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元カレの元カノご飯は「そうめんチャンプルー」【読書感想文『元カレごはん埋葬委員会』】

「俺、あれが一番好きやったわ。あの、そうめんのやつ」
「あ、そうめんチャンプルー?」
「そう、それ! なんかめっちゃ記憶残ってるわ」

私が『元カレごはん埋葬委員会』を読んですぐに思い出したのは、別れて2年後に再会した元彼との、この会話だった。

付き合い始めたのがコロナ第1波真っ只中だった私たちのデートは、もっぱらおうちデートだった。
元彼は車を持っていた人だったのでドライブしたり、綺麗な夜景に連れて行ってくれたりすることもあったが、できるだけ外食やお出かけは控えていて、ご飯を食べるのは私の家が多かった。控えてはいたのだが、たまに「いつも俺が来る度に作るの、しんどいやろ。奢るから美味しいもの食べに行こ」と連れ出してくれていた。そんなところも好きだったな、と今書きながら思い出す。

当時の私は「休みが合わない彼に私がしてあげられることは、おいしいご飯を作ってあげるくらいしかない」と思っていたので、特に苦に感じたことはなかった。私が作った料理を台所から部屋に運んで、それを見た彼は目を輝かせてくれて、「めっちゃおいしそう!」と興奮気味に料理の写真を撮って、私も席に着いたタイミングで「いただきます!」とモリモリ食べてくれる。こちらから聞かなくても「おいしい!」と言ってくれていた。たまに言わない時は不安になって「……おいしい?」と聞いてしまっていたのだが、モリモリ食べながら「おいしいに決まってるやん」と答えてくれる彼が好きだった。

初めて食べてもらったのがカレー(急遽来ることになったので、前日の作り置き)、記念日には彼のリクエストでタコライスを作った。でも、再会した元彼の口から出てきたのはそのどちらでもそれ以外でもなく、そうめんチャンプルーだった。

その日もおうちデートをしていて、でもスーパーに買い出しに行くのも面倒だったから、家にあるもので作れるものを考えた。それが、そうめんチャンプルーだった。祖母直伝の料理である。

湯がいたそうめん、ニラ、シーチキンを好きなだけ、そこに醤油を適量、そうめんがひっつかないように油も適量、これらをフライパンの上でひたすら混ぜるだけ、という超簡単料理である。それが、元カレの元カノ(私)ごはんらしい。

なぜそんなに印象に残ってるのかはわからないと本人も言っていたが、私がそのそうめんチャンプルーを作る時に、材料確認のために祖母に電話していたこと、作り終わって食べようとしていたところに祖母から電話がかかってきたこと(ちゃんと作れた? 的な確認の内容)もすごく覚えていると言っていた。家族仲が良くて、そこも良いなと思った、ということも言ってくれた。

……というようなエピソードを、『元カレごはん埋葬委員会』を読んで、真っ先に思い出した。私にもエピソードあったな、と。

そもそもなぜこの小説を手に取ったのかというと、私がもともと著者の川代紗生さんの書く文章が好きだったからである。昨年出版されたエッセイ本『私の居場所が見つからない』は心に刺さりすぎて辛かった。友人にも共有したくて勧めまくったら、その友人も辛くなってしまった。そうそう、これ私も思ってた! とか、私のあのモヤモヤ、言葉で表すとこれだ! とか、良い意味で問答無用でグサグサと心を刺してきた。

そんな川代さんが書かれた小説『元カレごはん埋葬委員会』だが、こちらも例に漏れず、私の心に刺さりまくった。エッセイ本に負けず劣らず、グッサグサと。殺られた……。

まずは川代さんの代名詞とも言える「元カレー」こと「元カレが好きだったバターチキンカレー」。冒頭からご愁傷様すぎる展開だった。だって、ラブホで振られるなんて……。自分に置き換えて想像しただけで、背筋がぞわっとした。しかも、やってないっていう。え、ラブホに入ったらやるもんじゃないの? 別れる気だったとしても、ラブホってそういう場所じゃないの? 別れるにしても、やってから別れないの? 男の人って、やりたいもんじゃないの? え、ちょっとよくわからん、てか、え、恭平なに考えてんの????

というのが冒頭を読んだ私の感想である。
女心は難しいというのはよく言われるが、私からすると男心もまっっっじでわからん。そんな中、私を激しく共感させたのが、雨宮店長のこちらの言葉。

失恋の傷を癒してくれるのは、共感、時間、復讐、この三つしかないんだよ、結局

川代紗生著『元カレごはん埋葬委員会』第1話より

いや、まっっっじでそう!!!!!! 店長ううううううう!!!! ……となりました。いや、本当にそうだよ。まず友人に「振られたああああああ」と当たり散らして、友人たちは私の気が済むまで何カ月も同じ話を聞き続けてくれ(我ながら良い友人を持った)、そうしてやっと落ち着いてくる。

そして一番わっかるううう!!! となったのが「復讐」。だって、私がダイエットを始めてメイクや髪型を研究し始めたのは、元彼といつ何時、街中で会っても後悔させられるように、というただの執念でしかなかったのだから。そして文章を書き始めたのも、ダイエットや垢抜け作戦が終了した時に「こんなに可愛くなった私を奴が知らないなんて許せない!!!! せめて奴の目に留まる可能性が高くなるように、文章でまとめてネットに載っけてやる!!!!!」という何ともひねくれた理由からなのである。

そうだよね……失恋したら悲しいとか後悔とかいろいろあるけど、復讐してやりたいって思いも沸々湧いてくるよね……私だけじゃなかった……。そして復讐からやってくる原動力のすごさも、失恋経験者なら痛いほどわかる。見返してやると意気込んで復讐に励んだところで、相手に届く見込みは少ないし、ほぼないに等しいし、恭平みたいに相手が幸せになっていたりした時の絶望はものすごいけれども(私の元彼はまだ結婚していないし私と別れて以降彼女もできていないのでそのあたりのダメージは未経験なのだが)、それでも失恋した女たちは「失恋」を原動力にしか自分を動かせないのかもしれない。それが「復讐」と自覚していなくても、彼と付き合っていた時の自分よりレベルアップしないとダメだ! という思いが無自覚にその後の行動に出てしまうことはあると思う。それが良いきっかけとなり、その元彼よりさらに良い人に出会えたり、違う世界が広がったり、そういうこともあるかもしれない。そう考えたら、失恋ってめちゃくちゃしんどいけど、めちゃくちゃハードだけど、自分がもっともっと良い女になるための壁だとも思える。女は壁が目の前にあれば「なんじゃくそーーー!!! このやろーーー!!!!」って、ものすごい勢いでグワーーって登れる強さがあるからだ。女は、強いのだ。

「大好きだった。ぜんぶぜんぶ、大好き。こんなことなら、もっと言えばよかった」
もっと言えていたなら、後悔しなかっただろうか。
バカな戦略なんてあれこれ考えないで、ただ「好き」と素直に言っていたら。

川代紗生著『元カレごはん埋葬委員会』第1話より

痛い……胸が痛い……。
でも、これは失恋女子もれなく全員が経験済みの痛さなのではないだろうか。「ああすれば良かった」とか「こうしてれば何か違っていただろうか」とか、今さら考えてもどうしようもないけど、頭をグルグルと駆け回る「タラレバ」のオンパレード。あの時に戻れば今度こそ……と思うけれども、そんな時は絶対にこない。わかっているけれど、この行き場のない思いはどうすれば……いや、もうどうすることもできない……。

元カレごはん埋葬委員会は全部で8話あるのだけれども、1話目ですでに、自分の経験と照らし合わせて、元彼との楽しかった・嬉しかったあれこれの思い出と、振られた時の喪失感+復讐心を思い出す、の繰り返しで、読んでいて非常に疲れる&苦しい。それぞれの登場人物に感情移入もしてしまうし、とにかく感情が忙しい。

元カレには、絶対に後悔してほしいとしか考えていなかった。いつかどこかですれ違って、綺麗になったなって思ってほしい。逃した魚は大きかったって、舌打ちしてほしい。

川代紗生著『元カレごはん埋葬委員会』第8話より

あれ、ここ、私が書いた? 3年半前の振られたての私が、ここだけそっくりそのまま書いた???
それくらい、3年半前、元彼に振られて復讐心に燃えていた私の心の中と同じだった。そう、本当にこう思っていた。「私を振ったこと、これでもか!!! ってくらい後悔してほしい」って。めちゃくちゃ可愛くて良い女になった私を見て「ああ、俺はなんて良い女を振ってしまったんだ……」って地団駄踏んでほしいって、そう思っていた。

でもきっと、相手の幸せを願うことで、報われる気持ちもあるのだ。

川代紗生著『元カレごはん埋葬委員会』第8話より

そう……なのかもしれない。でも、私は正直、まだその領域までいけていない。元彼の幸せなんて、願えない。私にまだ新しい彼氏ができていないうちに、向こうに彼女なんてできたら、改めて振られたわけでもないのに再び大ダメージを喰らい、そのダメージに耐えながら、再起するために今度はどんな自分磨きをして懲らしめてやろうかともがきながら考える日々が始まるのだ(別に元彼からすると懲らしめられる覚えはない)。

でも再会時に、元彼は「お前には幸せになってほしいし、新しい良い彼氏ができたらいいなと思うよ」と言っていた。いや私としてはあなたが振らなければ昔も今も大好きなんですけどね、と言いたいところをグッと堪え、ていうかそれは本人に言わず、そっと心の中で私の幸せを祈っておいてほしかったよと少なからず思ったりもしたけれども、それでも別れた私の幸せを願えるあたり、元彼の方が私より前進しているのかもしれない。いや、それか、向こうは振った側で、私は振られた側だからなのか?

そんな私の元カレの元カノごはん「そうめんチャンプルー」は祖母の故郷である鹿児島県の離島に行った時、宿泊したホテルで出てきた料理だった。あまりにも美味しかったので祖母がホテルの人に口頭でレシピを聞き、それを家で作り始めたのが我が家でのそうめんチャンプルーの始まりである。
祖母や母は私が帰省すると高頻度でそれを作ってくれる。私も好きな料理で、だから材料も家にあって元彼にも振る舞ったわけなのだが、振られたてほやほやの時はその料理が出てくると元彼を思い出してしまうので辛かった。これ、おいしいって食べてくれてたなと、嫌でも思い出してしまうのだ。

しかし、これも「時間」がある程度は解決してくれた。やっぱり元彼は思い出してしまうけれど、胸の痛みは時間と共に薄れていった。元カレの元カノごはんになる以前に、これは我が家で長年作られて食べ続けられてきた味だ。私の元彼ごときで、このおいしい味が潰されてはならぬ。我が家のそうめんチャンプルーは、簡単で美味しいのである。

きっと、人の数だけ「元カレごはん」「元カノごはん」があると思う。
この小説は、読みながら読者それぞれの「元カレごはん」「元カノごはん」を思い出させてくれる。そして、実際に行ってはないけれど、脳内で喫茶「雨宿り」に行っていて、ももちゃん・雨宮店長・黒田さんに話を聞いてもらってレシピも再現しておいしく食べて「この度はご愁傷様でした」と言ってもらっているのだと思う。
まだ元カレ元カノへの思いが成仏させられていない人にはぜひ読んでほしいし、読んで思いを成仏させてほしいなと思う、そんな話だった。

それにしても、喫茶「雨宿り」、現実に欲しいな。あったら行くのに。ポップアップとかでもいいからやってほしい。そして続編希望。そしてそして、実写化も希望。

そしてそしてそして、実写化にあたっての、私の勝手なキャスティング希望は以下である。

・店長、向井理(これは譲れない)
・ももちゃん、小芝風花
・黒田さん、鈴木亮平

どこか決裁権のある人に、届け!!!!!!!(どこだ、それ)


最後に……
「黒田」は元カノごはんが私のそうめんチャンプルーである、私の元彼と同じ苗字で、これにも少々心揺さぶられてしまったことだけ残しておく。
(ちなみにまったくもってどうでもいいが、私の元彼・黒田は、プロレスラーのオカダ・カズチカ似である。決して鈴木亮平似ではない)



●今回読書感想文を書いた本はこちら↓


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