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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十話  バレンタインとフェアトレード(まとめ読み版)

第一話のスタート版
第一話から連載をまとめたマガジン 
第十九話「恋と伝票の行方

「でも、それは違うんじゃないでしょうか? 販売店に悪いです」

 みんなの視線がわたしに集まる。会議室が静まり返ってしまった。
 頭の固い人間だと思われているのだろうな。
 でも、やっぱり、おかしいことはおかしい、と言わないわけにはいかない。

「まあティリー君、このくらいのことは、ライバル会社もやってることなんだよ。君は、まだよくわからないだろうけれど」

n75フレッド笑う

 フレッド先輩に優しく言われると困ってしまう。

 ライバル会社がやっているからといって、やっていい訳ではないのだ。
 契約販売店に負担を押しつけるサービスの導入。

 間違っていることを、見て見ぬ振りをしてはならない。

 それは、わたしたちアンタレス人なら、子どもの頃から当たり前のこととして教えられている。
 だけど、他の星では少し違うようだ。
 正悪の間に柔軟な判断というものが存在し、兼ね合いを見つけられる人が大人なのだという。

 変だ。

 間違っていることを正していけるのが大人なのであって、間違いがわかっているのに修正しないのは、その人間が精神的に成熟していないからだ。

「ここでの判断は見送る。あとは、一任してくれ」
 と部長が引き取った。


 フレッド先輩は、わたしの方を見ようともしないで会議室から出て行ってしまった。先輩はここで採用が決まると踏んでいたのだろう。
 フレッド先輩につられるように、みんな足早に立ち去った。

 先輩の提案は、営業成績を上げるにはいいアイデアだ。
 でも、それを弱い立場に押しつけるというのは、間違っている。

 部屋に残っているのは、わたしとレイターだけだった。
 この後、レイターの船で出張へ出かける予定になっていた。 

 わたしはレイターの顔を見もせずに言った。
「どうせわたしのこと、ガキだと思ってるんでしょ」
「だな」

ティリーむ レイターにやり

 レイターに子ども扱いされるのには慣れている。でも、他の人たちもそう感じたのだろうと思うと、泣きたくなった。

「わたし、バカみたいだ」
「そんなことないぜ、あんたの言ってることは正しい」
「レイターに言われても説得力はないわ。無法地帯の固まりのくせに」

「会社はあんたを必要としてるのさ。それは部長もわかってる」
「どういう意味?」
「あんたが声を上げることで、みんないったん立ち止まる。それが大事なんだろ」

 わたしは、順法意識の高いアンタレス人。
 それが、いいように利用されているように思えて不快だった。



「こんにちわ」
フェニックス号にアディブ先輩が到着した。 

n190アディブ千鳥真面目逆

「やぁ、アディブさん。美人が来るのを、今か今かとお待ちしてたよ」
 レイターが嬉しそうに挨拶した。

 今回、わたしの出張はアディブ先輩のアシスタントだ。ショートカットの髪型が似合うアディブ先輩は、フレッド先輩の同期。
 仕事ができる憧れの先輩で、医学部を卒業して一般企業の就職を選択した、というちょっと変わった経歴の持ち主だ。
 
 隣の法人営業課に所属するアディブ先輩は、大手製菓メーカーのプリル製菓の担当で、今回、そのプリル製菓とクロノスで、バレンタイン用のコラボチョコレートを作ったのだ。

 販路となるデパ星系の大規模な販売イベントに立ち会うのが、わたしとアディブ先輩の仕事だ。   

 アディブ先輩は、クールでちょっと近寄りがたいところはあるけれど、そこが、カッコいい。

 そんな先輩が、わたしを見て笑った。
「ティリーは、今日の会議でフレッド君の提案に、反対したんですって?」

「は、はい」
 さすが、できる女性は情報も早い。
 会議室のやりとりを思い出して心がふさぐ。

「会議には出られなかったけれど、私も反対の意見書を部長に提出しておいたのよ」
「そうだったんですか!」
 驚くと同時に、一気に気持ちが軽くなった。


 わたしとアディブ先輩が、同じ意見だったとは。先輩に急速に親近感を感じる。
「フレッド君の提案は、レピュテーションリスクが高すぎるわ」
「え? ええ」
 まずい。

t23@2色@あせる紫.

 適当に相槌は打ったけれど、アディブ先輩の使っている言葉の意味がわからない。

「あの案は、クロノスの企業価値を下げる可能性があるでしょ。販売店への手当てが低すぎることは明白。優越的地位の乱用と認定されたら、違法で摘発される恐れもあるわ。今後、発生する長期的リスクを資料にまとめて提出したのよ」
 アディブ先輩とわたしは、同じ結論を持っている。

 なのに、アプローチが全然違う。

 販売店に悪い。という、わたしの倫理面からの説得だけでは、組織は動かなかった。
「レイターに手伝ってもらったのよ。ありがとう」
 アディブさんがレイターを見て礼を言った。
「どういたしまして」

「レイターに?」

 キョトンとするわたしに、アディブ先輩が説明した。
「レイターと私、同期入社だったのよ。彼は宇宙船お宅で販売店の情報も潤沢だから」

 レイターがわたしを見ながら言った。
「アディブさんには伝えたけど、去年、ライバルのギーラル社に経済省取引調査課の秘密監査が入ったんだ」

n1@5にやり逆優しい

 初耳だ。
「何があったの?」

「まさに、販売店からの告発さ。販売店いじめっだっつって」
 フレッド先輩は、同じようなことをライバル会社もやっている、と言っていた。そのことに違いない。

 レイターは、さっきの会議の内容も全部お見通しだった、と言うことだ。ちょっと腹が立つ。
「わたしには教えてくれないわけね」
「ティリーさんから聞かれれば、もちろん教えたさ」

 悔しいけれど、販売店の現状をそこまで調べることは思いつかなかった。
 完全にわたしの力不足だ。
 
 アディブ先輩は立ち上がると、レイターの肩に手を置いて言った。
「また、頼むわ」
 クールなのに色っぽい。

「ああ、アディブさんのために時間を空けておくよ」
 大人のやりとり。

n39ソファーにやりアディブ クレジットなし

 いい雰囲気だ。

 こんなレイターは初めて見る。
 女性なら誰にでも歯の浮くようなことを言っている、普段のレイターと違う。『よそいきレイター』に近い。

 落ち着かない。

 もしかしたら・・・。
 アディブ先輩がレイターの『愛しの君』なのでは。 

* * 

 レイターは、クロノスに入社した当時のことを思い出していた。

 あの頃、同期の中で、フレッドの次に船を売っていたのがアディブさんだった。
 辺境のカペル星系の出身だが、医学部出ていて頭がいい。
 人の話を素早く理解する。客の心をつかむのがうまい。

 アディブさんはやり手だ。
 誰に何を聞けばいいか、情報のツボを押さえている。
 だから今回も、俺に販売店の情報を求めてきた。

 
 俺は、一年でクロノスを辞めた。

18クロノス18歳

 そして、特命諜報部の任務を請け負いながら、フリーのボディーガードとして働き出した。

 それから少し経った、ある日のことだ。
 俺は、アディブさんのボディーガードとして、ヤン星系の取引先へと向かうことになった。
 アーサーからは極秘の工作任務をふられていた。

 クロノスは知らなかったが、アディブさんが契約を結ぼうとした業者は、反連邦のアリオロンと通じていたのだ。
 俺に与えられた任務は、アディブさんの契約に同行し、その業者の事務所に盗聴器を仕掛けろ、というものだ。

 アーサーは、少し離れたところで盗聴器の動きをチェックしていた。

 時間通り、アディブさんを連れて雑居ビルの中へ入った。先方の会社のドアの前で俺は、強烈な違和感を感じた。

「アディブさん、ちょっと待ってくれ」
 ドアを開けようとするアディブさんを止める。

 その時、

 バリバリバリバリッツ
 ドアの向こうから銃弾が飛んできた。
 アリオロン軍の特殊部隊が、俺を殺そうと待ち構えていた。

 
「やべぇ、罠だ」
「さらばだ、レイターフェニックス」
 アリオロンの秘密工作員ライロット・エルカービレの声がした。

n81後ろ目にやり

「まじかよ」

 ライロットに連邦軍の情報が漏れていたのだ。
 俺とライロットの間に交わされている暗殺協定は、一般人を巻き込まねぇ約束だ。

 だが、あいつはそれを無視して、お構いなしに撃ってきた。

 敵の兵力を見極める。
 俺一人なら逃げられる。

 だが、ライロットはわかっている。俺がアディブさんを置いて逃げることは無いと。

 アディブさんの頭から俺の防弾上着をかぶせる。
「一体、何が起きているの?」
 アディブさんが俺に聞く。

アディブとレイター横顔

 申し訳ねぇが、答えられねぇ案件だ。
「あんたの命は、俺が死んでも守る」

 俺はアディブさんを守りながら、特殊部隊の銃撃をかいくぐって外へ出た。
 アーサーは異変に気付いたはずだ。すぐ来る。それまで何とか持ちこたえる。

 エアカーの影に二人で隠れる。

 レーザー弾が次々と降り注ぐ。
 右手のレーザー銃で敵を撃つ。
 飛んでくる弾は、左手に持った無力化砲で弾幕を張る。

 二丁拳銃でも間に合わねぇ。

「危ねぇ!」
 裏から来やがったか。
 撃ちながらアディブさんを身体でかばう。

「つうっ」
 右肩に焼けるような痛みと衝撃。
 レーザー弾が直撃した。

 右手から銃が落ちる。

 左手の無力化砲を撃ちまくる。
 右肩からの出血が激しい。

 右、左。とにかく飛んでくるレーザー弾を左手で撃ち落とす。
 キリがねぇ。息が切れる。
 アーサー、早く来い!
 
 ヤベェ、これ以上の防御は、俺でも無理だ。

「借りるわよ」
 アディブさんが俺の銃を拾った。
 俺の銃は重くて反動がある。無理だ。と思った瞬間。

 バスッ。
 アディブさんが握る銃から、きれいにレーザー弾が飛んだ。

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 裏にいた敵が倒れる。

 両手でしっかり支える基本の撃ち方。
「アディブさん、いかしてるぜ」

 その時、聞こえた。

 ビュンッツ。
 銃弾が飛び交う中に、やや高い銃声。

 俺は耳がいい。
 あの音はRP35、アーサーの銃だ。援軍だ。

 あいつ、来るのが遅ぇんだよ。
「大丈夫か?」

正面アーサー怒り眉

 アーサーの声が聞こえた。

 そこで、俺の記憶は途絶えた。


 
 目を覚ましたら、俺は月の屋敷のベッドで寝ていた。

 右肩にはギプス。
 腕には輸血のチューブがつながっていた。ここんちには俺の自己血が保管してある。

「気がついたわね」
 アディブさんの声がした。

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 身体を起こそうとすると、右肩に痛みが走った。

「まだ、寝ていなさい」
 アディブさんが元気でいる、ってことは、俺はボディーガードとしての任務を果たした、ってことか。

 アーサーが部屋に入ってきた。
「レイター、お前、アディブさんにきちんとお礼を言ったか。あの場でアディブさんが応急処置をしてくれたおかげで、どうにか命を取り留めたんだぞ」
「マジ?」
 俺は半身を起こした。

 アディブさんが微笑んだ。

n190アディブ@4ひし形

「一応、医者の卵でしたからね」
「アディブさん、ありがとよ。礼を言うよ」
 アディブさんが、俺の目をじっと見つめて言った。

「お願いがあるんだけれど・・・」
「あんたは命の恩人だ。何だってきくぜ」
「私を特命諜報部で雇ってくれない?」
「は?」
 俺の頭が凍りついた。

 どうして特命諜報部のことを知ってるんだ? アーサーも困った顔をしている。
「あの銃撃はアリオロン軍よね。アーサーさんが来たのは連邦軍の特命諜報部が関わっていた案件、ということでしょ。レイターもその任務を担当していた、ということよね」
 アディブさんは、頭が切れる。状況から読み取ったのか。

「申し訳ありませんが、危険が伴う仕事です」

t28のアーサー@2軍服

 アーサーがやんわりと断った。
「もちろん、わかっています。でも、アーサーさん、あなた私の経歴、調査済みなんでしょ、私、この仕事に向いていると思わない?」

 アディブさんは何を言い出すんだ。医者だから務まるって話じゃねぇ。
「そうですね。適性は高いです」

 俺は驚いて止めに入った。
「おい、アーサー、あんた、何言ってんだよ。いつもの冗談かよ」
 その時、俺の頭にアディブさんがきれいに銃を扱った情景が浮かんだ。確かに適正は高い。

 だが、一般人にできる仕事じゃねぇ。

 アディブさんが口を開いた。
「じゃあ、レイターが特命諜報部の仕事を担当しているってこと、会社にバラすわよ」
「おいおい、待ってくれ」

頭に手をやるアホ面

「口止め料、ということでどうかしら?」
 にっこりとキュートな笑顔を見せた。困ったことにアディブさんは交渉が得意だ。

 とはいえ、アーサーは銀河一の天才だ。うまく断るだろう。
「では、取引をしましょう。あなたはこの件について口外しない。そして、今後、我々の任務に協力する」
 
 ちょ、ちょっと待て。
「おい、アーサー、今何て言った? アディブさんは素人だぞ。危険な任務に巻き込む気かよ」
「お前、アディブさんの経歴をどれだけ知っている?」
 アーサーが俺に聞いた。

「地元のカペル総合大学の医学部を卒業したんだろが」
 アディブさんが笑いながら言った。
「カペル星系では、私が卒業する年に大学の再編があってね、併合されたの。私が入学したカペル軍医科大学が」
「ぬわに?」
 軍医大だと・・・。

「田舎軍だけれど、医官として一通りのことは習ったわ」
 どおりで銃が撃てるはずだ。
 そして、手慣れた現場での救命措置。

「レイターの任務を支えてください」
「こちらこそよろしく」

握手カラー

 アディブさんとアーサーが握手するのを、俺はアホ面下げて見ていた。


**


  デパ星系へ向かうフェニックス号の居間で、ティリーは集中できないでいた。

 アディブ先輩は、レイターの『愛しの君』かも知れない。

ティリー基本白襟 やや口驚き逆

 目の前にアディブ先輩が座っている。
 これから、打ち合わせなのよ、しっかりしなくては。

 見本のコラボチョコが入った箱を手にする。 
「このチョコ、よくできてますよね。食べるのがもったいないです」
 クロノスの宇宙船をかたどったチョコレート。

 S1機でもある『プラッタ』若者に人気機種の『ザガ』、それとクロノスの時計を模したエンブレムをかたどったチョコが、二つずつ入った六個入り。
 お値段三千リルの『クロノススーパーシップチョコ』。 
 高級感を打ち出していて、本命に渡すことを想定している。

 わたしは奮発して、このスーパーシップチョコを自分用に社内販売で二つ買った。

 なんせプラッタは、推しである『無敗の貴公子』エース・ギリアムがS1で乗る船なのだ。
 一つは食べて、もう一つは飾っておく。

「プリル製菓さんに、がんばってもらったのよ」
 とアディブ先輩が言った。

 スーパーシップチョコは、宇宙船が好きな男の子に渡すのに持って来いのプレゼントだ。そして、男の子の多くは船が好きなのである。

「バレンタインって、わたしの故郷のアンタレスにはないんです。学生のころに知っていたら、間違いなく、このスーパーシップチョコにお金をつぎこんだと思います」

 そして、彼氏(今では元カレ)に渡しただろう。
 彼は宇宙船が好きで、いつも一緒にS1レースを観た。
 三千リルは、学生にはちょっと高いけれど、手が届かないほどじゃない。

 そして、高価なものには非日常感がある。
「夢があるイベントですよね」

「夢があると言っても、元々は製菓会社が売り上げアップのために仕掛けたものだけれどね」
「そうなんですか」
「ティリーは、誰かにあげるの?」
「い、いえ、自分へのご褒美チョコです。アディブ先輩は?」

 先輩は少し首をかしげた。同性のわたしが見てもきれいな人だ。
「どうしようかな、検討中よ」

 そう話すアディブ先輩の首元に、目が吸い寄せられた。
 あのペンダントは,、高級ブランドのニルディスだ。

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 ロン星の出張で、レイターがわたしにくれたニルディス
 そして、わたしがレイターに返したニルディス。

 それと全く同じ、三連のデザインだ。
 確認せずにいられない。

「先輩、ニルディスつけてますね」
「ああ、これ。いいデザインでしょ。プレゼントだ、ってレイターがくれたのよ」
「そ、そうなんですか」

 思った通りだ。
 レイターは転売する、と言っていたのをやめて、アディブ先輩へプレゼントしたんだ。

 彼女へのプレゼントとして、大人気のニルディス。

 やっぱり、アディブ先輩が『愛しの君』なのだろうか。
 落ち着け。わたしには関係ない。

 レイターが居間に入ってきた。
「お、バレンタインか。楽しみだなぁ。ティリーさんから俺へのプレゼントは、どんなチョコかなぁ」

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「どうしてわたしが、レイターにチョコをあげなきゃいけないわけ」
 ムっとしてにらみつける。

「日頃、お世話になっている人に、お礼の意味を込めてチョコを渡すんだぜ」
 レイターがにやりと笑った。   

「わたし、バレンタインについて調べたんだけど、義理でばらまく愛のないチョコがあるんですって。レイターにぴったりだわ」

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 アディブ先輩が笑っている。

 レイターは、わざとわたしにバレンタインの話を持ち掛けて『愛しの君』の気を引こうとしてるんじゃないだろうか。
「とにかく、バレンタインに厄病神は出てこないでください」
「へいへい、あと二時間で、デパ星系に着くからな」

 肩をすくめてレイターは操縦席へ座った。


* *

 ティリーさんはバレンタインで浮かれているが、かわいそうに。また、仕事はうまくはいかねぇぞ。

足を組んで座わる

 アディブと打ち合わせするティリーを見ながら、レイターは先週、将軍家の居宅、月の屋敷へ呼ばれた時のことを思い返していた。



 アーサーの部屋にはアディブさんもいた。

 アーサーが俺に言った。
「今回の任務は、カカ星系のテロ対策だ」

n31アーサー正面軍服

「ふ~ん。めんどくさそうな仕事だな」
 正直に感想を言う俺を見て、アディブさんが口を開いた。
「そうよ、面倒だったわ。私、半年かけて仕込んだのよ」

「へぇ、アディブさんも立派な諜報部員だ」
 アーサーがうなづいた。
「大事な戦力です」

「お褒めいただきありがとう。デパ星系のバレンタインイベントで、内通者からブツを受け取ることになっているの」

n190アディブ@4白い服

 デパ星系は流通の星だ。

「で、俺の仕事は?」
「アディブさんの警護だ」
「了解。デパ星系とは楽しみだね。デートに持って来いだ」
「さぼるなよ」
 と、念を押すアーサーを見て、俺は思い出した。


 ガキの頃、こいつとデパ星系へ行った

少年12

 デパ星系の市場は楽しかった。

 買い出しの任務が終わり、早く帰ろうとするこいつを引き留めて遊んでいたら、帰りに窃盗団に襲われた。


「今回の出張は、ティリーも一緒なのよ」 
「両手に花だぜ」

 アーサーが怖い顔で俺を見た。
「もう一度言う。デパ星系でさぼるなよ」
「へいへい」
 言われなくても、アディブさんの命は死んでも守る。

 アーサーが続けた。
「私もできることなら、現地へ足を運びたいのだが」 
 何を言い出す。
「そんなに厄介な案件なのか?」

「バレンタインイベントは楽しそうだ」
「あん?」
「冗談だ」

 いや、違う。こいつ本気だ。
 ガキん時、本当はデパ星系が楽しかったに違いねぇ。


* *


 流通の星は華やかだ。ティリーは気分が弾むのを感じた。

 デパ星系へ来るのは生まれて初めて。
 朝市が有名で、星全体がショッピングモールのようなもの。いろいろな星系から商品が集まってくる。

 出張に向かう直前、隣の席のベルから文句を言われた。
「デパ星系へ出張だなんて、うらやまし過ぎる。わたしに代わって!」

n42ベル3sカラータートル眉怒り

 ベルはショッピングが趣味だ。

 わたしはベルほど買い物が好き、というわけではないけれど、それでもデパ星系のお店に並ぶきれいな服やかわいい雑貨には、心がときめく。

 しかも、お値段が安い。楽しい出張先だ。
 ベルが来ていたら、仕事にならないに違いない。

 仕事よ、仕事。わたしは気を引き締めた。 



 バレンタインイベントの会場は、デパ星公立デパートの七階にある広い催事場だ。

 販売イベントは、あしたからスタート。
 準備中の会場は、すでに華やかに飾り付けられていた。
 大量のチョコレートがきれいに積まれていて、心が躍る。

n16ティリー横顔前目微笑カラー

 アディブ先輩とプリル製菓のブースを訪ねた。
 後ろからレイターがついてくる。

 プリル製菓は大手でブースも大きい。
 義理でばらまくための安価なものから、本命向きの高級品まで品揃えが幅広い。

 弊社のスペースシップチョコはどこにあるのだろう。
 すぐには見つけられない。 

 わたしは不安になって、アディブ先輩に話しかけた。
「目移りしますね。こんなに商品があったら」
「うちの商品は、コンセプトがはっきりしているから大丈夫よ」

 プリル製菓の女性担当者ニーナさんを見つけた。
 テレビ会議では話したことがあるけれど、直接会うのは初めてだ。
「よろしくお願いいたします」

 後ろからレイターが手を伸ばしてきた。
「ニーナさんよろしく。俺、銀河一の操縦士、レイター・フェニックス。宇宙船のチョコレートはいかしてるね」

握手にこカラー

 ニーナさんが笑顔でレイターと握手をする。
「ありがとうございます。クロノスさんの商品はこちらにありますよ」 

 レジのすぐ近くに、企画チョコレートのコーナーができていた。
 プリル製菓は、クロノス以外にも、いろいろとコラボチョコレートを出している。
 人気ドラマとのコラボ商品は、派手な扱いだ。

 その横のタブレットモニターに、宇宙を飛ぶプラッタとザガの映像が流れていた。
 『クロノススペースシップチョコ』。
 宇宙船好きにはたまらないけれど、隣の商品の華やかさと比べて、地味な気がする。

 アディブ先輩に言った。
「やっぱり、エース専務の特典映像をつけるべきだったんじゃないでしょうか?」

前目@微笑 人差し指

 女性に人気の『無敗の貴公子』を全面に打ち出しましょう、と訴えたわたしの提案は、企画会議で一秒で却下された。

「男性へのプレゼントなんだから」と。
 イケメンで、かっこよくて、才能があって、財力もある専務と比べられては、彼氏もたまらない、ということだ。

 クロノススーパーシップチョコは、ここ、デパ星系の会場での限定販売。
 通販もしない。
 チョコをたくさん売って儲けるという事業ではなく、広告宣伝の扱いになっている。

 希少性を高めて話題を作るという作戦で、広報のコーデリア課長の発案だ。

コーデリア微笑色

 女性誌のバレンタイン特集にも取り上げてもらった。
 普段は宇宙船に縁遠い、女性客へのアピール。

 販売するのはプリル製菓で、わたしとアディブ先輩は、問題が発生した時に対応するため会場で待機する。

 プリル製菓の本社からは、たくさんの人が応援に来ていた。

 プリル製菓にとってバレンタインイベントは書き入れ時。ニーナさんがわたしたちに説明した。
「弊社は、年間売り上げの三割をこのイベント期間中に稼ぎますから、社員総出なんですよ」
 

 プリル製菓の社員が、男女関わらず次から次へとアディブ先輩に話しかけてくる。
「アディブさん、また、頼みますよ」
「モルトンさん。こちらこそ、よろしくお願いします」

n190アディブスマイル@4

 先輩は一人一人の名前を呼んで笑顔で対応する。

 ニーナさんがわたしに言った。
「みんな、アディブさんからクロノスの船を買っているんですよ。わたしも買い替えをお願いしました」

 アディブ先輩はすごい。

 法人営業課はプルリ製菓の業務用の船を売るのが仕事なのに、こんなに個人客を獲得している。
 担当になって半年で、プルリ製菓にどれほど食い込んでいるのだろう。

 わたしも見習わなくては。

 バレンタインイベントの報告はわたしの仕事だ。

 準備中の会場内を見て歩く。
 どこのブースも客にアピールするため、飾り付けに趣向を凝らしている。

 わたしは、一つのブースの前で足を止めた。

n36@3見つめる

 他のブースより雰囲気が落ち着いている。
 フェアトレードチョコレートを扱っていた。  

 わたしは、展示されている動画パネルに見入った。
 チョコレートのできるまでが流れている。

 こんなに手間暇かかるんだ。

 チョコレートの原材料であるカカオ豆は、辺境のカカ星系が産地。
 貧困星系に属するこの地域は、政情が不安定でテロも多く発生している。

カカオ豆イラスト風

 カカオ農家が木を育て、収穫して、発酵させて、乾燥させる。
 手間はかかるのに、収入は少ない。
 安い労働力でチョコレートは生産されていた。

「この収入では、子どもを上の学校へ通わせられません」
 農家の父親が悲しそうな表情で嘆いている。

 フェアトレード、公正な取引を訴える内容だった。

 ビデオの最後に「私も応援しています」と有名デザイナーのキラ・センダードが、チョコのパッケージを無償で制作しているシーンが流れた。

 貧困と最先端ファッション、違和感のある組み合わせが興味を引く。
 知らなかった。
 高級ブランドのキラ・センダードは、エシカルファッションに力を入れていたんだ。

 チョコレートの販売ブースには、キラ・センダードが描いたおしゃれな包みのチョコレートが並んでいた。

 板チョコ一枚が三千リル。クロノススーパーシップチョコと同じ値段だ。結構高い。
 でも、おそらくこれが適正な価格なのだろう。

 わたしは準備で忙しそうな店員さんに、そっとたずねた。

n38 @3スーツにこ

「今、こちらのチョコレート買えますか?」

 店員さんはうれしそうな顔で答えた。

「もちろんです。おかげで子どもたちが助かります。これ、オーガニック製品なんですよ。チラシも持っていってください。ほかの方にもぜひ宣伝してくださいね」
 気持ちのいい笑顔。
 この人は、子どもが救えることを心から喜んでいるのだろうな。

 チラシには、このチョコ一つの値段で、カカ星系の子どもたちに教科書が二十冊買える。と書いてあった。

 わたしが乗った豪華客船がハイジャックされた時のことを思い出した。
 あの時、犯人のオグリースは言っていた。「辺境からの搾取の上に銀河連邦が成り立っている」と。

 急に気になった。
 わたしたちがコラボするプリル製菓は、一体いくらでカカオを仕入れているのだろう。

 プリル製菓のブースに戻り、ニーナさんに聞いてみた。
「原材料のカカオ豆の仕入れって、高いんですか?」

 ニーナさんは小さな声で答えた。
「うちは大量に仕入れてますから、お得意さまということで、それなりの価格で卸してもらっていますよ」

 それなりの価格。大量購入で安く仕入れていると言うことだ。
「そうですか」
 落ち着かない気持ちに襲われた。
 
 経済的には間違っていない。
 安く仕入れたカカオ豆で、クロノススーパーシップチョコは作られた。
 だから三千リルで収まっているということだ。

 カカオ農家の父親の悲しそうな瞳と、フェアトレードチョコを売る店員の笑顔が頭に浮かんだ。

 クロノススーパーシップチョコを見つめる。
 悪いことはしていない。
 なのに、心の底にざらっとしたものが沈殿していく。


* *


 アディブは指定された時間に、イベント会場の女性化粧室へ入った。

n190アディブ千鳥真面目

 顔見知りのプリル製菓の財務担当者が、洗面台の前に立っていた。

 ロングヘアをきれいに一つに束ねた彼女。
 鏡の前で口紅を直し終わったようだ。
「お先に」
 アディブに対し軽く会釈をして、女性が化粧室から外へ出る。

 アディブは彼女が使っていた洗面台の前に立った。
 小さな口紅の箱が置いてあった。
「忘れものよ」
 アディブが拾って手にする。軽い。

「なんだ、空き箱だわ」

 アディブはトイレの個室に入ると、口紅の空き箱に張り付けてあった、一センチ四方のデータカードをはがした。

 通信機にセットし、暗号回線でアーサーに転送する。

横顔後ろ目きり

 プリル製菓が、カカオの仕入れで使う裏帳簿だ。

 三秒で通信終了。
 空になったデータカードを水洗トイレに投げ入れる。
 水溶性のカードは見る間に溶けた。そのままトイレに流す。

 アーサーから頼まれた特命諜報部の仕事は、これで終わり。
 



「プリル製菓の裏帳簿を入手してほしい」というアーサーの命を受けたのは、半年前。

+軍服逆

 私はプリル製菓の担当になった。 

 法人担当だけれど、プリル製菓の社員がプライベートで購入したいという船の相談にものった。
 そこで、私は人脈を広げた。

 宇宙船を買うというのは、人生の中で大きな出来事だ。
 資産状況、家族関係、いろいろな話をする。信頼されれば友人以上に個人情報を握ることができる。

 私が目を付けたのは、財務部の中堅女性だった。
 髪の毛をきれいにまとめた彼女は、仕事ができた。プリル製菓での経験も豊富。

 そして真面目で、社会的責任感が強い。会社が悪事をすべきではない、と考えている。
 その部分においては、まるでプリル製菓のティリーさんだ。

n12正面色その2にこ

 ため息をついていた彼女を食事に誘う。
「どうしたの? 疲れているんじゃない?」
「うちの会社もいろいろあるのよ。上司に進言したんだけれど、相手にされなくて」
 彼女は、肩をすくめた。裏帳簿という言葉は口にしなかった。

 けれど、おそらく彼女ほどの人物なら、隣の経理部が作成した二重帳簿に気付いている。
 そして、その存在に心を痛めている。

 彼女とは割り勘で、三度食事をした。
 働く女同士、仕事でよく似た悩みを抱えていた。私は任務を忘れて、彼女との会話を楽しんだ。
 友情とまではいかないけれど、愚痴をこぼすのに適度な距離。
 直接のビジネスパートナーでもなく、あとくされの無い関係。

 楽しい食事を三回すれば、人は親愛という感情を抱く。

 さりげなく話の中に紛れ込ませる。
「私の知り合いに記者がいてね、ネタがないか、ってうるさくて困ってるの。信用できる人なんだけどね・・・」
 彼女がハッと顔を上げた。興味を引いたのがわかった。

 しばらくして、彼女から連絡がきた。
「バレンタインイベントの応援で、デパ星系へ行きます。その時に、お渡ししたいものがあります」

 私は嘘はつかない。

 彼女からもらった裏帳簿のコピー。
 アーサーに転送するのと同時に、同じものを知り合いの信頼できる記者にも送った。

 化粧室から外へ出ると、隣の男性化粧室の前に、レイターが立っていた。

n23前目にやりカラー

 私を見てニヤリと笑った。
 私の任務が無事完了したことで、レイターの仕事も終わった。

* *

 さあ、きょうからバレンタインイベントが始まる。
 目覚ましの音で目を覚ましたティリーは、気合を入れた。

 伸びをしてフェニックス号のベッドから起きあがる。

 部屋のテレビをつけた瞬間、びっくりした。

n16水玉パジャマやや驚くカラー

「な、何これ?!」
 ニュースチャンネルに、プリル製菓本社の映像が映っていた。

『プリル製菓が、規制価格を下回る金額で、カカオを仕入れている疑惑が発覚しました。経済省の取引調査課が、きょうにも本社へ立ち入り調査に入ります』
 
 厄病神の発動だ。
 服を着替えて、あわてて居間へと走る。

 アディブ先輩は、落ち着いてニュースを見ていた。

『プリル製菓は、裏帳簿でカカオ豆の納入代金を管理しており、今後、脱税事件に発展する可能性もでてきました』
「あらあら困ったわね。目先の利益ばかり追いかけると、こういうことになるのよ。優越的地位の乱用は違法なんだから」

 アディブ先輩の声はいつもと変わらず落ち着いていて、困っているようにはまったく聞こえなかった。


 流通の星、デパ星系の対応は早かった。

 公立デパートでのプリル製菓の商品販売を見合わせるように、という通達が、朝一番で出た。

 わたしたちは急いで、イベント会場へ向かった。
 プリル製菓の広いブースの周りには、立ち入り禁止の黄色いテープが張られ、商品には白い布がかけられていた。


 アディブ先輩がテープをくぐって中へ入る。わたしとレイターが続く。
 レジ近くの企画コーナー。
 白い布をめくると、クロノススーパーシップチョコが準備万端で並んでいた。

 悲しいやら悔しいやら、無意識のうちに唇を噛む。

 このチョコは、ここデパ星系の公立デパートでしか売らない、限定販売なのだ。ほかに販路はない。
 きょうから発売だったのに。

 レイターに文句を言わずにいられない。
「厄病神は出てこないでって言ったでしょ!」

n37@む逆カラー

「あん? 今回は俺のせいじゃねぇよ」
 訳の分からない言い訳に、腹が立つ。

「じゃあ、わたしのせい、って言いたいわけ」
 言い争うわたしたちの前に、プリル製菓のニーナさんが現れて頭を下げた。

「ごめんなさい、私たちのせいです。こんなことになってしまって」

 アディブ先輩がニーナさんに大股で駆け寄った。

アディブとニーナ

 文句を言うのかと思ったら、突然、先輩はニーナさんを抱きしめた。

 ニーナさんは、アディブ先輩の胸で泣いた。
 プリル製菓の人にとって、バレンタインは一大イベントだ。ニーナさんも、がんばっていた。
 そして、これからどうなるのかという不安でいっぱいに違いない。

 アディブさんは、ニーナさんの背中をあやすようにトントンと叩きながら言った。
「ニーナ、あなたのせいじゃないわ。これから大変だと思うけれど、会社が生まれ変わるようにがんばって」
「ありがとう、アディブさん」

 アディブ先輩はすごい。
 わたしにはできない。自分のことで精いっぱいだ。

 その様子を見ていたら、頭に浮かんできた『愛しの君』は銀河一いい女。

 クロノススーパーシップチョコを含むプリル製菓の製品が、会場から撤去されていく。

 わたしとアディブ先輩の仕事は、商品のチョコをフェニックス号に積んでソラ系へ帰ることに変更となった。
 賠償そのほかの業務は、本社の管理部門が対応する。

「じゃあ、朝市でも行くか」

練習バックなし

 と、のんきにレイターが言った。

「は? 何言ってるの?」
 あきれるわたしにアディブさんが言った。
「ティリー、行ってらっしゃいよ。チョコの回収は私がやっておくわ」
「い、いえ、わたしがやります」

「せっかくのデパ星系よ。レイターと楽しんでらっしゃい。私はここの朝市に何度も行ったことがあるけれど、見ないと損よ。チョコの積み込みは業者がやってくれるから、二人で立ち会う必要はないし、何か起きても私の方が対応できるわ」

 先輩の言う通りだった。
 不測の事態が起きても、わたしは先輩に判断を仰ぐしかない。

「悪いねぇアディブさん。ティリーさんとデートしてくるよ」
「行ってらっしゃい」

 先輩の好意に甘えることにした。

「アディブ先輩、すみません」
 わたしは頭を下げて、イベント会場を後にした。


 デパ星系の朝市はすごかった。

 屋外に屋台が立ち並び、その熱気と迫力に圧倒される。テレビで見るのとは全然違う。
 アディブ先輩に感謝する。 

市場@3

 活気あふれる生鮮市場の目抜き通りを、レイターと歩く。

 生きのいい魚が所狭しと並んでいた。お店と客の値切り交渉は、見ているだけでも面白い。
「せっかくのデパ星系だ、きょうの夕飯は魚にするか」

 レイターと一緒に鮮魚店を見て回る。
 見たことのない魚とか、食べられると思えないような生き物が軒先につるされている。

「お、グレもあるじゃん」
 鮮やかな色の深海魚。猛毒を持ったグレだ。ロン星へ行った時にレイターと食べたけど・・・。
「輸出禁止のはずでしょ」

月夜上向き驚く逆

「ここデパ星系で手に入らねぇものはないのさ。青果市場へ行けば、きのこのパキール天然物も買えるぜ」

 流通のこの星には、特別な許可がおりるのだという。
 だから人が集まりにぎわう。

 ウィンドウショッピングしているだけで、気分がはずむ。仕事が大変なことになっている、ということを忘れてしまいそうだ。

「ここのエラの色で、新鮮かどうかわかるんだぜ」
 調理師免許を持っているレイターは目利きだ。魚を見ながら説明してくれる
「さすが、調理人は詳しいわね」
「ふむ」
 レイターが空を見上げて笑った。


n27 シャツ@上向き空を見上げる

「思い出した。俺、ここの朝市で魚の見分け方教わったんだ。あん時、アーサーも一緒でさ。こんなに楽しいのに、早く艦へ帰る、ってうるせぇのなんのって、今以上に堅物だったんだぜ」

 少年時代、レイターとアーサーさんは同じ船に乗っていたという。
 堅物のアーサーさん、という想像はつかなくないけれど。

少年十二歳むカラー青

「あなたが、今以上におちゃらけてたんじゃないの?」
「さすが、俺のティリーさん。よくわかってる」
「その言い方やめてください」
 最近、このやりとりにも慣れてきた。
 本気で怒るのも馬鹿らしく、軽く返す。

 その時、ふと思った。
 レイターはわたしじゃなく、アディブ先輩と街を歩きたかったんじゃないだろうか。

 アディブ先輩は『愛しの君』かも知れないのだ。
 冗談めかして聞いてみる。
「レイターは、ほんとはアディブ先輩とデートしたかったんじゃないの?」
「もちろんさ」
 即答だ。

n28下向き@後ろ目微笑逆

「しっかし、いい女ってのは高嶺の花なんだ」
 わたしはそうじゃない、と宣言されたようで腹が立つ。

 それにしても、アディブ先輩になんとふさわしい言葉なのだろう。高嶺の花。

 やっぱり、レイターはアディブ先輩のことが好きなんだ。     

 新鮮な魚を買ってフェニックス号へ戻ると、船にはクロノススーパーシップチョコレートの箱が山積みされていた。
 一気に現実へ引き戻される。

 こんなに素敵なチョコなのに、曰く付きの在庫になってしまった。

 わたしはため息をつきながらアディブ先輩に話しかけた。

アディブとティリー2カラー

「どうするんでしょう、これ?」
「どうしようかしら?」
 アディブ先輩が腕を組んで首を傾げた。

 横からレイターが割り込んできた。
「このチョコ、宇宙船お宅で欲しがってる奴いるから、俺がさばいてやろうか?」

 わたしは即座に断った。

「あなたに任せたら、いくらでぼったくるか、わかったもんじゃないわ。レピュテーションリスクが高すぎます」
 この出張で覚えた言葉を使ってみる。

「さすが俺のティリーさん。じゃあ、販促品で使うってのはどうだい」

n2@正面2@笑いカラー2

 アディブ先輩が指を鳴らした。
「それだわ。販売店で使ってもらいましょう」

 え? 
 わたしは驚いて反論した。
「曰くのついた品を押し付けるのは良くないです」
「押し付け無いわよ。欲しい店に使ってもらうのよ」

 言うが早いかアディブ先輩は、その場で販促企画書を作成した。



 そして、あっという間にアディブ先輩の企画書は通った。

 それと同時に、出張の直前に会議室で話し合った、フレッド先輩の提案が却下された。

横顔@2驚きカラー

 クロノススーパーシップチョコを、販促品として販売店が使えるようにする、という案は、フレッド先輩が出していた強引な販売店サービスの代替案だったのだ。
 アディブ先輩恐るべし。

 チョコに罪はない。

 希少性が高かったチョコレートが、プリル製菓の事件で手に入らなくなりさらに価値が高まった。
 「クロノススーパーシップチョコ」の名前は「プリル製菓事件」と共に情報ネットワークで拡散し、たちまちトレンド急上昇ワードに入った。

 レイターが言う通り、宇宙船好きの中にはこのチョコの発売を楽しみにしていた人が結構いたのだ。

 社内販売で買った社員の誰かが、スーパーシップチョコをネットワークのオークションに出すと、すぐさま五万円の値が付いた。
 レイターはいくら儲けるつもりだったのか・・・。

 販売店はノベルティとして、クロノススーパーシップチョコを利用した。 バレンタインに合わせて『先着順にプレゼント』と広告を打つと、開店前から店に並ぶ客が続出し、販売店から感謝された。

 もともと、このチョコは広告宣伝費の扱いだったから、企画としては大成功だ。

 厄病神のせいで、一時はどうなることかと思ったけれど、アディブ先輩のおかげでバレンタインイベントの仕事は無事、終えることができた。

 さすが、銀河一のいい女だ・・・。



 ティリーはフェニックス号の前にいた。
 きょうはバレンタインデー。

n35きりっ

 厄病神ではあるけれど、レイターにお世話になっていることに自覚はある。
 週末にレースを観た後、夕飯をごちそうになっているのに、お礼もしていない。

 こういう機会を利用して、感謝の気持ちを伝えるのは、ありな気がする。
 レイターに、愛のない義理チョコをあげることを思いついた。

 でも、間違って本命チョコと受け取られても困る。

 わたしが贈ったとわからなければ、本命チョコと間違えられることもないわよね。

 バレンタインイベントで買ったフェアトレードチョコレート。
 フェニックス号の郵便受けに入れて、そそくさと帰った。  

**


 「ほんと、不思議だよな」 

下から見上げる 青年む

 レイターは、郵便受けから取り出した美しいパッケージのフェアトレードチョコを手につぶやいた。

 フェアトレード『公正な取引』って、俺に対する嫌味だろうか。

 義理でばらまく愛の無いチョコかよ。
 いや、義理チョコにしては値が張ってるぞ。 

 ティリーさんは、一体、何を考えてるんだろう?

 どうやら、自分が渡した、ということは隠したいようだ。
 っつっても、船の周辺映像は、全部お袋さんが撮ってるんだぜ、丸見えなんだけど。

 俺は、知らないふりをした方がいいのか?
 それとも、ティリーさんにお礼を言った方がいいのか?

 俺としたことが、まったく理解不能だ・・・。

フリル@


* *


 ソラ系へ戻ったアディブは、月の御屋敷にいるアーサーのもとを訪れた。

「困難な任務、お疲れさまでした」
 アーサーはアディブをねぎらった。

 アディブは出された紅茶に口をつけながら答えた。

紅茶を飲むカラー

「今回はレイターの出番も無くて、特命諜報部にしては随分と地味な仕事だったわね」

 アーサーは、アディブの目を正面から見つめた。
「我々の仕事は、決して派手なものではありませんよ。貧困に喘ぐ星系では、その不満がテロリストを生む原因の一つになっています。ですから、連邦企業の不正な取引を止めさせることは、特命諜報部の大切な任務です。テロを未然に防ぐためには、要因を一つずつ潰していくしかありませんから」

「気の長い仕事ね」

「でも今回は、アディブさん、あなたのおかげで大きく前進しました。プリル製菓が、カカ星系を支援する基金を創設しましたからね。ありがとうございます」
「礼には及ばないわ、私が選んだ仕事ですもの」

「あなたの言う通り、適正は高かったですね。ところで、デパ星系はどうでしたか?」

n32アーサー正面笑顔@2

 アーサーが笑顔で聞いた。

「アーサー、あなた本当に行きたそうね」
昔、楽しかった思い出があるので
「あの星は心が弾むわ。何でも手に入れることができる。いっそ愛も買えればいいのに・・・」

 一息入れると、アディブはアーサーを見た。
「一つお願いがあるの」

 アディブは、首に着けていたニルディスのネックレスを外して立ち上がった。

ニルディス

「これ、レイターに返しておいてほしいのよ。二十四時間つけてろ、って言われたんだけれど」
 アーサーは受け取ったネックレスのペンダントヘッドをひっくり返した。

 目を細めてみる。

 気を付けて見ないとわからない、小さな細工の跡があった。
「これは・・・」
「そう、発信機よ。仕事の時は仕方がないと思ったけれど、もう終わったし。今ではストーカーされているみたいでしょ。だから、返却を頼んだわ。よろしく」

 それだけ言うと、アディブは軽やかに部屋を後にした。



 アーサーは手にしたネックレスをじっと見つめた。
「ニルディスか。・・・あいつ、本命へのプレゼントが断られたのか

 アーサーは、机の引き出しを開けると、美しく三連に輝くニルディスをその中へと片付けた。  

(おしまい)
第二十一話「彷徨う落とし物」へ続く その前に 

少年編「流通の星の空の下」へ

第一話からの連載をまとめたマガジン 
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