半を占める仕事をするという時間はとても長い。自分のことは差し置いて、ある意味無駄に時間を消費させてしまっているような気がする。

よくよくそのことを見つめてみると、自分にとっての仕事とはなんだったのだろう、仕事という肩書がなくなった時、自分を何で証明すればいいのか。私は~をやっています。そういうものがなくなった時、ふと自分には何もないことに気づく。今まで必死に40年間やってきて、そのあとに残ったものはただ仕事をやってきたという過去の遺産。今自分の手元にあるもの、自分を誇れるものがなくなった時、改めて、仕事とはなんだったのだろうと思うことになる。

それで良しと自分に言い聞かせ、誤魔化し、死ぬ時まで自分の心を偽り、この世を去ることも1つの人生。心と向き合い、仕事を終えてから、人生を振り返り、なにか足りないものを探しに彷徨うのも人生。

そうなってからでないと気づかない事もあるかもしれない。死ぬまで気づかないかもしれない。だけど、もし、若い頃に今の仕事を最後まで自分がやっていった時に、何を思うか、そして、最後に本当に満足できるか、そういったことを考えながら、今の自分、仕事というものに向き合うことが出来るならば、今一度よく考えてみて欲しい。

ずっとやっていて後悔はないか、自分に嘘はついていないか。本当に今の仕事が好きか。不満や、愚痴を言いながら、毎日過ごしていないか。

もし、少しでも、嫌々やっていたり、ただ、生活の為だけの仕事に時間を当てているならば、長い月日が経ったとき、後悔してる自分がいることに気が付く。それで諦めるも人生。再スタートするのも人生。

後悔するのが嫌ならば、もう一度自分と向き合ってみた方がいいと思う。収入は一時的に減っても、自分が楽しいと思えるような、余計なストレスのかからない、それでいて、自分の能力が発揮できる仕事というものは、世の中には必ずあるから。見つかるまでにも時間はかかるかもしれない、でも、そこに向かってやっている自分がいたとしたら、後になって考えた時、後悔はないだろう。一生懸命自分に向き合い、そして自分自身が本当に生きる道を見つける過程は、自分の心に正直に向き合う行為なのだから、きっとそれはいつまでも自分というものの価値になるだろう。そこで得たものは、自分の人生にとって大きな財産となる。表面の肩書がなくなったとしても自分の中に一生残るものになるのだ。

後悔するのも、自分の人生に豊かさを与えるのも自分で選べること。一歩踏み出す勇気を持って、前に進んでみる事。これにはものすごいエネルギーを使うかもしれないが、一歩ずつ前に進んでいく。それが、結果として自分自身の心を充実させることのできる方法になる。

自分の歩む道なんだから、もっと楽しく、実り豊かな人生を目指してみよう。できないと思っているその心の殻を破れるのも自分自身しかいないのだ。

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