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とても面白い短編

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私もきっと朝顔なのだろう

私もきっと朝顔なのだろう

眼を覚ますと、鈴虫の音が聞こえてきた。

りーん、りーんと、私を迎えた。

皆が夢の世界に行った頃、私は引き返すようにこちら側へ帰ってくる。
目を擦り、一息をつく。
どんな夢を見ていたっけ。

瞼を閉じ、そうしてまた、瞼を開く。
天井の模様を眺めながら意識がこちらに戻ってくるのを感じている。

ほのかにしか届かない独りきりの月の光。
あなたが照らしている事を私はちゃんと知っていると伝えたくて、窓を

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きっと僕らはこのままで

きっと僕らはこのままで

 彼女の首筋にはパズルのタトゥーがある。

正方形の、右側が丸く切り取られて凹んでいる。

「このパズルに当てはまる人を探しているの」

夜の八時頃。街の中心で食事を済ませた後、静かな場所を求め行く先を決めないまま歩いていた時、彼女はそう呟いた。

僕の視線に気が付いたのだろう。その欠けている穴に見惚れていたのが恐らくわかったのだ。それは彼女の白く透き通った肌の上では違和感がある、いびつなデザイン

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骨朽ちるまで 前

骨朽ちるまで 前

春人君が死んだ。
彼にぴったりな名前だったなと、死んでから思った。
毎年必ず訪れるけれど、それは本当に瞬きの様な一瞬で。例えば桜を観なければ感じ取れない程で、しかし確かに在るのだというその不安定さは、まさに彼の様だった。
私たちは付き合っていたのだと思う。
まだ学生の私達は、大人の様に自分の感情を恋だとか、愛だとかを確かめたり迷ったりする事なんてなく、只毎日登下校を繰り返し、帰り道にプリクラを取っ

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骨朽ちるまで 後

骨朽ちるまで 後

翌日、私は機械的に春人君の家へと向かった。
「灯里ちゃん、いらっしゃい」
いつも通り、お母さんが迎えてくれる。
笑顔を作ってくれているのを、ひどく痛く感じた。
お母さんの目元には暗くくまが出来ていて、きっとなかったはずのしわが増えている。
どれだけ眠れていないのかがわかってしまう。
「そのまんまにしてあるから。灯里ちゃんなら、きっと春人も許してくれるかなって。私はなんだか、まだ部屋に入れないのよ」

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とあるマンション

とあるマンション

「目を覚ましました?」
「…」
「あなた、名前は?」
「…」
「そう、あなたはまだ声帯機能を取り付けられていないのね。なら今のあなたには『目を覚ましたか』という質問より『起動は正常に完了したのか』という方が正しかったみたいね」
「…」
「あなたはHPP‐482番。特に意味はないから覚えなくていいわ、只の記号よ」
「…」
「ここがどこか気になる?あなた達は本当に、同じ反応しかしないわね。説明義務が私

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