Answer~枯れない愛を探して~ 第六話【全九話】
【第六話】
八代拓也は、仕事に追われていた。今日も残業決定だろう。忙しいのは繁忙期だから仕方ない。はぁと少しため息をついた後、パソコンへと向かう。
「八代! この資料、ここ間違ってるぞ」
上司に言われて、資料を受け取る。
「すいません。すぐ修正します」
忙しいからか会社の雰囲気もピリピリしている。拓也はこの雰囲気が嫌いだ。まぁ誰も好きではないとは思うが、出来れば今すぐにでも事務所を出たかった。でも、まだ仕事がある。この前飲みに行ったのはいつだったかなと心の中で愚痴る。席に戻って、資料の修正をしていると、机の上にポンとコーヒーを置かれた。
「八代さん、手伝うことあったら言ってくださいね」
「……木崎さん」
今日も残業ですかねと少し残念そうに笑う木崎さんを見て、何故か拓也は安心した。きっと彼女が、自分が求めていることを分かってくれて嬉しかったのだと思う。
あの日、好きだと木崎さんから告げられた時、素直に嬉しかった。それと同時に、悲しかった。自分はもう既に結婚しているし、もうすぐ子供も生まれる身だった。出来ることなら時間を巻き戻したかった。何故もう少し早く気持ちを伝えることが出来なかったのか、自分で自分を恨んだ。もしも、拓也が思いを伝えていれば、今頃どうなっていただろう。自分と彼女は、何に縛られることもなく、結ばれることが出来たのだろうか。それは今となっては誰にも分からない。
「八代さん、これ私やっておきますね」
「ありがとう。助かる」
「いえいえ。二人でやった方が早く終わりますから」
そう言って木崎さんは自分の席へと戻る。今思えば好きだと伝えることなんて、いつだって出来た。でも、自分は何度飲みに行っても、何度ランチに行っても、結局勇気が出なかった。この関係を壊したくなかった。隣で笑う彼女を失いたくなかった。ただ、それだけだった。
資料の訂正を終えた頃には、八時を過ぎていた。拓也の作業を手伝って、木崎さんも一緒に残ってくれていた。
「木崎さんありがとう。でも、そろそろ帰った方がいいよ」
「……そうですね」
あまり帰りたくなさそうな顔をしている。でも、この時間から家に誘うのもどうかと思ってやめた。帰りますねと木崎さんが帰る準備を始めたので、拓也も仕事を終えることにした。そのまま、会社の前で木崎さんと別れて、コンビニに寄って弁当を買う。弁当の種類は頻繁に変わるわけじゃないので、毎日だと正直飽きてくる。弁当を選びながら、無意識に木崎さんの手料理が食べたいと思った。その瞬間、ダメだと思い、からあげ弁当を手に取ってレジへと向かった。
家へと帰ると、明かりがついていた。一瞬自分が消し忘れたのかと思ったが、中から真希が出てきた。大きなお腹を抱えておかえりと出迎える。
「真希……」
「拓也遅かったんだね」
「うん。繁忙期だから」
「そっか」
家に帰ると聞いていなかったからびっくりした。木崎さんがいない時でよかったと少しほっとする。
「なんで帰ってきたの?」
「私の家なんだから別に帰ってきてもいいでしょ?」
「いや、そうだけど。なんかあったのかと思って」
「拓也がちゃんとしてるかなって心配だから来たの」
思ったよりも綺麗でよかったと真希が言う。木崎さんが来た時に全部片づけてくれているので部屋は綺麗にされていた。でもそれは口が裂けても言えない。少し話をしてから真希は眠たいから寝るねと寝室へと向かった。
「はぁ……」
やっと普通に息が出来る。少しほっとして、コンビニの袋から弁当を取り出す。電子レンジに弁当を入れて、冷蔵庫からビールを取り出す。プシュッと缶を開けて、一口ビールを胃に流し込む。
自分はこのままでいいのか。毎日その自問自答に捕われていた。でも、結局決められなくてそのまま一日が終わっていく。真希には本当に悪いと思っている。新婚の自分が浮気なんて、どれだけ謝ったって許してもらえないだろう。自分の行いを正当化しようとは思わない。でも、どうしようもなく今、自分は彼女に惹かれている。もう誤魔化せないくらいに彼女に会いたい。彼女と過ごしたい。チンと電子レンジの音がして、我に返る。温めた弁当を食べるが、何も味がしない。胃が拒否しているような感じがした。でも、気にせず全てビールで流し込む。
「俺は何やってるんだ……」
結局、その日はもう一本缶ビールを開けて、酔いに任せて眠りについた。
***
やっと繁忙期が終わった頃には、真希の出産も近づいていた。なんだかそわそわして落ち着かない。誰しも父親になる時は、こういう気持ちなのだろうか。でも、拓也の場合は周りとは違う気持ちも混じっているはずだった。
「八代さん、今日空いてますか?」
拓也が帰る準備をしていると、木崎さんが声をかけてきた。
「今日? 空いてるけど」
「じゃ、久しぶりに飲みに行きませんか?」
いつも自分から誘って飲みに行っていたので、木崎さんから誘われて少し嬉しかった。
「いつも私が行ってるバーなんですけど、よかったらそこ行きませんか?」
木崎さんがバーなんて行くんだと少し意外な感じがした。木崎さんについていくと、高架下の人気の少ないところにバーがあった。看板には「サボテン」と書かれている。
「さ、入ってください」
「えっ、ちょっと」
木崎さんに押されて店内へと入る。店の中を見渡すとカウンターの奥に無精ひげを生やした男が立っていた。
「マスターお久しぶりです」
「お前っ……一か月も何してたんだよ!」
「ふふっ、繁忙期だったんで!」
すいませんと木崎さんはマスターと呼ばれる男と親しげに話す。なんだかもやもやとした気分になる。
「あっ、紹介しますね。こちらがこのバーのマスターです」
「このバーのマスターやってます。落合俊介です」
そう言って、目の前の男は少し頭を下げ、不愛想に自己紹介した。
「なんでそんなに不愛想なんですか」
「いいだろ。俺元々不愛想なんだよ」
「いや絶対違うでしょ」
二人が仲良さそうに話す姿を見て、正直イライラした。明らかに拓也は、この男に嫉妬していた。
「どうも、八代拓也です」
出来るだけ冷静を装って、拓也はカウンターの席に腰掛けた。木崎さんも拓也の隣に座る。そして、木崎さんはマスターに耳打ちをする。
「マスターは私たちの関係、知っていますから」
自分といない間にここにきて、この男に色々話を聞いてもらっているのだろうか。そう思うとなんだか嫌だった。
「最初このバーに来た時にバレちゃって」
「あれはただのはったりだったんだけどな」
「えっ? そうなの?」
「適当に言ったら本当に当たっただけ」
「あんなにかっこつけてたのに!」
久しぶりに木崎さんが笑っているのを見た気がした。何よりすごく楽しそうだった。そして、自分といる時よりもずっと明るくて何だかキラキラしていた。
「何飲みますか? あ、あれにしますか? サボテンスペシャルカクテル……」
「お前馬鹿にしてるだろ」
「してませんって」
とりあえず、ビールを頼んだ。木崎さんは、マスターにお酒を止められてお冷と言われて怒っていた。
「せっかくバーに来てるのに酷いと思いませんか。お冷出すなんて!」
「仲良いんだね、マスターと」
少し皮肉っぽく言うと、まずいと思ったのか木崎さんが口ごもる。
「いやいやそんなこと……」
「仲良くないですよ。こんなやつとは」
そう言うと目の前にビールが出てくる。木崎さんの前には、多分ウーロン茶が置かれた。
「あっ……私、お手洗い行ってきます」
木崎さんはさっきまで喋り続けていたのにいきなりそう言って、トイレへと席を立つ。マスターと二人っきりになり、正直、気まずい。何か喋った方がいいかとビールを飲みながら、考えていると、マスターと目が合った。
「あいつのこと、本気で好きなんですか?」
その一言で分かった。この男も彼女のことが好きなのだと。そして、この男に負けられないと思った。
「ええ、好きですよ」
「本当にあいつのこと、愛してますか?」
「はい、愛してます」
この男よりも木崎さんのことを好きだと口ではいくらでも言えるのに、それを証明することは難しかった。それにさっきの様子を見て、木崎さんのあんなに楽しそうな笑顔を引き出せるこの男に自分は勝てるのかと少し弱気になった。
「本当にあいつのことを思っているのなら、もう会うのはやめて下さい」
それだけ言うと、何のつもりか分からないが、目の前にウイスキーを出してきた。
「あいつはずっと苦しんでいる。あんたのせいで、ずっと泣いてる。本当にあいつの幸せを願うのであれば、これ飲んでさっさと出てってくれ」
それだけ言うと、男は奥に引っ込んでしまった。それとほぼ変わらないタイミングで木崎さんがトイレから戻ってきた。
「すいません。あんな変なマスターと二人っきりにしちゃって。なんかありました?」
「いや、何も。奥に行っちゃったよ」
「客いるのに奥に行くなんて失礼なことありますか? 本当にもう……だから全然お客さんが来ないんですよ」
きっと拓也がこの目の前にあるウイスキーを飲んで、店を出ない限り、あの男は出てくることはないだろう。拓也は、ウイスキーのグラスを持ち、一気に飲み干した。頭がくらくらする。
「木崎さん、まだ早いけどもう出よう」
「ちょっと、待ってください!」
座っている木崎さんの腕を掴み、無理やり外へと出た。そして、そのまま大通りに出る。まだ頭がくらくらしていたが、そんなことはもう関係なかった。
「八代さん、マスターと何かありましたか?」
マスターが何か失礼なことしていたらすいません、あの人不器用なんでと木崎さんは必死に話している。何故あの男のことばかり話すのだろう。拓也は少し歩いた近くの公園で拓也は足を止めた。
「ごめんなさい。私があの店に行こうなんて言ったから」
「マスターのこと好きなの?」
「えっ、いや……そういう関係じゃないですよ」
彼女の瞳が少しだけ泳いだのが分かった。
「……俺たち距離を置こう」
「えっ、なんで……」
木崎さんはそう言って、俯いてしまった。本当はこんな顔させたくない。でも、今の自分はこうするしかなかった。
「マスターとは何もないです。信じて下さい!」
「そうじゃない。……真希の出産も近いから。とにかく今は距離を置きたい」
「八代さん……」
それじゃと言って、拓也はそのまま公園を出た。まだ頭がズキズキと痛む。彼女を離したくないのに、好きなのに、今の自分にはどうすることも出来なかった。
≪続く≫
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