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読書感想 『ジャクソンひとり』 安堂ホセ 「知らない視点。気がついていなかった世界」。

   タイトルでは、何が書かれているか想像ができなかった。
   著書の名前も、失礼ながら、知らなかった。

  読み始めても、そこには、ただ知らない世界が展開されていて、さらに読み進むと、どれだけ、自分が無知なのかを知らされるような視点が広がっていく。

  そこには、エッジの効いたストーリーと、読者として動揺してしまうような描写も続いた。情報の密度が濃く、2度読んで、やっとわかったことも少なくなかった。



(※ここから先は、小説の内容にも触れます。未読の方で、何も情報に触れたくない方は、ご注意ください)。






『ジャクソンひとり』 安堂ホセ

アフリカのどこかと日本のハーフで、昔モデルやってて、ゲイらしい――。
スポーツブランドのスタッフ専用ジムで整体師をするジャクソンについての噂。
ある日、彼のTシャツから偶然QRコードが読み取られ、そこにはブラックミックスの男が裸で磔にされた姿が映されていた。
誰もが一目で男をジャクソンだと判断し、本人が否定しても信じない。
仕方なく独自の調査を始めたジャクソンは、動画の男は自分だと主張する3人の男に出会い――。

 それは、とても新しい世界に思えた。 
 ただ、少し考えれば、未知なのではなく、自分が無知なだけだとも思う。

 それでも、展開はスピーディーで、知的に抑制もされている気配もあって、同時に、複雑さと意外性も含んでいる。

 だから、自分の無知を意識させられながらも、新鮮で、やっぱり新しかった。

現代であること

 例えば、ジャクソンが、動画に映っている男が、自分では、と疑いをかけられた相手の一人と会話をする場面でも、そこに登場する人間には、あるレベル以上のリテラシーや、知性が備わっているのが、わかる。

 それは、やはり21世紀になって、しばらく年数を重ねた「現代」であるリアリティを感じる。

 まともに衝突してくれるだけ、むしろこいつが頼りかも。ジャクソンはキャプテンに向き直った。
「ていうかさ、どうしてこれが俺だと思うの?」
「いや、似てるからでしょ」その言葉に笑いが起こる。
「どこが?」
「見た目が」
「見た目が、って具体的にどの部分がどう似てるの?」
 黒い、肌、顔が、髪、お前しか、人種、こんな人間、こういうタイプ……どの言い方も状況的にアウトだ、と喉の奥で言葉を転がしながら、キャプテンはジャクソンの頬がだんだん引きあがり、そして笑顔になっていくのに気がついた。
「もう一回聞くけど、どこで、俺だと、判断したの?」
「あー、はいはい。そういう感じね。ごめんごめん。俺の勘違い。もういいよ」
「なにそれ。あんたが審判だったのかよ」 

 こうした微妙な緊張がずっと続くような会話の、シャープな新しさは、どこか、村上春樹がデビューしたばかりの頃、作中の会話に感じた印象と重なるような気もする。

 それは、とても個人的な感想だけど、ただ、この「ジャクソンひとり」には、もっと不穏なエネルギーもありそうだから、それが、「現代」なのかもしれない、とも思う。

「実際どうなの?」
「仲良くはないよ」
「だろうね。今見てて思った」
「っていうか、苦手ってことに最近気づいた」
「気に入られていると、その相手に対しての判断力が鈍るからな」
「やっぱそうなんだ」
「ジャクソンってさ、会社で仲良い人、誰?」
「さあ」
「俺くらいの距離感ですら上位に来るでしょ」
「どうだろ」
「実はすげえ嫌われてたりして」
「さあ、今は気に入られてるっぽいから」ジャクソンは笑った。
「判断力が鈍ってるんだ」
「そう」
「怖い怖い」
 二人で気が抜けた炭酸みたいにへらへら笑った。雰囲気が冷めないうちに、ジャクソンはゼンの腰を叩いて、マッサージ終了を知らせる。

知らない視点

 そして、黒人ミックスが主人公であり、「知らない視点」も提示される。

 だけど、それを「知らない」と思えるのは、自分も傍観や無知という立場で、差別に加わっているかもしれないことを、スピード感のある展開に連れていかれるような時間の中で、すっと向き合わされる瞬間も少なくなく、そのたびに、自分の「気づいていなかった世界」の広さを知る。

 例えば、アニメのことを語る場面。

「こいつら別に、髪と制服とったらそもそも同じ顔じゃん。っていうかマンガとか好き?」
 エックスがみんなの方を向くより早く、イブキが「嫌い」と答える。エックスもイブキの答えだけで満足して話を続けた。
「俺も。白紙に黒い線引いて、はい、輪郭です。はい、白地部分は肌です。自分たちと同じ人間です、って素直に思い込める人間なんて、どんだけお気楽なんだよって感じ。いっつも見るたびに、マジで視界に入るたびに不快なんだよね。メシと夕焼けを緻密に描き込むより先に、もっとやることあんだろうがよ。鬱アニメとかって言うけどさ、そもそもアニメとかマンガの存在自体が俺にとっては鬱なんだが」
「めちゃエクストリームじゃやない?」ジェリンは鼻から薄く笑い声を漏らして、「アニメってそこまで差別じゃないよ。ブラックのキャラとかも結構見たことあるよ。スクリーントーンっていう、なんか、白と黒だけでも、細かいドットにしてその密度を変えたりして、肌の濃淡とかいっぱいつくれるよ」わざとのんびり反論しながら、高速でiPhoneから何かを探し出しているみたいだった。
「うん、だからさ、スクリーントーン?なんでそれを登場する全ての人間に貼らなかったのかって話なんじゃないの。自分たちには使わないわけじゃん。白人ワナビー超えて白紙ワナビーなのか奴らは。それで全世界でブームです、とかヨーロッパの権威あるなんとか賞を貰いました、とかいって白人にトロフィー貰ってみんなで喜んで、きつくない?ストーリーとか、ポリティカルとか、そんなこと以前に、絶対的にチートなんだよね」ジェリンが話し終わるのを待たずにまくし立てたのはエックスではなくイブキだった。

 例えば、親の言葉について。

 エックスの父は、もはや質問されなくても話しまくっている。
「息子がゲイだってことも薄々わかってます。いつか彼氏を連れてきてくれたら嬉しい。喜んで祝福します。胸を張って約束できる。それはどんな差別からも守る覚悟で育ててきたから。だけど息子は、極端に人の目を気にする性格だったから、やっぱり恥ずかしかったのかもしれない。自分はこんな風に、完璧じゃない親だから」
 違うんだよ。エックスは心の中で叫ぶ。そうやって美談に持っていくところが嫌いなだけだった。


 例えば、当事者同士の会話に関して。

ジェリンは公園の公衆トイレの裏の草むらでエックスを待つ。
「エックス?」
「そうだよ」
「誰かわからなかった」
「そろそろ俺たちが見えなくなる時間だからね」エックスは笑った。日が沈んだ空は青く、青さが皮膚にも染み込んでくるみたいに、冷たい色に変わりつつあった。

「そろそろ正直に話すけど、君を見てると惨めだよ。俺も黒人ミックスだし、君の絶望はよくわかるけど、君はあまりにも……」
「原宿で無理やり服を買わせる黒人は主にアフリカ系でアメリカ系黒人ではない、って言ってたような人にブラザーヅラされたくないでーす」  
 観客の笑い声。   

 その「気づいてなかった世界」は、読者の前に鮮やかに広がる。

おすすめしたい人

 新しさを感じる小説を読みたい人。

 毎日が微妙に退屈な人。

 違う視点に触れたい人。

 もちろん、引用した部分で、少しでも興味が持てた人にも、手に取ってもらうことをおすすめします。


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(他にも、いろいろ書いています↓。よろしかったら、読んでもらえると、うれしいです)。



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