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Answer~枯れない愛を探して~ 第五話【全九話】
【第五話】
その足で春香は、バーへと向かった。バーの扉を開くと、マスターの姿があって少し安心した。
「お前、また来たのかよ、ていうか開店前なんですけど!」
「今日は飲みたい気分なの」
「どんな迷惑な客だよ」
マスターは開店準備をしながらも、春香の方を向く。
「マスター、強いお酒ちょうだい!」
「嫌だ、また俺が送らなきゃいけなくなるだろ?」
「マスターなら送ってくれるでしょ?」
しょうがねぇなとマスターはシェイカーを取り出して、カクテルを作り始める。シャカシャカとシェイカーを振る姿は、少し悔しいけどかっこよく見えた。暫くしたら目の前に色鮮やかで綺麗なカクテルが出てきた。
「わぁ、綺麗……」
「どうぞ、サボテンスペシャルカクテルです」
「カクテルはいいのに、名前のセンスがくそダサい」
「なんだよ、せっかくお前の為に作ったのに!」
差し出されたカクテルを一口飲むと、少し甘酸っぱくて美味しかった。美味しいとマスターに言うと当たり前だとまんざらでもないような顔をしていた。
「なんでバーの名前、サボテンなんですか?」
前々から気になっていたことをマスターに聞いてみた。するとマスターは口を少しへの字に曲げた。その顔がどういう感情なのか、読み取ることが出来なかった。でも、多分言いたくないのだろうとそのまま春香はカクテルを口へと運んだ。
「サボテンの花言葉、知ってるか?」
「花言葉? 知らないです」
「枯れない愛」
それだけ言うとマスターは準備があるからと奥に引っ込んでいってしまった。
「……枯れない愛」
どういう意味で付けたのか分からないけど、マスターなりに何か意味があってつけたのだろう。少し腑に落ちないが、これ以上は聞かないことにした。
「うっ、気持ち悪……」
カクテルを飲み終えた春香は、急に気持ち悪くなった。凄い吐き気がする。
「ちょっとマスター! 気持ち悪いからトイレ借りる!」
春香はそのままトイレに駆け込んだ。マスターが遠くで、大丈夫かと言っている。でも吐き気で返事が出来ない。
「もしかして……」
途端に目の前が真っ白になる。自分のお腹をさすってみる。もしも、妊娠していたら……間違いなくその相手は八代さんだ。避妊はちゃんとしているつもりだ。でも、前回いつ生理が来たのか自分でも思い出せない。だから、絶対ないとは言い切れない。
「どうしよう……」
吐き気が収まるまでトイレに籠もり、出てきた頃には目の前でマスターが心配そうな顔をしていた。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「多分、大丈夫」
「お前、もしかして……」
マスターも同じことを思ったのか、そう言って口ごもる。
「いや、ないと思うんだけど」
「分からないんだったら病院行くぞ。ついてってやるから」
マスターはそう言って、春香の腕を掴む。
「えっ、ちょっと店は?」
「休みだ! 休み!!」
万が一のことがあるとマスターの打診もあり、春香は病院へといくことになった。マスターが車で病院まで送ってくれた。
「別に一人でも来れたのに」
「だって、お前顔色悪いから」
「今すぐ帰ったら開店には間に合うから帰ったら?」
いいから早くいけとマスターに言われて、病院へと向かった。正直、心細かったけどマスターが病院まで送ってくれたから、少し気持ちが落ち着いた。春香は検査を終えて、先生のいる部屋へと通される。
「妊娠していませんね。きっと不摂生からくる体調不良かと」
それを聞いて、一気に体中の力が抜けた。しばらくお酒は控えるように言われて帰ることになった。とりあえず、マスターに連絡をすると、心配かけやがってと言いながらもよかったと言っていた。
春香が病院から出ようとすると、後ろから声をかけられた。
「木崎さん?」
「天野さん……」
振り返ると天野さんが立っていた。お腹を抱えて幸せそうな顔をしている。その姿を見て、少し胸が痛む。
「久しぶりだね」
「木崎さん、なんでこんなところに?」
「あっ……ちょっと体調悪かったから念のために病院に来たの」
「そうですか」
すると、天野さんはそういえばと言って、何か思い出したかのように言う。
「拓也から木崎さんが一緒にご飯付き合ってくれてるって話をよく聞いてますよ」
その言葉に少しドキリとした。天野さんはいつも拓也の相手をしてくれてありがとうございますなんて笑顔で言った。
「私は実家にいることが多いので、多分拓也には寂しい思いをさせてると思うので」
「うん……」
「でも、木崎さんとか森本さんとご飯食べたりしてるって聞いて少し安心しました」
その様子を見ると、関係がバレたというわけではなさそうで少し安心する。
「あ、私もう行かないと。それじゃ、また」
そう言って、天野さんは大きなお腹を抱えて歩いていく。病院の前に車が止まっているのが見えた。そこから出てきたのは、八代さんだった。笑顔でゆっくりと歩く天野さんを迎えて、助手席へと乗せる。その姿を見ながら、春香は動けずにいた。
きっとあれが、本当の姿だ。そこに春香がいる隙間なんて一ミリもない。車が出ていくのを待って、春香は外に出る。本当にこのままでいいのか。その気持ちばかり膨らんでいく。
「……なんか私だけ、悪者みたい」
小さくそう呟く。その言葉はすぐに生暖かい空気に溶けていく。そのまま家に帰るのも嫌で春香は結局バーへと向かった。開店時間を過ぎているにも関わらず、店の扉にはclauseの看板がかかってある。店の明かりはついている。きっとそのままめんどくさくなって、休みにしたのだろう。せっかくの休日の稼ぎ時に何してるんだろうと文句でも言ってやろうと扉を開ける。
「うわ、お前なんなんだよ」
「何、ずる休みしてるんですか」
扉を開くと、そこにはマスターがカウンター側に座っていた。いつもは奥で立っているのに新鮮だなと思う。
「お前のせいだぞ。急に吐き気するとか言うから」
「ご心配かけてすみませんでした」
そう言って、頭を少し下げると反省してないだろと言われた。春香はマスターの座っている隣の席に座る。
「マスターこそ、稼ぎ時に何してるんですか」
「いいだろ、別にどうせあんまり人来ないんだから」
マスターはきっとウイスキーか何かを飲んでいるのだろう。グラスを傾けて、カウンターに肘をついた。
「マスターが飲んでいるの見るの初めて」
「そりゃ、いつも飲んでないから」
「ていうか飲んでいいんですか? 車で来てるんでしょ?」
「電車で帰る」
「ていうかマスターってどこに住んでるんですか?」
「そんな個人情報ベラベラ喋るかよ」
そう言うとマスターはグラスに口をつける。なんだか、いつもと雰囲気が違う。お酒を飲んでいるからかと思いながらも隣でマスターを見る。
「ていうか私の家は知ってるくせに! 別に教えてくれたっていいでしょ?」
「それはお前があの日あんなに酔っ払ったから仕方なく送っただけだろ? 知りたくて知ったわけじゃないし」
「なんですか、その言い方!」
さっきまであんなに曇っていた気持ちがマスターと話していると嘘みたいに晴れていく。そして、とても気持ちが明るくなる。
「お前、大丈夫なのか?」
「おかげさまで元気です」
「違う。なんかあったんじゃないのか?」
「えっ……」
マスターには何でもお見通しなのだろう。隠しても無駄だと思って、さっきの話をした。
「なんか私だけ悪者みたい……って。まぁ、そうなんですけど」
そう言うとマスターは、春香の方に体を向ける。
「本当にその男のこと好きなの?」
「……好きですよ」
「そんなにつらい思いするなら離れれば?」
「でも、好きなんですよ」
「それほんとに好きなの?」
そう言うと、マスターは距離を詰める。ゆっくりとその距離は縮んでいく。気が付けば目の前にマスターの顔があった。そして、唇と唇がそっと重なる。
「俺じゃダメか?」
少し、頬を赤く染めたマスターの顔。ほんのり香るウイスキーの匂い。
「ごめん、なさい……!」
春香はそう言って、逃げるようにバーを出た。少し走って、立ち止まる。触れた唇が、燃えるように熱い。
「何なの……」
春香の心は、かつてないほど揺れていた。
≪続く≫
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