銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(12) 決別の儀式 レースの前に
・第一話のスタート版
・第三十九話 まとめ読み版① ② (10)(11)
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「ティリー、仕事が終わったら食事に行かないか」
誘うのはいつも僕からだな。そう思いながらエースはティリーに声を掛けた。
ティリーと食事をするのが楽しい。
彼女は僕に憧れていて、僕は彼女を好きだ。なのに、なぜこれを恋愛と呼べないのだろう。
これまで僕にガールフレンドがいなかった訳ではない。大学時代にはクラスメートとつきあっていた。
たまたま社会経済学の授業で、隣の席になった女性だった。
授業を休みがちな僕のために、ノートを用意し講義を教えてくれた。時に教授の悪口を交えて話す、その様子がかわいかった。
彼女とつきあい出した頃、僕はS1に乗った。
そのまま連勝して無敗の貴公子と呼ばれ、メディアにも注目されるようになった。
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僕は幼い頃から、論理的に物を考えることが得意だった。
その一方で、他人を思いやる、という気持ちに欠けたところがあった。
例えば、年下の面倒を見る、というようなことだ。
先生から言われればやるが、自発的に世話をしよう、という考えが浮かぶことがなかった。
簡単に言えば、他人に興味がないのだ。
父の仕事の影響で、僕は三歳の頃から宇宙船のチャイルド機に乗り出した。
僕には人の気持ちより、船の気持ちの方がよくわかった。
「きょうは右に回って飛びたくないんだね」
船とならいくらでも会話を続けていられる。
経営者である父は、他者との関わりが薄い僕に不安を感じていたようだ。
あるべき論をよく僕に語った。
困っている人がいたら、利益を求めず率先して助けろ、というような話だ。
助けた対価をもらってはいけない、その非合理的な理由が本当のところ僕にはよくわからなかった。
尊敬する父の話をもとに、この状況にはこう対処するというパターンをいくつも覚えて実践した。
自分より弱いものが泣いていたら素通りせず「どうしたの?」と声をかける。
なぜ声をかける必要があるのかと言うことを考えてはいけない。僕は対人コミュニケーション力の不足を、丸暗記でカバーした。
十歳の時に、僕はレースのジュニアチームに正式に入った。
いい成績も自分。悪い成績も自分。
自己中心的な僕にとって、そこは居心地の良い世界だった。
僕は船の機嫌をチームに伝える。監督もメカニックも僕の言葉に従って動き勝ち進んでいく。
結果を出していれば、煩わしく人と関わる必要がない。
そして、僕は、孤高の世界にたどり着いた。
多少コミュニケーションに難があっても「天才だから」という言葉で許される世界へ。
S1で勝ち続ける僕を見て、父だけは心配していた。
「お前はレーサーを辞めたらどうする。クロノスを継ぐ意思はあるのか」
「はい、もちろんあります」
僕はクロノスの船が好きだ。僕が父の後を継ぐという結論は一番理にかなっている。
「経営で大切な資源は人だ。そのことをよく覚えておきなさい」
「はい」
僕は父に逆らったことがない。父は常に僕を正しい道へと導いてくれる。
*
大学時代に付き合っていた彼女は、レース、というかそもそも宇宙船に興味がなかった。
彼女とはいつも他愛のない話をしていた。僕は流行りの音楽やドラマを彼女との会話から知った。
「エースは一流なんだから、芸術やファッションを知って、デザインを学ぶべきよ」
という彼女に連れられて、ブランド店を歩き回った。
僕は、彼女にたくさんのプレゼントを贈った。
彼女がチョイスする高級なレストランやバーにも出かけた。
無敗の貴公子と呼ばれ始めた僕は、あり余るほどの賞金を手にしていた。お金を使うことに何の躊躇もなかった。
今、思い返しても、彼女のセンスはよかった。
若手デザイナーとの交流は、その後も僕の仕事の役に立ち、彼女に教わった店は僕の贔屓の店となった。
僕にとって彼女と過ごす時間は有益で、レースの緊張を和らげる息抜きでもあった。 (13)へ続く
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」