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Answer~枯れない愛を探して~ 第八話【全九話】

【第八話】

 ずっと仕事を休むわけにもいかないので、その次の日から会社へと行った。何故行こうかと思ったかというと、綾子から八代さんが長期出張に出たという話を聞いたからだった。本当にいい同期を持ったと思う。

「ありがとうね。綾子」

 そう言うと、あまりそんなこと言わないでと少し照れた様子だった。綾子はツンデレなんだと思うと凄く可愛く見えた。そんな綾子にお弁当箱を差し出す。

「お礼にお弁当作ってきた。美味しいかどうか分からないけど」

「えっ! うそ!」

 お弁当箱を抱えながら、そう言って嬉しそうに微笑む綾子を見ると、自分も嬉しくなった。そのまま一緒にお昼を食べた。久しぶりだったけど、そんなことを感じないくらい色々なことを話した。まだ、完全に許してはくれてないとは思う。でも、もう元には戻れないかもしれないと思っていたのが、ここまで戻れたのはきっとマスターのおかげだろう。

「まさか綾子があのバーのこと知ってるとはね」

「毎晩毎晩、あの変なバーに吸い込まれるように入っていくの、本当に心配だったんだから」

「なかなかあのバーに入ろうとは思わないよね。私も最初はそうだった」

「あのマスターもなかなか癖が強いし」

「本当、そうだよね」

 でもあの時、春香がもしもあのバーに入っていなかったら、マスターとはきっと出会っていない。そう思うと、その選択は合っていたのかもしれないと思った。

 仕事終わり、帰る準備をしているとスマホから連絡が入った。その相手は天野さんだった。

「もしもし」

「木崎さん、お久しぶりです」

「久しぶり。どうしたの?」

 何かあったのかと思って、そう言うと天野さんは声のトーンを少し上げた。

「もしよかったら、今度ランチ行きませんか?」

 いきなりのランチの誘いに少し動揺した。誰だって不倫相手の妻に会うのは乗り気にはならないだろう。

「この前、出産前の挨拶を会社に行ったんですけど、木崎さんちょうどいなかったので」  

 そこまで親しいわけもなかったのにわざわざ挨拶をするために春香を誘うのは少し違和感があった。しかし、せっかくの後輩からの誘いを断ることは出来ず、春香は天野さんの誘いを承諾した。週末、指定された小さなカフェへと足を運ぶ。少しの間、店先で待っていると、この前よりもますますお腹を大きくした天野さんの姿が見えた。

「久しぶり。元気にしてた?」

 何と声をかければいいか分からず、とりあえず定型文のような言葉を並べた。

「はい。おかげさまで」

 そう言って、天野さんは笑顔で答える。おかげさまの意味は理解出来なかったが、春香はとりあえずスルーして笑顔を返す。店内へと入り、注文を聞かれたので春香はコーヒーを頼む。天野さんはソイラテを頼んでいた。 天野さんは外を眺めながら、少し広角をあげている。幸せのオーラというのか、そういう見えない何かが出ているようで、今の春香にはすごく眩しく見えた。何か話そうと思うが、対した話は出てこなくて困っていると、頼んでいたコーヒーとソイラテがやってくる。助かったと思いながら、コーヒーに手を伸ばし一口飲む。やっと息が出来た気がした。天野さんを見ると、ソイラテにゆっくり手を伸ばしていた。

「木崎さん」

「何?」

 いきなり名前を呼ばれたので思わず、声が上ずった。冷静を装っていても、こんな感じでは全くだめだと思って、またコーヒーに手を伸ばす。すると、ソイラテを飲みながら天野さんが言う。

「うちの夫と浮気してますよね?」  

 さすがに単刀直入すぎてびっくりした。でもそれと同時にあぁバレたんだと冷静な自分もいて、とても不思議な気持ちだった。目の前の天野さんは、そんな春香を見て得意げな顔をしている。その顔が少し嬉しそうな顔にも見えて、浮気されていたのに何故そんな顔をしているのか、春香には理解できなかった。  

「元々木崎さん、拓也のこと好きでしたよね?」

 こういうときはどう答えたらいいのか分からず、とりあえず正直に答えることにした。

「……好きだったのは、認める」  

 そう言うと天野さんは微笑んでいる。その顔が、何を考えているか分からず、なんとなく怖かった。天野さんはソイラテを一口飲んで春香に顔を近づけてきた。思わず、のけ反った。でも、そのことを気にすることなく天野さんは続けた。  

「拓也も木崎さんのことが好きだった。だから私、拓也に近づいたんですよ?」  

「……なんで?」  

 天野さんの言っている意味が理解出来ず、春香がそう聞く。すると天野さんは、それまでの笑顔とは信じられないくらい冷徹な顔で言った。  

「私、木崎さんのこと嫌いなんですよ」  

 可愛がっていた後輩からのいきなりの言葉に正直困惑した。でも、春香は天野さんに何か嫌われるようなことをした覚えは一度もない。

「だって、そんなに可愛くもないのにちょっと仕事が出来るだけでみんなから好かれて、いい気になって」  

 だから嫌いなんですと天野さんは、春香に言った。

「でも、だったらなんで八代さんと結婚したの?」

 そう言うと天野さんは、はぁと言って分かりやすくため息をついた。

「全部言わないと分からないですか? ここまで言ったら普通分かるでしょ」  

「分からないから聞いてるの」  

「私は木崎さんのことが嫌いだから、木崎さんが大好きな拓也に忘年会の時に近づいて、そのままホテルに行ってやることやって子供作ったんです。それで結婚したんです」

 そういえば八代さんも忘年会の時に酔った勢いでホテルに行ったと言っていた。それは全部、天野さんの作戦だった。春香たちは、天野さんの掌で踊らされていたのだ。

「でも木崎さん馬鹿ですよね。もしも早く拓也に告白してたら、今頃拓也と結婚出来てたかもしれませんよ?」

 何も言葉が出てこなかった。天野さんは春香と八代さんの関係をずっと知っていた。というよりも不倫関係になることを分かっていた。そのことを全く知らない二人を見ながら、心の中で笑っていたのだ。

「でも、最終的に拓也が選んだのは私ですから。拓也が木崎さんのこと好きだったとしても、私を選んだんです」

 それじゃと言って、天野さんは大きなお腹を大事そうに抱えて立ち上がり、そのまま店を出ていく。これは怒りなのか、悲しみなのか、何なのか。感情がぐちゃぐちゃで少しの間、動けなかった。

 その後はよく覚えていない。きっとそのまま歩き続けたのだと思う。気が付けばバーの前にいた。店の前にはclauseの看板が出ている。そのまま春香はバーの扉を開けた。そこにはマスターがいて開店準備をしているのだろう。マスターの顔を見た瞬間、涙が止まらなかった。

「マスター……」

「ちょっとお前、どうしたんだよ」

「ごめんなさい……ごめん……」

「いいから。ちょっと落ち着け」

 マスターは何も言わず、背中をさすってくれた。 優しくて大きな手が暖かくて心地いい。少し落ち着いた後、春香はカウンターに座る。目の前にはマスターが立っている。

「何か聞いてほしいからここに来たんだろ」  

 マスターはそう言って、水を差し出す。  

「お酒じゃないんだね」  

「まだ、開店前だ。しかもお前のツケは尋常じゃないからもう酒は出さない」

 お前のせいで店危ないくらいだぞと言いながらもマスターはカウンターに肘をついた。  

「それで、どうしたんだ?」  

「……うまく話せないかもしれないけどちゃんと聞いてね」  

 そう言って、春香は目の前の水を一口飲んだ。ひんやりと喉が冷たい。それから天野さんに言われたことを全てマスターに伝えた。

「何だったんだろうね。私のこの何か月間って」

 無理やり笑おうとすると、また涙が出てくる。我慢すればするほど、じんわりと視界が滲んでくる。でも、この何か月が全て無駄だったとは思わない。春香に大切なことを教えてくれた。

「それで、お前はどうしたいんだ?」  

 何か月か前、自分はどうしたらいいのだろうと悩み続けた。真っ暗だった世界の中、真っ暗な道をひたすら自分が正しいと思う方向へ進み続けた。何も見えない中、不安でいっぱいだった。でも今は嘘みたいに自分の進む道が見えている。どうすれば、幸せになれるのだろう。そんなこと誰にも分からない。誰が教えてくれることもない。人生は結局自分の進みたい道に進むことしか出来ないのだ。

「自分なりの答えを見つけます」

 涙を拭いて、笑顔でマスターに言う。きっと今の自分なら、正しい人生の選択が出来るはずだ。

≪続く≫


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