『現代アートチーム・目[mé]』と、エジソンの似ているところ
誰だって知っていることとして「エジソンは偉い人」という歌詞の歌が街のどこでも流れていたように思えたのは、バブル絶頂期からバブル崩壊の間の頃だった。
偉人伝の常連として「エジソン」は、今でもおそらく誰でもが知っていて、それは「発明王」としてすごいと言われてきた。ただ、同時に年月が過ぎるほどに、エジソンのネガティブな面も徐々に広く知られるようになってきた。
おそらくは大きな業績を上げた誰もが決してプラスの部分だけはないだろうと想像はできるけれど、エジソンのイメージは良かっただけに、だんだんと偉人とは思えなくなっていた。
現在でも、エジソンの多くの発明(発明といっても、他の人が作ったものを改良したほうが多いという指摘もあるとしても)によって生活が支えられているのは事実だと思う。
エジソンの最高の発明
私自身もそれほど知っているわけでもないけれど、「エジソンの最高の発明」という表現で、経営コンサルタント・石原明がポッドキャストで話しているのを聞いたことがある。
このポッドキャストによると、エジソンは発明研究所を作ったらしい。専門家という、いってみれば発明をする人。現場がわかる人は、それを商品化できる人。ここまでは、普通に理解できそうなのだけど、さらにもう一人3人目の役割というのが、プロデューサーだった。
それは、特に専門家だけだと、とにかくいいものを作ろうとするから商品化できにくいから、その専門性のどこを切り出すといいのか、そういったことを判定するのがプロデューサーの役割で、それを経営者が担えれば、という話だった。
さらに興味深かったのが、その3人を一緒に住まわせて寝食を共にして、そうすれば、その時間の中で発明がコンスタントに生まれてくる、というシステムをエジソンが考案し、それが「最高の発明」だと経営コンサルタントの石原明が話をしていたことだ。
そのことはなんとなく覚えていて、違うタイプ(役割)の人間が複数一緒に生活する中で、新しいものが生まれてくる、といったイメージはなんとなく自分の中に残っていたようだった。
目[mé]
現代美術、現代アート。いまだにどちらが正解の呼び方か分からないし、何が現代美術なのかの定義も、しっかりとは理解していないと思うのだけれど、何しろ、基本的には自分と同じ時代を生きていて、今も作品を作り続けているような人たちの作品を見るのが好きになってから、もう20年以上経つ。
それは、美大などに通って専門的な教育を受けたわけでもなければ、そうした仕事をしていたこともないので、完全にただの観客なのだけど、それでも時々、それまでとは違う感触のアーティストが出てくるのを感じることがある。
最初、この『目[mé]』という名前を聞いてもなんだか分からなかったけれど、私よりもアートに詳しく理解力も鑑賞力もある人が、やや熱っぽく『「目」[mé]』作品のことを語っていたことがあって、それで興味を持ったものの、作品を見てきた人が語ることが、その凄さを伝えようとしてくれているのはわかるのだけど、自分のイメージの力の不足もあって、作品の魅力が、はっきりとは分からなかった。
だけど、感覚的には、実際に見たら、その凄さがわかるのではないか、といった予感はあって、それでも自分の都合のためになかなか見ることができなくて、初めてちゃんと作品を見られたのは2016年のことだった。
さいたまトリエンナーレが行われていたのは知っていた。ただ、自分にとっては少し遠く、ずっと介護を続けていた頃だったから疲れもあって、なんとなく行けていなかったのだけど、『「目」[mé]』が作品を出すと知り、しかも自分が行こうとしていた頃はこのトリエンナーレの会期が終盤に差しかかっていたのに、どういう展示なのかが分からないままだった。
ということは、鑑賞した人も、おそらくネタバレを避けて、SNSなどに投稿していないのだろうと思った。
それだけに余計に興味を持って、まだ介護中でもあったので、妻と相談して出かけさせてもらうことにした。
春日部駅に初めて降りて、空が広いと思った。そこから乗り換えて、周囲の風景で随分と遠いところに来てしまったような気もした。
作品
そして、会場で見た『「目」[mé]』の作品は、見る前にあれこれ想像していたものとは全く質の違うものだった。
そこには池ができていた。ただ、それは水ではなく、おそらくは透明なプラスチックか何かを屋外の窪地に流し込んでできているものだったから、その「池」の上を歩くことができた。「池」の中や「水面」には冬のこの季節のためか枯れた植物があった。
「水面」を歩く体験は、新鮮だった。川から見た街は違って見えるけれど、「水面」から見る周囲の枯れた光景や、青い空は違ってみえた。もちろん硬さはあるけれど、水の上を歩いているような気持ちにはなれたし、この鑑賞は時間が決められていて、グループで体験するのだけど、もう一度、夕暮れの時間帯のツアーにも参加した。
空が暗くてきれいだった。
周囲が静かなせいか、本当に遠いところに来たような気持ちになれた。それは、自分の伝える力が足りないせいもあるのだろうけれど、こうして言葉で伝える難しさも感じ、昔、この「目」[mé]の作品の魅力を伝えようとして伝わりきらなかった思いをしていた人もいたはずだ、と思った。
本当に体験しないと分からない作品だった。
すごいと思った。
その後も、いろいろな作品を発表し、体験しないと分からないのだろうな、と思いながらも、コロナ禍などもあってなかなか見ることができず、2023年には、やっと『さいたま国際芸術祭2023』に行けた。
美術手帖
雑誌を買う機会はほぼなくなってきたが、一時期、比較的購入していたのが美術手帖だった。それまで全く興味がなかった現代美術のことを知りたくなり、国内ではその分野に関しては、ほぼ唯一の媒体の美術手帖を購入するようになった。
最近は、図書館で借りることが多くなったが、手に取る時期としては遅かったが、『さいたま国際芸術祭』に行った後に、美術手帖が『「目」[mé]』を特集している2024年1月号を読むことができた。
現在のメンバーは、アーティスト・荒神明香(こうじんはるか)→〈考えたら、すごい名前だと思う〉。ディレクターの南川憲二、インストーラーの増井宏文の3人が中心メンバーで、プロジェクトごとに様々なメンバーが加わったりするようだ。
そして、『現代アートチーム・「目」[mé]』が誕生するまでのこともマンガで描かれている。
とてもコンセプチュアルなあり方だし、現代アーティストな感じがする。
その会話の中で、彼らよりは下の世代である荒神明香の名前も出てくる。荒神は、東京藝大を首席で卒業し、「生まれながらのアーティスト」のように見えていたようだが、その頃の南川からは、それを装っているようにも感じていたらしい。
だが、その後、実際に荒神と組んで作品を制作するようになると、その凄さを目の当たりにし、南川と増井はアーティストをやめ、荒神のアイデアを形にし、発表する役割になることを決意する。
そうしたいきさつがマンガによって描かれていたが、文章よりも、この方が伝わりやすいように思えた。それは、特に南川と増井の決断は、想像するとかなり厳しいものがあるせいかもしれない。それだけに、こうした決断を、30代くらいでするのもすごいと思うが、しばらく迷いながらも、この決意を受け止めた側もかなりのものだと思う。
この美術手帖では、3人のそれぞれのインタビューも載っているが、この現代アートチームという国内ではほとんど他にはない存在を、広報も担当しているらしい南川がわかりやすくサッカーのチームとして例えている。
エジソンと、『「目」[mé]』
そして、3人は、とにかくコミュニケーションを徹底することも決めて実行してきた。そこで分かったことも「作品」のようにさえ思えてくるが、この3人のチームのことを知って、改めて思い出したのがエジソンのことだった。
エジソンの「最高の発明」について、経営コンサルタントの石原明がこのように語っていた↑が、『現代アートチーム・「目」[mé]』も、まさに同じ構造だと思った。
もちろん完全に同じではないし、類似点ばかりを挙げるのはエジソンにも「「目」[mé]」にも失礼かもしれないけれど、専門家はアーティストである荒神。現場がわかる人が、インストーラーである増井。さらに経営者が担うべき役割を、ディレクターである南川が背負っている。
こうした3人がチームをつくり、コミュニケーションを徹底することで、おそらくアートとして優れた作品がコンスタントに生まれてくるはずで、もし、そのことが継続できてきたら、他にもこのシステムを取り入れるアーティストは増えてくるだろうし、それだけにとどまらず、社会の中で「あたらしいものや、あたらしいこと」を生み出す必要がある場所でも、改めて採用されていく可能性がある。
もちろん、『「目」[mé]』によって、新鮮な作品が実現され続けているということは、明らかにこの3人の能力が高いという証明でもあるのだろうから、チームを作ったからといってすぐに成果を出せるわけではないはずだ。
だけれど、こうしたチームをつくることの重要性を広げていく、という意味でも、アート界だけではなく、社会を変えていく可能性があるかもしれない。
大げさかもしれないけれど、そんなことを思い、考えると、ちょっとうれしくはなる。
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