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最近の記事

スウ・ドン剣法免許皆伝60ここのえの位って何?

久しぶりに書いておきたいことに出会った。雑誌剣道日本2021年3月号に、女性7段合格者2名の方の記事が載っていた。ブランクがあったり母親になって子どもと共に始めたりの中での合格、すごいことだ。10年挑み続け78歳で合格、しかも、退職金で道場まで建てて剣道の修業と伝達育成に取り組むなんて、頭がいくつあっても下げきれない。その方がコロナ禍での受審に当たり、「中心を攻めて一歩入り、気を溜めて打て」と教わった『九重の位』を頭に入れて、打ち込み台の打ち込みに丹念に取り組んだそうだ。自分

    • スウ・ドン剣法免許皆伝59剣道八段審査はやり安い?

      剣道八段審査は東大合格より難しいと言われている。1%の合格率と言われ、世界で一番厳しい受験だと言える。でも最近気付いたのだ。八段審査はやり安いのだと。簡単に合格すると言う意味ではないが、何故そう思ったのか。およそこの世の中のあらゆる試験という物は、どんな問題が出るか分からない。分からないからこそ問題集なる物があって、たくさんの問題を勉強している。ところが、七段審査も同じかも知れないが、特に八段審査は問題課題は分かっている。課題は一つしかない。相手は必ず面に打ってくる、初太刀の

      • スウ・ドン剣法免許皆伝58心を回す剣道?

        剣道の世界では無心という言葉がよく使われる。深い意味があるのだが、今日はその事はさておいて、一体、心は何処にあるのだろう。昔から人は心は胸にあると思ってきた。だから、胸の内を明かす、胸中お察しいたします、胸が痛むとか使う。心臓がドキドキ、バクバク仕出すから、心は胸にあると思ったのだ。でも現代人は知っている。心は頭の中にあるのだと。だから、「頭にきた」と怒っている。でも、頭の中は見えない。心は見えない。心は何処に現れるのだろう。🐶の心はしっぽと口に現れる。ご主人さまが家に帰ると

        • スウ・ドン剣法免許皆伝57素振りより素打ち

          中学入学後剣道を始めた頃は、無心に素振りをしたものだ。でもだいぶ前から自分の中では「素振りより素打ち」という言葉が頭の隅にある。大素振りや8の字素振りは、肩関節や手首の柔軟性など準備運動的に大切ではある。ただ、前進後退の空間正面打ちの素振りよりは、実際に素の人形や相手が頭上に横に上げた竹刀や打ち込み棒などを打った方がいいと言うことだ。百回空間打ち素振りをするよりは、十回、物を打つ方が、正しい打ち感覚を摑むためにはいいという事だ。極端な言い方すれば、百害あって一利なし、まあ一利

        スウ・ドン剣法免許皆伝60ここのえの位って何?

          スウ・ドン剣法免許皆伝56攻撃は最大の防御なのか

          攻撃は最大の防御なりという言葉は大体の人が知っている。そしてまた、剣道マンの中にもそれを信じている人もいる。常に積極的に攻撃を仕掛ければ、相手は防御一方になって攻撃する暇がない、だからこちらは防御する必要がない、だから攻撃は最大の防御だというような理屈だろう。でも自分には、攻撃は最大の失敗の方がしっくりくる。若い時からその痛みや悔しさの体験の方が多かった気がするのだ。遠く離れた所からの、大砲や鉄砲や弓矢であれば、攻撃は最大の防御が通用するだろう。遠くから放つこれらの武器の攻撃

          スウ・ドン剣法免許皆伝56攻撃は最大の防御なのか

          スウ・ドン剣法免許皆伝55剣風様々示現流への目覚め

          剣先動かす動かさない、人それぞれいろいろあるが、今は剣先を動かす人の方が主流な気がする。私も若い頃は、鶺鴒の尾(セキレイという鳥が尻尾を振る様)の様に剣先を動かしていた時期がある。かの昭和の武蔵中倉清先生の剣風も竹刀を上下に動かしていた。剣聖持田盛二先生はスルスルと中に入ってくる剣風だったと聞いた。時々真似もしているのだが、思うに、剣先を動かすのは、竹刀剣術が始まり防具剣術の稽古が始まった歴史的流れの中での自然発生的な技術の一つだと思う。重い刀はチャカチャカと動かすのはムダな

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          スウ・ドン剣法免許皆伝54嶺谷見る練効果大

          打たせてみる練の所で話した、「嶺谷見る練」ミネタニミルレンという言葉を意識しだしてから、地稽古の中で相手のことが良く見えるようになった気がする。特に、谷を見るのが中心であるが、谷を制することが出来ると、嶺という場面はあまり現れてこない気がする。山の姿と照らし合わせて考えると分かりやすいと思う。自分の面部分は高い山の頂上いわゆる嶺、相手の右拳は低い所にある谷と考える。その谷を制したら登ってこれない感覚だ。谷とは、打とうの心を表す、打ちの起こりの始まる相手の右拳。谷を意識している

          スウ・ドン剣法免許皆伝54嶺谷見る練効果大

          スウ・ドン剣法免許皆伝53肩で風切る難場野郎

          コロナ禍で稽古出来なかった間の収穫の一つだ。ナンバという歩行が昔日本にあったという事は知っていた。江戸城を歩く侍の所作、今風に言えば、ポケットに手を入れて手を振らずに歩く。右手右足同時出し、現代の歩き方と比べれば何だかおかしくも思える。現代の歩き方の源は、明治以降取り入れられた外国軍隊の行進にあるという。高校教師をやっていた頃は、体育祭となると、行進の練習を目一杯させていた。「手を振れ」「足を高く上げろ」そうしない奴は不真面目だ悪い奴だ。その頃は何も不思議に思わなかった。それ

          スウ・ドン剣法免許皆伝53肩で風切る難場野郎

          スウ・ドン剣法免許皆伝52の続き

          スマホは感度が良すぎて、話の途中なのに、どこかに指がすっと触れただけで投稿されてしまった。やり直す方法なんて知らないし、ないのかも知れない。続きから書くしかない。 基本の面打ちの練習の際、相手に面を打たせる側になった時の事を考えてみると、打たせて打たせない事は思いの外簡単に出来るものだ。そこで、基本の練習の時、ただ漠然と打たれるのでなく、打たせてやる、打たせてみる感覚を持って、相手は「打つ練」自分は「打たせてみる練」の感覚でやる事だ。打たせると打たせてみるはどこか少し違う。打

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          スウ・ドン剣法免許皆伝52打たせてみる練のススメ

          まず始めに前回のビジネス原理の所で一言足りなかった気がするので付け足しておきます。相手のニーズ、面を打ちたいという要望欲望に気付いたら、それを利用してこちらの利益こちらの勝ちにつなげるのだという事です。 さて、今回は「打たせてみる練」というタイトルで考えてみたいと思う。地稽古の中で「打とう打とう」と「打つ練」ばかりしていると、逆に打たれてしまう。あるいは、「打たれたくない」と思って練習していると、ムダに反応して、そこを打たれてしまう。「打たせてみる練」に取り組んでみよう。「打

          スウ・ドン剣法免許皆伝52打たせてみる練のススメ

          スウ・ドン剣法免許皆伝51ビジネス原理に基づいた剣

          前回考えた、敵を知り己を知ればはビジネスの世界でもよく使われる。ビジネスとは商売、基本的に物の売り買い、売る人買う人があり、商品を買ってもらわない事には、利益は出ない。そこで大事なビジネス原理とは何か。お客のニーズに基づいた商品を売るという事だ。これはいい物だよと、こちらの価値を押し売りしても、騙されない限り簡単には買わない。でも、自分の欲しい物なら金を倍出しても買う人がいる現実だ。絵画の世界だって同じだ。自分はいい絵を描いたと自画自讃して満足していても、誰かが買ってくれなけ

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          スウ・ドン剣法免許皆伝50敵を知り己を知れば?

          敵を知り己を知れば百戦危うからずは、たぶん誰もが知っている孫子の兵法の言葉だ。自分のことは自分が一番よく知っている。何が出来て何が得意で、何が不得意で、いつもどんな技を研究し稽古しているか、試合でどんな技を発揮しようと思っているか。相手よりは自分のことをよく知っている。試合で出会う相手はほとんど初めての人で、どんな技が得意で何をしようと思っている人なのかは、百%分からない。戦う前には、相手の戦力を知る、相手の好み、相手のクセを知る。そして、戦略を立てる、なんとか出来る相手なの

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          スウ・ドン剣法免許皆伝49スイゲツゼンをマチにして

          仲秋の名月やスーパームーン、月の美しさを愛でる思いは、日本人に限らず世界共通なのだろう。かぐや姫、月光の曲、月よりの使者、月光仮面、ムーンサルトなどなどと数多い。月は水に映ろうとも思わないが、映っている。水は月を映そうとも思わないが、自然とそこに映っている。そんなことを考えながら、剣道の教えに繋げていった先人の知恵には頭が下がる。柳生新陰流の教えにこんな言葉がある。「スイゲツゼンヲマチニシテ、ウチニハイラバセンセンノクライヨシ」言葉の響きが好きで、そしてなんとなく理解して実践

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          スウ・ドン剣法免許皆伝48ムサシの剣「シュウコウ」

          ムサシの教えに「シュウコウのミ」というのがあります。秋こうの身、こうは猿の事ですが、現代漢字ではなかなか出てきません。僕らの年代は猿の事を、えてこうと呼んだりしたのですぐに分かりますが、けもの辺に候補の右側をくっつけた漢字です。獲の左側がけもの辺です。 さて、なぜそう言うのかまでは調べていませんが、秋こうとは手の短い猿の事だそうです。手の短い猿になったつもりで入ってゆく、少しも手を出さないで身体を寄せていく、相手が打ちかかってくるより早く、小手先の術策労せずに身体を寄せつける

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          スウ・ドン剣法免許皆伝47「今日から俺は」

          主題歌のメロディが好きで、よく見ていたテレビドラマのタイトルだが、ドラマの内容は別にして、この言葉は剣道にも使えるぞと思っている。それぞれの年代で違いはあるが、僕らの小さい時は、赤胴鈴の助の真空斬りだとチャンバラごっこして遊んだ。強くなった気分がして、本当に真空斬りが出来た感覚でいた。あるいは、星飛雄馬になりきって大リーグボールを投げられた気分でいた。テレビや漫画の世界のヒーローは、僕らに途轍もない力を与えていた。サッカー、バレーボール、バスケットボール、柔道、あるいは悟空の

          スウ・ドン剣法免許皆伝47「今日から俺は」

          スウ・ドン剣法免許皆伝46手の内はムツカシイ?

          三密だとか距離を取ってとか言われるとアフターコロナの社会で、大手を振って剣道が出来るようになるのか少し不安もあるが、考えていても仕方ない。出来るようになる事を願って、今日は手の内について考えておこう。手を使った言葉は多い。先手必勝、お手本、お手並み拝見、手直し、手習い、手引書、手詰まり、手っ取り早く、手抜かりなく、手慣れたもの、手配中、手練手管その他いろいろあるが、大体の意味はすぐ分かる。 ところが、剣道でよく使う「あの人は手の内がいい」は、説明はムツカシイ。手の内のいい人も

          スウ・ドン剣法免許皆伝46手の内はムツカシイ?