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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十一話  彷徨う落とし物 まとめ読み版

第一話のスタート版
第一話から連載をまとめたマガジン 
第二十話「バレンタインとフェアトレード」

 日帰り出張の仕事が無事終わり、ティリーはほっとした。

 『厄病神』のフェニックス号で来たから心配だったけれど、トラブルは起きなかった。
 後はもう帰るだけ。

 この時間なら、夕方には本社へ着く。
 残業もしなくて済みそうだ。足取りも軽くなる。

n12正面色その2にこ

 ビルから出た路地に、レイターが運転するエアカーが迎えに来ていた。

「レイター、お待たせしたわね。本社へ帰ります」
 エアカーに乗ろうとした時に、運転席のレイターが指をさした。

「あれ、カノオじゃねぇの?」
 道を渡った反対側に偶然、同じ営業部で同期のカノオ君が、スーツケースを引きながら下を見て歩いていた。

 なんだか、カノオ君の様子が変だ。
「ちょっと様子見てくるわ」
「ほっとけよ」
 と言うレイターの声を無視して、カノオ君に近づいた。

「カノオ君、どうかしたの?」
 顔を上げたカノオ君の顔が、真っ青だった。背の低いカノオ君はわたしと身長がそんなに変わらない。

「ティリー、助けてくれ。お金を貸してくれないか」
 突然の申し出に驚いた。

n230カノオ8の字青ざめ

「たくさんじゃなくていい。地元警察へ行くまでのお金だ」
「警察? もしかしてカノオ君、お財布落としたの?」
「あ、ああ、財布というか、カバンだ。貴重品を入れておいた」

「まさか、契約ボードも」
「あ、ああ」
 それは大変だ。

 同じ営業部で隣の法人営業課のカノオ君は、今回、アディブ先輩と一緒に大口の契約に来ていたはずだ。

n190アディブ@3太ネックレス

 契約ボードの紛失となれば、社としても大問題だ。

「アディブ先輩は?」
「先に帰った。・・・俺は、その、遊んでいたのではなく、見聞を広めようとだな」
 つまり、出張先で観光をしていて、契約ボードを落としたということだ。

「とにかく、警察までレイターに連れていってもらいましょう」
「レイターに?」

 エアカーへ戻ると、ドアを開けてレイターに声をかけた。
「警察へ行きたいんだけど」
「あん? 警察ぅ?」
 運転席のレイターは明らかに不機嫌そうな顔をした。

n27レイター振り向き大人むカラー

「カノオ君が、契約ボードの入ったバッグを失くしてしまったのよ」
「そんなの、俺には関係ねぇぞ」
「あなたに無くても、わたしにはあるの」

「関係ねぇじゃん。あんたとカノオの契約は全く別の話だろが」
「そういう問題じゃないわよ。隣の課とはいえ同じ営業部なんだから」
「知るか。俺は警察は嫌いなんだ」

 失敗した。この人は警察が嫌いだった。
「もういいです。先にフェニックス号に帰っててください」
 わたしは、レイターのエアカーを背にして、カノオ君と歩き出した。

 レイターに連れてきてもらったから、場所がよくわからない。

「警察署の場所知ってる?」
 カノオ君に聞いた。 
「いや。携帯ナビも落としたカバンの中なんだ」
「とにかく、タクシーを拾いましょう。大通りへ出た方がいいわ」

 わたしの携帯ナビをバッグから取り出したのはいいのだけれど、どっちが大通りなんだろう。

「この地図で大通りの方向わかる?」
「自慢じゃないが、俺は方向音痴なんだ」
「ええっ?! わたしもなのよ」  

 二人して方向音痴とはどうしたものか。

 ビル街なのに人通りも少ない。
 角まで行けば、大通りの雰囲気がつかめるかもしれない。
 とりあえず、カノオ君と歩きだす。

 その時、レイターのエアカーが横に止まった。
「ったくよう」
 運転席でレイターがあきれた顔をしていた。

n205レイター横顔@2後ろ目あきれる

「電車にせよ車にせよ、普通は大通りへ出るもんだぜ」
「わかってるわよ」
「じゃ、何で反対方向に向かってんだ」
「反対?」

「もういい、乗れよ。割増料金だからな」
「ありがとう」
 お礼を言って、後部座席にカノオ君と一緒に座った。

「警察署へ行きたいんだけれど」
 と、いうわたしを無視して、レイターはカノオ君に話しかけた。
「あんた、携帯ナビどうした?」
「カバンと一緒に無くした」
「そりゃ良かった」

「レイターったら。どうしてそう言うことを言うのよ」

n36@3白襟長袖口開けて怒る

 この人はほんとに失礼だ。

 レイターが、エアカーのナビーゲションシステムを開く。
 そうよ、最初から警察署を入力すればいいのよ。と思ったのだけれど、レイターは見たことのない、複雑な操作をはじめた。

「カノオ、あんた、電車ん中でかばん忘れたな」
 レイターが検索をかけたのは警察署ではなかった。ナビの地図を見ると、線路に沿って赤い点滅が動いている。

「そういえば、網棚の上に置いたんだった」
 カノオ君がバッグの場所を思い出した。

「この赤い点に、カノオ君のバッグがあるってこと?」
「ああ、カノオの携帯ナビに、逆探知をかけたんだ」
 それって違法行為じゃないのかしら?
 でもとりあえず、見つかってよかった。
「バッグは今、どこなの?」

 わたしの問いに、レイターはおどけて答えた。
「はい、ここで問題です。高速特急で一時間揺られると、どこまで行けるでしょうか?」
 カノオ君の真っ青な顔が、さらに青くなったように見えた。

n230カノオ青ざめ

 レイターは車内アナウンスの真似をした。
「まもなく特急は、第二都市のキリランに到着しまぁす。駅に連絡入れて、かばんをお引き取りくださぁい」

「ああ、そうする。ティリー、通信機を貸してくれ」
 カノオ君が通信を架け始めた。

「ねえ、レイター。キリランってここからどのくらいかかるの?」
「エアカーで二時間ってところだ」
 往復で四時間。さすがに遠い。
 レイターをつきあわせる訳にはいかない。

「ま、後はカノオが何とかするだろ。カネなら、俺が利子付けて貸してやるよ」
「いいです。わたしが立て替えますから」
「あんたのことだ、無利子って言い出すんじゃねぇの」
「当たり前でしょ。同僚が困ってるのに」
「っつうか、こいつの自業自得だぜ」

 カノオ君は通信機で一生懸命バッグの説明をしている。その声がどんどん焦ってきた。
「B4サイズの黒いカバンです。ええ、五号車です。網棚の上に置いたんですよ。見つからないですか?」  

 どうやら、バッグを見つけるのに難航しているみたいだ。

 と、その時レイターが
「あ~あ、かばんが持ち出されてるぜ」
 と言った。

 ナビの地図を見ると、さっきまで線路の上にあった赤い点が、キリラン駅の外に移動していた。
 広い公園のようだ。

「ど、どうすればいいの?」
「追いかければいいんじゃねぇの。今から特急に乗って」
 レイターはニヤリと笑った。

n1@5にやり

 この人、他人事だと思ってる。

「そうだ、フェニックス号で行けばいいんじゃない?」
 わたしは提案してみた。
「そのお金は誰が出してくれるのかな。カノオ君が払ってくれるのかな?」
「また、お金?」

「ティリー、船を動かすのは無理だよ」
 カノオ君がわたしを止めた。

「さすが、宇宙船メーカーの営業さんはよくわかってらっしゃる」
「どういうこと?」
 わたしの疑問にカノオ君が答えた。
「あれだけの船を動かしたら、一回で燃料代そのほか一体いくらになるか。君だってわかるだろ」

 そう言われて初めて気がついた。フェニックス号を飛ばすのにお金がかかることに。
 しかも、かなりの大金が。

 カノオ君が力なくわたしに声をかけた。
「もう一度、通信機を貸してくれないか。アディブ先輩に連絡をいれなくちゃ」
「そうね、早く報告した方がいいわ」
「先輩の契約ボードもカバンに入ってるんだ」

「何ぃ!」
 大声を上げたのはレイターだった。

「あんた、どうしてそれを早く言わねぇんだよ」
「どうしてって・・・」
「アディブさんのためなら、船出してやる」
 と言うが早いか、レイターはエアカーを一気に反転させ、宇宙空港へと向かった。

「お金はどうするのよ?」
「あん? 人助けだろ」
 レイターはアディブ先輩を助けるためなら、お金がかかることも厭わないということだ。

n190アディブ千鳥笑う逆

 やっぱり、アディブ先輩がレイターの『愛しの君』なのだろうか・・・。

* 

 空港に停めてあったフェニックス号に着くと、レイターはどこかへ通信をいれた。
「ええ、置き引きです。ナビの情報を逆探知でいれますから。摘発よろしくお願いします」
「誰と話してたの?」
「泥棒を捕まえるのがお仕事、って奴らがいるだろ。そいつらを働かせてやらねぇと」
「警察に通報したってわけ」
「ああ」

 最初からそうしてくれればいいのに。

 カノオ君のためには何もする気はなかったのに、アディブ先輩が関わると聞いたとたんに、この人はてきぱきと動きだした。

n11ティリー白襟長袖むっ

 何だか不愉快な気持ちが沸きあがる。

 それからは、あっと言う間だった。
 十分後、フェニックス号は第二都市のキリラン空港に到着していた。

 すぐにキリラン警察から連絡が入った。
 レイターの通報のおかげで、窃盗犯が逮捕されたと。

 わたしたちはレイターが操縦するエアカーで、警察署に直行した。
「警察は嫌れぇなんだ」
 というレイターをエアカーに残して、カノオ君と二人で警察署の中へ入る。

 受付で名乗ると、すぐに奥へと通された。
 制服を着た警察官が、わたしたちに頭を下げた。
「あなた方のおかげで、窃盗犯が早期検挙できました。ありがとうございます」

「とんでもありません」
 お礼を言うのはこちらの方だ。


『証拠品』とプレートのついたかごの中に、財布と通信機と携帯ナビが入っていた。会社の契約ボードはない。
「これがあなたのものですか?」
「はい、そうです」

 通信機はカノオ君の個人認証で動き、本人のものと確認された。

 警察の担当者はうれしそうだった。
「じゃあ、財布の中身を確認して、こちらの被害届けに記入して下さい」

 カノオ君は落ち着かない顔で聞いた。
「それで、カバンは?」
「カバン?」
 警察官は不思議そうな顔をした。

「窃盗犯が持っていたのは、これだけですよ」
「ええっ?」

 カノオ君があわてている。嫌な予感がした。
 契約ボードはどこへいってしまったの?

「カバンがあるはずなんです。その中に会社の契約ボードが入ってるんですよ。それがないと帰れない」
 カノオ君は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

横顔青ざめ

「窃盗犯の聴取の状況を聞いてきましょうか?」
「お、お願いします」
 担当者は部屋を出ていった。

 少しすると明るい顔で戻ってきた。
「窃盗犯が言うには、途中でカバンは置いてきたと言っています」
「それはどこに?」
「駅前公園のベンチらしいです。これから署員を行かせますので、もうしばらくお待ちください」

 さっきナビの地図で見た、駅前の大きな公園だ。

 二十分ほど待たされた。
 担当の警察官が浮かない表情でわたしたちの前に現れた。
「駄目でした。もう、カバンは無くなっていて」
 カノオ君はがっくりと肩を落とした。

「誰かが、警察に届けてくれるかも知れないわ」

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 わたしは自分でも楽観的だと思いながら、カノオ君に声をかけた。

 警察官もうなづいた。
「拾得物として届けられればすぐに連絡をいれますから。しばらくこちらに滞在されたらいかがですか。証拠品は今日はお返しできませんし」 

 この窃盗犯が置き引きの常習犯で、財布やナビは証拠としてしばらく預かりたいという。
 結局、警察は現金しか返してくれなかった。

 わたしたちは、ため息をつきながら警察署の外へ出た。
「遅っせぇなあ」
 レイターがエアカーの前でふくれて立っていた。

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「しょうがないでしょ」
「じゃ、帰るか」
「それが駄目なの」
「あん?」
「契約ボードが見つからなかったの」
「契約ボードなら後ろにあるぞ」
「えっ?」

 後ろの座席を見ると、B4サイズの黒いバッグが置いてあった。
「俺のカバンだ」
 カノオ君が大きな声を出しながら、あわてて後部座席に駆け込んだ。   

「契約ボードも入ってる」
 カノオ君が歓喜の声をあげた。

「どういうこと?」
「待ってる間に、かばんを取ってきてやったんだよ」
「どこから?」
「駅前公園のベンチ」
 犯人がバッグを置いた、と言った場所だ。

「レイター、お前が犯人だったのか!」
 カノオ君が怒った。

「バカか、あんたは」
「レイター、ちゃんと説明してちょうだい」

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 わたしは腰に手を当てて、レイターをにらんだ。

「あんたらも見てただろが、モニターで携帯ナビの動きを」
「あの、赤い点?」
「そうさ。駅前公園でいったん止まっただろ。金目のもんだけ抜き取ってるなって、想像つくじゃん。携帯ナビは高く売れるが、会社の契約ボードなんて足がつくだけで、売れやしねぇんだから」

「わかってたなら、警察に伝えておけばよかったじゃないのよ」
 いくら警察が嫌いだと言っても、困った人だ。

「警察に届けてたら大変だぜ。証拠品の手続きが終わって戻ってくるまでに一ヶ月はかかる。契約やり直しだ」

 そうか。
 市販の携帯ナビも返ってこなかったのだ。
 契約ボードを警察に渡したくはない。

 レイターの行動は正しいけれど腹が立つ。
 文句を言わずにいられない。
「どうして先に教えてくれないの。あなたって、どうしてそんなに意地悪なのよ」
「ティリーさんは怒った顔もかわいいねぇ」
「・・・・・・」

 やっぱり厄病神だ。最低だ。

「あれ、アディブ先輩の契約ボードがない?」
 カノオ君の声にわたしは慌てた。
「え?」

「大丈夫だよ。俺がアディブさんに届けるから。あんたらがまた落としたら大変だからな」

n28下向き@4後ろ目にやり逆

 レイターはポケットからアディブ先輩の契約ボードを取り出し、にやりと笑った。
 そんな厄病神の顔を見たら、イライラした。

 本社に着いた時にはもう深夜だった。
 残業しないですむはずだったのに。

 厄病神のせいだ。
 営業部のフロアに、アディブ先輩が残って待っていた。

 主任である先輩は、透明なパーテイションで仕切られたブースの中で仕事をしている。
 レイターがアディブ先輩のブースへと、契約ボードを届けに行った。

 自分の席で出張の整理をしながら、つい、アディブ先輩のブースが気になる。

**

「ありがとう。レイター」
 アディブはコーヒーを淹れながら礼を言った。

 ブース内は外の音声がシャットされ静かだ。逆に中で話す会話は外に漏れない。
「ったく、あんた、これが敵の反連邦に拾われたら、どうするつもりだったんだよ」
 レイターが契約ボードを手渡した。

「まさかカノオ君が、電車に置き忘れるとは、想像もしてなかったもの。私が持って帰るより安全だと思ったのよ」

横顔ふとネックレス

「まあ、その判断は正しいけどな」
 諜報員の接触が、敵に気付かれていた時のための用心。

 アディブは肩をすくめた。
「泥棒さんも、契約ボードの中に連邦軍の三カ年機密計画が入ってるとは、思いもしなかったんでしょうけど」
「カノオのことなんて放っておきたかったが、おせっかいなティリーさんに感謝だな」

 レイターは出されたコーヒーを飲みながら、ティリーの方へ目をやった。

 「彼女は、ほんといい子ね」
 アディブもティリーに目をやった。

「アディブさんのがいい女さ。あれ? 俺のプレゼントのニルディスは?」
「レイターに返しておいて、ってアーサーに渡したんだけれど」

「ちっ」
 レイターは肩をすくめて、残りのコーヒーを口にした。

コーヒー@2ゆるシャツ

「ったく、キリランまでの燃料費と駐機代、それから俺の残業代をアーサーに請求してやる」
「お手数かけたわね」
「カノオのアホから、取り立ててやりてぇよ」

**

 アディブ先輩は仕事ができて、わたしの憧れの先輩だ。

 アディブ先輩のブースで、レイターと先輩はいい雰囲気で話をしている。二人はかつて同期だった。
 そして、アディブ先輩はレイターの『愛しの君』かもしれない。

 わたしの机の横にカノオ君が来た。
「アディブ先輩に謝らなくちゃならないな」
「そうよ」

「ティリー、つきあってくれないか」

n230カノオ口への字

「いいけど、わたしはついていくだけよ」
「いや、そうではなくて」

 カノオ君は突然、訳のわかないことを言い始めた。
「ティリーは、レイターとつきあってるわけじゃないんだろ」
「は? もちろん違うわよ」

「でも、レイターはいつも言ってるじゃないか。俺のティリーさんって」
「あの二人を見てよ」
 先輩のブースを目で示す。

「あの二人の方が、よっぽどつきあってる様でしょうが」
「そうだな」
 二人には大人の男と女、というムードが漂っていた。

アディブとレイターコーヒー2

 レイターが優しい表情をしている。
 ちゃんとしているとあの人、格好いい。

 むっとしてきた。
「レイターったら、アディブ先輩の前であんなに嬉しそうにして。いつも、わたしのことガキ、とか言って子ども扱いしてるのに、失礼しちゃうわ」

n37@白襟む逆カラー

「俺は、ガキ扱いしない」
 それはそうでしょ。わたしよりドジなカノオ君に子ども扱いされてはたまらない。

「だから、俺とつきあってくれ。ティリーのことが好きだったんだ」
「は?」
 今、わたしのこと、好き、って言った? 

 突然の告白に驚いて反応ができない。こんな職場で? 

 カノオ君が続ける。
「だけど、レイターとつきあってるって聞いて何も言えなかった。だが、二人はつきあってないと確信した」
「確信したも何も、つきあっていないもの・・・」

「じゃあ、俺とつきあってくれ」
 好き、と言われれば悪い気はしない。
 けれど、カノオ君からつきあってくれ、と言われても全然うれしくなかった。

 レイターなら、と、浮かんだ言葉を自分で否定する。

 アディブ先輩のブースからレイターが出てきた。
「おい、カノオ。俺のティリーさんに何してんだ?」

 それを聞いたカノオ君は、びっくりすることを口にした。
「おまえのティリーじゃない。俺のティリーだ」
「あん?」

n2@正面2@驚きカラー

 レイターが驚いた顔をしている。わたしも驚いた。

「俺とティリーは、つきあうことにした」
 カノオ君の言葉にわたしはあわてた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」

「ふうん。ガキ同士でおままごとかよ」
 レイターがあきれた顔で、わたしたちを見下ろした。 

「うるさい、俺のティリーに手を出すな。たかが操縦士のくせに」
 と、カノオ君の言葉が言い終わらないうちに、

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 レイターがカノオ君の腹を殴った。

「間違えるな、俺は『たかが』じゃなくて『銀河一』の操縦士だ」

後ろ目シャツむ

 それだけ言うとレイターは、くるりと向きを変えて、すたすたと行ってしまった。

「だ、大丈夫?」
 うずくまるカノオ君のことが心配になる。

 レイターの喧嘩の強さは半端じゃない。素手でロボット犬を殴り倒したのも見たことがある

「ああ、ティリーありがとう」
 顔を上げたカノオ君は元気そうだった。
 レイターは、かなり手加減をしたに違いない。

「暴力でしかこたえられない、サイテーな奴だな」

横顔後ろ目む怒り眉傾き

 吐き捨てるようにカノオ君が言った。レイターに聞こえないような小さな声だった。

 殴ったレイターはもちろん悪い。

 けど・・・、操縦士は立派な職業だ。
 レイターは誇りを持っている。『たかが操縦士』と言われれば怒るに決まっている。

 一方で、カノオ君は操縦士のことを、自分のアシスタントか何かと勘違いしている。

 だから、自分の失敗をレイターに助けられたのに、当たり前のことぐらいにしか思ってなくて、感謝もしていない。
「まったく、あんな野蛮な奴を、どうしてうちのような一流企業が雇ってるんだ」

「でも、レイターは優秀なのよ」
「ティリーは、あいつのことをかばうのか」
「カノオ君だって、レイターのおかげで助かったじゃない」
「背の高い男がいいのか?」
「はぁ?」
「やっぱり、あいつのことが好きなのか」
「違うってば」

「あんな奴より俺の方が、将来的にも安定している」
 カノオ君と話をしているのが、面倒くさくなってきた。

 レイターに『俺のティリーさん』と言われても、冗談だとわかってるし『やめてちょうだい』って軽くあしらえるから、どこかでそのやりとりを楽しんでいる自分がいる。

 でも、カノオ君に『俺のティリー』って呼ばれるのには、抵抗があった。

 アディブ先輩がわたしたちの方へ歩いてきた。

 カノオ君は軽く頭を下げ、
「す、すいませんでした」
 消え入るような小さな声で言うと、そのまま逃げるように帰ってしまった。

 何なの今の、あれで謝ったつもりなの? 
 わたしは腹が立ってきた。
「アディブ先輩、遅くなってすみませんでした」

n15ティリーお辞儀4

 わたしはしっかりと頭を下げた。

 先輩は驚いた顔でわたしを見た。
「どうしてティリーが謝るの? 私はあなたに、お礼を言いに来たのだけれど」

「カノオ君は同期なので。代わりに謝ります」
 もう、自分でもよくわからない。
 どうしてわたしが、カノオ君の代わりに謝っているのだろう。

「あなたのそういうところを、レイターは好きなのね」

n190アディブ@3太ネックレス逆

「ち、違います」
「あら、レイターがカノオ君に怒ったのは、『たかが操縦士』と言われたこともあるけど、その前に『ティリーに手を出すな』って言われたからでしょ」

「え?」
 思わずアディブ先輩の顔を見つめてしまった。
「きょうは遅くまでありがとう。ティリーのおかげで本当に助かったわ。明日も早いから、もう帰りましょ」

 背筋がスラリと伸びたアディブ先輩からは、大人の女性の香りがした。

 アディブ先輩は知らないんだ。
 お金がかかることを嫌がるレイターが、先輩のためにすぐにフェニックス号を出したことを。

 お似合いなのは先輩の方だ。
 どうしたんだろう。
 帰り支度をしていたら、涙が出てきた。

 思わぬ残業に、わたし疲れてるんだ。

n35泣き顔カラー無地

 みんな厄病神のせいだ。
 レイターのバカバカバカバカバカ、バカぁ!

 心の中で叫び続けたら、少しだけ気分がすっとした。  

**

 月の御屋敷にレイターから「連邦軍三カ年機密計画の回収」と書かれた請求書が届いた。

 アーサーは、ボディガード協会を装って、クロノスの経理に確認を入れた。
「はい、フェニックスさんから、業務で使用されたキリランまでの燃料代と駐機代の請求がございましたので、お支払いしております」
「ありがとうございます」
 アーサーは礼を言って通信を切った。

 二重請求をするな、と言ってあるのにあいつ。

n30アーサー@軍服怒りカラー

 特命諜報部の支給は裏口座を使っている。税務の査察が入らないのをいいことに、燃料代と駐機代が軍にも請求されていた。
 私に査察官のような仕事を増やすな。

 アーサーは腹を立てながら、差し戻しのボタンを押した。
       (おしまい)
第二十二話「地球人のディナー」へ続く

ハロウィーン

ハロゥイーン2

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」