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【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #2

のぞみから新大阪に降り立った4分後にはタクシーに乗り込んでいた。

通い慣れた病院の、よく知ってる待合室に座り、ロビーの回り階段やステンドグラスを眺める。
元旦はお休みなので、電気はみんな消えていた。
それでも1年5ヶ月通った場所というのは、もはや自分の居場所という感覚があって、親しみからくる安堵感のなかで、弟の到着を待った。

弟と2人で介護病棟に向かい、検温と消毒をすませると、看護師さんからゴーグルを渡された。そこで初めて扉の施錠が解かれ、別室へと案内される。

「ご面会は10分間です。ごめんなさいね」

このご時世、命の終わりが近い親に、面会が制限される。そんな決まりを守らなければならない看護師さんも、申し訳なさそうで、こちらが恐縮してしまうほどだ。

弟と2人で待っていると、不思議な椅子に乗ってオカンやってきました。

歯医者さんの治療チェアみたいな形。
ほぼ寝ている形だ。
先月より痩せた。手も足も枯れ木みたいだった。
そりゃそうだ、飲めない食べられないだもの。
点滴もしてない。ここまでようがんばったな。

「オカーン!俺や。ヒデオやで!わかるか?」
オカンの目が泳ぎ、口を開いた。
「あっしいほ」
え?なに?
「あっし」

あっち行こう、か。この部屋が嫌なのかな。
わたしと弟には興味ないみたいだった。

そこへ先生が入ってきた。

「脱水がまた進んでいましてね、点滴をすれば1ヶ月ほど永らえますが、そうすると浮腫んだり、痰がからんだりして、ご本人さんは苦しいんです。でも、点滴も治療もご希望されてないんですよね」

「はい。自然な形で」

「それは良いですよ。自然な脱水が進むと、脳内からは幸福を感じる物質が分泌されるんだそうです。ご本人は気持ちいいんですよ」

その知識は知っていたけれど、あらためて、お医者さんの口からそれを聞くのは、感動的だった。

父のときのお医者さんは、自動的に点滴をしてくれちゃって、外してやってと希望してもなかなか外してもらえなかったからな。

時代はいい方向に変わったんだなと思った。

「あっし、あっし」

「お母さまは、どこにいても、あっち行こうって仰るんですよ。」

どこへ行きたいんだろう。

「オカーン!わかるか?ヒデオや。そんで、あっこや」

オカンの目がまた泳いだ。2人を見比べるように。そして口を開いた。

「ひえにゃん、、あおにゃん、、」

ひでちゃん、あこちゃん。
あぁ、もうないかと思ってた。名前を呼んでもらえることなんて。

元日にオカンから最高のお年玉や。

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