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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十八話 放蕩息子と孝行息子 (まとめ読み版)

第一話のスタート版
第一話から連載をまとめたマガジン 
第二十七話「ガールズトークは止まらない」

 会社帰りにチャムールに会った。
「ティリー、一緒に帰ろうよ」

n50セーター笑い逆カラー

 普段ならチャムールは、本社前のステーションから空港行きのライナーに乗るのだけれど、わたしと一緒に歩き出した。
 どうやら、わたしに話があるようだ。
 
「どうしたの?」
「この間、アーサーのご自宅で、お父上の将軍にごあいさつをしたの」
「そうなんだ!」
 驚きながらニュースでしか見たことのない将軍の顔を思い浮かべる。

n91@前目一文字白

 チャムールがお付き合いしているアーサー・トライムスさんは将軍家の御曹司。

 結婚前提のお付き合いなのだから、普通に考えれば驚くことでもないのだけれど。連邦軍を統率する将軍に御目通りするなんて、一般人には考えられない話だ。

「ベルの家で、アーサーとレイターが義理の兄弟、という話をしたでしょ」

 同期の女子三人でピザパーティーをした。その時の話だ。
 正直に言って驚いた。
 レイターが愛してやまない『愛しの君』は、将軍家のアーサーさんの妹で婚約者だったと言うのだ。

「将軍は開口一番、なんておっしゃったと思う」
「さあ?」
「『うちには、手のかかるバカ息子と、手はかからないが無愛想な息子の二人がおりまして』ですって」

 話の途中で、わたしは思わず吹いてしまった。

アーサー前

 手のかかるバカ息子がレイターで、手のかからない不愛想な息子はアーサーさんだ。

「そしてね『手のかからない息子のこともずっと心配しておりました。どうぞ仲良くしてやってください』って」
 いつも冷静なアーサーさんが、どんな顔をして聞いていたのか、想像がつかない。

「あそこのお宅はね、レイターが中心なのよ」
「レイターが?」
「お手伝いさんもやってきて、話に加わったんだけれど、バカ息子の世話がいかに大変だったか、って話ばかりなの。面白くて盛り上がったんだけれどね」
「どんな話?」
 興味がある。

「ハイスクールを中退した、と思ったら暴走族になっていた、とか、将軍のコネで折角一流会社にいれたのに、処分を受けて一年で辞めて、家を飛び出したきり帰ってこない。あげくの果てに、将軍家に借金の肩代わりをさせているって」
「放蕩息子の極みね」
 大体わたしの知っている話だった。

「馬鹿な子ほどかわいい、って言うけれど、実の息子であるアーサーの話はほとんど出ないのよ。面白い思い出話は無いんですって」
「何だかそれもかわいそう」
 アーサーさんに少し同情する。

「本人は昔から慣れている、って言ってたわ」
 優秀な兄と出来の悪い弟。ほかの家庭でも似たような話を聞いたことがある。何だか本当の家族みたいだ。

「ところでティリー、あなたの話も出たわよ」
「えっ? どうして?」

n11ティリー@2算木やや縦口

 わたしはびっくりした。

「将軍が『レイターの恋愛はどうなっとるんだ?』ってアーサーに聞いてきたのよ。私たち、思わず目を見合わせてしまったわ」
 嫌な予感がする。

「どうやら将軍は、レイターが『俺のティリーさん』って話しているのを聞きつけたらしいの」

 レイターはわたしのことを「俺のティリーさん」と呼ぶ。
 そのせいで、わたしたちがつきあっている、と誤って思い込んだ人は、これまでにもいた。
 天下の将軍にまで勘違いされるとは。
 こういうことになるから、やめて欲しいと言ってるのに。

「それで、何て答えたの? 将軍の誤解を解いてくれた?」
「アーサーが『事態が進展するには、まだ時間がかかるとみられます』って。あそこの親子の会話は、業務報告みたいなのよね」

 事態の進展、ってどういう意味だろう。
 わたしとレイターが付き合うということ? 

「わたしは、そんなに時間がかかるようには、思わないんだけれどな」
「チャムール、何が言いたいの?」  
「レイターって、操縦に関しては天才なのに、真面目で努力家でストイックでしょ、ティリーの好みなんじゃない?」
 わたしはすかさず反論した。

「真面目で努力家、というのはわたしの憧れ『無敗の貴公子』と元カレの話です。レイターとは、全然っ違うから」

n60エース一番微笑カラー

 チャムールは、無理矢理わたしの好みとレイターをくっつけようとしている。

 けれど、否定してから気がついた。
 確かに、操縦に限れば、レイターのストイックさはすごい。
 
 チャムールがわたしの顔をじっと見て言った。
「実は、ティリーにお願いがあるの」

* *

 チャムールは、月の御屋敷でアーサーとかわした会話を思い出していた。

 月の御屋敷の壁には、アーサーの妹フローラの写真がたくさん飾ってある。彼氏だったレイターと一緒に写っているフローラは、どれもいい表情をしていた。

 写真を見ながらアーサーは言った。
「妹のフローラとティリーさんは似ているんだ」

n30アーサーカーデ微笑カラー逆

 二人の顔立ちは似ている感じがしない。
 ティリーはかわいい。
 写真で見るフローラは、かわいいというより綺麗だ。

 でも、研究所のジョン先輩もティリーと似ていると言っていたから、おそらく話す雰囲気とか、そういうものが似ているのだろう。

「レイターは、フローラとティリーが似ているから好きなのかしら?」
 アーサーは首を少し傾げた。
私が指摘したが本人は認めていない。そもそも似ているという意識がないようだ」
「無意識下の選択というわけね」

n52 チャムール横顔セーターやや口逆

「私は一度、ティリーさんを父に会わせたいと考えているんだ」
 アーサーが子どものように楽しそうな表情をした。
「チャムール、協力してくれるかい?」
「もちろんよ」

* *

「実は、ティリーにお願いがあるの」
 チャムールがわたしの顔をじっと見て言った。

 何か頼みがあってわたしを待ってたんじゃないか、という予感はしていた。友だちの頼みを断る理由はない。
「何?」
「アーサーの家に来て欲しいのよ」
「えっ、月の御屋敷に?」

n37白襟い口への字カラー

 チャムールの突然の申し出に驚いた。

 将軍家のお住まい、月の御屋敷。
 要塞でもあり一般人が入れる場所ではない。恐れ多い一方で、興味はある。

 レイターが住所登録している家。
 レイターが暮らしていた家。
 レイターがアーサーさんの妹さんと婚約していた家。

「どうかしら?」
「い、いいけれど・・・」
「来月、将軍の就任ニ十周年を祝うパーティーがご自宅で開かれるの。私、呼ばれているんだけど、ティリーがレイターと一緒に来てくれたら心強いわ。レイターに聞いてみてくれない?」

「う、うん。今からフェニックス号へ寄ってみよっか」
 自宅近くのステーションから、チャムールと空港行きのライナーに乗った。

 チャムールと一緒にレイターに相談しようと思ったのに、
「ごめんなさい、ティリー。時間が無いの、あとはお願いするわ」
 と、チャムールは土星行きの定期便に乗って帰ってしまった。

 まあいっか。わたしは、その足でフェニックス号へ向かった。

「おや、ティリーさん。俺に会いたくなっちゃったかい?」
 お調子者のレイターは、いつもと変わらない軽いテンションだ。
「馬鹿なこと言ってないで。相談があってきたの」
「相談?」

 マザーが淹れてくれたおいしいコーヒーを口にする。お茶うけに貝殻の形をしたマドレーヌが出てきた。
 このスイーツが食べられるだけでも、ここへ来た甲斐はある。

「チャムールから、将軍の記念パーティに誘われたのよ」
「ああ、うちでやるやつか。ティリーさん、あんなの行きてぇのか?」

n27レイター振り向き大人@あん

レイターが不思議そうな顔をした。  

「チャムールが知り合いがいないから心配だ、って言うのよ」
「ま、いいけど。一応正装だぜ」
 レイターはあまり気乗りがしていないようだった。

 正装というのは、家にある紺のフォーマルスーツで大丈夫だろうか。
 レイターはどうするんだろう。想像したら顔が緩んだ。

皇宮白黒真面目逆白黒

 要人警護の『よそいきレイター』が頭に浮かんだ。

 マドレーヌは焼き立てだった。
 表面はカリっとしているのに中はふわふわ。ほんとに器用で便利な人だ。

 美味しいマドレーヌをいただきながら、わたしはレイターを前に落ち着かなかった。
 婚約者だったというアーサーさんの亡くなった妹、『愛しの君』のことを聞いてみたい。
 でも、どうやって切り出せばいいだろうか、と思いながらコーヒーを口にする。

 そんなわたしに、レイターが声をかけた。
「ティリーさん、何か、俺に言いたいことがありそうだな」
 この人はボディーガードとして優秀で、やたらと気が付く。
 こういう時は助かる。

 思い切って口にした。
「チャムールから聞いたの。『愛しの君』の話」
「あん?」
 レイターがわたしの目を見た。 

「それであんた、俺んちに行きたくなったんだ」
 図星だけれど、素直に認めたくない。

「チャムールに頼まれたから、って言ってるでしょ!」
「ま、いいや。別に隠してる話じゃねぇし」
「隠してるのかと思ってたわ」
 正直に口にした。

「フローラの話をすると、周りが俺に気を使うからな」
「フローラさんって言うのね」
「ああ」

n28下向き@後ろ目微笑4

 レイターの表情が優しい。というか、愁いを帯びた静かな表情。

「アーサーの妹のフローラと俺は、俺が十七ん時に結婚したんだ」
 結婚した? 
 婚約の間違いじゃないの?

「でも、その直後にフローラは病気で死んだ」
「・・・」
「俺が十八になったら届け出るはずだったから、正式な結婚とは呼べねぇがな」

 レイターはそこで言葉を切った。
 話したくないのか、何を話していいのか迷っているのか。
 おしゃべりなレイターが黙ると空気が重い。普段と違う。まるで別人だ。落ち着かない。 

 マドレーヌは食べ終わった。

「とにかく、チャムールのために行くから」
 それだけ言って、わたしは席を立った。
 あんな寂しげな表情なんて見せないでほしい。レイターはおちゃらけたキャラクターなんだから。

 祝賀パーティーの日。
 月の御屋敷まで連れて行ってもらうため、フェニックス号へやってきた。

「ティリーさん、いいねえその服」

n11ティリー@2やや口驚く逆

 レイターを見た瞬間、腹が立った。

「レイターが正装って言うから、家にある一番高いスーツを着てきたのよ。なのに、あなたは正装じゃなくていいの?」

 正装、と自分で言っておきながらレイターはいつもと同じだった。
 ネクタイをゆるめただらしない格好に、ぼさぼさの髪。

逆振り向き逆

「あん? 自分ちなんだぜ。上着着てりゃ十分正装だろが」
とレイターは肩をすくめた。

 どうしてわたし、こんなに苛立っているんだろう、と思いながら気が付いた。『よそいきレイター』じゃなくて、がっかりしている自分に。


 月の御屋敷に近づく。
 将軍のご自宅は聞きしに勝る大豪邸、というか本当にお城だった。

 お屋敷の周りは、目には見えない高性能なバリアが張り巡らされているらしい。
 フェニックス号は識別コードが与えられていて、何の苦も無く敷地の駐機場に着陸した。

「絵本にでてくるお城みたいね」
「アーサーの先祖が、地球にあった古城を移築したんだとさ。金持ちの考えることはよくわかんねぇな」

 手入れが行き届いた庭は、要塞というよりまるで公園だ。
 季節の花々が美しい配色で咲き乱れている。ベルがテーマパークのようなお城、と言っていたのは、当たらずとも遠からずだ。

 チャムールとアーサーさんは、ここでデートをしているのか。
 ここならご自宅といえど、デートスポットっぽいから許せる気がする。     

「ただいまぁ」
 レイターの案内で、月のお屋敷へ足を踏み入れる。
 パーティーにはまだ時間があるので客の姿はない。

 奥のドアを開けると、アーサーさんとチャムールがソファーに座っていた。

S40正装

 アーサーさんは軍服の正装が似合っていてりりしかった。
 チャムールも眼鏡ではなくコンタクトにして、素敵なドレスを着ている。二人はとてもお似合いだ。

 そして、正面の椅子にニュースでよく見かける人物が腰掛けていた。

 きょうの主役、ジャック・トライムス将軍だ。
 銀河連邦軍の元帥で総司令官。軍服の胸には勲章がいくつも飾られていた。

n90ジャック正装真面目

 威厳がある。緊張する。

 わたしの故郷アンタレスに軍はない。
 父は連邦軍の駐留に反対する運動をしていた。将軍に恨みがあるわけではないけれど、父だったらどうしただろうか。

 そもそも、わたしのようなものが普通に話のできる人じゃないのだ。

 将軍が口を開いた。
「久しぶりだなレイター。もう少しわしの前に顔を出せ」
 低い声はアーサーさんと似ている。

「そういうジャック、あんた、ほとんど家にいねぇじゃん」

下から見上げる 青年

 普通の家族の会話のように親しい。

「こちらがチャムールさんの同期のティリー・マイルドさん」
 レイターがわたしを紹介した。
 将軍が立ち上がる。あわてて前に立つ。

「初めまして」
「あなたがティリーさん」
 将軍が、目を見開いた。

 頭を下げて挨拶する。
「は、はい。ティリー・マイルドでございます」

n12正面色その2微笑

 将軍はわたしの緊張を解くように、にっこりと笑った。
「うちには、手の掛かるバカ息子と、手の掛からない無愛想な息子の二人がおりましてな。バカ息子にはほんと困っておるんですが、どうぞよろしく頼みます」

 将軍は気さくな方だった。

「い、いえこちらこそ」
「バカで悪かったな、バカで。天才と比べられりゃ誰だってバカだ」
 レイターがぶつぶつ言った。
「きょうは楽しんでいって下さい。レイター、ちゃんとティリーさんをエスコートするんだぞ」
「わかった。わかった」

 ホールへ向かう廊下の壁に、何枚もの写真が飾られていた。
 色白の美しい少女。

振り向き大逆

「フローラさ」
 レイターがつぶやくようにわたしに言った。きれいなお人形さんのような人。

 わたしと全然似ていない。

 その横の集合写真に、わたしの目は釘付けになった。結婚写真だ。

フローラ結婚写真

「俺が十七ん時だ」
 写真の中心には、真っ白なタキシードを着た少年のレイターと、ウェディングドレスをまとったフローラさんが仲むつまじく並んでいる。

 まるで絵本の中のお姫さまと王子さまだ。
 レイターが「婚約」ではなく、「結婚」という言葉を使った意味がわかった。結婚式の写真だった。

 二人の横に、将軍とアーサーさんが軍服を着て立っていた。
 幸せが伝わってくる。
「亡くなる一週間前さ。アーサーは知ってたんだ、フローラの命が長くないって。俺は・・・バカ息子だから知らされてなかった」

 胸が苦しい。

 二人の写真から愛があふれている。
 銀河で最高にいい女。
 間違いなく『愛しの君』だ。

 デジタルフォトフレームが、結婚式のスナップ写真を映し出す。
 ハイスクールの同級生だろうか、少年たちが祝福している。
 なんて楽しそうなのだろう。

 わたしの知らないレイターがそこにいた。

 盛り付けられた料理と一緒に、見知った人が映った。
 口ひげがないけれど、五つ星のシェフ、ザブリートさんだ

昔コックザブリート@2笑顔

「結婚式の料理はザブが作ってくれたんだ。結婚式だっつうのに、山盛りのフライドチキンとフライドポテトだぜ。でも、あの味を、俺は一生忘れねぇ」

 わたしは、話を聞いているのが辛くなってきた。 

 少しずつ出席者がホールへ集まりだし、立食パーティーの食事が運ばれてきた。

 レイターがつまみ食いをしている。
 準備を仕切っている年輩の女性が、わたしとレイターのそばに近づいてきた。
「レイター。お嬢さんを紹介しておくれ」
 ちっ。レイターが嫌な人に見つかった、と言う顔をして舌打ちした。

上向きネクタイあり逆

「こちらはティリー・マイルドさん。チャムールさんの同期。で、この人はバブさん。うちのこと取り仕切ってる人」
「ティリーさん、すみませんね。この子の相手は大変だと思いますけど、根は悪い子じゃないんで」
 チャムールが話していたお手伝いさんは、彼女のことだとピンときた。

「ったく、悪い子って、あんた、俺をいくつだと思ってんだ」
「アーサー坊ちゃまを見てご覧。落ち着いてエスコートしていらっしゃるのに、あんたときたらつまみ食いかい? 同じ年には見えないよ」
「わあった、わあった。あいつは昔から老けてるんだ。あんたは早くパーティーの準備しろよ」

 将軍が登場し、パーティが始まった。
 乾杯の後は歓談。
 人の出入りが激しくなる。多くが軍の関係者。ほかにも政治家など蒼々たる面々だ。場違いなところに来てしまった感じ。

 レイターは
「全部食べてやるぜ」
 と料理が並んだ机の前から動こうとしない。
 手の込んだパーティ料理はおいしかった。けれど、味わって食べている人はいない。

 将軍の声が聞こえる
「うちには息子が二人おりまして・・・」

n91@正装後ろ目微笑

 出席者のほとんどが、アーサーさんとレイターのことを昔から知っているようだ。

 レイターにも声をかけてくる人がいた。胸に勲章をたくさんつけた軍人さん。
「レイター、かわいいお嬢さん連れてるじゃないか」
「かわいいだろ。俺のティリーさんさ」
 その言い方やめて、とレイターの服をひっぱる。

「このおじさん、俺とアーサーが昔乗ってたアレクサンドリア号の艦長、アレック少将」

アレック前目にやり小逆

「よろしく」
 と男性が手を差し出した。
「こちらこそ」
 わたしは、そのがっしりとした手を握った。豪快そうな人だった。

「お前、ザブリートの店でマクドレンを怒らせたんだって」
「怒らせたのは俺じゃねぇ、鷹狩りが好きな将軍家だ」
 レイターが口をとがらせた。
「まあいい。どちらにせよ愉快だ。ははは」

 これは、この間、ルク星のザブリートさんのお店へ出かけた時の話に違いない。大臣が狙われて、皇宮警備のマクドレン隊長という人が怒っていた。
 レイターは厨房で調理を手伝っていたのだけれど、事件に何か関わったのだろうか。

 レイターの人脈は広い。
 客が次々と話しかけてくる。けれど、食べるのに忙しいという顔で、適当にあしらっていた。

 一方、アーサーさんとチャムールは一人一人に対し丁寧にあいさつしている。ご飯を食べる暇もなさそうだ。

S40正装その2

「二人は大変そうね」
「そりゃ、将軍の跡取り様だからな」

 レイターがここへ出てくるのに、気乗りしない理由がわかった。
 楽しいパーティとは言えない。

「ティリーさん。俺の部屋へ行こうぜ?」
「いいの?」
 二人で会場を抜け出した。

 レイターの部屋は、広い御屋敷の真ん中あたりにあった。居候という雰囲気ではない。

「『裏将軍』って呼ばれていたにしては、御屋敷の中心で暮らしていたのね」
「フローラの隣の部屋をもらったんだ。あいつ身体が弱かったから、俺が看病してたのさ」
 それなのにレイターだけ、フローラさんの余命を知らされていなかった。 また、胸が痛んだ。

 ドアを開けると、レイターの部屋はフェニックス号の部屋同様に散らかっていた。
「あなたって、ほんと変わらないのね」
 ハイスクールの教科書とかが乱雑に置かれていて、まるで高校生の部屋のよう。

 多分、十七歳の時からこの部屋の時間は止まっている。

「ここに昔のS1の録画データあるぜ、エースのデビューレース見るかい?」
「見たい、見たい!」

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 エースのレース映像は全部持っているけれど、実はデビューのレース映像は販売されていない。
 代打ちだったことから、版権でもめて二次利用できなかったという。

 テレビで放送されたダイジェスト版は持ってる。けれど、一時間の全編は初めて見る。
 こんなところにお宝映像があったなんて。 

 画面に映ったエースが子供っぽい。

「若いわぁ」
「エースが十八ん時だからな」

n62エース18歳正面線画@

 「でも、やっぱりかっこいい!」

 ああ、ドキドキしちゃう。

 第一レーサーが突如出られなくなり、デビュー前のエースが代理で出場したのだ。
 そして、優勝。
 エースが一躍有名となった伝説の一戦。

 やっと全編見ることができる。

 船がスタートした。

「まだまだ甘いなあ」
 レイターがつぶやいた。
「うわっ、旋回もゆるゆるだ。これで史上最速、ってレベルが低すぎるぞ」
 例の罵倒が始まった。 

「ちょっとレイター、人が気持ちよく見てるんだから、静かにしてくれない」
 エースの文句を言われると腹が立ってくる。

画像3

「そう言うけどさ」
 レイターは映像を止めてカーブのポイント点を指で指した。
「俺ならここまで詰められるぜ」
 レイターの指摘はわかった。

 でも関係ない。
「しょうがないじゃない、初レースなんだから!」
「ったく、あんたほんとにエースが好きなんだな」
 あきれたようにレイターは肩をすくめた。

「そうよ、わたしは彼に憧れてクロノスに入ったんだから」
「そこについては、俺もエースに感謝してんだ。おかげでティリーさんに会えたからな」
 それだけ言うと、もうレイターは何も言わなかった。

 わたしはエースのレースを満喫した。

「ほれ」
 レイターがわたしに薄いディスクを投げた。
「コピーだ」
「もらっていいの?」
「十万リル」
「えええーっ」
 思わずわたしは大声をあげた。

「ったく本気にするなよ、やるよ。でも、あんたなら十万でも払ってくれたかもしれねぇな」
「あ、ありがとう」
 わたしはディスクを抱きしめた。十万は高い。でも、エースのためなら払ったかも。


 S1プライムという宇宙船レースが開催された際、わたしはエース本人の付き人の仕事をした

 

n61エース逆@真面目

 さらに『無敗の貴公子』が実は負けたことがあったことも知った。
 しかも、その相手がこのレイターだということも。

 それでも、エースがわたしの憧れであることに変わりはない。
 好き、という気持ちは続いている。

 きっと、レイターもそうなのだ。

「レイターは、フローラさんのことが今も好きなのね」
 と、口にした瞬間、レイターは黙り込んでしまった。

 聞いてまずかっただろうか、この間のフェニックス号と似た空気が漂う。沈黙が息苦しい。

 ポツリとレイターが言った。
「あいつのこと、嫌いになりようがねぇし・・・」

 亡くなった人は美しい思い出のまま、記憶に保存される。

n200フローラ3桃笑顔

 新たな情報が上書きされることもない。

 レイターは言葉を選ぶようにして続けた。
「俺以外みんな、フローラとの結婚式をままごとだと思ってた。でも、俺はあの時、真剣に宇宙の神様に誓ったんだ。『一生、フローラを愛します』ってな」
 一生、というのはいつまでを指すのだろう。

「俺は『銀河一の操縦士』になって、あいつを宇宙へ連れてってやる、って約束したのに果たせなかった」

ピアノ@緩ネクタイ真面目

 レイターの言葉からフローラさんへの愛が伝わってきた。
 
 その横顔を見ていると、胸が締め付けられるように苦しくなった。
 悲しい話だから、レイターに同情しているのだろうか。

 いや、何かが違う。怒りとも苛立ちともつかない、嫌な気持ち。
 どうしたんだろう。わたし?   

「その点、ティリーさんはいいよな」
 レイターは振り返ると、にやっと笑った。  

 いつものレイターに戻っていた。
「『銀河一の操縦士』の船でいつでも宇宙を飛べるんだぜ、幸せもんだよなぁ」
「わたしは関係ないでしょ!」
 つい声を荒げた。    

 フローラさんの話をする時と、わたしに対する態度が違いすぎる。
 彼女の話をする時のように、真面目に接してくれたら、わたしだってレイターのこと・・・。

 思わず浮かんだ考えを、即座に否定する。 

 レイターが窓を開けた。

 風が吹いて、一面に咲いた花の香りが部屋に漂う。
 甘酸っぱい匂いが、身体中にしみこんでくるようだ。

「俺は、本当の家族が欲しかったんだ」

n27 シャツ@前目真面目

 わたしに言っているようにも、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「たった一週間だったが、フローラは俺の家族だった」
 
 幼い頃、両親を亡くしたレイターに家族はいない。

「でも、フローラは死んでねぇ」
「え?」
 何を言っているのだろう。

n37@4やや口横

「俺と同じ不死身なんだ。だから、俺が死ぬまで生き続ける」
 ゾクっとした。
 穏やかな表情なのに、誰も寄せ付けない空気がレイターに纏った。
 
 レイターが遠くにいる様に見える。
 狂気と言う言葉が浮かんだ。

 前にもこんなレイターを見た。


 あれは、高重力惑星のラールシータだった。

 彼女を殺されたマイヤさんが、わたしを人質に取り、ナイフを突きつけた時

@ナイフ

 助けに来てくれたレイターは、ナイフの刃を握り、血を滴らせながら言った。
「俺の彼女が死んだ時、こんな世界消えちまえばいいって思ってたぜ」

 あの時のレイターは、マイヤさんの狂気を上回っていた。 
 一途な愛。そして、永遠の愛。


 レイターが月の御屋敷に広がる花畑を、いとおしげに見つめている。 
 時が止まり、レイターの身体も固まってしまったかのようだ。

 声もかけられない。花の香りに窒息しそうだ。

t41@3夕暮れ

 陽が沈みかけていた。

 振り向いた時、レイターは普段の見慣れたレイターだった。
「さってと、ティリーさん明日も仕事だろ。飯も食ったし、そろそろ帰るか」

 わたしたちは将軍に挨拶をして、帰途についた。

 チャムールから後で聞いた。

 月の御屋敷の庭園の花は、フローラさんとレイターが一緒に育てていたものを、今も庭師が手入れを続けているということを。


* *

 パーティの後、一通り片づけを終えた将軍家侍従頭のバブが、帰りの挨拶のため居間に来た。

 将軍のジャックは、疲れたように椅子に座っていた。
「ご主人様、わたくしはこれで」
「バブ、きょうはお疲れだったな。いろいろありがとう」
「どういたしまして」

「ところで、・・・会ったかね」
「はい」
 将軍は「誰に」とは言わなかったがバブはすぐにわかった。

「驚いたな」
「はい、一瞬、お嬢様が帰っていらしたかと・・・」

n202フローラ正面カーデ@微笑

「しかし、あいつも本当にバカだな。アーサーが指摘するまで、彼女がフローラに似ていることに気づかなかったらしいぞ」
「気づいていたら、逆に声をかけられなかったんじゃないでしょうか」
「ふむ、そうかも知れんな。なかなか良さそうなお嬢さんだった。・・・彼らはうまくいくと思うかね?」

 バブはうなづいた。
「時間はかかりそうですけれど、うまくいきますよ」
「どうしてそう思う」
「女の直感です」

「そうか。きょうはご苦労だった」
「失礼いたします」
 頭を下げると、バブは離れへと帰っていった。      (おしまい)
第二十九話「オレとあいつと彼女の記憶」へ続く

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」