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2022年11月の記事一覧

無職のマリー

無職のマリー

マリーは暇だった。

ある日とつぜんクビをきられて無職になって毎日することがなかった。
雲の下に広がるすべての景色が自分の手には届かない遠い世界に見えた。
自分のことをどこの誰だかも知らず通り過ぎていく人と軽く会話をする。そんな現実逃避のような世界だけが今は楽しみだった。
Teitter。そこには嘘だか本当だかわからないような話を人々が書き込んで、信じる人、信じない人が別々の温度でそれを受け止めて

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モヒート

モヒート

「ごめん。その日は仕事なんだ」

ナナが毎年行きたいと言っている『森の国フェスティバル』には今年もまたいけそうになかった。
「ねぇ、これ見てみたい。これも食べてみたい」
音楽、おいしいもの、楽しいこと、かわいいもの、ワークショップ。手に持ったチラシを隅々まで眺めながらナナは興奮気味に言った。
チラシの上からあふれ出しそうにワクワク感が詰まっていた。
「そっかまた仕事なんだ…毎年のことなんだから調整

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魔法がとけて

魔法がとけて

子供の頃の私はきっと魔法にかかっていた。

大人になって外で数年働いたら結婚をして家に入り、家族の世話を焼く係になる。
私の周囲はその流れを誰も疑わなかった。
今にして思えばあの時、本当に結婚をしたかったのかはあやしい。
そんな年頃だと言われた頃にそばにいたその人と、そう疑問にも思わず結婚をした。
料理教室に通ってみたり、レシピ本を買い込んだりして、夫の帰宅時間に合わせて食事の準備をした。
「おい

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家族写真

家族写真

「岐阜県瑞浪市明世町に隕石のようなものが落下しました。直撃を受けた民家が全焼し、6人が死亡しました。亡くなったのは民家に住んでいた
遠山久遠さん 70歳
妻 琴江さん 70歳
成田ヒカルさん 44歳
妻 あずささん 43歳
長女 まりんさん 15歳
長男 レオンさん 12歳
とみられています。

「どういうことだ?俺たちはここにいるじゃないか」
「ねぇ、お父さん、ここはどこ?」
「…」
「私たち、

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ひのめ

ひのめ

「俺たちの未来ってどんなだろうな。ある日どこかで目覚めたらそこに新しい世界がバァーっと広がってたりするのかな…」

「ヒトによるだろ。そんなの」

「そりゃそうだろうけどさ。ってことは今はまだ誰にも平等にチャンスはあるって事だぜ」

「平等か…だといいな」

「だってざっくりいったら同じ星(ばしょ)で生まれてるし、まぁだいたい同じ成分でできてるんだぜ。俺たちみんな。だったらチャンスは平等なはずだろ

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スカイ

スカイ

スカイと出会ったのは7歳の時だった。

どういう訳だか涙の出し方を忘れてしまった僕は、別の方法でかなしみを消そうとしていた。
そんな時は押し入れの中に入って、おなかの真ん中であばれだしそうな塊を両手でギュっと押さえて息を止めた。そして静かに吐き出し、ゆっくりと新しい空気をおなかに送って塊をほぐした。やがて新しい空気と混ざり合って、それは僕の中から出ていった。
いつのまにか近くにいてその様子を見てい

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おばあちゃんのくすり箱

おばあちゃんのくすり箱

山の上に最後の一軒となってしまった小さな家におばあちゃんは住んでいた。

昔は学校もあり、八百屋さんがあり、金物屋さんや床屋さんもあった小さな町だった。
どんどんどんどん削られて、山のカケラはあちこちへと離れてしまった。
そんな山のてっぺんでおばあちゃんはひとりで暮らしていた。
木々が太陽を求めて斜め上45度に生えているほどの急な坂道を登ってやっとたどりつくおばあちゃんの家。
ガラゴロと小石を転が

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朝の窓辺で、

朝の窓辺で、

「どこか似てるよね、僕たち」
「だから、出会ったのかもね」

知らない場所で、知らずに育って、たまたま出会って、今はこうして一緒にいる。
僕が運命と呼んだら、彼女はそれを嫌がった。

「友達がね、今の彼氏とはきっと出会う運命だったんだ!って言っててさ。この3年で5回め」
「そっか。その子はさ、神様に気に入られてるんだよ、きっと」
「え?…なんか案外人間っぽいんだね、神様って」
「そうかもね」

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