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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を正しく理解するための12のキーワード~Andy Weir breathes out too much lies

◆make sense

 この「make sense」が最重要キーワードです(熟語ですが便宜上)。どうやら主人公の口癖のようで30回以上も出現する隠れ頻出ワードといえます。単純集計による再頻出ワードは「ship」で439回。3位が「stratt」の228回と、ここらへんの単語は「…まあ、でしょうね」ってな感じであまり考えをめぐらせる余地はありません。5位の「fuel」(135回)、11位の「gravity」(119回)になると多少はこの小説の色が出てきますが、 印象という意味では「make sense」の比ではありません。
 「make sense」はこの投稿のキモでもあるので詳細は終盤あたりで説明しますが、とりあえずこの「make sense」をあたまの片隅におきながら読み進めていたただくと、より理解を深めていただけるかと思います。は最重要ワーズはでキモといいましたが、出現回数394回で2位となったワードはいわばオチです。こちらは本当の最後の最後に書きます。

◆スケーリーフットとアシモフ

スケーリーフットとは2001年にインド洋深海の海底熱水噴出孔で発見された巻貝。なにより磁器を帯びた金属製のヨロイ(ウロコ)をまとっているという常識破りな外見で話題になりました。
 「取材源のメインはGoogle」と豪語するウィアーのことですからこうしたニュースも当然のように氏のアンテナにも"ネット経由"でひっかかったのでしょう。「ビートルズのハードデイズナイトのイントロとフーリエ変換」のネタしかり…です。これについては「えいごをまなぼう編」でとりあげたのあわせて読んでいただければと思います。

 スケーリーフットが発見されたチムニー(海底熱水鉱床)からしてそもそも水温300度で、無機物をエネルギー源とする高温バクリテアなどの熱水生物群を有するびっくり環境で、こちらは1970年代の終わりには発見されていましたが、スケーリーフット発見の報ではじめて知ったという人も多かったのではないでしょうか。とにかくこの「事実は小説より奇なり」を地でゆくような深海のご一行様は、エリディアンアストロファージの2つのアイディアのネタ元だったにちがいありません。

 さらに、エリディアンの神経は非有機的なケイ酸塩というからそのアイディアのルーツはSF界の、いや知の大巨人アイザック・アシモフ先生の作品に出てくるシリコニー(シリコニイ)にも見出せます。炭素系の僕らが存在するんだったらケイ素系のきみたちがいてもええじゃないか、という発想なんですが、アシモフ先生はなんと6種類もの化学組成をした生命の可能性をあげておられます。

1. fluorosilicone in fluorosilicone
2. fluorocarbon in sulfur
3. nucleic acid/protein (O) in water
4. nucleic acid/protein (N) in ammonia
5. lipid in methane
6. lipid in hydrogene

View from a Height (Isaac Asimov)

  

先生のこの想定では生存環境は赤道直下から絶対零度までと当時にしてはなかなか攻めた仮説だったのではないでしょうか。
 ウィアー氏は科学的に正確なのだと評判らしいですが、科学的ということならアシモフ先生の足元にもおばないという印象です。
 なにしろ先生ときたら、実際に科学の本まで書いてるんですから。でも、そっち系の最高峰といえばなんといっても「2001年宇宙の旅」でお馴染みのアーサー・C・クラーク先生でしょう。アシモフ先生は架空論文で世間を信じさせたなんていうイタズラをかましましたが、クラーク先生は1945年空軍在籍中に「ワイヤレスワールド」という専門誌に「Extra-terrestrial relays」というマジ論文を発表しました。この中で氏はいわゆる静止衛星の概念を世界に先駆けて提唱したのです。
 シリコニィといえばワインバウム「火星のオデッセイ」なんていう、知らない人が聞いたらパクリB級映画みたいなタイトルの作品には、砂を食ってガラスブロックのウンコをするというファンキーなケイ素系生物が出てきますが先述のスケーリーフットの金属ウロコも海水中の成分が積もったのではなく、代謝によって形成されたというのですからまったくもってありえない話ではないかもしれません。

 このように古典といわれる作品群を紐解くと一通りのアイディアはもうほとんど出てしまっているなとも感じるのです。
 古典SFといえば、只今絶賛放映中のTBSのドラマ「アトムのは多分、名作「アトムの子ら」からとったのでしょう。放射能爆発の影響下で次々と生まれた天才児たちが団結したり迫害されたりというお話です。 ここは元々「お名前研究処」なのでお名前ネタを思いついたらいちいち脱線しますのでご了承のほど。

 ところで実はクモ型エイリアンという設定はまあまあ、ありふれていますが、その足の数にそれぞれ個性が出るようです。

「時の子供たち」エイドリアン・チャイコフスキー(8本)
「最果ての銀河船団」ヴァーナー・ヴィンジ (10 本)
「宇宙の戦士」ロバート・A・ハインライン(8本)

足の数を奇数にしたのはエッジィでファンキー。しかも素数というのがちょっとばかし賢く見える効果があるかもしれません。ところで作者は

われわれは指が10本あるから10個の数字を使っている。単純な話だ。

と簡単に結び付けて結論としていたのですが、私はここで「時計仕掛けのオレンジ」のタイトルのもとになった表現
as queer as a clockwork orange
(時計仕掛けのオレンジのように奇妙)
の同種の表現
as queer as a nine bob note
(9シリング札のように奇妙)
を思い出さずにはいられませんでした。
 21世紀の日本人の感覚からすれば、そりゃ9なんて半端な金額の紙幣があるわけないっしょ…となるのでしょうが、実はこれはどちらかというと、ありそうでない…というような微妙な数字なのです。
 主人公は自分は科学者なのでメートル法を使うのだと強調していますが、これは
●単純に小説の全世界的な成功を企図したスケベ心。
●世界基準の単位を受け入れるというフェアネス・アピール。
そして
●実は「単位繰り上がり」の煩雑なヤードポンド法から注意をそらす。
といった作者の意図も見え隠れします。
エリディアンは3本指で手の役目をする腕は2本なので6進法。
人類は10本の指で10進法。
…とすっとぼけてその場を駆け抜けようとしていますが、ちょいちょいちょい、

かつての英国の1ポンドは20シリング、1シリングは12ペンス。
(「月と6ペンス」を思い出してみましょう)
米国でも1フィートは12インチで、3フィートが1ヤード
江戸でも一両1分、一両2分、一両3分ときて次は二両に繰り上がるのです。
 そもそも話の中心にある地球の「時計」の中にあるシステムは12進法と60進法です。

 キモには「12」という数があるのですが、「12」色々な数で割り切れるので「10」よりも数学的には美しい、または使い勝手がいいともいわれています。
 通貨に関していえばそこに「half」「Quater」という概念がはいってきます。先述の「9」「three quater」ということになりますから、まったく半端な数とはいえないのです。

 ついでにいうなら伝統的な表記法であるローマ数字の数は10種ではありません。基数については10を基本にしているようにも見えますが厳密には10進法とは異なります。その理由のひとつはローマ数字には「0」がないということです。たとえば昔の人が10本の指をながめながらシンボルを当てはめていこうとするきに即「0」が浮かぶか?ってことです。
 あるいは「0」はインドで発見(発明)された概念なので昔ながらのアメリカ人である作者は無意識に或いは意識的にさけていたのかもしれません。
 アメフトの一大イベントであるスーパーボウルの回数はいまだローマ数字で表記されます。第49回スーパーボウルは「Super Bowl XLIX」、第59回なら「Super Bowl LIV」といった具合に。オタク目線だと記号のようで面白いですが、実用面で考えると面倒くさいの一語につきます。

 主人公は物語を通して文化マターを単純化・矮小化しているように見えます。あくまで自分たち欧米の文化を基準にして、人類も宇宙人も皆共通…とでもいうような。そして主人公は作者そのものにみえます

あ、そうそう、地球の初期型デジタル置時計はローター式ではなくパタパタ式ですよ。
こちらもお読みいただければ幸いです。

◆パニック映画とアメフト

I'm sick of living in The Poseidon Adventure.
もう『ポセイドン・アドペンチャー』の世界で暮らすのはうんざりだ。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

 作者のウィアーは間違いなく映画オタクでしょう。(インタビュー動画で「2001年宇宙の旅」のレプリカヘルメットに狂喜している姿がありました。)「ポセンドン・アドベンチャー(The poseidon adventure)」は豪華客船がひっくりかえってしまい、生存者たち脱出すべく、ひたすら「船底」を目指して登っていくという物語。この小説を原作としたスペクタクル大作が70~80年代に映画業界を席捲したパニック映画というジャンルの走りでした。パニック映画は英語ではDisaster Movieというのですが、この「ポセイドンアドベンチャー」と超高層ビル火災を描いた「タワーリングインフェルノ」の主題歌を歌ったモーリン・マッガバン(Maureen McGovern)Queen of The Disaster Movie Song、つまり「パニック映画主題歌の女王」などと言われたりしていましたし、「Two minute warning」という原題の映画に「パニック・イン・スタジアム」なんて邦題をつけちゃうくらいに世は一大パニック映画ブームだったのです。


 え?タイトルのほうは外国語オンチの日本人にありがちなおバカネーミングだろって?いやいやスペイン公開時のタイトルは「PANICO EN EL ESTADIO」でしたしイタリア語タイトルは「Panico nello stadio」、フィンランドは「Paniikki stadionilla」と「パニック」は確実に世界を席捲していたのです。
 そうそう、田辺聖子さんは「お聖どん・アドベンチャー」なんてタイトルの本を出していました。(これこそがパニック映画の社会への浸透深度を表す最たる出来事だったかもしれませんw) 。
 パニック映画というとどこか狭いキワモノな感じがするかもしれませんが大勢の人が逃げまどったり困ったり、或いはそういう事件がこれからおきようとしているみたいな構図があればすべてパニック映画の範疇です。ジャンルの定義というよりは流行りの「後付け名札」にすぎず、元からあるものでも「パニックスペクタクル大作!」などと惹句をつけてポスターを刷ればいっちょあがりなわけです。つまりはSDGsみたいなものでしょうかw
 ちなみにポセイドンアドベンチャーのように客船が仰向けに倒れるということは現実にはないと当時、専門家が言ってました。あと「日本沈没」もありえないとこれも当時は言っていたのですが、南海トラフ地震がきたら大阪は半分以上水没してしまうらしいです。

 奇しくも先述の「Two minute warning」「ヘイルメリーパス」と同様にアメフト用語で、映画のほうはアメフトの試合が行われているスタジアムで銃の乱射がはじまるという内容でした。タイトルの意味は「はいっ宴もたけなわ、試合も残り2分となりました!それでは両軍張り切っていきましょ~!」とゲームを面白くするために一度、プレイを止めて仕切り直しするルールのこと。アメフトはそれこそ残り1秒、60ヤードのヘイルメリー逆転タッチダウンパス!なんてありえますから。
 ところで作中に喩えで名前の出たジョー・モンタナですが、彼はウェストコースト・オフェンスという、ひたすら短いパスを積み重ねて距離を確実にヤード数を稼ぐと言う地味~な公務員のような戦法をコーチといっしょに確立した人。アメフトってなんであんなにいちいち止まるの?という人が見たらさらにつまらないと感じてしまうプレイスタイルかもしれずギャンブルのようなイメージとは程遠いのですが、彼は子供のころからJoe Coolというニックネームがつくほど平常心の人でした。だから地球を救うミッションを負うクルーは「モンタナである必要はない」ではなくむしろ「常にジョー・モンタナたれ」を旨とするべきです。
 ところでネーミングネタ以外のことで、ここであえで脱線しちゃいますが、モンタナがギャンブルとは程遠い堅実なプレイが常だったのなら、さぞやパス成功率は高いのだろうなと気になってついでに調べてみたのですが、成功率63.2%で歴代28位と以外と低い。モンタナより今人気の彼のほうがわかりやすくっていいんじゃない?といった「テッド2」ご出演で妻はスーパーモデルのトム・ブレイディは21位で64.3%。ちなみに一位はこれまた現役選手でドリュー・ブリーズというスーパーボウル優勝QBで脅威の67.7%。ただトム・ブレイディはパス獲得ヤードだといっきに歴代一位に躍り出る。モンタナは20位。こちらはプレイ年数がちがうから比べることはできない。なにしろブレイディは22年目の現役なのだから。(って…なおさらブレイディだったんじゃ…)

 さて、パニック映画ブームという流れはSFというジャンルが市民権を得てVFX(視覚効果)というものが急発展をみせた大きなうねりでもあったわけでウィアーは特にそれらにどストレートに影響されたのでしょう。
 そんなわけで、次のキーワードはそのSF映画…

◆「未知との遭遇」とARP2500

 エリディアンの言語が音楽だという設定ですが作者のアタマの中にあったのはきっと「未知との遭遇」の終盤の宇宙人との「会話」でダイナミックに響いていたARP2500シンセサイザーの音なのでしょう。

 当時はちょうどシンセサイザーというものが、高価で大がかりな「装置」から単体の「楽器」として一般に認知されはじめたころで、我が国の三大メーカー、ヤマハ、コルグ、ローランドから10万円以下のエントリーモデルが発売され一気に普及したのはこの映画公開の翌年からでした。
 当初シンセサイザーは「あらゆる音を合成できる」と信じられていたので 、宇宙人とのコミュニケーションの道具として使われるということに世間もさほど違和感もなかったのかもしれませんが、21世紀の今もその感覚をひきずっているとしたら驚きです。

The octave is a universal thing, not specific to humans.
It means doubling the frequency of every note.

オクターヴは人間にかぎらず、すべてに共通のもので、一オクターヴ上げるということは、すべての音の周波数を倍にすることを意味している。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

ちょっと待ってください。220Hz⇔440Hz⇔880Hzkという間隔はたしかにオクターブと言われていますが、聴感上の「オクターブの等価性」は人間以外どころか、人間同志でも文化の違いでその知覚は異なるのですよ。

「オクターブの等価性」が文化を越えて人類には共通だという誤解が長らくあったにしても、「人間に限らず共通」などというデータはそもそもないはずです。
 或いは作者は民族楽器がロックバンドやオーケストラと合奏しているのを見てやっぱ音楽は世界共通だ!と勘違いしてしまったのかもしれません。
 それは単純に民族楽器や古楽器のほうが「寄せて」いるだけだったり、或いはそもそもそれらの音楽文化同志は元々親戚関係だったりするというのが真相だったりします。
 白人はあまり知らないし、知ったところで認めたがらない人も多いようですが、西洋文明はアラブ文化の影響を多大に受けています。史上初のクラシック曲の譜面はアラブ文化下のスペインで書かれたといわれています(アンダルシアはアラビア語のアンダルスから)し、科学上の発見や解剖学など多くの分野でアラブ世界が西洋に先駆け、また影響を与えていました。そういえばぱ雅楽で使われているしょう篳篥ひちりきなどの楽器はシルクロードを通って日本に来たようです。
 先述の数字にしてもアラビア数字などというズバリな名前がついてましたよね。

 ウィアーは科学的に正確だという評判らしいのですが、それは皆の視線が集まるところだけちゃんと作っている舞台や撮影用のセットみたいなことなんじゃないでしょうか?たとえば無重力の宇宙空間でヒトやモノがどういった振る舞いをするのか?みたいな。
 この手のネタはほめる方も、ただただその「科学サロン」に参加したいだけだったします。私にはわかる、そのすごさがわかるよ、なぜなら私にも知識があるからね、と。この「見得の張り合い互助会がシステム」がひとたび稼働すれば「物語」はもう無敵ですw

 SFというのはそもそも最初から逃げ道を作りやすいジャンルといえます。たとえば、「異星人と遭遇できる確率」みたいなハナシを持ちだそうものなら、それを言っちゃあ何もはじまらないでしょ?てなことになるでしょう。
 このPHMがひとつ上手いのは昨今言われる、「たとえ知的生命体がいたとしても人類に会いに来る理由はない」にひっかかることなくファーストコンタクトを実現している点です。(遭遇確率に関しては依然、天文学に低いままのはずですが…)
 ひとつ難問をクリアしておけばその他の諸々へのチェックが甘くなりがちという、詐欺師のメソッドです。

 オクターブの件は些細なことのように思えるかもしれませんが、ここにも作者の異文化に対するまなざしが見えた気がしてなんともいえない居心地の悪さを感じるのです。
 ラグビーはなんであんなにナショナルチームの代表資格がゆるいのかといえば、英国が植民地で競技を普及させたかったからなのだそうです。これを「イイはなし」と思える人は、おめでとう、大航海時代からひとつも更新されていないウィアー的文化観の方々です。すみません、ここから先は読まないほうがいいでしょう。

 「未知との遭遇」のラストは今見るとまるで「最後の審判」を扱った宗教映画のように見えます。UFOはまるでステンドグラスをまとった巨大な大聖堂のよう。
 ステンドグラス職人の加藤眞理氏によると欧米人は幼いころから教会のステンドグラスに慣れ親しんでいるおかげで「光の三原色(の混色)」が生活レベルで染みついているのだとか(天下のフジテレビの某クイズ番組ではプロ集団が作ったはずの出題が間違っていたというのに!)。偏差値が地を這いそうなおバカヘビメタバンドがアカペラグループばりにコーラスが上手かったりするのも教会で歌う習慣のせいだと聞いたことがあります。昨今では日曜学校は廃れてきているらしいのですがひとたび文化にしみついたものは強力です。つまり欧米人はそういう演出に必要な能力に長けているのです。そもそも、そういったものは字の読めない民衆に向けて布教するための手段だったわけで、だからそうした演出に外国人の私たちが魅了されてしまうのはなんら不思議なことではありません。エレクトリカルパレードとかイルミネーションとかプロジェクション・マッピングとかみんな好きでしょ?。
 エレクトリカルパレードの演出は「未知との遭遇」に通じるものがありますし、パイプオルガン倍音を積み重ねて音色を切り替える手順はシンセサイザー的でもあります。PHMの映画は油断なりませんね。
 とりあえず、そんなこんなもアタマの片隅におきつつ次のワードへ

◆ソリッドステートとしんくうかん

 この物語に出てくるソリッドステートといえばソリッドステートドライブ、つまり非ハードディスクのシリコンドライブのことでしたが実はもうひとつのソリッドステートにも言及があるのです。ここ、

エリディアンの電子工学は地球と比べるとかなり遅れている。ICチップどころか、まだトランジスタも発明されていない。ロッキーと仕事をするのは、いってみれば一九五〇年からやってきた世界一のエンジニアがいっしょの船に乗っているようなものだ。ある種が、トランジスタも発明しないうちに恒星間旅行をするというと奇妙な感じがするが、ほら、地球だってトランジスタより先に核兵器やテレビを発明し、宇宙船の打ち上げも何度かやっていたのだから。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

さらに

エリディアンはコンピュータなしでどうやって光速に近いスピードで航行する船を操縦していたのだろう? 推測航法か? かれらは暗算の名手だ。コンピュータを発明する必要かなかったのかもしれない。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

 もともとはソリッドステートとはトランジスタをさす語でした。トランジスタがなぜソリッドステートなのか?。
 実家でおおむかしに買ったソニーのカセットレーダーの箱には「Solid State」という文字が誇らしに印刷されていました。映像関係の機器の技術者をしていた父が「これ、トランジスタのことだよ」と教えてくれました。
「ソリッド」というとまず思い浮かぶのは「ソリッド(個体)」「リキッド(液体)」ソリッドでしょうが、楽器をやってる人なら「ソリッドギター」という言い方を聞いたことがあるでしょう。レスポールとかストラトキャスターといったギターのことです。この場合「ソリッド」の反対語は「ホロー」です。
 PHMの作者や映画版の主演を務めるライアン・ゴズリングも大好きなあのビートルズジョン・レノンが使ったことで有名になったエピフォン・カジノセミ・ホロー・ボディのギターってことになります。いわゆるセミアコースィティックのことです。平成ノブシコブシ徳井氏の再婚相手として話題になった藤田恵名ちゃん愛用のエピフォン・ワイルドキャットもセミ・ホロー・ギターですw(Wild Katはネーミングがイカしてるので"お名前研究処"としてはあえて触れてみましたw。

 要するにソリッドは中身が詰まってる状態ということです。

 トランジスタが「詰まってる」と表現されるのは「真空管」に対しての対比表現なわけです。いまや真空管というと世間一般ではオーディオアンプ楽器用アンプに使われる特殊な部品としか思われてないのかもしれませんが、そもそもはトランジスタがやってることを真空管がやっていたのです。

 やがてトランジスタのような電子部品が複数集まったIC(集積回路)ができ、さらに集積度を増したLSIが登場、それが超LSIへと進化して、現在の半導体チップへと進化しました。つまり、そもそもは真空管を小型化するためにトンジスタという部品が生まれたのです。いまや死語というよりはもはやセクハラワードかもしれませんが、かつて昭和の時代、小柄なのにぼっきゅんぼーんなメリハリボディの女性をトランジスタグラマーなんて言ったりしていたのはそういうことです。(死語なはずが先月ラジオで聞きました…)。ちなみにブラウン管も一応、真空管の仲間=Tubeです。それでYouTubeってことですね(お名前ネタです)、あ、ブラウン管こそ死語?

 何が言いたいのかと言うと、トランジスタ開発以前にもすでに真空管を使用したコンピューターというものがあったということです。それらをふまえてさらに、さらに次のワード…

◆「ドリーム」とインターナショナル・ビジネス・マシーン

 思うに作者は映画「ドリーム(hidden figures)」に影響されたんじゃないでしょうか?(…もしくは嘘をつくためにまんまと利用した?)
 この映画は宇宙開発の裏でひたすら手計算で貢献した女性スタッフたちのことを描いた物語です。
IBMのサイトでは映画「ドリーム」について史実との違いを指摘しています。

もちろん、映画は映画であり、必ずしも史実に忠実ではありません。実は、NASAに初めて導入されたIBMのメインフレーム・コンピューターはIBM 7090ではないのです。歴史を紐解くと、NASAではIBM 7090よりも数世代前の機種から、IBMのメインフレーム・コンピューターが活用されていたのです。

IBM JAPAN BLOGより

 つまり女性たちの「手計算」の存在感を際立たせるためにコンピューターの導入時期を意図的に遅らせて描いているということなのでしょう。

それをウィアーが悪用したのかもしれません。
歴史をひもとけば1945年にはすでに初期型のデジタルコンピュータ「ENIAC」が開発され、現在にも通ずるフォンノイマン型アーキテクチャーも完成しています 。
 アメリカがフロリダ州のケープカナベラル空軍基地から最初のロケットを打ち上げたのが1950年7月24日ですから、NASAのシステム導入の詳細はともかく、少なくともコンピューターの存在しない時代にはロケットは打ち上げられていないのです。
 さっきの「推測航法」とは「Dead reckoning」といって羅針盤などがDeadしてしまった時に太陽の方向や高度やおのれの移動距離の積算などの情報のみで現在位置を推測するという、いわば伊能忠敬方式です。
 計算ガールズだろうが、暗算エイリアンだろうと、地球の海程度の規模ならまだしも、宇宙で伊能忠敬をやるのは無理なはなしです。どう考えてもむちゃくちゃです。

結局さっきの引用部分の続きは…

それでもやはり、どんなに計算か得意だろうと限界はある。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

と結ばれています。
やっぱムリぢゃねーかw
 つまりこの件については全く回収されないまま強引に話は進むのですが文をあっちこっちに振り回すことでうまくボカしたつもりなのでしょうか?
 そもそも「並ぶものなき素材テクノロジー(キセノナイト)」のこともあるのですから、こっちも地球とはちがった「未知の技術体系による恒星間航法」という理解(設定)でももいいのではないでしょうか?
 彼らは人類がいまだ実現してない宇宙エレベータも実現しているのです。ウィアーは土木をもなめないでしょうか?  

                                                                                   
 巨大建築は電子機器なしには実現しえません。それも測量の段階で。だからトランジスタがないとしたら、別体系のそれに匹敵する技術をもっていたと考えるのが自然でしょう。キセノン金属を作った技術でレアメタルのようなものを人工的に作れたとしたらシリコンチップとは別のベクトルで高機能な電子部品が可能かもしれません。こっちの展開のほうがなにより「辻褄が合う」しSFとしても変則スチームパンクのようでさらに広がりができて面白いと思うのですがどうでしょう。
 すべての設定は創造神ウィアー作の箱庭の中の出来事なので作者の好きにすればいいのですが、いままでのネタをとりまとめて考察するに、ウィアーからは自分たちアングロサクソンの文明体系こそが普遍的なものであるという、無意識な驕りと無意識な決めつけが見て取れるのです。トランジスタがないというだけで恒星間航行という超高度なタスクを先端技術ではなく「力技」によってなしとげたのだという結論にするのはトンデモ思考以外の何物でもありません。

◆藤井大洋 vs アンディ・ウィアー

 別に藤井氏がウィアー批判をしてたわけではありません(むしろ絶賛しています)。ただこのPHMを読んでいて藤井氏が【第1回世界SF作家会議】というフジテレビの番組の中での発言を思い出したのです。
 氏はコロナ禍において日本のコロナ対策チームが手書きのFAXの数字をエクセルに入力し電卓で計算していたという惨状●●に危機感を募らせた…というのです。一方で韓国のチームは全員がmathematicaという世界標準のソフトを起ち上げ、上がってきた数字をとりあえず片っ端から入力していたとも指摘していました。

.さて、PHMのグレイスといえば、やたらとエクセル(スプレッドシート)を起ち上げます。
 プロジェクトのクルーたちは超法規的にあらゆるアプケーションソフトを使えるという設定になっているのに世界標準のmathematicaは使わないのでしょうか?
 それとも作者はマイクロソフトと広告契約でもしているのでしょうか?
 そう突っ込んでしまいたくなるのはもうひとつ、ここはやっぱりマスマティカぢゃね?と言いたくなるような興味深い記事を見つけたからです。

1997年6月、宇宙ステーション・ミールに無人補給船が衝突、みるみる気圧下がり電力も失われる…という、PHMさながらのなかなかの事故があったというのです。
 残りの部分の減圧を防ぐために緊急で隔壁を閉じた結果、当時のクルーの一人であったMichael Foale博士愛用のPCも隔離部分に取り残されてしまいます。ああ、あの中には復帰作業の助けになるであろうマセマティカもインストールされていたのに!
 そこで博士は次の輸送船で博士の自宅にあるバックアアップ・ハードドライブを運ばせたのですが、なんとソフト再起動には新たなシリアルナンバーが必要だというのです。
 そこで博士は地球のユーザーサポートと連絡をとり、無事、マセマティカのリブートに成功しました、めでたし、めでたし…と。(どうやら宇宙ステーションでは超法規的優遇はないようです。)

 これはマセマティカの開発元のサイトに掲載されていたものなので手前みそ感がないとはいえませんが、宇宙で実際にあった事件にはちがいないのです。(こんなことが私たちの頭上で繰り広げられていたという事実にまずビックリ)
 こんな例を見せられたら、いよいよマセマティカはグレイスの助けになりそうだと思ってしまいます。
mathematicaはきっとあなたが思ってるより世界ではメジャーです。
 古参Macユーザーだと名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?
Macの主だったユーザーの中心はアーチスト系という印象があるかもしれませんが90年代あたりは学術系も意外と強かったのです。たとえば90年代はお医者さんや学者にはけっこうMacユーザーは多かった。
 その理由のひとつにはMacは早いうちから関数記号などの特殊フォントが揃ってたからなのでしょう。たとえば論文を出力するときにそれがあるかどうかは重要な問題です。

物語中にも登場したNASAのJPL(ジェット推進研究所)の必須スキルにもしっかりMathematicaが記載されています。

Extensive knowledge of Excel and VBA programming. Programming skills in JAVA, Python or similar programming language. Experience with Mathematica software

この例はSRE(Systems Reliability Engineer)という職種の場合です。

(ちなみにMicrooftExcelのいちばん最初のバージョンはどうしたわけかMac用でした。)

こんなにマイクロソフトに忠実なウィアーの作品をあのビル・ゲイツ氏が褒めないはずがありません。

ゲイツはPHMのエイリアンついて、ある科学本を想起してしまうといっています。
 それはニック・レーン氏の「The Vital Question」という本です。
ゲイツは「この本にはぶっとんだぜ」とまでいっています。

著者は他の星に複雑な種が存在するとするなら、私たちと同じような進化をしているはずで、つまりは、その形質も私たちとおのずと似てくるはずだと言い切っています。
 百歩譲って、これが正しいとしてもこれらはあくまで肉体というハードウエアのことを言ってるわけでウィアーが主張してやまないオクターブなど西欧文明の普遍性をアシストするわけではないはずですが、読者はゲイツという威光と、信じたいものを信じがちなうファン心理できっとミスリードされてしまうのでしょう。
 こういった物言いはどこか「インテリジェントデザイン」に通じる危うさを感じるし、絶賛しているはずのゲイツ氏の論評にもちょいちょい違和感を感じずにはいられません。

“There is a black hole at the heart of biology.” (I wish more science books got off to such a ripping start.)

ゲイツ・ブログより

↑ この本は「生物学の中心にはブラックホールがある」という言葉ではじまる。こんな素晴らしい書き出しの科学書がもっとあればいいのにといっています。

レーンは元々ライターもやっていたので、筆が立つということでしょうが、専門書に過度な文学性は必要でしょうか?読者を飽きさせない努力ということでしょうか。或いはゲイツ氏の経営者としてのナラティブという視点なのかもしれません

In a way, he’s putting a different spin on an issue I’ve been writing a lot about lately.

ゲイツ・ブログより

 ↑ 要するにエネルギーという同じイシューについてゲイツはグローバルな視点で、レーンは細胞レベルで説明しているということで、ゲイツさんもなかなか文学的やないかいとも思うのですが、「Spin」というワードセンスが気になります。「different spin on an issue」は政治の場で政策や情勢について説明の対象そのものは何も変わったわけではないのに、説明の仕方を変えて実際より良く見せる(あるいはその逆)、要するに「モノは言いよう」ということで、spin doctorという言葉があるように「spin」自体に情報操作とかミスリードするというニュアンスを内包しています。これだけの材料ではそこになにかしらの企みを疑うのは勘ぐりすぎかもしれませんが、たとえば原発はCo2も出さないクリーンエネルギーで経済的にもすぐれている。おまけに国から巨額の補助金まで出ますよ。というのも「ものは言いよう」の例なのです。

I never got the impression that he was claiming more than he should or trying to pull a fast one on the reader.

ゲイツ・ブログより

彼は決して主張しすぎることも、読者をだまくらかすようなこともしない…ってそれがふつうでしょう。

It’s always clear where he’s citing someone else’s work and where he’s building out his own ideas.

ゲイツ・ブログより

彼はどこが人の論文を引用した部分でどこからが自分が思いついたアイディアか明確に示している。って、みんなそうしてますよ。そうしなかったらパクリになってしまいますから。
 こうした説明になるのはレーンが主に他人の研究やデータをベースにして論を展開しているからということにも起因しているのかもしれません。

And he would be the first to tell you that some of his ideas might be wrong.

ゲイツ・ブログより

彼の研究に誤りが発覚した場合には他人に言われるより前にいの一番に彼自身が説明するだろう。
 え?くつがえる前提ですか?…ここらへんから、おやおや?てな不穏な空気が漂います。

Of course, there’s no telling whether his specific arguments will turn out to be right. But even if they don’t, I suspect his focus on energy will be seen as an important contribution to our understanding of where we come from, and where are we going.

ゲイツ・ブログより

もちろん彼の説が必ずしも正しいとは限らないが、だとしてもエネルギーに対する取り組み方が素晴らしい…と、二度までもこの先おこるであろう彼の説が間違ってるかもしれない可能性について言及していて、しかも二度めは「Of course」…って。

もちろん、学説というものは、たとえそれが権威あるNature誌に載るような論文でもくつがえされることがあるというのは科学の常識ではありますが、昨今、特にバイオ分野における論文の再現性が著しく低下しているということが問題になりました。
 絶賛しているはずの文の中で「学説ってのは覆るもんなんだからみんないちいち騒ぐなよ」と念押ししているのはやはり奇妙。

 中身は嘘かもしれないけどハナシは上手いって事ですか?それは詐欺師のメソッドです。まぁビル・ゲイツは万人が認める「偉い人」なので私のこの意見に共感する人などいないのかもしれませんが、さいごにもうひとつ、ニック・レーンの生命の起源についての文学的すぎる文への考察を

The Grand Prismatic Spring in Yellowstone National Park reminds me of the Eye of Sauron in its malevolent yellows, oranges and greens. These remarkably vivid colours are the photosynthetic pigments of bacteria that use hydrogen (or hydrogen sulphide) emanating from the volcanic springs as an electron donor. Being photosynthetic, the Yellowstone bacteria give little real insight into the origin of life, but they do give a sense of the primal power of volcanic springs. These are plainly hot spots for bacteria, in otherwise meagre environments. Go back 4 billion years, strip away the surrounding vegetation to the bare rocks, and it’s easy to imagine such a primal place as the birthplace of life.Except that it wasn’t.

「Vital Question」Nick Lane著

長いですがおケツの「Except that it wasn’t. 」がキモなので、要約というか中略したあげく意訳しますが、
「イエローストーン国立公園のグランド・プリズマティック・スプリングの悪意に満ちた、ドギツイ色彩を見ていると私は「ロード・オブ・ザ・リング」に出てきたサウロンの目を想起せずにはいられない。木々を引っ剥がしたらその景観は、40億年前の生命誕生の地そのままだ…
はい、ここで「Except that it wasn’t. 」
つまり
「ここが実は生命誕生の地ではないという以外はね!」
と日本語にすると字数多くなってしまいますが、急に大声を出して脅かす怪談話のような急カーブなオチをかましているわけです。
 サウロンの目は女性器がモチーフになっているといわれているので読者はなんとなく、ああなるほど、こんなとこなら、たしかに生命が生まれてそうだよね…ふんふん、と誘導されたところで「…じゃないけどね!」という意地の悪さ。
 そもそも、かれは生命の誕生は陸上ではなく海底の熱水噴出孔だという主張ですから長々と書いたのは陸上説派へかましているわけです。
(熱水噴出孔といえば奇しくも冒頭のスケーリーフットの生息地でもありましたね。)
さて、
日経サイエンスの2018年3.月号ではズバリ「生命の起源」という特集が組まれましたが、特集扉には、見開きで、このイエローストーン国立公演のグランド・プリズマティック・スプリングの写真がバーンと掲載され、キャプションでは、こうした場所が生命誕生の地なのかもしれないとあります。
 記事の内容はといえば大量の海水の中では分子が拡散してしまい相互作用で細胞膜や原始的な代謝系を形成することは不可能なので海洋起源説には無理があるとも。そんな理由もあり最近では陸上の池のような場所が生命誕生の地として、有力視されているのだとか。ただマイク・ラッセルというひとの提唱した熱水噴出孔説に基づくモデルには信憑性がある(ただし未立証)というからややこしい。奇しくもマイク・ラッセルNASAのジェット推進研究所の科学者、そしてニック・レーンの「引用元」でもあるのですが、どうしたことでしょうか、海洋起源説vs陸上起源説論争の決着はついていないとするこの文末にある関連論文などの表記を含めこの特集記事の中にはニック・レーンの名前はありません。

◆チョムスキーとピダハンとカズレーサーと

 さて、Project Hail Maryはほんとうに科学的といえるのか?と疑念を抱いたのは私だけではありません。もっとちゃんとした人もツッコミを入れていますので安心してください。

アンディ・ウィアーの「プロジェクト ヘイル・メアリー」と、ヤワな言語科学
異種言語学、語用論、協調原理、ノーム・チョムスキーを深く掘り下げてみた。

というタイトルの記事。
ちなみにタイトル名の「soft, squishy 」
本文中の

Because the Hail Mary’s acceleration is limited by the soft, squishy humans inside.
「それは<ヘイル・メアリー>はやわらかくて潰れやすい人間が乗ってて、加速が制限されるからで。」

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

からもじったと思われます。(私もよくぞ気が付きました!)
この記事の筆者は、アンディ・ウィアーは科学に対する確固たるコミットメントで有名らしいけど言語科学についてはグダグダじゃない?と言っています。
 もちろんもし主人公とエイリアンとのコミュニケーションが皆無だったらストーリーは短くなってしまい、物語もつまらなくなってしまうというのはわかるけど…、にしてもひとツッコミしておきたい…と。
 記事の執筆者はお気に入りの作家、C.J.チェリーの「Foreignerシリーズ」を例にあげて比較してみせます。
 この物語では人類はアテビというエイリアンと出会いますが、彼らの外見が2本の腕と2本の足と1本の頭を持つ両側に対称なヒューマノイドと人類とよく似ていたのが問題の始まりだったのだと説明します。人間とエイリアンは互いに技術を共有するなど数年間、平和に交流しますが、突然、戦争が勃発します。互いに戦争の原因がわからないまま片方が絶滅する一歩手前でなんとか停戦したのですが。コミュニケーションがとれていると思われたのが実は彼らが構築した言語の意味的等価性は完全にずれており一方の「親しみやすさ」という概念は一方には「狂気」だったのでした。
 チェリーの作品は人類学SFともいわれていて、ストーリーテリングの姿勢がそもそもPHMとはちがうというのは百も承知ですが…という前提で、ここは言語学の専門家にも聞いてみましょう…ということになります。
北イリノイ大学の言語学・認知科学ベティ・バーナー教授の登場です。
 実際にはいろいろとかなり詳しく書いてありますが、興味のある方は直にどうぞ、とりあえずチョムスキーという言語学の大御所についてふれた部分だけ。

 子供というのは白紙だと思うかもしれませんが、本当に真っ白だったらあんな複雑な言語は習得できるはずはない、人には元々本能的な部分に言語の基本構造が組み込まれているのだというのがチョムスキーの考えです。OSインストール前にPCのロジックボードに組み込まれたROMとか電子機器のファームウェアのようなものを想像していただければいいかもしれません。チンパンジーにいくら言語を仕込んでも習得できないのがその証拠のひとつだそうです。そういえばチンパンジーは人間の4歳くらいの知能はあるとかいいますよね。
 それで人類とエイリアンがコミュニケーションできる可能性について専門家からの見立てではどうか?
 非常にありそうもない偶然がいくつも奇跡的に重なればできないこともない…たとえば。エイリアンが「友好的」であること、エイリアン社会における「友情」が人間のものと同じで、エイリアンが人類と同じ感情的なドライバーを持っていること、 そして、エイリアンが利他主義や協力のような概念・価値観を持ち、エイリアンが個人の命に価値を置き、死の回避を優先する相性の良い道徳観を持っているなら、もし私たちがこれらすべてのもの、とそれ以上のものを受け止めることができれば、そして「無限の時間」があればできるかもしれない、と。

 ただしある年齢を過ぎると言語の習得が不可能になるという臨界期仮説というのもありそれらを考え合わせるとエイリアンとの交流はほぼ不可能ではないかということです。(というか前段ですでに逆説的・反語的に暗に可能性はあるが限りなくゼロに近い、つまり不可能だと示唆しているわけですが)

さて、チョムスキーの名前が出たのでピダハンに触れないわけにはいきません。前回の日本テレビ「カズレーザーと学ぶ」でとりあげていたこともありますし。時間や色や数や、左右の概念すら持たないというアマゾンの謎の部族ピダハンはチョムスキーの説に当てはまらないと研究発表当時は学会騒然な存在だったのです。
 なんだよ、チョムスキー覆ってるんぢゃねーかって?いやいやいや、さきほどの「オクターブの等価性」の件を思い出してください。そうだとしたら、むしろ多様性は増すことになるのでこの件に限ればさらに異種間の言語習得の壁は高く、厚くなるでしょう。

 個人的にはこのチョムスキーの考えも自分たちの"つくり"を絶対的な判断基準としているような気持悪さを感じます。こうした判断の背景には宗教的な価値観が関係しているのかもしれません。たとえばさきほど散々持ち上げたアシモフ先生ですが、彼の生み出したものの中にはあの「人造人間キカイダー」にも引用された、ロボット三原則というのがあるのですが、ロボットは家電のような扱いで人権はありません。ゲイツさんやウィアーさんはエイリアンを人類と同等に扱っているでしょうか?ゲイツ氏がPHMを絶賛した文の中で「sentient species」という表現を使っていたのが気になりますが、それについてはまたのちほど。 
 チョムスキーはピダハンの存在を認めないばかりか、現地機関に圧力をかけ調査ができないようにしてしまいました。
 ピダハンを研究するダニエル・エべレット氏を擁護するブラジリア大の教授のことばは印象的でした。

科学とは議論です
あらゆる発見を考察しなければなりません
一番困るのは科学が信仰になってしまった時です
疑問をはさむ余地がなくなってしまうからです
そうなるともはやそれは科学とはいえません
議論がなり立たないからです

◆ビートルマニア VSにっぽんスゴイ教、あるいは陰謀論者たち

 ビートルズをテーマにした記事を投稿したとき、ネット上では思ったよりビートルズネタは盛り上がってなかったので安心したといいましたが、なぜせかというとハードコアなビートルマニアは狂信的で原理主義的だったりするからです。
 たとえばオノ・ヨーコ氏に対するビートルマニアのバッシングはヘイトそのものです。検索すると「Family Guy」というアニメでオノ氏はリングの貞子になぞらえていたなどと出てきます。
 つまりバッシングは今も続いていることを意味しています。

PHMにおける日本と日本人の扱いはダイジョウブでしょうか。
この国には「ニッポすごい教」の信者が大勢いて、なんでも「親日」とこじつけてまう楽観論的陰謀論者です。たとえばハリウッド映画にパクられたとか、某巨匠監督は自分のファンなのだと自ら言ってしまう大御所漫画家先生とか。「~というエピソードはあまりにも有名」などと信じ切ってる人もけっこういるようですが、今一度ググってみてください。それらを冷静に検証している方に出会えるはずです。
 サム・ライミは侍からとったのかもしれないなどと恐ろしく低レベルなことを公共の電波上で言うような芸人さんがいるくらいなのでデマはなくならないわけです。
 ほんのお遊びの時間と思ってください。どっちの陣営の方もムキにならずに。まずは日本すごい教ごっこをしてみましょう。
ほんのお遊びといいましたが、デマが生まれる仕組みを理解する助けになるかもしれません。

「What's two plus two ?」

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

いきなり書き出しから日本へのラブコールです。
だってツープラスツーといえば日米安全保障協議委員会(SCC: Security Consultative Committee)のことではありませんか!
Oh! アマテラス!
ビートルウルトラマンビートルにちがいありません。

地球を救うための手段を求めて宇宙に旅立つなんて「宇宙戦艦ヤマト」ではありませんか。
そしてミスター・カトー。(原文ではちゃんとMr. Suluですが )
トム・ブレイディをさしおいてモンタナを採用したも親日案件さ。だってモンタナは日本のCMに出演した唯一のNFLプレイヤーなんだぜ。

あ、そうそうう
アンディはこんなツイートもしてたよ

https://twitter.com/andyweirauthor/status/1486405245928296448

なるほどね、でもこのツイートって…

以上、デマはこんなにお手軽に製造できるというな例でしたW

今度は逆の、つまりネガティブな視点で見てみましょう。
PHMでは日本人の博士だけが通訳を介して会話する
顔の見えない不気味な存在感です。
「リメンバー、パールハーバー!」についてはもう説明の必要はないでしょう。
そしてここからが重要なビートルコードです。
ジョン・レノンが暗殺された日は12月8日は
奇しくもトラトラトラ、真珠湾攻撃と同じ日なのです。
そして今もヨーコ・オノへのヘイトは今も続いています。

そもそもなぜ太平洋なのでしょうか。
現実世界でこういう事態になった時、
巨大爆発を伴うような実験をしなければならないとき、
実際にアメリカ(西側)主導で作戦が実行されるなら
太平洋でやるものだろうと、なんの悪気もなく自然に思ったのでしょう。
かつてのビキニでの水爆実験のように。
津波のリスクがあるなら欧州方面よりはアジア方面だろう…と。

◆嘘のつき方、大物編

He wondered if Fache had any idea that this pyramid, at President Mitterrand's explicit demand, had been constructed of exactly 666 panes of glass?a bizarre request that had always been a hot topic among conspiracy buffs who claimed 666 was the number of Satan.
ファーシュが知ってるかどうかは定かでないか、ミッテラン大統領の明確な指示により、すこのピラミッドにはぴったり六百六十六枚のガラス板が使われている――666は悪魔の数宇だとする陰謀諭者たちのあいだで、この奇妙な指示は常に議論の的となってきた。

『ダ・ヴィンチ・コード』ダン・ブラウン著 越前敏弥訳 角川書店刊

これはあの有名な「ダ・ヴィンチ・コード」からの一節で、ルーブル美術館にあるピラミッドのオブジェに関する記述です。
 実はこの中にはウソが含まれていますが、どの部分でしょうか?
ミッテランの指示?
いえいえ。
666枚がそもそもウソなのです。
なんとなく伝聞な雰囲気を漂わせ、確信犯的なくせに罪を軽くみせようとする姑息な工夫が見て取れます。
これは聞いた話だが…などとは一言も言ってないのに、どういうわけかそんなニュアンスが記憶に残ります。
そしてこれがウソだとわかると、とんでもないことに気が付くのです。つまり「議論の的」では絶対ありえなかったはずなのです。万人がアクセス可能な公共の場ですから、いまどきあっという間に真実に辿り着いてしまうはずですから。
ここで、冒頭で予告した「make sense」の登場です。

that all makes sense. とか Ohhh! That makes perfect sense! とか主に「理屈に合う」というような意味で使われています。 ウィアーは科学的だとのお墨付きを得てしまっているので、 こんなゆるい表現でも読者にとっては、 これは●●の定理だ とか ●●の論文にもあった くらいの威力を発揮して納得させてしまうのでしょう。 中には「まったく理屈に合わない」と言っておきながら未回収のままの事案もありますが、「make sense」の字面がカジュアルで軽いので、そのいい加減さもあまり気にならないという仕組みです。
 だとしてもさすがに暗算と伊能忠敬方式で宇宙旅行というあのくだりはひどいと思うのですがどうでしょうか。

◆グレート・アメリカン・フェアネス

「make sense」という万能ツールを手に入れたウィアーはもうひとつの種まき(あるいは土壌づくり)にもぬかりありません。

“Me”
she said. “Doesn't matter. Once the Hail Mary launches, my authority ends. I'll probably be put on trial by a bunch of pissed-off governments for abuse of power. Might spend the rest of my life in jail.”
“I'll be in the cell next to you,”
said Leclerc.

「わたし?」と彼女はいった。「どうでもいいわ。〈ヘイル・メアリー〉が発進したら、わたしの権威は消える。そうなったらたぶん、憤懣やるかたないそこらじゅうの政府から権力の乱用のかどで告訴されるでしょうね。残る人生、監獄ですごすことになるかも」
 「わたしはあなたの隣の独房に入ることになるな」とルクレールがいった。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

 まるで世界は正義と法の支配によってフェアにまわっていて、それは非常時・有事のときもかわらない…とでもいわんばかりです。アメリカ主導の作戦において不法行為があったところで、その指揮官が断罪されないのはあの悪名高きアブグレイブ刑務所の件を出すまでもありません。
 その「偏り」は今回のウクライナのことでもうかがえます。

ロシアがウクライナに対しておこなっていることのいくつかは、いわゆる「大国」と呼ばれるアメリカやヨーロッパの国々も過去にやってきているということです。
 たとえば、一九九九年のNATOのコソヴォ空爆。民主党のクリントン米国大統領の時代のことです。それから、ブッシュ大統領政権のアメリカが中心となって遂行したイラク戦争では、大量破壊兵器があるという理由で空爆をおこない、軍事拠点以外の場所を「誤爆」して多くの子どもたちが亡くなっています。

「中学生から知りたいウクライナのこと」小山哲・藤原辰史

『Little Birdsイラク戦火の家族たち』(ニ○○五年)という細井健陽監督のすぐれたドキュメンタリー映画を観ると、子どもたちがほんとうに次々に亡くなっていきます。
細井さんは空襲がはじまるバクダッドにあえて残りました。そこで住民たちが空襲を生き抜く、あるいはあっけなく亡くなるという状況のなかで、アメリカや日本にどんな憎悪を抱くのかを映し、同時に、自衛隊を報道する日本の大手メディアの場違いなほどの陽気な様子を、淡々と我々に伝えました。
 とくに、今でもロシア軍が使用していると言われるクラスター爆弾を、アメリカ軍も使ったことには注意が必要です。ちょうど子どもたちの目線ぐらいに金属の破片が飛んでくる。

「中学生から知りたいウクライナのこと」小山哲・藤原辰史

 日本人にとっては沖縄のレイプ兵やひき逃げ兵が日本で裁くことができないというもっと身近な例があります。
 「なんだかんだいってもアメリカはおれたちのアニキだよね」…みたいなノリの歌を沖縄出身の方が歌ってたのはなにか釈善としません。そういえば同じく沖縄出身の方々が「トラトラトラ」なんて歌ってましたね。

 そもそものウクライナ侵攻の元凶はアメリカにあるというアメリカの国際政治学者ミアシャイマー氏の見解を支持するエマニュエル・トッド氏の著書は日本でもけっこう売れていたようですが、メディアではほとんどそこらへんに触れません。今回、ニュースで名前がよく出た、アゾフ大隊ですが、日本の公安調査庁のホームページにはそれまで「ネオナチ組織がアゾフ大隊を結成した」という記載があったのにあわてて削除するということがありました。公安調査庁の見解は、そもそも記載は国内外の情報機関などが公表した情報をまとめたもので、独自の評価は加えておらず、アゾフ大隊をネオナチ組織と認めたものではない…のだそうですが、それならその旨を明記してそままのせつづければいいだけの話です。
 たまーにコメンテーターが「アメリカも中米とか中東ではいろいろやってきたよね」みたいにポロっと言ったあとに、「だとしてもロシアの行為を正当化できるわけもありません」「そうですね」とまとめている場面を目撃しましたが、だとしたらアメリカの行為についても過去に遡って訴追してはじめてフェアといえるのではないでしょうか。湾岸戦争で日本が出した90億ドルはみんなの税金です。いいかえればイラクのこどもたちを殺した爆弾の代金をみんなで分担して負担したのかもしれないということで、他人事ではないのです。
 ミアシャイマー論文については過去に書きました。

 インドがロシアへの経済制裁に不参加だったのは自国の経済保護だけが理由ではないでしょう。かつて自国に対して侵略と搾取の限りを尽くした大国(列強)の掲げる「正義」に共感できなかったのでしょう。実際のところ日本ではまるで自分たちが欧米人であるかのような「浮かれ報道」をしていたエリザベス女王のジュビリーでしたが、その時、ジャマイカなどのかつての植民地では識者たちが「私たちはあなたを祝福することはできない」といい、さらには賠償を請求しようとする声明を出していました。これに関しても過去に書きました…

さてフェアネスアビールのつづきです。

“I never would have thought a woman would be so sexist against women.”
“It's not sexism. It's realism.”
「女性か女性に対してそこまで性差別するとは思いもしませんでしたよ」
「性差別じゃないわ。現実主義よ」

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

このやりとり、一体なにがいいたいのかわかりません。現実主義の「主義」もいらないでしょう。絶対に失敗できない作戦ではつねに最善手を選択するものでしょう。
 その点ではむしろグレイスを選んだことや、予測不能な不安定要素が生じかねない「薬漬け」なんかにしたことの方が解せません。
 多分、ハナシを面白くするためなのでしょうが、強固な科学に裏打ちされていると評判の作者だというのに、地球の危機を救うべく結成された集合知のひねり出した計画がこんなのとは、はなはだ疑問です。

Right now we're soft. You, me, the whole Western world. We're the result of growing up in unprecedented comfort and stability.
いまのぼくらは軟弱です。あなたも、ぼくも、西洋全体がそうです。ぼくらは史上、先例のないほどの快適さと安定を享受して育った。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

 先述のビル・ゲイツ氏はエリディアンはニック・レーン氏の著書を想起すると記していましたが、そのニック・レーン氏についてはジャレド・ダイヤモンド氏のようだと述べていました。このグレイスもダイヤモンドぶって西欧の繁栄はたまたまの幸運みたいなニュアンスで言ってはみますが、彼のこじらせヘタレキャラからは、彼が将来、その不平等の是正のために何かしらアクションを起こすとは到底想像できません。きっとフェアトレードのチョコレートを買うことも思いつかないでしょう。登場人物全員を足して漉してもフェアネスは抽出できそうにありません。別に「全員救いなしキャラ」でもいいのですが、それならばうわべで正義や公正を語らないでほしいです。

Oh, and the national                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        government of Canada said it too. I'm Canadian, by the way. But don't worry! I'm not one of those anti-American Canadians. I think you guys are all right.
ああ、それからカナダ政府も。ぼく、カナダ人なんですよ。でも心配しないで、アンチ・アメリカのカナダ人じゃないから。ぼくはあなたたちはべつに問題ないと思ってますよ」

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

  主人公からは終始、作者汁が垂れ流されていますが、このハッチというキャラも作者の分身に見えます。というか唐突なマニアックビートルズネタといい、まるでセリフありきのメッセンジャーボット。原文に「 one of those」とあるようにカナダ人のアイデンティティにはアンチアメリカがデフォルトであるというハナシもありますが、地球を救うために緊急招集されたプロジェクトチームの仲間に対して、まず「ぼくはアンチ米国でない」という挨拶は逆に唐突すぎてむしろステレオタイプ。かくして作者の必死の「フェアネス工作」は完成したのでした。

◆猿の惑星、WWE、仏経、動物福祉、ルッキズム、スターウォーズ、名誉白人、いじめ

 第一章で予告した出現回数第2位のワードは、あのエリディアンに対する呼称です。ああ、おぞましい、Ro.. 文字にはしません。
岩に似てるから?
ひどくないですか?
グレイスが私と無人島で出会ったら、私のことをMonkeyとかyellowとかToadとか呼ぶのでしょうか。
それがもしも私の少年時代のことだったら顔中にできたくぼみに目をつけてmoonyとか呼ぶもしれません。ひょっとしたら私もあのエイリアンと同じ呼称になってしまうかも、はたまた
「うーん日本語の名前は撥音しにくいからな、creepyでいいかい?ハハハ」
とかいわれるかもしれない。
 むかしガンちゃんと陰口を叩かれていた女の子のことを思い出して胸が痛くなりました。
早々に心が折れました。

 この物語はバディものだと評判らしいですが、向こうのやつはバディものいいながら主従モノなのが多々あります。
TAJIRI氏(田尻義博)がWWEに参戦した当初はイギリス人レスラー、ウィリアム・リーガルの召使い役という屈辱的なキャラ設定でした。
 『ピンクパンサー・シリーズ』クルーゾー警部ケイトーの関係にも中国系への差別、あるいは白人上主義が社会制度の中に固定化してしまった様が見てとれます。

かつて猿の惑星論争というのがありました。
 それは映画評論家の町山智浩氏が、「猿の惑星」の原作者のピエール・ブールは戦時中、日本軍の捕虜になった経験をあの小説にしたので、あの猿は日本人のことなんだと説明したころ、日本軍の捕虜だったというのはガセだとあちこちからツッコミがはいったというものです。
 どうやらこれに関しては町山氏の負けのようでしたがそこで話を終わらせていいの?とも思いました。
 それがピンポイントに日本人ではなかったにしても先述のクルーゾー警部とケイトーの例のように、当時、社会制度として固定化された関係性、つまり有色人種は欧米人の下で働くものだという「常識」がブールのあたまの中にあったのはほぼ間違いないでしょう。それはブールがすごしたプランテーションでの経験も影響したでしょうし、植民地であり、西洋人のリゾート地でもあった東南アジアの日常的な光景だったのでしょう。日本人ではなかった、めでたし、めでたしとするのは、ヘイト暴力に出くわしたときに「私は日本人だ、中国人じゃない」というようなものです。実際のところ最初の映画化作品にたいしてはレイシズムという指摘も少なからずあったようです。

 さて、このタイミングで、もうひとつ後回しにしていた、ビル・ゲイツ氏のブログにあった「sentient species」という表現について考えてみようと思います。   
 エリディアンについて読んでいると、ニック・レーンの本を想起させる、
レーンによれば複雑なものへと進化する場合はみな同じ進化の道をたどるから、形質も似てくるはずなのだそうだ、
という文脈で

The odds that there is another sentient species relatively nearby seem low. (Rocky is from the 40 Eridani system, which is “only” 16 lightyears away from our sun.) Still, it’s exciting to think about what other life might be out there.
とはいうもの比較的近くに別のsentient speciesが存在する可能性に関しては低いようです。 (40 エリダニ星系は、私たちの太陽から「わずか」16 光年しか離れていない のですから。) それでも、そこに他の生命がいるかもしれないと考えるのはエキサイティングです。

ビル・ゲイツのブログ

 普通に考えれば、sentient speciesは知的生命体を意味する言葉と思われますが、ニック・レーンの「Vital Question」の中にはsentientなどという表現は存在しません。あるのはintelligent aliens とかextraterrestrial intelligenceとかsophisticated life formsといった語くらいです。
 でも「知的生命体」できまりじゃないの?ほら「another」ってあるんだから人間と宇宙人ってことだろ…とあなたは言うかもしれません。
 でもこの「sentient species」のところに「霊長類」を代入してみたらどうでしょう。エイリアンくんは猿扱いされている可能性が出てきます。というかあえて「範囲」を広げた表現にしたということは、もうひとつ別のなにかをカバーするためと考えるのが妥当で、この場合、人間とサルしか選択肢はないのですから「猿扱い」は自明ということになります。

 現代英語で「sentient~」というと用法はざっくり3パターンあります。まず仏教用語「衆生(しゅじょう)」などと訳されます。これは生きとし生けるものすべてをあらわします。英語の用法などについての質問を日本人がネイティブスピーカーに質問できるサイトがあるのですが、このsentientを日本人が質問していて、「これは仏教用語です」と外国人が教えている構図がなんか不思議でしたが、そもそも日本人の仏経との関わりなんて冠婚葬祭、いや葬祭、いや「葬サ」くらいのものですから知識量では哲学をかじった外国人には余裕で負けるでしょう。
 2つ目は動物福祉などで使われる「sentient beings」というカタチで、苦しみや恐怖を感じる生き物ということらしいのですが、なんとイギリス議会では今後の政策決定においてタコやイカやカニもこれに含めると議決したそうです。


寿司は食えなくなるのか?と思いきやレストランなどの飲食店の運営には影響しないというからひと安心というかだったら用途は何?生け作りとかフカヒレはもうアウトでしたったけ?競走馬は繊細なので程度の差こそあれ皆、胃がやられているというハナシを聞いたことがありますが狩猟と競馬は貴族様のスポーツなので未来永劫無くならないのでしょう。そういえばヤードポンド法って英語では「imperial units (帝国の単位)」っていうんですよ。嫌ですね~。
 さて3つ目は、多分これがネットに存在する割合では一番ではないかと思うのですが「スターウォーズ用語」で単語の組み合わせもズバリ「sentient species」です。「スターウォーズ用語」と便宜的に言いましたが、実際にはいつのまにかああいったSF活劇全般に関する記事などで使用されるようになったオタク用語かと思われますが、たとえばジャージャービンクスのようなキャラがこれに当てはまります。
 そこは別にエイリアンでよくね?と思ったのですが、どうやらヒューマノイドとは区別するらしいのです。つまりミスタースポックはエイリアンまたはヒューマノイドですが、外見が人間ぽくないのは「sentient species」ということのようです。個人的には手足が二本づつあって二足歩行なら頭部のデザインを問わずヒューマノイドだと思っていたのですが、境界線はずいぶんと遠いようです。
 「岩っころ」などという酷い名づけが可能なのは相対的に下等とみなしているからで、ビル・ゲイツ氏もそれを正当化する言葉選びだったのでしょう。
 頑なにエリディアンの科学が遅れていることに落ち着けようとする理由もそういうことでしょうか。キセノン金属を生み出した比類なき技術も先住民の怪しい呪術のような怪しいものとか、たまたま高温の環境などにめぐまれたために、なんとなく出来ちゃっただけだろうという設定なのでしょうか。
 コンピューターなしで恒星間旅行を実現したのを伊能忠敬ばりの「力技」と結論づける展開もそういう思想の持主なのだとしたら合点がいきます。
 そういえば、ウィアーはインタビューでこんな説明をしていました。

The alien is basically a five-legged spider, about the size of a large dog,
「エイリアンは基本的には大型犬サイズの5本足の蜘蛛です」

↓↓↓

と、ほとんど動物扱い。

いやいやい、エイリアンといっているじゃないか、●●のような形状のエイリアンだといってるだけで動物扱いしてるわけじゃないよ…ってか?
こういう時、日本人の常として
「ほんとにモラルに反する設定だとしたらおまえなんかより先に、もっとアタマのいい誰かが指摘してるはずだ」
とか言ったりしますが、「風と共に去りぬ」南軍旗は何十年も、コロンブスの銅像は何百年もの間、放置されてましたよ。
 先住民の名を冠したメジャースポーツチームが名称変更したのはつい最近のことですし、オバマ氏はたしかに黒人の大統領でしたが、一体、建国以来何年かかりましたか?
 日本のディズニーリゾート提供のミニ番組「夢の通り道」では恐ろしい侵略の歴史である大航海時代を数度にわたりテーマとして、毎回「ここは夢の通り道です!」とハナさんがご陽気にしめくくっていました。

 女王陛下がジュビリーを祝いたくないジャマイカについては先述の通りです。
 ひとことここで加筆するなら、女王が亡くなった際にカーネギーメロン大学のウジュ・アーニャ教授は、「 彼女の痛みが耐え難いものでありますように。」とツイートし、それを大金持ちのジェフ・ベゾス氏が非難するリツイートをすると大学側はアーニャを非難する声明を即発表しました。どうやらベゾス氏は大学への大口の寄付者のようです。
 結果、今度は多くの学生は教授を擁護する声明を出したのです。

なんだ、おまへは自分を先見性のある賢者とでも言いたいのかって?
いえ。
私はただただ、シンプルに、あの「岩っころ」がショックだっただけです。
私も幼少期からずいぶんと容姿でからかわれてきたことも何十年かぶりに思い出してしまいました。

私のように感じたのは世界中でたった一人、私だけなのでしょうか?

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