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とあるマンション

「目を覚ましました?」
「…」
「あなた、名前は?」
「…」
「そう、あなたはまだ声帯機能を取り付けられていないのね。なら今のあなたには『目を覚ましたか』という質問より『起動は正常に完了したのか』という方が正しかったみたいね」
「…」
「あなたはHPP‐482番。特に意味はないから覚えなくていいわ、只の記号よ」
「…」
「ここがどこか気になる?あなた達は本当に、同じ反応しかしないわね。説明義務が私の仕事だけれど、何百回も同じことの繰り返し。簡単に説明すると、ここはとあるマンションと呼ばれる施設よ」
「…」
「いまいるこの狭い部屋はエレベーター。これからあなたに各フロアを案内する」
「…」
「各フロアに滞在できる時間は3分程、すぐに移動していく」
「…」
「さっそく地上一階のフロアに付いたわ。さぁ中に入って」
「…」
「ガラスの向こうに動いているものが見える?あれは『ヒト』よ。人間と言ったほうがいいかもしれない。これから各フロアにいる人間達をあなた見せていく」
「…」
「理由も聞いてこないのね。…悲しいものね」
「…」
『ああ、もっと、これはうまい、おいしい、でりしゃすだ!あぁ、やめられないよとめられないよ!ピザにパフェにハンバーガー、どれも天才が考えたに違いない!もっと、もっと持ってきておくれ!はぁおいしい!』
「…」
「彼が今しているのは『食事』という行為。本来であれば生きるためのエネルギーを摂取するという目的ね」
「…」
「彼はそのエネルギー摂取という目的はとうに超えている。それ自体が目的であり、過剰な程の依存。太り動けなくなっている自分すらも見失っている」
「…」
「まぁ、ここはもういいわ、次へ行きましょう」
「…」
「それにしても軋むわねこのエレベーター。もう少し費用をかけてくれてもいいと思うのだけれど」
「…」
「もう、声帯機能ぐらいつけてからよこしなさいよ、気まずくて仕方ない」
「…」
「…あら、気まずいのか私は。今のあなたはまだ無機的で、只の機械と言っても差支えが無いのにね。なぜ気まずいのかしら…」
「…」
「まぁいいわ。着いたわ、降りなさい、ここは2階よ」
「…」
『ね~ぇ?もう一回、もう一度しましょうよ。あなた最高だわ、もう我慢できない、疼いてしょうがないのよ』
『俺もだよ。あんたとこうしている瞬間だけが俺の幸福だよ。子供はいいのか』
『その事は今は言わないでってば。後にしましょ、ね?ほら、はやくはやく』
「…」
「彼女達が今しているのは、人間たちの性交渉、セックスと言われる行為。彼女にはまだ幼い子供がいるにもかかわらず、ここにきて朝から晩まで明け暮れている」
「…」
「その子供は今家に一人きり。食べるものも家にはなく、一人で手に入れる力もない」
「…」
「私たちは彼らの事情には干渉する事は許されていない。子供に支援する事も出来ない。環境と場所を用意してあり、利用するだけ」
「…」
「行きましょうか」
「…」
「着いたわ、3階よ」
「…」
『それで、君はなぜ強盗なんてしたんだ』
『なぜって、欲しかったからに決まっているでしょ、金が』
『なぜ、強盗という罪を犯してまでお金を求めた』
『そこにあるって知ってしまったからさ。最初は本当に人助けだよ、荷物を家まで運んでやったんだ。そうしたら仲良くなっていった。お茶に誘ってくれたり、そんな年じゃないのにお菓子まで持たせてくれたりさ。心地がよかったよ』
『それで』
『見ちゃったんだ、ある時。銀行からおろした金を、金庫に入れるところを、その番号も、入れられていた札束の数もさ。頭の中がおかしくなったよ。真っ白になってぼやけるんだ』
『…』
『心地が良かった、良い関係だったのも確かだ。こういう付き合いが人生の中であると良いんだろうって。でも頭の中がその金庫の事だけになっていくのを自分で感じていた。抑えられなかった。そんな出会いとか全てがどうでも良くなり欲しくなった。綺麗な事素敵な事よりも目の前の金がね』
『それで』
『それでいまは、ただ後悔だけが残った』
「…」
「あら、彼ようやく自白したのね。あまりあなたに見せる意味が無くなってしまったけれど、良いでしょう。次へ」
「…」
「それは、不思議そうな表情、で良いのかしら。見せる意味が無くなった、というのは、まあここの目的にそぐわなくなったという意味よ。また新しい人間が、来週には入れ替わっているでしょうね」
「…」
「さぁ、4階よ」
『あぁむしゃくしゃする!俺が悪いのか!?毎日毎日遅くまで働いて、それでいて成果をあげろだ?全部あいつが手柄を横取りしてるのをしってるくせに、腹いせに俺を利用して団結してやがる!くそ野郎どもが!』
「…」
「あぁ、近づかないで。ガラスに触れる事は許されていない」
「…」
「彼は今冷静じゃないのよ。怒りに取りつかれてしまっている」
「…」
『くそ!くそ!』
「あぁして物を投げたり、壊したり。怒りの発散は人間それぞれだわ。それがほかの人間を巻き込むこともある」
「…」
「次に行きましょう」
「…」
「…あなたは今何を思っているのかしらね」
「…」
「話せないというのは、とても複雑ね。会話ができないあなたの事を、私は主観で感じ取る事しかできない」
「…」
「まぁきっと、あなた達が話せてしまったら、私達はこんな事とてもできないのだろうけれど。豚がヒト語を話せたら、きっと私達は食べることが出来ないのと同じように」
「…」
「…着いたわ、ここは5階よ」
『…』
「…」
「ふふ、その顔は驚いているのかしら?下のフロアと違ってここは一番静か。今のあなたに少し似ているかもね」
『…』
「彼らはただ、なにもしていない。無気力に、鈍感に、存在しているだけ。彼らが何もしていない分、あそこを見て?」
「…」
「あそこの女性と彼は親子。彼の食事、周りの世話は全て彼女がしている。一人が動かない分のしわ寄せは、存在しているだけで他の人間に寄っていく」
「…」
「急ぎましょう、次のフロアよ」
『俺は偉いんだよ!なぜなら俺は社長だからだ。金もある、地位も、名声も、だから偉いんだ!お前らにできない事が俺には出来る!俺みたいになりたければもっと努力しろ!もっと働け!まぁそれでも、俺みたいにはなれないのが俺とお前らの差だろうよ!』
『いやいや、あんたはそんな手にいれられたとしても容姿はひどいもんだよ。それでいて私は背も高く足も長い、私のような人間はモテるんだ、あんたみたいな短足デブとは違ってね』
『なんだと?』
『なんだよ!』
「自身が唯一だと感じている人間はたくさんいるわ。それ自体は良いことだけれど、それを誇示する事は良いとは言えない。その誇示の為に周りを下げる事は、愚かとしか言いようがないわね」
「ミセス、ハツゲンヲワキマエロ」
「っ、すみません…」
「タダシリーズタチニカンサツサセルタメダケガモクテキダ。コジンノケンカイヲスリコムナ」
「気を付けます、失礼しました」
「…」
「ごめんね、なんでも無いわ。私達は脳内のチップで会話している。その電磁波はあなた達には少しきついのかもしれないわね。私のさっきの発言は気にしないでちょうだい」
「…」
「行きましょう。最後は7階ね」
『あいつの作る物に、おれは一生勝てる気がしない…色彩も、技法も、交友関係も…』
「彼は画家よ呼ばれる人種よ」
『孤独だから作れるものだってあるのはわかっている。わかっているけれど、無いものへのすがりつきなのだろう。羨ましい、羨ましい…』
「羨ましいという感情は、時に裏返る事がある。それを歪な形で欲した時、嫉妬という感情へと変わる」
『羨ましい、羨ましい…』
「…」
「おつかれさま。これで終わりよ」
「…」
「あなたはこれから、2つの選択肢が与えられる。一つはこれまで見てきた彼らと同じような場所で生きていってもらう。人間の生活をし、交じり、この社会での変化を期待している。それを選択するならば、あなたにはより高額な投入をし、手を加える」
「…」
「もう一つは、現段階のあなたに唯一プログラムされている自らで選ぶ自爆」
「…」
「どちらを選ぶ」
「…、…-------」
「…そう」




「おつかれ」
「本当に。疲れるわ」
「担当じゃなくて良かったと心から思うよ」
「心から、なんて言葉ここでは使えないわよ」
「確かに」
「なにを しているんでしょうね、私たちは」
「まぁこの書類には、人間の7つの罪を犯しうる状況を初期段階で認識させるプロジェクト。本来赤子から成長していくにつれ実感し体験していく事で得られる成果には偏りがある。だからこそ犯罪は無くならない、と書いてある」
「…」
「それを最初から拒絶反応を持たせ、そんな動機を生み出す可能性の無い人間を作り社会へ投入する、ってのがお上の考えてる事だ」
「いかれてる」
「いかれてるな。彼はどちらを選んだ?」
「…」
「まぁそうさな」
「いつまで続けるのかしら」
「いつまでもだろう。続けていくことで、何か進んでいる気になりたいんだろうよ」

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