見出し画像

私のチュロス

忘れられないチュロスがある。

今でもふと思い出す。まだひと回り若い頃、つまり10年以上も前から、私の記憶の一つとして強烈に脳裏に焼きつき、突如として現れるあのチュロスはスペインはトレドで出会ったものだ。

日本でチュロスという食べ物を有名にさせたのはディズニーランドではないだろうか。少なくとも地方生まれの私にとって、チュロスはディズニーランドに行ったら無意識のうちに食べてしまう、そこでしか見たことがない唯一無二の大好物なおやつだった。

特に私のお気に入りはシナモン味。口に運び、歯に当たった瞬間にポロポロ、ジャリジャリと砂糖とシナモンが共鳴する。あま〜い香りとほっこりとした温かさが、園内を歩き疲れた身体を癒してくれる。しかも、このおやつのよいところは、なんとなく小腹が空いた時、夕飯の時間を邪魔しない程度に心を満たしてくれるところにあると思う。ディズニーランドでは定番の優しいおやつだ。今こうして書いているだけなのに、甘い香りが漂ってくるような気がする。

スペインに行ったのは2月。降雪はないものの、まだ朝夕は冷え込みが厳しい日々だった。朝起きて、朝ごはんを食べようととあるカフェに入り、メニューを開く。そこには、チュロスの文字。しばらく海外に滞在し、疲れが溜まりつつあった私の体は、本場のチュロスが気になっただけでなく、甘い癒しを求めていたこともあって、アメリカーノをおともに注文した。

「チュロスなら、コーヒーよりもホットチョコレートよ」と言うのは、いかにもお店の店主といった風貌の中年女性。

「じゃあ、ホットチョコレートで」

そう注文を残し、席に着く。朝食の時間帯ということもあり、コーヒーや甘い香りが店内を彩り、席に着いた人々は黙々と食事に向かう。数分後、ガタガタとカップがお盆の上で音を立てながら、慌ただしく運ばれてきたのは、初めて目にする食べ物、名前は「チュロス」。

テーブルの上には、油でギトギトに揚げられた太い揚げパンのようなもので、口に入れた瞬間に油が噴出してくる。これはもう美味しいとか、そういった類のものではなく、油を食べるためのパンだ。

ディズニーランドであれほどまでに癒してくれたあま~いチュロスの思い出が、ガタガタと崩れていった。20歳にもなって、チュロスのことがわからなくなった。

これでは、癒されるどころか、朝から胃袋がフル稼働である。でも不思議なことに、このチュロスにはホットチョコレートが驚くくらい調和する。アメリカーノだったら、水と油が胃袋で喧嘩するのだろうが、この油分から胃袋をしっかり守ってくれるのがホットチョコレートなのだ。甘くてあったか~い、この時の私を癒してくれたのは間違いなくホットチョコレートの方だったけれど、チュロスを注文しなければ巡り合うこともなかっただろうから、これもきっとチュロスの癒しの延長なのかもしれない。

寒い日の朝。私はこうしてホットチョコレートを飲んでいる。甘い癒しを求めて。

この記事が参加している募集

私の朝ごはん

旅のフォトアルバム

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?