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Answer~枯れない愛を探して~ 第二話【全九話】
【第二話】
それからの春香の生活は散々だった。朝起きて、会社へと向かう。帰ってきてご飯を食べて、お風呂に入って寝る。ただその繰り返しで毎日が過ぎていく。今までもそうだったはずなのに、急に自分の見えている世界が全く色のない世界のように思えた。ここまで自分が八代さんが結婚したことがショックだったことに今更ながらに気が付いた。
八代さんは今までと変わらず、春香に接してくる。もちろん八代さんは春香の気持ちを知らないので当たり前の事だが、それが春香にはとても辛かった。
綾子と二人でお昼を一緒に食べていると、隣で綾子は春香を見つめる。心配そうなその顔を見て、少し申し訳なくなった。
「いつもお弁当作ってきてるのに、春香がコンビニ弁当なんて珍しいね」
「なんか作る気になれなくて」
いつもはお弁当を自分で作って持ってきているが、ここ最近はキッチンに立つ気になれず、コンビニ弁当だった。それがさすがに一週間も続けば、綾子も気づかないことはないだろう。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だから」
春香がそう言っても綾子は、パンを食べながら少し不満そうに春香のことを見る。綾子が心配してくれていることは、もちろん分かっている。でも、その心配が逆に辛かった。
「なんかあったらいつでも言ってね、話聞くから」
「うん。ありがとう」
大丈夫じゃないと、心配してくれている同期に言えなかった。出来れば言いたくなかった。変なところで自分の見えっ張りが顔を出してくる。早めにを昼食を切り上げて、春香は仕事に戻った。
「木崎さん、この資料確認しといて」
仕事に戻ると早速八代さんはそう言って、春香に資料を手渡した。春香が資料を手に取ると、八代さんは春香を見て少し微笑む。
「よろしくね」
「はい。分かりました」
今までと変わらないいつも通りの風景。でも、今ではその左指には指輪がきらりと光っている。今すぐ逃げ出せるなら逃げ出したい。でも、春香は八代さんと同じプロジェクトチームだった。だから、八代さんと関わらず、仕事をすることは不可能に近かった。せっかく仕事を頑張って、やっと同じプロジェクトチームに入ったのに、今は一緒に仕事をしたくなかった。
なるべく話しかけないようにと仕事をしていたら、殆ど集中出来なかった。今日も長い一日が終わろうとしていた。何とか仕事を終わらせて、とぼとぼと家までの道を歩く。なんとなくそのまま家に向かうのも嫌で、いつもの帰り道ではなく、少し遠回りをして繁華街の方へと向かった。
「はぁ……」
自然とため息出てくる。本当に自分は何をしているのだろう。ただ、八代さんのことが好きなだけなのに何も出来ない自分がもどかしい。こんな思いをするのなら、いっそのこと告白しとけばよかった。飲み会の帰りに八代さんが送ってくれた時だって、二人でご飯に行った時だって、何回もそのチャンスが自分にはあったはずだ。そこで告白して振られていれば、素直に諦めることも出来たはずだ。心底自分が馬鹿で情けない。
でも、自分でも分かっていた。春香がずっと八代さんに告白出来なかったのは、もし振られた後に今まで通り接することが出来なくなってしまうのが怖かったから。一緒にいられないのならずっとこの関係でいたいと思った。本当に浅はかな考えで、目先のことだけ考えていた。でも、八代さんの隣にいたかった。ただ、それだけだった。結局その答えがこの有様だ。自分でも笑えてくる。
こんなことを考えていると、後ろからいきなり呼び止められた。
「木崎さん?」
聞き覚えのある、少し低いその声。春香が振り返ると、そこには八代さんが立っていた。
「えっ、八代さん……」
まさかこんなところで会うと思わなかったので、春香は固まってしまった。
「ちょうどよかった。今日なんか用事ある?」
「いや……ないですけど」
「じゃ、一緒に飲みに行こう」
「ちょっと、八代さん!?」
そう言うと八代さんは春香の腕を掴み、ずんずんと歩いていく。抵抗する間もなく、連れてこられたのはいつもの居酒屋だった。正直、今の状態で一緒に飲むのは気が引けたが、八代さんの顔を見ると、断ることは出来なかった。だから、仕方なく春香は八代さんについていくことにした。いつもはカウンターに座るのに今日は個室に通された。何故だろうと不思議に思いながらも、向かい合わせで座る。
「とりあえず生、二つで」
決まり切った注文をして、八代さんはおしぼりで手を拭く。今まで通り、変わらないその態度に少し安心した。
「八代さん、なんであんなところにいたんですか?」
「木崎さんこそ、なんであんなところに?」
「私は……ちょっと寄り道を」
「へぇ、珍しいね」
そう言っているうちに注文していたビールが目の前にやってくる。小さく乾杯をして、八代さんはビールをごくりと一口飲んだ。その様子を見て、春香も一口ビールを飲む。苦みが口いっぱいに広がっていくのを感じる。やっぱりビールは好きじゃない。でも好きじゃないと言えないのは、もしも言ってしまったら、もう飲みに連れて行ってくれないかもしれないと思うから。本当に自分はずるいと思う。春香は、ビールを一口だけ飲んでテーブルにグラスを置く。いつもなら何も考えずにすらすらと喋ることが出来るのに、今日は何も言葉が出てこない。八代さんも何も言わずにただ、ビールを飲むだけだった。
「八代さん、新婚さんなのにこんなところでいていいんですか?」
何とか絞り出して言った言葉がこれだった。なんで自分で自分の首を絞めるようなことしか言えないのだろう。でも、八代さんは少し浮かない顔をしながら言った。
「真希は里帰り出産するために家にいないんだよ。まぁ、里帰りって言っても実家は近いんだけど」
そう聞いて少し安心している自分がいた。ただ、一緒にいないというだけなのに、なぜかよかったと心のどこかで感じている自分がいた。
「だから、今までと変わらずコンビニ弁当か外食だよ」
そう言って少し自嘲しながら八代さんが言う。八代さんは自分で料理をしない。だから結婚する前はいつもコンビニ弁当か外食だった。それは今でも変わらないらしい。
「八代さん、料理しませんもんね」
「馬鹿にしてる?」
「してませんって」
そう言って笑い合っていると、八代さんが結婚したことを忘れてしまう。本当は結婚なんてしてないんじゃないか。でも、ふと見える左指に光る指輪が現実を突き付ける。
「でも、一人だと寂しいんじゃないですか?」
「まぁ今までと変わんないし」
一人の時間も大切だからなんて言う。本当のことは八代さんの顔からは読み取ることは出来ない。でも、あまり寂しくはなさそうに春香には見えた。
「八代さん、何かありました?」
春香はそう言うと、八代さんは少し俯く。春香はこんな八代さんをあまり見たことがなかった。今日の八代さんは明らかに何か違和感があった。元気がなくて、それを隠そうと空回りしている感じだ。そんな八代さんを春香は見つめながら、次の言葉を待った。
「これ、木崎さんにだから言うんだけど」
八代さんは俯いたまま、続ける。
「俺、真希とは忘年会の時に、酔った勢いでホテルまで行ったんだよ。それでそのまま子供が出来たから結婚することになったんだ」
春香は八代さんにかける言葉が見つからなかった。
「最低だって思った?」
「いや……」
確かに結婚するのが早すぎやしないかと違和感があった。でも、結婚した理由を聞いて、やっとその違和感が分かった。だから、付き合っていることも結婚することも言ってくれなかったのだと思った。
「ごめん。いきなりこんな話して」
「いえ、大丈夫です」
そう言って何故か安心している自分がいる。何か変なことを口走りそうで怖い。でも、自分ではもう止められなかった。
「本当に……八代さんは結婚してよかったんですか?」
こんなこと聞いたって意味がないのに、何を期待しているのだろう。でも、春香は知りたかった。
「子供が出来たってなったら責任取らないと、それこそ男としてどうなんだって感じだし」
八代さんはそう言ってやっと顔をあげる。そして、少し笑えていない笑顔を見せた。胸が張り裂けそうなほど痛い。
「でも正直、本当に俺は真希のこと好きなのかな? ってたまに思う時もある」
そう言った八代さんの顔を見ていると、もう我慢出来なかった。
「私、八代さんのことが好きです」
人生の答えなんて分かるわけない。でも、春香はこれが正しい答えだと思いたかった。
≪続く≫
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