ぼくおと

書評:ボクたちはみんな大人になれなかった

「なんや、この読後感は…」
そう感じさせられた小説を読んだ。

『ボクたちはみんな大人になれなかった/燃え殻』という作品。


描写力が凄いと感じた。
文章を読んでいると五感までが刺激され、脳外との世界が遮断されるような感覚になった。

ハンドルネームしか知らない女の子が、目の前で裸になっていく。こちらを呼ぶ時に「ねえ」としか言わない彼女も、きっとボクの肩書きしか覚えていない。

枕元の有線で宇多田ヒカルの『Automatic』が流れ始めた。
「ねぇ、懐かしくない?」
きっとまだ子どもだった頃の曲なのに、彼女は小さく鼻歌を口ずさみながらブラジャーのホックを外している。

冒頭のシーンの文章。
『ハンドルネームしか知らない女の子が』
『きっとぼくの肩書きしか覚えていない』
『ブラジャーのホックを外している』

というワードが、行われるであろうセックスが愛し合っている2人のものでないという状況を香らせている。

そして宇多田ヒカルの『Automatic』というワードが私の脳内に音を与える。
つまり『Automatic』が脳内再生は、五感の中の”聴覚”の部分を登場人物と共有でき、臨場感があった。

その場に流れる雰囲気を、主人公の視点で描かれているにも関わらず
程よい客観性で描いている。
そのため読み手の私も、主人公自身が自分に対し距離をとって見る人物という印象を持った。

それを現す文章があった。
主人公が入学した専門学校のロケーションを描いた部分だ。

校舎は自由の女神を模したラブホテルと新興宗教の鈍い金色のドーム型施設の間に建っていた。毎朝学校に入る時に、この地球上で一番ダサい専門学校に通うレベルのダサい人間だということを思い出させてくれた。

続いて、六本木の交差点で配達中の荷物を落とし、拾うシーン。

クリスマスイルミネーションの六本木交差点は人でごったがえしていたはずなのに、印画紙に血がつかないように地べたを這いつくばって、散乱した荷物を拾うボクを助けてくれる人はゼロだった。誰もボクのことは見えていないみたいだった。ボクはこの社会の中ではまだ数に入っていなかったのだ。

どちらも周りの風景や人の流れの描写を通して、
主人公の置かれた社会的立場がわかる。

またそれに対しても自分をどこか冷静に見ているような感があり、
良い意味で感情移入せず、読みすすめやすい。

また物語の軸となる過去の恋人との心の距離を感じた時の心理描写も味わい深い。

ボクが凸で、君が凹。そんな単縦なパズルは世の中にはない。ボクが△で、君は☆だったりする。カチッと合わないそのイビツさを笑うことができたら、ボクたちは今も一緒にいられたのかもしれない。…(中略)ボクが心酔した彼女の自由さが、いつしかボクを追い詰めていた。

私は「おお…」と心の中で唸った。
「こんな気持ちなったことあるなぁ。」
と同時に、今まで言葉に出来なかった感覚が「言葉で表現できるんだ、いままで言葉にできなかった感触はこう表現するんだ」という感動を覚えた。


これを巷でいう”エモい”というのだろうか?

エモいという言葉自体、知ってはいたが使ったことがないので定義を調べてみた。
以下の表現が出てきた。

・感情的な様や情緒的な様を意味する「emotional(エモーショナル)」の略と言われています。懐かしさ」や「切なさ」のニュアンスを含みつつ、「なんともいえない感情」を表す時に使う

・メディアアーティストの落合陽一曰く「ロジカルの究極にあるもの」、古文において「とても趣がある」と訳される「いとをかし」と類似するもの

どうも言語化できない物事や感情に出会った時に使うようだ。

また個人的には先述のように
「出会ったことはあるが、どう表現していいかわからない」
という感情や場面「こんな言葉で表現できるんだ!」と感じる時もエモいに相当するのだ思う。

つくづくこの作品を書いた燃え殻とい作家は凄いと感じた。

主人公視点で語られる物語で、
自身を非常にドライに捉えながらも文章自体は瑞々しい。
だから読んでいて苦しくないのだ。

主人公の目に映るものや聞こえるものなどが、感情を表す道具になっていて、
表現に矛盾はあるが
「間接的に、直接的な表現をしている」
と感じる。

このどう表していいのかわからない白黒はっきりしない感情こそが、”エモい”というのだろうか…

この作品を読み終わった深夜、独特の読後感が脳を興奮させた為、
なかなか寝付けなかった。

別マガジン記事にて挑戦している習慣づくりの朝1時間早起きは、
この日に限って非常に危なかった。
なんとか起きれたものの、シャキッとするまでにコーヒーを2杯要した。
(エピソードとして爆裂に薄い。本当に薄い。コーヒーだけに。やかましいわ)
以下、早起きするきっかけの記事のリンク。

商品紹介では「新時代の大人泣きラブストーリー」と何ともしゃらくさい表現をされているが、この作品の本質は作者の描写力を味わうところにあると思う。


「おぉ…こう表現しますか…」という感情を味わいたい方にはオススメな本です。



この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?