小林 昭子

文章を書くのが、好きです。好んで読んでくださる人の存在が、なにより嬉しいです。

小林 昭子

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マガジン

  • 19YEARS

    19年一緒に暮らした最愛の夫を亡くし、心の空洞から逃げられなかった日々。 少しずつ立ち直っていく過程で、19歳年下の男性と出逢いました。(ほぼノンフィクション)

  • 家と店

    店舗物件を探しています。リアルタイム・ノンフィクション。見守っていただけましたら幸いです。

最近の記事

最後の帰省

子供のころから慣れ親しんでいる道は、深夜に歩いてもこわくない。どんな細い路地も、くまなく通り抜けつつ遊んでいたから、たぶんGoogleマップより詳しいと思う。町名やそれぞれの雰囲気も、身体で知っていて、住んでいる人の姿までもが、ぼんやり思い浮かぶ。
東京に住んで30年。人生の半分以上を東京で生きてきたのに、大阪に帰ると心底ホッとするのは、今も変わらない。 実家が空き家になって、3年経った。 最後に住んでいた母が施設に入って、家に誰もいなくなったとき、予想外にうろたえた。あそ

    • 理想の家

      「その家」の窓からは、見たこともない、まぶしいくらいの明るい陽光が見えた。 自分がいくつだったのかは覚えていない。ただ、記憶が夢のなかのようにぼうっとしていて、とぎれとぎれなのは、小さかったせいだと思う。 そのころ父母と住んでいた家は、木造の一階だったし、祖父母の家も平家だったから、「その家」は、雲の中にあるかしらと思うほど高く感じた。 それは、生まれて初めて『団地』というかたちの住居に身を置いた日だったのだと思う。 椅子に座らされた私は、テーブル越しに窓の方を見てい

      • 19YEARS #9 試練

        (一年以上ぶりになりますが、続きを書くことにしました。直接の知り合いが読むことを想像して書けなくなっていたのです。ノンフィクションなので。でも、書くしかないんだって、心から思ったので書きます。自分の文章がこんなに下手だと思ったのも初めてです。下手でもなんでもいい。すごく大事なことだから、書きます。過去の文もあとで加筆、修正、推敲したいと考えています。椋鳥昭子) 「父の具合が悪くて、看護のために会社を辞めることにしたんです」 ある日カウンターで隣り合わせたSさんが話してくれ

        • 家と店 #5

          (家と店#4 の続きです) 昨年の11月に前回のご報告を書いてから、なんと5ヶ月が経過しました。 その間、もちろん何もなかったわけではありません。 やっと書ける時がきました。 出会いは意外と近いところにあったのです。 *********** うちから歩いて10分くらいのところに、キキマールという素敵な喫茶店がありました。 シックな壁、シンプルな黒枠窓、可愛らしい文字の踊る黒板。 こういうセンスいいお店は、なかなかご近所ではお目にかかれないものですから、嬉しくて足繁く通

        最後の帰省

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        • 19YEARS
          11本
        • 家と店
          4本

        記事

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #5最終回

          「オカンと2人きりにしてくれ」 そんなドラマチックなことを言う弟であったが、なかなか病院に到着しなかった。 病院の外で待ってるのも寒いので、ロビーで待つ。 エントランスから弟が飛び込んできた。 「先行く?」 「いや、もう一緒に行こ」 「いいの?」 「うん、もう話ができるどころじゃないやろ」 いや、弟よ。 君は、いつも本当に、ギリギリになってから気づくんだよね。 知ってたけど。 そんな君が心配で、6年生だったわたしは、1年生の君の教室まで、いつも覗きに行ったものだよ。

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #5最終回

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #4

          よく寝たなぁ。開き直ったからなぁ。 1月4日の朝は、自分が自分にちゃんと戻っていた。 ぼんやりしていると、iPhoneが鳴った。 心臓がギュッとする。 オカンのいつもの担当医からだった。 「血圧が下がっています。今80です。個人差もありますが、60になったらあと数時間と思います。そのときには連絡しますね。最後に間に合わない可能性もありますが、ご了承いただけますか」 「はい」 「夜中にお電話してもいいですか」 「もちろんです」 本当にそろそろなんだろうな。 でも昨日の電話

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #4

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #3

          元日、危篤オカンとの面会は、10分制限のはずだったけれど、気がついたら30分くらいは経過していたと思う。 看護師さんから急かされることは一切なかった。それどころか、見て見ぬふりというか、かなりほっといてくれた。 ナイスな病院である。 入院させるときには、介護入院についてよく知らなかったので、老人性精神疾患の荒療治という妄想だけがふくらみ、いらぬ心配をしたものだった。 今となってはその騒動もなつかしい。 「面会とコミュニケーションはこれで最後になる」 直感的にそう感じた。

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #3

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #2

          のぞみから新大阪に降り立った4分後にはタクシーに乗り込んでいた。 通い慣れた病院の、よく知ってる待合室に座り、ロビーの回り階段やステンドグラスを眺める。 元旦はお休みなので、電気はみんな消えていた。 それでも1年5ヶ月通った場所というのは、もはや自分の居場所という感覚があって、親しみからくる安堵感のなかで、弟の到着を待った。 弟と2人で介護病棟に向かい、検温と消毒をすませると、看護師さんからゴーグルを渡された。そこで初めて扉の施錠が解かれ、別室へと案内される。 「ご面会

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #2

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #1

          大晦日の夕方、 オカン87歳が暮らす、大阪の介護病棟から電話が鳴った。 またいつもの近況報告かな。年末だし。それにしてもマメだ。ほんといい病院。いや待てよ、あんまり食べなくなって水も飲まなくなってきたらしいから、もしかするともしかする? 電話が2回鳴る間に、これだけのことを考えた。 「昨日から急に元気がないです。今ならまだお話もできます。面会にいらっしゃることできますか」 さすが、我がオカンである。大晦日の夕方ときたもんだ。 年越しの準備をすべてやめて、わたしは帰省の

          【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #1

          家と店 #4

          (家と店#3 の続き) 一目惚れ物件に縁がなかったことに落胆したのは、ほんの一瞬だった。 砂漠の世界から半日ほどで立ち直って、もしかしたら前より軽くなったかもしれない。 縁は、未来のどこかにつながる約束がなされている。なんの根拠もなくそう信じられる自分がいた。 あの物件を好きになって良かった。 出会いと別れから、得たものは大きい。 実在と同じくらいリアルに想像できた店は、物件が消えたにもかかわらず、すでにここに息づいている。 景色として、ビジュアルが映画のように見えて

          家と店 #4

          家と店 #3

          (家と店#2 の続きです) 火曜日に見つけた店舗物件。 不動産屋さんと連絡もとれてないのに、私はもう、その建物の中にいた。 図面と数枚の写真があれば、脳内で行ける。 まず天井の蛍光灯は、ありえないから外して、白熱灯に変える。 壁には、うすい板を張って白く塗装しよう。床には、いい音がする木を貼ろう。 少し右手にかんたんな仕切り壁をしつらえ、そこにアンティークのガラス窓をはめ込もう。 什器は、イギリスの古いものなど、いつかのときのために彼がすでに集めている。その配置も、まるで

          家と店 #3

          家と店 #2

          (家と店#1 の続きです) 本気になったら世界は変わりますね。 いや世界は変わってないけれど、そう見えるわけです。 チューニング周波数が変わるんですよね。 「彼を信じよう」 心の底がそれを決めた途端、いきなり答えがわかった。 「店舗物件は、探さないと見つからない」・・・!!! なんぼネット検索したところで、迷いのなかにあるときって、不動産会社に電話すらできないんです。こわくて。なにがって、変化がです。 暮らしが変化したら、今まで築いたバランスが・・・信頼とか、情熱と

          家と店 #2

          家と店 #1

          これから書くことは、誰かに話したりすると、これまで積み上げたものが崩壊するかもしれない。 けれどわたしは思っていることや経験していることをそのままどこかに書くことで、やっと立っていられる。 もう長いこと書けてなかった。怖かったから。今、希望が見えてきた。やっと、という感じだ。 書くことで壊れるものは壊れるだろう。けれどその先に、行きたかった世界があるように思う。 では、書きます。 お店に人が来てくれるのは、本当に本当にうれしい。 ドアが開くとき、ときめかなかったことは

          家と店 #1

          19YEARS #2-2 エンパスたち

          一人暮らしには、なかなか慣れなかった。半身で泳ぐ魚のように、苦しく痛く、生きているだけで消耗していく。消耗しながら、新しい皮膚をも再生してゆく。 庭木の剪定は、例年、私がやっていた。なので1人になってもなんら問題なくできるはずだった。けれど作業を始めてすぐ、それはまったくの見当違いだったことに気づく。 まず「剪定を始めるよ宣言」を聞いてくれる人がいない。 腕が疲れて「休憩したい」と叫んでも、麦茶を入れてくれる人がいない。 「枝ゴミどうやって出すんだっけ」速攻調べてくれる人

          19YEARS #2-2 エンパスたち

          女装してみた、に似てるけどまったく違う話

          変な話。スルーでいいです。 本の著者の多くは、 「好きな人が自分の文章を読んでくれたと知った時、その人の気持ちになって自分の文章を読み直す」 というのをやるそうです。 そうすると同じ文章がいくつもの違う話に見えてくるそうなんです。 これわたし実はやってたんですけど、なんか変態チックな気がして、人に話すことではないと思っていた。 それより何より そんなの自分だけだろうと思ってたので、誰かと感覚を共有しようという発想がなかった。 今野良介さんという編集者の方が、Twi

          女装してみた、に似てるけどまったく違う話

          19YEARS #8 この気持ちは

          →7より 「気になる人はいないの?」 Cちゃんにそう訊かれたとき、ふいに目の前に浮かんだのは、Sさんだった。そんな自分に、心の中のもう1人の自分が意見する。 「それはいけません」 だって世代が違う。わたしが大学に入学したころ、Sさんはこの世に生まれている。 「歳なんて関係ないよ。いっかいデートしてみたら?」 Cちゃん。なんて軽やかで屈託のないことを。ありえない未来の、あるはずのない可能性が、あってもいいような気がしてくるではないか。 常識。自由。世間。感情

          19YEARS #8 この気持ちは