グーテンベルク

グーテンベルク聖書にみるIT革命

■(コト)にとってT(モノ)の価値が最大化する
「新しいテクノロジーが人類の価値観に与える影響」という事象を考察する場合、かのグーテンベルクによる聖書印刷がケーススタディとして面白い。

一時は活版印刷技術の発明者とまで持ち上げられていたグーテンベルクですが、当時たくさんいた印刷屋さんの一人に過ぎなかった彼が歴史に名を残せたのは、活版印刷というIT革命の中で、T以上にIの価値の極大化に成功したからです。

情報(Information)が「意思・知識・思想の表現と交換の手段」だとすれば、技術(Technology)はそれらを「保存・移動・再現・拡散」する機能を持ちます。

そして情報の価値は、「社会との関係性」、つまり社会性によって決まります。技術の価値も、情報と社会との関係構築にどのくらい寄与したかによって決まります。

グーテンベルクで言いますと、彼はヴルガータ聖書という当時欧州では大ベストセラーとなっていた校訂版の聖書をおそらく人類で初めて活版印刷しました。「聖書がベストセラー」という事象を抽象化すると「情報の社会性獲得度が高い」の状態になります。

情報の価値に付随して、活版印刷技術の価値も大いに認められるようになります。便所の落書きのようなどうでもいい物を印刷していたら、活版印刷が普及スピードももっと遅かったのかもしれません。飛べない豚はただの豚、使い方の下手な技術はただの技術です。

それは今日のITも同じ。ロボットやAIの潮流にあって、新技術に関する論文が分単位で量産されていく中、新技術をどのように使ったのか?どんなエッジの利いた使い方をしたのか?どの技術とどの技術を組み合わせたのか?という「技術の実装と応用」が凄まじく価値を持っています。

レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザを称える人は多くても、彼が使った絵の具のメーカーを称える人は少ない。もちろん、そうした輝けるスーパースターの背後にあるアンサングヒーローたちへのまなざしを僕たちは忘れてはいけませんが。

技術「で」コトをいかに表現して、社会性を獲得させてきたか。そのような視点て見てみると、グーテンベルクによる西洋初の印刷聖書の本質も、またクリアに浮かび上がってきそうです。

グーテンベルク聖書

■「デジタルの美」を実現した「グーテンベルク聖書」
技術(モノ)そのもの進化によって新たに創発される価値があります。活版印刷機が聖書を刷る、この事象を別の視点から抽象化すると「神の言葉を機械で記す」になるわけです。つまり人間の世界観や思考モデル、神の存在が、テクノロジーによって捉えられるようになったのです。

更に、グーテンベルク一流のこだわりによって、今まで手書きで写してきたアナログな聖書が、活版印刷技術によって壮麗な宗教美術品に生まれ変わったのです。

華麗な装飾と独特なフォント、洗練されたレイアウトデザイン、そして余白の精緻な揃え方。全てのページにおいて実現させました。人の技では決して到達できなかった「デジタルグラフィックの美しさ」です。

彼以後、人々が聖書に求める基準の中に「美」、つまり「アート」が加わるようになります。人間とテクノロジーの合作から新たな価値観が生まれた出来事であり、機械が人間を超えた瞬間でもあります。

こうして見るとグーテンベルクの役割は、計算ツールに過ぎなかったコンピュータに美意識をふんだんに注入したスティーブ・ジョブズと似てなくもない。大量印刷だけが活版印刷が創る価値ではないように、効率化と合理化への収束だけがテクノロジーの拓く未来じゃないということなのかもしれません。

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