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銀河フェニックス物語【出会い編】  第十八話 オールスター狂騒曲 まとめ読み版①

 この物語は、宇宙船メーカーの営業 ティリー・マイルドと、そのボディガード レイター・フェニックスのお話です。
第一話のスタート版
第一話から連載をまとめたマガジン 

「ねぇ、ティリー、バスケ部観に行こうよ。今、練習してるんだって」
 お昼休み、隣の席のベルに誘われた。

 背が高く運動神経抜群のベルは、学生時代バスケ部だった。

n42ベル3s微笑み

「いいわよ、サンドイッチでも買っていこっか」
 うちの会社のバスケ部は、結構強い。今年も社会人リーグで準優勝したのだ。
 本社の敷地内にある体育館は、自由に観覧できる。
 
 体育館に入ると、バスケットボールの弾む音が響いていた。結構、ギャラリーが多い。
 二階の観覧席に腰かけて、デリで買ってきたミックスサンドを取り出す。

「ラッキー、練習試合してるじゃん」
 隣に座ったベルが興奮している。
 赤いビブスと青いビブスを着た二つのチームが対戦していた。

 わたしは、そんなにバスケに詳しくないけれど、ボールがスピーディーに動いていく様は、純粋に見ていて面白い。

 赤の十番に目が止まった。
 動きが速くて、目立つ。
 白いワイシャツの上に赤いビブスを着た金髪の男性。

バスケ水彩

 そして、わたしは気がついた。あれは『厄病神』だ。

 ベルも気になるようだ。
「赤の十番、誰? バスケ部じゃないのに、レギュラーのボールカットしてる。うまいじゃん」

 一応、教えておこう。
「あれはレイターよ」
「え? 厄病神?」
 ベルが驚いている。

 前にレイターがお祭りのストリートバスケで、賞品をもらっていたことを思い出した。
「ハイスクールの頃、バスケ部だった、って言ってたわ」
「そうね、あれはどう見ても経験者の動きよ」

 流れるようなドリブルで相手をかわしながら、次々とシュートを決めていく。 
 動きがいちいち派手だ。
 シュートを決めた後のリアクションもオーバー。宙返りして観客を沸かせている。

「レイターって、かっこいいんだね」
「どこがよ」
 わたしは即座に否定した。

 ダンクシュートを打つ。そしてそのままリングにぶら下がり、ファウルを取られる。
 場内は大うけ。
「お調子者の目立ちたがり屋なだけよ」

 また、シュートを決めた。

 レイターがわたしたちの方を見た。
 わたしと目があった、次の瞬間、
「はぁい、ティリーさん」
 と言いながら、わたしたちの方へ向けて投げキッスした。

 周りの観客がわたしたちを見る。
「何なのよまったく、恥ずかしいことは止めてほしいわ」
 イライラする。

 そんなわたしの顔を、ベルがじっと見つめた。

 週末、ベルと一緒に、家の近くのショッピングモールへ出かけた。

 ベルとはもはや職場の同僚、というより友だちだ。
 ショッピングが趣味のベルと、かわいいショップを探して歩いていたら、突然、変なことを聞いてきた。

「ねえ、ティリーって、レイターと付き合ってるの?」
「はあ? 何言ってるの。わたしがどうしてあんな厄病神と」
「そういう噂があるのよね」
「冗談でしょ?!」
 わたしはびっくりした。

n12ティリー正面呆気

「週末、よくフェニックス号へ出かけるじゃない」
それはレース観戦よ。研究所のジョン先輩も一緒だし、あの船、4D映像システムがすごいのよ」

「この間のバスケの時も、ティリーに向けて投げキッスしてたじゃん。レイターはいつも『俺のティリーさん』って呼んでるでしょ」
「あれは、女好きなレイターの、変な冗談に決まってるじゃない。止めてって言ってるのに」

「信じてる人がいるのよね」
「えーっ」   

ベルは会社の噂話に強い。ためいきが出た。

「大迷惑だわ。レイターに文句言わなきゃ。今から行こうかしら」
 レイターがフェニックス号を停めている駐機場は、このショッピングモールから無料ライナーですぐだ。

「わたしも連れてってよ。厄病神と一度話してみたかったんだ。前に出張をティリーに代わってもらったから、フェニックス号に乗ったことないし」

ノースリーブ笑いn44ベル横顔@

 ベルが急病になり、代打ちでレイターと出張に出かけた。
 あの時には、テロリストに宿泊ホテルを砲撃された

「触らぬ厄病神にたたりなしよ」
「でも、レイターって、人気あるんだよね」
「えっ?」
 驚きを通り越すとはこのことだ。

 フェニックス号の入り口に着いた。
「マザー、レイターいる?」
「取り込み中ですけど、どうぞ」
 ドアが開いた。

「勝手に入っていいの?」
 ベルが驚いている。

「マザーがいい、って言えばいいのよ」

n14ティリー振り向き逆

 この船のメインコンピューターのマザーは、勝手に判断する。まるで人格があるようだ。
 わたしは、勝手知ったるリビングへと入っていく。

「ティリーさんは、いつものコーヒーでいいですか?」
 マザーがたずねる。
「ええ」
「そちらのお嬢さんは、どうされますか?」
「ベル、飲み物どうする? コーヒーはお勧めよ」
「じゃ、あたしもコーヒーで」

 マザーが出してくれるコーヒーは、いつ飲んでもおいしい。お茶うけに焼きたてのクッキーも出してくれた。
「おいしい」
 ベルが目を丸くした。

「下手なカフェに行くより、よっぽどいいわよ。居心地もいいし、本も読み放題。厄病神さえいなければね」
 
 調理師免許を持っているレイターは、料理が上手い。そのレイターが細かくプログラミングしているのだろう、マザーの作るスイーツもまたおいしい。

 わたしは聞いた。
「マザー、取り込み中って、レイターは何してるの?」
「トレーニングです」
 フェニックス号の後方には、トレーニングルームがある。
「ふ~ん、行ってみよっか」

 わたしが立ち上がると
「ダメです」
 とマザーが止めた。
 でも、駄目と言われると余計に行きたくなる。わたしはベルと一緒にトレーニングルームへ向かった。

 トレーニングルームに鍵はかかっていなかった。

 そっとドアを開ける。
「開けるな!」

n24レイター横顔@叫ぶ

 レイターの真剣な声に驚いた。

 バスケットボールぐらいの大きさの、ボール型ロボットが空中に浮いていた。
 テレビの通販番組で見たことがある。トレーニングボールロボだ。
 ゲーム感覚で反射神経を養えるフィットネス商品。

 ベルと二人で、そろりと中へ入った。
「な、何で入ってくんだ。そこから動くなよ」

 ピュンッ

 ボールロボから緑のライトが、レイターに向かって飛び出した。

画像7

 ボールロボは三体浮かんでいて、次々とレイターを狙う。

 レイターは光線を素早くよけながら、ボールロボについている赤いボタンを蹴ったり叩いたりしている。

 ボールロボの動きが止まるまで、赤いボタンを何度も押して下さい、と深夜の通販番組でやっていた。
 番組で、インストラクターが対応していたボールロボは一つだった。

 すごい。職人芸だ。
 思わず見とれる。
 よく、あんな高さまで足が上がるものだ。

n41トレス逆

 三つのボールロボが、いろいろな角度から攻めてくるのに、まるでレイターは後ろにも目があるかのように正確に対処していく。

「バスケが上手いはずだわ」
 ベルが感心している。

 とその時、
「危ねぇ!」
 ボールロボの一つが、わたしたちの方へ向かってきた。

 わたしたちとボールロボの間に、レイターがすべり込んできた。

 レイターはわたしの盾となりながら、赤いボタンに蹴りを入れる。
 緑の光線がレイターの腕をかすめる。

「痛っ」
 レイターが顔をしかめる。えっ? わたしは驚いた。

 ポトン。

 レイターに蹴られたボールロボが、床に落ちた。続いて、残り二つが襲ってくる。

「一つ終われば、あとは楽勝」
 と言いながら、 レイターは、言葉通りに二つのボールロボを次々と片づけた。

「ふう、あんたらが入って来るとは」
 めずらしくレイターが肩で息をしている。汗でびっしょり、相当な運動量だ。

 レイターの腕を見ると、緑の光線がかすったところが、赤くみみずばれのようになっている。どういうこと?
「レイター、あの光線何なの? テレビで見た時は普通の反応ライトだったわよ」

n11ティリー少し怒る

「危なくねぇレーザー」
「危なくないって、あなた火傷してるじゃない」
「これまで火傷なんてしたことねぇし」

 きょうは、わたしたちがいたせいだ。
「ご、ごめんなさい。勝手に入ってきて」

「謝ることねぇよ。礼を言いたいくらいさ。こんくらいの不測の事態に対応できねぇと、ボディーガード協会のランク3Aは務まんねぇからな。いい訓練になったぜ」
「訓練も大変なのね」
「更新試験が近いんだ」
「更新?」
「ボディーガード協会のランクは、一年更新なのさ」
 レイターが持つ3Aは一番上のランクだ。

 いつもおちゃらけているけれど、その裏でこんな訓練を積んでいたとは知らなかった。驚くとともにレイターのことを少し見直す。
「俺のこと惚れなおした?」
「ご冗談を」

 レイターは、ベルの方を見てにっこり笑った。
「こんにちわ。ベル・ネフィルさん。スタイルいいねぇ。モデルさんみたいだ」
 そう言いながらレイターは、ベルに握手の手を差し出し、うれしそうに握った。ベルはスラリと背が高くてかっこいい。

「会うのは初めてですよね? どうして、わたしのこと知ってるんですか?」

ノースリーブ少し口開くn42ベル3s

「俺、女性社員の顔と名前はみんな覚えてるから」
 自慢げに語るけれど、それは自慢になるのだろうか。
「シャワー浴びてくる。リビングで待っててくれや」

 ベルと二人リビングのソファーに座っていると、髪の毛を乾かしながらレイターが顔を出した。
 腕に絆創膏を張っている。

 マザーは何も言わずに、冷たいジュースをレイターとわたしたちに出した。
「きょうは、おそろいでどうしたんでい?」

Tn1レイタータオル

 わたしは気合いを入れてレイターをにらんだ。
「あなたに文句を言いにきたの」
「あん?」
「会社で誤解する人がいるから『俺のティリーさん』って言うのを止めてちょうだい」
「誤解?」

「ベルが教えてくれたんだけど、わたしとあなたがつきあってる、って勘違いしてる人がいるんですって」
「別にいいじゃん」
「良くない!!」
 わたしは机を叩いた。

 ベルが口を開く。
「わたし、ティリーの友だちなのでよく聞かれるのよ。二人はつきあっているのかって」
「じゃあ、『そうだ』って言っといてよ」
 さらりとレイターが答える。

「レイター!!」
 わたしは怒って立ち上がった。
「そんなに怒るなよ。いいじゃん、俺はあんたのことが好きなんだから」

 レイターがストローをくわえながら言った。

「・・・・・・」
 頭が真っ白になる。

 今、レイターは何て言った? 

 言葉を無くしているわたしの代わりに、ベルが聞く。
「レイターは、ティリーのことが好きなの?」

ノースリーブう口開くn43ベル正面@

「好きだよ。嫌いな奴のことを『俺のティリーさん』とは呼ばねぇさ」
「そうじゃなくて、ティリーのことを恋愛対象として見てるの?」
「もちろん」
 身体がのけぞった。息がきちんとできない。

 レイターは今、わたしのことを恋愛対象だと言った。
 これは告白なの?

 トクトクと心臓の音が聞こえる。
 レイターの冗談みたいな軽い話し方と、話している内容の重さが噛み合わない。

 働かない頭が計算している。
 レイターがわたしの彼氏になる、と、どうなる? 

「じゃあ、ティリーにちゃんと交際を申し込めば」
 ベルが突っ込む。

「う~ん、残念なんだけどさ、俺、特定の女性とはつきあわねぇ主義なんだよね」
「どういうこと?」
「世界中の女性が恋愛対象ってことさ」
 レイターはわたしを見て、にやりと笑った。

 いつものようにからかって楽しんでるんだ。無性に腹が立ってきた。  

「じゃあ、世界中の女性とおつきあいすればいいじゃない!」
 と大声を出してから気がついた。

 レイターには片思いの人がいるのだ。

「そういう事を言っているから『愛しの君』に相手にされないのよ」
「それはそれ、これはこれさ」

「愛しの君、って誰?」
 ベルが聞いた。
「銀河一のいい女さ」
 レイターの表情がいつになく優しい。

n28下向き@後ろ目微笑み4

「ティリーと仲良くするのは、浮気じゃないの?」
「ノンノン、言っただろ、俺は特定の女性と付き合わない主義だって」 
「不特定ならいいんだ」
「イエ~ス」
 意味が分からない。

 レイターを見ていると、指数関数的に苛立ちが増幅していく。
「伝えることは伝えたから。ベル、帰るわよ」
 わたしは船を飛び出した。

 ショッピングモールへ戻り、フードコートに席を取った。

 ドーナツセットを頼む。アイスコーヒーがおいしくない。
 マザーが出してくれた冷たいジュースを飲みそびれてしまった。

 ベルの口から出た言葉に驚いた。
「ねえ、レイターって、やっぱり格好いいじゃん」
「はあ?」
「わたし、トレーニング中のレイターを見ていたら、胸がドキドキしてきちゃったよ。すごかったね」
 確かにあの時のレイターは、かっこよかった。

 時々、そういう時がある。
 ボサボサの髪の毛を固めて、ネクタイをきちんと締めた要人警護中の彼はまるで別人。

n30@3カラー逆

 わたしは勝手に『よそいきレイター』と呼んでいる。
 ああいうレイターなら、と考えた自分にまたイライラする。

 ベルが言った。
「レイターって、ボディーガード協会のランク3Aだったんだ」
「腕が確かなのは認めるわ」
 これまで、何度、命を助けられただろうか。

「実は、あたしの従兄弟がボディーガードの仕事をしてて、3A持ってるの。更新試験が大変だ、っていうのは聞いたことあるよ」
「そんなに大変なんだ」
「3Aは収入が違うのよ」

 収入、その言葉を聞いて納得する。レイターはお金にうるさい。

  チョコレートドーナツを手にしたベルが言った。
「うちの従兄弟はさ、社長の警護とかしているから、あたしの年収の五倍以上もらってるよ」
「へえ、そうなんだ」
 ざっと計算すると、年収二千万リル以上だ。

 レイターは、いつもお金が無い無い、と言っているけど、一体いくらもらっているのだろう。
 この間は、大統領夫人を警護するアルバイトを入れていた
 けれど、普段はわたしたち一般社員が対象だ。ランク3Aとは言え、そんなに高額な気がしない。

 ベルがコーヒーを一口飲む。
「ところで、きょうわかったことは、レイターは、ティリーのことが好きだ、ってことだね」

 わたしはむせそうになった。

n12ティリー正面呆気

「ちょ、ちょっと待って、どうしてそうなるの?」
「好きだから、俺のティリーって呼んでるんでしょ」
「レイターには『愛しの君』がいるんだから」

 愛しの君のことを「銀河一のいい女」と呼んだ時の、優しい表情が頭に浮かんで、またイライラしてきた。
 どうしてあの人は、わたしの心を逆なでするのだろう。

 ベルが思わぬ発言をした。

「あたし思うんだけど、『愛しの君』は人妻なんじゃないの?」
「人妻?!」

 違和感を感じながらも、わたしは思い出した。
「前に、研究所のジョン先輩がレイターに、愛しの君を追いかけるのはもうやめろ、って言っていたわ」

 ベルが力説する。
「やっぱり、プラトニック不倫だね。その人に操を立てて、特定の人とは付き合わないのよ」
 操を立てる、とはすごい表現だ。

 しかし、不特定多数と付き合うこととは、真逆じゃないだろうか。
 一方で、ベルの言葉のニュアンスは当たっている気もする。
 レイターは『愛しの君』に対して本気だ。

「で、ティリーの気持ちはどうなの?」
「わたしの気持ち?」

「レイターのこと好きなの? 嫌いなの?」
「ベル、知ってるでしょ。わたしの理想は『無敗の貴公子』エース・ギリアムなんだから」

n60エース一番

「それこそ届かぬ恋じゃん」
「わかってるわよ」

「いっそ、レイターとつきあっちゃえば」
「ベル、あなた、他人事だと思ってるでしょ」
「ていうか、あなたたち二人がつきあっても、そんなに違和感がないのよ。いつもじゃれあってるでしょ」
「じゃれあってる?」
 そんな風に見えてるの。

「フェニックス号なんて、まるで自分んちみたいだったじゃない」
「・・・・・・」
 それには返す言葉がない。でも、反論はしなくては。

「レイターのことって、わたし、さっぱりわからないのよ」
「わからない?」
 どこから話をしたらいいのだろう。

「レイターが、うちの営業部にいたことは知ってる?」
「うん、フレッド先輩と同期だったんでしょ」

「そのころ、フレッド先輩の売り上げを、レイターが抜いたことがあるのよ」
「えっ、初耳。厄病神は全然ノルマを達成しなくて、テストパイロット部に入り浸ってたって聞いたよ」
 それも事実だ。

「ノルマを気にしないレイターの契約を、フレッド先輩が途中で横取りしたこともあるの」
「フレッド先輩ならやりそうだわ。でも、レイターの方も社内処分を受けて、すぐに会社を辞めたんでしょ」
「どうして処分を受けたか知ってる?」
「テスト部で船を壊した、って話よね」

「正しくは、エースとのレースでレイターが勝っちゃったのよ」
「ええっ? 『無敗の貴公子』に? それじゃ、無敗じゃないじゃん」

 わたしは、あわてて人差し指を口に当てた。
「しぃ~。声が大きい。表立ってその話は誰もしないけれど、エース本人から聞いたから、間違いないわ」
「銀河一の操縦士、恐るべしね」  

 そして、ことしの宇宙船レースS1プライムでは、レイターがエースの代わりに身代わり出場して優勝した。
 これは会社の極秘事項に指定されたから、ベルにも言えない。  

「さっきから話を聞いていると、レイターがすごいって話ばっかりよ。おのろけにも聞こえるわ」

 ベルの言葉に、わたしは首を思いっきり横に振った。

ティリーとベル横顔

「違うの。レイターは昔、飛ばし屋のリーダーだったのよ」
「そのぐらいじゃ驚かないわよ。エースより速い、って方がよっぽどびっくりだもの」
 わたしはさらに声を小さくして、隣の客に聞こえないように言った。

「わたしが言いたいのはそのことじゃなくて、レイターは今もマフィアとか悪い組織にも顔が利いて、脱法行為でお金を儲けてる、ってこと」

 ベルはわたしの目を正面から見ていった。
「ねえ、ティリー。そういうことは普通、ただの仕事仲間は知らないものよ」
 ベルに指摘されて、心臓がドキッとした。
 どうしてわたし、こんなにレイターのこと知っているんだろう。


 こんな話をしたせいで、家に帰ってもレイターのことが頭に浮かんでくる。
 しばらく厄病神とは会わないようにしよう。

 と思ったのに、翌日、顔を合わせてしまった。

 天気が良かったから、会社近くの公園でお弁当を食べようと、ベルと一緒に外へ出た。
 公園の備え付けバスケットゴールに、ボールのはねる音がする。

 よく知った顔が、シュートの練習をしていた。
 バスケ部キャプテンのトラットさんとレイターだった。

 わたしは、気づかないふりをして通り過ぎよう、としたのだけれど、ベルが大きな声であいさつしてしまった。
「こんにちわ、レイター」
「よ、ベルさん」

n1レイターウインク手あり

 わたしも挨拶しないわけにはいかない。
「こんにちわ、トラットさん」

 ベルがどんどん近づいていく。
 仕方なく、わたしも後ろからついて行く。

 ベルは楽しそうに二人に話しかけた。
「レイターがうちのバスケ部に入ったら、今度は優勝できるんじゃない?」
 トラットさんが答える。
「僕も、そう思って勧誘してるんだけどね」
「う~ん。バスケは好きだけど、ま、暇だったら、ってとこかな」
 レイターは乗り気じゃない様子だ。

 トラットさんがレイターに聞いた。
「じゃあ、次の週末は空いてないかい? オールスターゲームの前日祭イベントを手伝う人を探してるんだ」
「オールスター!!」
 ベルの声が興奮している。

「君たちも来るかい? 前日祭だけど」
 トラットさんの誘いに、ベルは大はしゃぎだ。
「行きたい! 行きたい、ね、ティリーも行こうよ。絶対、楽しいよ」
 わたしはバスケに詳しいわけでも何でもないけれど、ファン投票で選抜されるオールスターゲームが、バスケファンにとって、一大イベントだということは知っている。

 ベルがこんなに喜んでいるのなら、つきあってもいいか。
「週末は空いてるからいいわよ」
「ティリーさんが行くなら、俺が、船出してやるよ」
 突然レイターが言った。

 この展開は考えていなかった。
「レイター、ありがと」
「ちょ、ちょっとベル」
「いいじゃない。交通費タダだし。わたし飛んでいるフェニックス号に乗ってみたいし」

 何だか、思わぬ方向に話がまとまってしまった。 

* *   

 そして、週末。
 わたしの経験からすると、プライベートの時は『厄病神』は発動しない。

 フェニックス号の助手席にベルが座った。
「ベルさん。そこはティリーさんの定位置なんだけど」
 と、操縦席のレイターが言う。

「銀河一の操縦を近くで見てみたいのよ」

Tシャツn42ベル3s笑顔

 わたしは後部座席でシートベルトをはめた。
「わたしはいつも見てますから、後ろで結構です」
 レイターはそれ以上は言わなかった。

 船がスーッと動き出す。
「さすがね。動き出したのがわからないくらいスムーズだわ」
 ベルが感動している。
「こうやって乗ってもらえれば、燃費もいいし、船への負担も最小限だわ」
 そう、レイターの操縦はメーカー的視点でみても完璧だ。

「どうやったら、そういう操縦ができるの?」
 ベルが聞いた。

「船の声を全身で聞くんだ」

n28下向きパーカー下向き微笑@

 操縦棹を操作しながらレイターがベルに答えた。
「で、どうしたら船が喜ぶか、とにかく考えてやるのさ」

 初めて聞いた。

 飛ばし屋とのバトルで助手席に座って、レイターの上手な操縦について知っている気になっていた。
 でも、飛ばしている時のレイターの気持ちを、今、初めて聞いた。

「銀河一の操縦士は、言うことが違うわね」
「当ったり前さ」
 ベルとレイターは楽しそうに会話を続けている。

 悔しいような、もやっとした気持ちが湧き上がる。
『船の声を全身で聞く』と言ったレイターの言葉、もっと早く聞いておきたかった。

 バスケのオールスターゲームは、ファン投票で選ばれたプロの選手がドリームチームを作って競う、年に一度のイベント。
 イベント用の大型宇宙ステーションが会場だった。

 本番の試合は明日で、前日祭はファンの集いなどが企画されている。
 すでに会場は多くのバスケファンでにぎわっていた。
 人の流れに沿って、A区画の大ホールへと向かって歩いていく。と、横から声をかけられた。

「よお、レイター」
 背が高くがっしりとした背広姿の男性。
 銀河総合警備のクリスさんが、制服を着た警備員の横に立っていた。

n135クリス@背広にやり

「お仕事、ご苦労さん」
 レイターが軽く声をかける。
「こんにちわ、ご無沙汰してます」
 わたしも挨拶する。

 クリスさんには、宇宙船レースS1プライムの警備でお世話になった
 レイターとクリスさんは、昔からの知り合いだという。

「レイター、お前とバスケの会場で会うとはなあ。また一戦交えるか?」
「あんたは仕事だろ」
「ははは、趣味と実益を兼ねる、という奴だ」
 バスケ部だったというレイターと、二メートルを超す身長のクリスさん。話の流れからするとバスケ仲間だったようだ。

 大ホールへ着くと、バスケ部キャプテンのトラットさんが、手を振ってわたしたちを呼んだ。
「いやあ、来てくれて助かったよ。人手が足らなくてさ」
「何しろってんだい?」
「未来のバスケ選手のお相手さ」
 少年少女がたくさん集まっていた。

「女子バスケ部なら喜んで」
「残念だけど、レイター、君と僕は『こども教室』担当だ」
「ちっ。ガキの相手かよ」
 レイターは不満げに舌打ちをした。 


 わたしとベルはコートの横のベンチに座った。

 トラットさんが子どもたちに教えていくのを、レイターが手助けする。
 子どもはレイターに群がった。

 指先の上でくるくるボールを回したり、バスケボールでジャグリングしたりバカなことばかりやっているからだ。

「お前らもやってみろ」
 これじゃ練習になっていない。

Tレイターふざけウインクバスケ2

「いいんですか?」
 トラットさんに聞くと苦笑いした。
「まあ、ボールと仲良くなるのが一番だからね」

 トラットさんが、子どもたちに基本を教え始めた。
 真面目なトラットさんは説明が長い。

 しばらくすると子どもたちの集中が切れてきた。
 話を聞いていない。
 見ているわたしたちも退屈してきた。

 ダンダンッ

 と、突然レイターは何を思ったかドリブルをはじめ、ゴール下からジャンプ。

バスケダンク

 ダンクシュートを決めた。

 わあっ!!
 子どもたちから歓声があがった。

 悔しいけれど、かっこいい。
「ダンクシュートしたい奴」
 レイターがたずねると、背の低い男の子が、真っ先に手を挙げた。

「はい!」
「あんた、何て名前だ」
「レオンです」
 レイターはゴール下へ少年を呼び、ボールを持たせた。

「レオン、ちゃんと入れろよ」
 と言いながら、少年の体を抱えてジャンプした。
 少年はリングの上からボールを入れた。

「あ、ありがとうございますっ」
 少年の興奮がわたしにも伝わってくる。

「僕もやりたい!」
 子どもたちがレイターの周りに一斉に集まった。

「いいか、一列になって、向こうまでドリブルしてこい。帰ってきた奴からやってやる」
 子どもたちは、目を輝かせてドリブルを始めた。

 戻ってきた子どもたちを、次から次へと抱き抱えてジャンプする。
 結構大きな少年もいるけれど、レイターは軽々と持ち上げた。

「あれじゃあ、レイターの筋トレだよ」
 隣のベルが笑っている。

「終わったらパスの練習だ」
 レイターも子どもたちも楽しそうだ。

 トラットさんも助かった、という顔でパスの指導を始めた。
「レイターって、子どもの扱い方をよく知ってるね」
 とベルが言った。

「自分が子どもだからじゃないの」
 どうしてだろう。つい憎まれ口になってしまう。

 いつものレイターとは、違う一面を見ている。
 おちゃらけているけれど、子どもたちと真剣に向き合っているのがわかる。

 『こども教室』が終了した。

「ボールに触りたくなっちゃった」
 そう言ってベルはわたしを誘った。

Tシャツn45@2笑い前目

「パスぐらいなら、つきあおっか」
 わたしは、バスケはあまり得意ではないけれど、腰を上げた。

 が、軽く考えていた。元バスケ部のパス。速くてついていけない。
 しかも、力強くて、手が痛い。

「あ、ごめん」
 ベルのパスが少し横にずれた。

 ボールを追いかける。ととと、バランスが崩れ、足がもつれた。

 痛い。思い切り転んでしまった。恥ずかしい。

 ・・・ズキン。

 思いの外、足が痛い。くじいたようだ。
「ティリー大丈夫?」
 ベルが駆け寄ってくる。

 と、体がふわりと浮いた。

お姫様3逆

「ったく、あんた運動不足じゃねぇの」
 レイターがわたしの体を抱き抱えていた。    

「ちょ、ちょっとレイター」

 ヒュー、ヒュー。
「お姫さま抱っこだぁ」
 子どもたちがわたしたちを見て冷やかす。

「俺のティリーさんだ、文句あっか!」

s16お姫様抱っこ線画Tシャツカラー

 レイターの一言で子どもたちは興味を無くしたようだ。
「なあんだ、彼女なのか」

 ち、違う。反論しなくては。
 やだ、胸が詰まってうまく言葉にできない。

「痛むのか?」
 レイターが心配そうな顔でわたしを見つめた。

s16お姫様抱っこTシャツカラー後ろ目アップ大

 顔が近い。
 普段見慣れない真面目な表情に、また動悸が速くなる。

「あんた、いつものように怒んねぇから」
 どういう意味?
 レイターは、わたしが怒ることを想定して言ってるの? 
 わたしのことをからかってる、ってことよね?

「大丈夫です。歩けます!」
 わたしは声を荒げた。

「やっぱ、ティリーさんだ」
 レイターがくすっと笑った。

 レイターはわたしをベンチに座らせると、くじいた足の靴を脱がせた。
 わたしの素足をレイターの手が包んだ。
 大きく温かな手。

 レイターは、わたしの足に痛み止めの冷却スプレーをして、慣れた手付きでテーピングを巻いた。

「そんなに捻ってねぇから、すぐ治るさ。しばらく座ってな」

Tn23レイター正面2やや口開く

「ごめんね」
 ベルが謝る。わたしの方が恐縮する。
「わたしが下手でごめん」

「ベルさん、あんたの相手は俺がするよ」
「でもぉ・・・」
 レイターの誘いに、ベルが困った顔でわたしを見た。わたしに気を使っているのがわかる。

「わたしは大丈夫だから、行っておいでよ。わたしのせいで、ベルが楽しめなかったら、その方が嫌だわ」

「じゃ、ちょっと行ってくる」
 二人はコートへと戻っていった。

 ボールの扱いが本格的だ。

 パスしてドリブルしてシュートして・・・。バスケ部だったベルは生き生きとしている。
「うまいじゃん」
「キャプテンやってたのよ」
 二人の楽し気な声が聞こえる。ベルは運動神経がいい。

 なぜだろう。この場所から離れたい衝動にかられた。

 足の痛みは引いていた。痛み止めスプレーが効いている。
「飲み物、買ってくる」
 そうつぶやくと、わたしはコートの外へ出た。

 もともと、ベルに誘われて来たのだ。
 ベルとレイターが、バスケという共通の趣味で楽しんでいるのだから、それでいい。
 わたしはバスケの熱狂的ファン、というわけでもないんだから。

 なのに、同じ場所で同じ空気を吸って、傍観していることが苦しかった。

n18普通口む

 レイターとベルが楽しそうだから? 
 悔しいようなもやっとした変な気持ちが、また忍び寄る。

 わたしはあわてて頭を横に振った。
 違う違う、ベルと自分が一緒に楽しめないことにいら立ってるんだ。

 スポーツドリンクを買って、帰ろうとしたのだけれど。
 考えごとをしていたら、さっき通った道とは違う通路に入ってしまった。

 人通りもない。
 表示にはH区画と書いてある。

 AからD区画がメインの大ホールだった。どっちだろう?
 まずい、迷子になってしまった。

 と、その時、通路の反対側を子どもが通って行った。
 さっき『こども教室』にいたレオン君だ。

 彼が歩いて来た方向が、メイン会場のはず。
 レオン君に背を向けて歩いていくと、見覚えのある通路まで戻ってきた。

「ったく、どこ行ってんだ。迷子かよ」
 レイターが不機嫌そうな顔で駆け寄ってきた。
「ちゃんと帰ってきたでしょ、迷子じゃないわ」

 ベルが耳打ちした。
「レイターが心配してたわよ。ティリーは方向音痴だからって」

Tシャツn45@2笑い

「おーい、レイター」
 トラットさんが走ってきた。なぜか警備担当のクリスさんも一緒だ。
「迷子が発生した」
「迷子なら帰ってきたぞ」
 レイターはわたしを指さして笑った。

 トラットさんは笑う余裕もなく、レイターに言った。
「さっき『こども教室』に来ていたレオン君が、母親との待ち合わせ場所に来ていないそうなんだ」

「迷子のご案内は、カバさんの仕事だろ?」
 クリスさんが説明する。
「母親がヒステリックになってるんだよ。うちの子を返せって。気になるのは、レオン君の携帯通信機の位置情報が反応していないことだ」

n135クリス@背広口一文字

「じゃ、家出だ。自分で切ってんだろ」
「なぜわかる?」
「ヒステリックな母親んとこへ帰りたいガキがいるかよ」
「・・・・・・」
 クリスさんが黙った。

 わたしは急いで口をはさんだ。
「わたしさっき、H区画でレオン君を見かけたわ」
「H区画! その先にJ区画がある」
 レイターとクリスさんが顔を見合わせた。

「Jチケット狙いだ。家出確定だな。俺、J区画まで行ってくる」
「頼む」
 レイターの言葉にクリスさんがうなづいた。

 Jチケットって何だろう。
 会話の流れから察するに、J区画に何かがあるのだ。
「クリス、あんたは警備室でフォローしてくれ」
「わかった」

 何だかわからないけれど、お手伝いできそうだ。
「わたし、レオン君を見たところまで案内するわ」
「わたしも行く」
 ベルも手を挙げた。
「両手に花だ」

Tn33にやり

 うれしそうにレイターが笑った。

 案内する、と言ったけれど、実はよく覚えていなかった。
 レイターが歩いていくのについていく。

 ベルがレイターにたずねる。
「レイターは、そのJ区画に行ったことがあるの?」
「ねぇよ」
「道順あってるの?」
「さっき、クリスに見取り図見せてもらったからな。一度見りゃ覚わるさ」
「へえ、さすが、ボディガード協会のランク3A は違うわね」
 ベルが感心している。

 H区画の表示。見覚えのある場所へ来た。
「あ、さっき、ここでレオン君を見かけたの。向こうへ向かってたわ」
 わたしが説明する。

「あんた、何でこんなとこにきたんだ?」
 レイターに突っ込まれて困ってしまう。
「何でって・・・」
 迷子になったとは言えず、口ごもる。

「それより、レイター、Jチケットって何なの?」
 ベルが助け舟を出してくれた。
「あすのオールスターゲームの裏チケット」

「チケットはとっくの昔に完売してるわよね」
「だから裏チケットさ。J区画って、今は使われてねぇ古い区画なんだけど、そこでオールスターのチケットが入手できる、って噂になってんだ」

「え~っ、わたしも欲しい」     まとめ読み版②へ続く

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