理想の家

「その家」の窓からは、見たこともない、まぶしいくらいの明るい陽光が見えた。

自分がいくつだったのかは覚えていない。ただ、記憶が夢のなかのようにぼうっとしていて、とぎれとぎれなのは、小さかったせいだと思う。

そのころ父母と住んでいた家は、木造の一階だったし、祖父母の家も平家だったから、「その家」は、雲の中にあるかしらと思うほど高く感じた。

それは、生まれて初めて『団地』というかたちの住居に身を置いた日だったのだと思う。

椅子に座らされた私は、テーブル越しに窓の方を見ていた。

そこには母と、もうひとり大人の女性がいた。誰だったのかはわからない。けれど「その家」に行ったのは、ただ一度きりだったから、そんなに親しい間柄ではなかったのだろう。

こんなに時間がたった今もなお「その家」をときどき思い出す。あの窓の光を忘れることはない。

家を作りたい。なぜだかいつも、突き上げる衝動がある。現在、家を所有していてもその気持ちは変わらない。変わりゆく自分自身のかたちに沿って、家も変幻自在に形が変わればいいけれど、建築という物体は、手を加えないと形を変えない。生き物だったらいいのに。

そして私は、曖昧な記憶のなかの、なに一つ具体的な物の見えない「その家」の
あの景色を、欲している。

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