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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十二話 地球人のディナー(まとめ読み版)

第一話のスタート版
第一話から連載をまとめたマガジン 
第二十一話「彷徨う落とし物」

「ティリー!」
 会社の廊下で突然、同期のカノオ君がわたしを呼び止めた。

 面倒くさい、という気持ちが真っ先に来た。

 おととい、出張先で契約ボードを無くしたカノオ君を手伝ったら「俺とつきあってくれ」と告白された
 それを断って以来、顔を合わせるのを避けていたのだけれど。

「ティリー、君は知らないかもしれないが、俺は地球人なんだ」

n230カノオ笑顔

 カノオ君は上機嫌で話しかけてきた。
「知ってるわよ」
 自己紹介の時に、カノオ君は何度も自分は地球人だと連呼していた。

 確かに地球は銀河連邦の中心で、地球人のステイタスが高いことはわたしも知っている。
 カノオ君みたいな地球人もいるんだ、と思ったことを思い出す。

「君は幸せ者だな」
 意味がわからない。カノオ君が地球人だと、どうしてわたしが幸せなの?

「週末、地球のレストランを予約した。あけておいてくれ」
「ちょ、ちょっと待って」
「地球のレストランだぞ。行きたいだろう」
 確かに地球は入星管理が厳しくて、そんなに簡単には入れない。

  憧れが無いといえば嘘になるけれど。

「週末は予定があるの」
「どんな予定だ。そんなに大事なのか?」
 カノオ君に報告する義務はない。けれど、言わないとしつこそうだ。

「フェニックス号でS1を観ることになってるのよ」
「そんな予定はキャンセルしろ!」
 カノオ君が怒って大声をだした。

「どうして?」
「俺たちはつきあってるんだぞ」
 わたしは驚いた。
「ええぇっ??? つきあってないわよ」

n12ティリー正面呆気

「何を言ってるんだ? 何かの間違いだろ?」
 今度はカノオ君があわてている。

 わたしはお断りしたつもりだったけど、きちんと伝わっていなかったかも知れない。カノオ君は勘違いしている。

 はっきりさせておこう。
「ごめんなさい。あなたとはおつきあいできません」
 カノオ君の顔が真っ青になった。
「どうしたんだ。何があったんだ?」

「何もないわよ。この間、お断りしたつもりだったもの」
「やっぱり、レイターとつきあっているのか?」
「違うわよ」
 ああ、面倒くさい。
 廊下を通り過ぎる人たちがわたしたちを見ている。
 早く仕事に戻りたい。

 と、その時、
「また、カノオが、俺のティリーさんにちょっかいかけてんのかよ」

皇宮ゆるシャツ

 レイターが通りかかった。

 ややこしさが倍増だ。
 カノオ君が上を向いてレイターにつっかかる。
「ティリーはお前とつきあっていない、と断言したぞ。週末、ティリーは俺と地球のレストランでデートするんだ。今、止めたらキャンセル料も発生するんだぞ。お前は一人でS1見てろ」
 いきり立つカノオ君に、レイターは静かに言った。

「ふ~ん。ま、いいけど」

 レイターはわたしを引き留める気はないらしい。
 何だか気に入らない。腹が立つ。この場にいたくない。

「わたし、急ぎの仕事があるの」
 それだけ言うと、速足で職場の自席へと戻った。

 顧客名簿を確認するためにモニターを立ち上げる。今日中にチェックしなくちゃいけないのに、変なところで時間をとられてしまった。

 大体、レイターが断ってくれればよかったのに。
「ふ~ん」って何よ「ふ~ん」って。

 今週のS1は『無敗の貴公子』エース・ギリアムの大事な一戦なのよ。

n62エース正面線画@真面目カラー

 レイターは興味がないかもしれないけれど、上期の全勝がかかってるんだから。

 イライラする。仕事が手につかない。
 フ~。
 深呼吸をして気を取り直す。


 隣の席のベルがわたしの顔を見て笑った。
「週末、どうするの? レイターとS1。それともカノオと地球で食事?」

n43ベル正面笑う

「どうして知ってるの?」
「噂になってるよ。派手に廊下でやったんでしょ。それにしても、地球で食事なんて滅多にできないよ」

「どうぞ、ベル、代わりに行ってきてちょうだい」
「相手がカノオじゃなけりゃね。あいつ金持ちのくせにケチだし、自分が地球人だ、って鼻にかけてるから、地球になんて行ったら、自慢話ばっかりだよ」

 完全に行く気が失せた。
「とにかく、カノオ君の申し出は断るわ」

 カノオ君はキャンセル料が発生する、と言っていた。
 地球のレストランのキャンセル料って、いくらするんだろう。わたしが払わなくちゃいけないのだろうか。

 断ると決めたら早い方がいい。

 会いたくないけど、直接カノオ君の顔を見て話そう。
 これ以上、誤解はごめんだ。

 立ちあがったわたしに、ベルが声をかけた。
「がんばってねぇ。S1はどうするの? フェニックス号に観に行ったらカノオがヤキモチ焼くよ」
 フェニックス号の大画面の4D映像システムで、エースの勝利を堪能したかった。
 でも、今週末は止めた方がよさそうだ。

 どうして、こんなことになっちゃったんだろう。

  カノオ君はモニターに向かって座っていた。後ろから声をかける。
「お仕事中ごめんなさい」
 カノオ君はすごい勢いで振り向いた。

「おお、ティリーか」

振り向きにやり

 その馴れ馴れしい呼び方止めて欲しい。

 続けてカノオ君は驚くことを口にした。
「週末の集合場所は、フェニックス号だからな」
「え?」
 意味が分からない。

「S1観てから地球へ行くことにした。レイターがフェニックス号を出してくれるそうだ」
「そうなの?」

n11ティリー@2白襟長袖口開く驚く

 それなら大画面でエースが見られる。

「ティリーはS1が好きなんだな。笑顔が見られてよかった。それに、これで酒も飲める」
「レイターを運転手にするつもりなの?」
 ちょっとムっとする。

「そうさ、あいつの仕事だろ」
「じゃあ、そのお金は誰が払うのよ」
 この間の出張でフェニックス号を動かすのにはお金がかかる、という話をカノオ君としたばかりだ。

「あいつから言い出した話だから、いいんだ」

下から見上げる 青年にやり

 レイターとカノオ君の間でどんな話があったのかわからないけれど、フェニックス号でS1レースを観ることができるなら、まあいいか、という気分になった。

「どうだった?」
 席に戻ると、ベルが興味津々といった顔で聞いてきた。

「よくわからないけれど、レイターとカノオ君が話して、S1観てからフェニックス号で地球へ行くことになってたわ」
「へぇ、流石だね、レイターは。ティリーへの愛を感じるよ」
「は?」

「カノオにはできない芸当だよ。フェニックス号でS1を観たいというティリーの願いを叶えた上で、カノウの機嫌も損ねない。キャンセル料も発生しないし、二人のデートを監視できる」
「監視って何よ、監視って」

「食事の後に、カノオが迫ってきたらどうする気?」
「そんなこと考えてなかったわ。食事はお断りするつもりだったもの」
「レイターがティリーの保護者になってくれるってことよ」
「保護者ぁ?」
「そうだ、週末、あたしもフェニックス号へ行くわ」   



 そして、週末。
 ベルと一緒にフェニックス号を訪れた。

 地球の高級レストランにはドレスコードがあるというから、手持ちの中で大人っぽい紺のワンピのアンサンブルを着てみた。

t12線画ティリーベル

「いいじゃん、その服。きょうは俺とのデートじゃねぇのに」
 レイターがさらりとお世辞を言う。
「あなたとデートは一度もしてません」
 と答えながら、嫌な気持ちに襲われた。きょうはカノオ君とデートということになるのだろうか。

 カノオ君はもう船の中にいた。
 S1を観戦するレイターの部屋は、いつもと同じく散らかっている。

 わたしとベルは、ソファーに場所をつくって座った。
 レイターはベッドに腰掛け、後は床しか空いていない。

「汚いなあ。こんなところに座りたくないぞ」
 カノオ君が文句を言った。
「じゃあ出て行けよ」 
「仕方ない。ティリーの隣に座るか」
「ええっ?!」

「カノオはわたしの隣に座りな」
 というベルを無視し、カノオ君は狭いソファーの隙間へ割り込むようにして、わたしの左隣に座った。
 満員の通勤電車よりきつい。嫌な感じだ。

 でも、部屋が暗くなって4D映像システムが立ち上がると、もうカノオ君のことは気にならなくなった。
 エースしか見えない。

 右隣のベルに話しかける。
「もちろんエースは今日もポールポジションよ」
「ハイハイ、わかってるわよ」
 無敗の貴公子のアップが映る。トップを誓う、人差し指を立てた決めのポーズ。
「かっこいいーっ」

n60エース一番微笑カラー

 カノオ君が不機嫌そうに言った。
「ティリー、お前、もしや専務が好きなのか?」
「そうよ」
「専務はソラ系出身だが、地球人じゃないぞ」
「関係無いわよ」

「そうか、やっぱり金がある奴がいいのか。俺の実家だってクロノスほどじゃ無いが貿易会社を経営しているんだ。資産はある」
「はあ? わたしはレースをするエースが好きなのよ、黙っててくれない!」

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 エースを悪く言うのは許さない。

 カノオ君はわたしの剣幕に驚いたのか、レースの間は一言も話さなかった。

 そして、まったく危ういところもなく、わたしのエースは優勝した。
「エース、最高! 上期全勝よ」
 わたしは立ち上がって喜んだ。

「専務の道楽にも困ったもんだな」

横顔前目む怒り眉

 カノオ君が、わたしの興奮に水を刺すようなことを言った。
 社内にエースのことを悪く言う人がいることは知っている。

「プレイングマネージャーのつもりか知らないが、赤字部門だぞ」
 カノオ君の言うように、レース部門は利益を出していない。だけど、船の魅力を伝える最高の場だ。
「カノオ君は、速い船に憧れないの?」
「別に」

 船への愛情が感じられない。
「どうしてクロノスに入ったのよ?」
「宇宙船メーカーは安定企業だ。中でもクロノスは最大手で時価総額が高い。優秀な俺にぴったりだ」
 わたしとは考える次元が違い過ぎて、声が出ない。

 レイターが口を開いた。
「優秀なカノオさまは、貿易会社カノオーラの跡取り様だからな」

t20ななめ4にやり

 カノオーラと言えば、わたしでも知っている有名企業だ。

「人には言うなと言われているんだが」
 カノオ君は嬉しそうに話し始めた。

「俺はいずれ家業を継ぐ。カノオーラをクロノスのような大会社にするため修行に来たんだ。戻ったら社長だ。そうしたら、ティリーは社長夫人だぞ」

 妄想はやめてほしい、と言おうと思った時、ベルが口をはさんだ。
「あ~ら、ティリーがエースと結婚したら時価総額一位の社長夫人よ」
 カノウ君がむっとして黙った。

 ベル、ナイスなコメントだわ。
 と思ったのだけれど、エースと結婚ですって! それこそ妄想だ。    

  怒ったカノオ君は、ベルを指さしながら言った。
「後で後悔するなよ。俺はお前とは絶対に結婚しない。俺は、俺を見下ろすような女は嫌いなんだ」 
「背が高くて助かったわ」

n45前目笑う2

 笑顔で応じるベルを見て、レイターがぷっと噴き出した。

 今のやりとりって何?
 カノオ君が好きなのは、背の低い女子ってこと?



 地球という星は、青く美しい宝石のようだ。
 修学旅行で一度だけ、来たことがある。あの時は、銀河連邦議事堂を見学した。 

 カノオ君が予約した地球のレストランは、高級街のビルの最上階に入っていた。

 レイターが運転するエアカーから、カノオ君と降りる。

 エアカーの助手席でベルが手を振った。
「じゃあ、ティリー。九時に迎えに来るから、楽しんできてね」
 小さなため息が出た。

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 できることならベルと代わって欲しい。


 センスの良い店内。
 窓際の席で、カノオ君と向かい合って座った。
 緊張する。
 何と言っても、地球の高級レストランなのだ。

 きらびやかな夜景が目に染みる。

 現金を十万リル用意してきた。
 事前に検索したところ、この店の平均予算は一人五万リル。

 万一、カノオ君の分まで立て替えることになっても大丈夫なように、大目に準備した。こんなに使うことにはならないと思うけれど。

「この店は、子どもの頃からよく来てるんだ」
 カノオ君が言うのは嘘ではないのだろう。給仕長を呼びつけた。
「おい、裏メニューを言われる前に持ってこい」

n230カノオ怒り

「申し訳ございません」
 自分の家の召使いと間違えているんじゃないだろうか。居心地が悪い。

「ワインはボトルで頼もう」
 とカノオ君が言い出した。
「わたし、そんなに飲めませんから」
 やんわり断る。
「いや、俺は平気だ」

 今度はソムリエを呼びつけた。
「カノオ様、お待ちしておりました」
 カノオ君がテイスティングをする。その様子は慣れていた。
「地球産か、まあまあだな」
「恐れ入ります」

 カノオ君がわたしを見ながら言った。
「俺は、普段から一流の物に触れるよう親父から言われている。本物を見極める目が養えるんだ」

 カノオ君のお父さんは、正しいことを言っていると思う。
 なのに、冗談にしか聞こえない。

 カノオ君と乾杯する。
 このワインが美味しいのかどうか、正直よくわからない。
 カノオ君がウンチクを垂れているから、ありがたい物なのだろう。

 出てきた料理は美味しかった。
 このお店は地球産の食材を使っていると言う。
 初めて食べる味なのに、どこか懐かしい後味。スープをおかわりしたくなった。

 けれど、会話は最悪だった。

 カノオ君は地球で生まれて、わたしも知っている地球の名門校に小学校から入って、大学までエスカレーターで進んで、という自分史を延々と語り出した。

 ベルが想像した通りの自慢話。
「すごいわね」
 と適当に相槌を打つ。

 カノオ君がさらに盛り上がる。

 話は就職活動に差し掛かった。

 白身魚のソテーが運ばれてきた。
「言っておくがティリー、俺の入社はコネじゃない」
「そうなんだ」
 意外な気がした。

「もちろん、クロノスと取引のある親父が、俺のことを事前に社長に話したが、俺は普通に試験を受けて入ったんだ」
 いや、それって絶対、コネ入社でしょ。

「知ってるかティリー、レイターは将軍家のコネでクロノスに入社したんだぞ」
 カノオ君が、勝ち誇ったような顔をした。

18会社員1@大

「知ってるわ」
 その話は本人から聞いたことがある。

「卑怯な奴だな」
 はいはい。ソテーをナイフで切りながら適当にうなづく。

「その上、処分が出て退社になったんだ。最悪だぞ」
「そうね」
 無敗の貴公子をレースで破って社内を騒がせたのよ。って教えてあげようかと思ったけれど、やめておいた。

 レイターに対抗意識を燃やしているカノオ君に、何を話しても面倒なことになりそうだ。 

 メインディッシュはステーキ。

 地球の哺乳類のお肉で、稀少な部位だと言う。
 脂身が少ないけど柔らかい。ちょっぴり酸味のあるソースが、お肉とマッチしていておいしい。

 あわせて赤ワインを口に含む。

 豊潤な香りが、まるで花が開くかのように目の奥で広がった。
 カノオ君のウンチクは忘れてしまったけど、この地球産ワインは間違いなくおいしい。

 カノオ君は職場の話をしていた。
 ほとんど悪口と不満ばかり。

「部長は見る目がない。俺の仕事ぶりがきちんと評価されていない。本当の俺をわかってないんだ」
 とか、
「課長の奴、俺が実家の社長になったら、目に物見せてやる」
 とか、
「フレッドは俺のこと見所があるって言っていた。やっぱり、できる男は違うな。カノオーラで雇ってやっても良い」

n75フレッド笑う逆

 さすが、フレッド先輩だ。
 カノオ君のうしろのカノオーラにまで、気を使って相手をしているのがわかる。


 はあ、お肉も食べ終わった。
 もう、早くここから帰りたい。

 カノオ君が首を捻っていた。
「なぜかフェニックス号は、地球の入星許可を持っていたんだ」

 別に不思議なことでも何でもない。
「そりゃそうよ。だって、レイターは純正地球人だもの」

「何だって? 純正地球人? レイターが? そんなバカな」

横顔驚く逆

 カノオ君が、納得できないという顔をして驚いている。
 地球人の中でも希少な純正地球人。銀河連邦評議会を仕切っている。

 その動揺した様子からわかった。
 カノオ君は、純正地球人じゃないんだ。

「だから、ティリーはレイターと一緒にいるのがいいのか?」
「は?」
「ティリーがそんな人間とは思わなかった」
 そんな人間ってどんな人間よ。

 カノオ君の高すぎるプライドが、周りを不愉快にさせている。

 その時に気が付いた。
 レイターは純正地球人だと、自分からは一言も言わないことに。

物まねアップ@単体薄め

 わたしはハイジャックされた時に、たまたま聞いた

 銀河一の操縦士は、肩書がなくても自分に自信があるのだ。
 カノオ君がかわいそうに思えてきた。

 デザートが運ばれてきた。

 ガトーショコラのフルーツ添え。
 白い粉砂糖がかかったモノトーンのチョコレートに、果物の色どりが映えて、オブジェのように美しい。
 思わず携帯通信機で写真を撮る。

 カノオ君が物知り顔で言った。
「ティリー、レイターには『愛しの君』という好きな女がいるそうだ」

「知ってるわよ」

 今回、カノオ君は、レイターのことを色々と調べたようだ。
 とにかく、美味しそうなチョコレートを、ゆっくり食べさせてほしい。
 一口大に切って、口にする。

 その時、カノオ君は思わぬことを言った。

「愛しの君、と言うのは、一般人では手の届かない、高貴な御方なんだぞ」
 わたしはカノオ君の顔を見つめ、目をぱちくりさせてしまった。

n11ティリー@2やや口驚く

 高貴な御方、と言う情報は初めて聞いた。

「驚いたか。あいつはそういう逆玉の輿を狙っているんだ。ティリー、お前は遊ばれてることに、早く気がつけ」

「愛しの君って、誰なの?」
 思わず身を乗り出して聞く。

「具体名は知らないが、レイターが純正地球人というなら、相手も純正地球人なんだろ」
 カノオ君の言うことは一理あった。

 特権階級ともいえる純正地球人が、ほかの民族と結婚することはほとんどない。子どもが純正地球人ではなくなり、地球で暮らす税金の優遇措置が受けられなくなる。

 カノオ君の実家は、相当高額な税金を支払って、地球に住んでいるのだろう。
「その情報は誰に聞いたの?」
「ダルダ先輩だ。きのう、仕事で一緒だったんだ」
 胸がドキンとなった。

 ダルダ先輩は『愛しの君』のことを知っている。

n70にやり

 正しい情報源だ。

 そうか、あり得る。
 レイターは皇宮警備にいて、いわゆる高貴な方々と付き合いが多い。

『愛しの君』は銀河一のいい女で、高嶺の花。
 ジョン先輩はレイターに「もう追いかけるのを止めろ」と言っていた。 

 手の届かない恋。
 すべて辻褄があう。 

 と、考えているうちに、デザートを食べ終え、苦行のような食事は終わった。


  会計のレシートが届いた。

「ティリーを誘ったのは俺だから、ここは俺が払う」

n230カノオ笑顔

 珍しい。
 カノオ君はケチだと聞いていたけれど、きょうは自分で払うと言う。
 でも、これを恩に着せられてはたまらない。

 わたしたちはつきあっている訳でもない。ただの同僚だ。
「割り勘でいいです」

「大丈夫さ」
 カノオ君は黒いカードを取り出して、わたしに見せた。

 初めて見た。格付けランクで最上級のブラックカードだ。
「親父のを借りてきた」
「え?」
「家族も使えるんだ。だから安心しろ。将来の娘に払う金は痛くない、って親父も言っていた」
 将来の娘?
「止めてください! わたし、自分で払いますから」

 カノオ君の手からレシートを奪って息を飲んだ。

n17ティリー横顔紺 驚き

 地球のレストランは席料やら税金やらが加わって、調べた以上に高かった。特にカノオ君が飲んだお酒代が高い。

 一人、八万リル。月収の手取りのほぼ半分だ。めまいがした。

 でも、そんなこと言っていられない。
「ごちそうさまでした」
 机の上に現金を置いた。

「遠慮しなくていいのに」
 そう言いながら、カノオ君はわたしの払ったお金をポケットに入れた。

 この人、父親のカードで支払って、わたしのお金は自分のものにするつもりじゃないだろうか。


 店の外に出ると、ベルとレイターがエアカーの前で待っていた。
「ティリー、楽しかった?」

n41ベル@笑い逆

「え、ええ。おいしかったわ」
「それは良かったね」
 と、ベルはのんきに言うけれど、カノオ君のいる前で、楽しくなかった、なんて言えるわけがない。

 カノオ君は、地球の実家に帰るという。

 レイターが運転するエアカーで送っていくと、貿易会社カノオーラを営むカノオ君の家は、高級住宅街にある大豪邸だった。
「ティリー、寄っていかないか?」
「結構です。S1のダイジェストニュースを観たいので」
 丁寧に断る。
「そうか、俺と一緒ならいつでも地球に入れるから、またな」
 疲れた。

 フェニックス号へ戻った。

 居間のソファーに腰かける。ふぅ。やっと一息つける。
 マザーのいれてくれるお茶がおいしい。

「ベルは、夕飯どうしたの?」
「地球のレストランって高いじゃん。だから、レイターにスーパーマーケットに連れて行ってもらったのよ」
 ベルはショッピングが趣味だ。

「ベルさんとのデート楽しかったぜ」

n27レイター振り向き大人@にやり

 操縦席のレイターが、振り向いて嬉しそうに笑った。

 イラっとした。
 いつもは、「俺のティリーさん」とわたしのことを呼ぶくせに、結局、女性なら誰でもいいのだ。

 ベルが続けた。
「あんまり地球の食材って出回ってないじゃん。レイターにいろいろ教えてもらいながらスーパーで買い物して、ここで、レイターに夕飯を作ってもらったのよ。肉野菜炒め、最高においしかったわぁ」

ベルとレイター@逆

 うらやましすぎる。     

 ベルがわたしに聞いた。
「ティリーも、よかったね。あの店、予約取るのも大変な、五ツ星ランクなんだってね」

n42ベル3sタートル白笑顔

「ええ、夜景も素晴らしかったし、美味しかったわ」
 確かにおいしかった。でも、食事ってそれだけじゃない。

 ベルとレイターが、会話を弾ませながら炒め物を食べている情景が、頭に浮かんで心が苦しい。
 食事を楽しむのは、舌の感覚だけじゃない。
 目や耳や心の感覚が重要なのだ。

 それにしても、八万リルよ。八万リル。
 しばらく節約生活をしなくては・・・。

 悔しいから、チャムに携帯通信機の写真を自慢げに見せる。
 美しいガトーショコラ。
「これ、デザートよ」 

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「すっごい、おしゃれじゃん。食べてみたいわぁ」
 ベルがうらやましそうな顔をするのを見て、少しだけ溜飲が下がる。

「チョコレートの味はどうだった?」
「味わね・・・」
 えっと。ベルに聞かれて困った。どんな味だったろうか。

 ガトーショコラを一口大に切って、フォークで口に運んだ。
 しっかりと記憶にあるのに、どうして味を覚えていないんだろう。

 わかった。カノオ君のせいだ。
 あの時、『愛しの君』の話なんか持ち出すからだ。

「これまでに食べたことないほどおいしかったから、表現できないわ」
 適当な感想を口にする。
 
 操縦席に座るレイターの後ろ姿が、目に入る。 

 『愛しの君』は高貴な御方。高貴な人って、一体、誰なんだろう。
 アディブ先輩は、高貴な御方なのだろうか。

紅茶コーヒーを飲むカラー逆

 医学部出身なのだ、もしかしたらアディブ先輩は、カペラ星系の名家の出かもしれない。

 レイターはアディブ先輩のことを「高嶺の花」と呼んでいた。
 でも、アディブ先輩は純正地球人じゃない。

 落ち着かない。
 ああ、こんなに気になるのなら、ダルダ先輩にでもジョン先輩にでも聞けばいい。
 いっそ、今ここで、直接レイターを問い詰めればすっきりする。


 いや、わたしには関係ない。
 レイターが誰を好きだろうと関係ない。
 だから聞く必要はない。


 週明け、出社したわたしにベルが声をかけた。

「カノオが言いふらしているよ」
「え? 何を?」
「ティリーと地球でデートしたって」
「えええっ」

「ティリーにおつきあいを断られた、って噂が広まったから、アピールなんでしょ。ティリーは俺のもんだ、っていう」
「やめて欲しい」

「だから、ティリーはレイターとつきあっちゃえば。レイターっていい奴じゃん。そうしないと、カノオが言い寄ってくるよ」
 ベルがウインクした。

 これ以上カノオ君に言い寄られるのは嫌だ、レイターとつきあっちゃう?

紅葉レイター@ゆるシャツ

 レイターとつきあったりしたら、毎日、喧嘩だ。
 でも、楽しいかもしれない。

 もし、わたしがレイターにつきあって下さい、って告白したら、レイターは何と答えるのだろう。

 いやいや、だからレイターには『愛しの君』がいる。
 特定の彼女は持たない主義だ、ってわかっている。

 レイターに振られるなんて最低最悪だ。
 わたしったら、何を考えているのか。
  
 頭に浮かんだ妄想を振り払って、ベルに言った。

「あり得ないわ。厄病神はご免です」    (おしまい)
第二十三話「気まぐれな音楽の女神」へ続く

第一話からの連載をまとめたマガジン 
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」