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読書感想 『ソ連兵へ差し出された娘たち』 「今も続く鈍感な冷酷さ」

 ラジオで聴いていて、コメンテーターのすすめ方の熱量が高かった。

 どこかで、怖さもあったのだけれど、でも、読まないといけないのではないか、といった気持ちになった。

『ソ連兵へ差し出された娘たち』  平井美帆

 戦争中ではなく、敗戦直後の満州での出来事。それは、恥ずかしながら私は全く知らないことだった。日本人のコミュニティは、その「組織」を守るために、若い女性を差し出した。そのことは、男性幹部の話し合いで決定していた。

団に乱入してきたソ連兵が日本人の男たちに暴行しそうになったとき、ひとりの娘が直立してさっと挙手の礼をしたことがあった。するとソ連兵の態度が急に軟化し、その場の緊張が解けた。そうしたことから、娘を出せば、ソ連軍司令官に守ってもらえるのではないかという意見が出た。

「ソ連兵へ差し出された娘たち」より

 そして、その犠牲は「接待」という名前をつけられて、組織が助かるために続けられた。

 子どものような娘たちを前にすると、ソ連兵は声を上げて喜んだ。
 「ハラショー(いいぞ)!」
 慰みものにされる苦しみと屈辱に、セツは自死を試みたこともあると明かす。
「あのとき私は銃持ってて、死のうかと思った。撃って死のうと思って外へ出たの、私が。重かったよー。二発、(試し打ちで)空に向かって撃った」
 団の大人が裸足で飛んできて、セツの手を持って止めた。翌日、本部の団幹部らは死のうとしたセツを強く叱責したという。

「ソ連兵へ差し出された娘たち」より

 戦争中や、敗戦直後に、特に敗戦国の人間が、どのような扱いを受けたのかは、想像もできない。そして、平和な時代に生まれた私には、こうした団幹部の態度に対して、責める資格もないかもしれない。戦争直後の混乱時が、どれだけ死の恐怖と隣り合わせなのかも、本当の意味でわかるわけもない。

 それでも、少なくとも、この時のセツさんに対して、どうして「強く叱責」できたのだろうか、とは思う。大勢の命を救うために、信じられないような犠牲を強いられている人間を、少なくとも労わることは出来なかったのだろうか、と思う。


 だが、それは、非常時だけでなく、戦争をはさんで今も続く日常の思考の習慣が、そうさせるのかもしれない。読む進むうちに、そんなことが、少しずつ分かってくるような気がしてくる。

戦後の扱い

 帰国後も、女性たちの、その苦しみや辛さは報われるどころか、さらに新たに傷つけられることになる。差別した側の人たちを、その時代に生きていない人間が、一方的に断罪することは出来ないとは思うものの、とても残酷な行為なのは間違いない。

「一年ほどして、『私は人間じゃなくなった』と情けない思いをして日本に帰ってきたんですけど、帰ってみれば、『引揚者』『満州でけがれた女』と誰も問題にしてくれないし、村そのものでもね、『満州から帰ってきた女はあれだから、汚い』。それこそ、私たちは皆、お嫁にいくところもない。それで一生お嫁にいけなくて死んでしまった人もいるんですね」

「ソ連兵へ差し出された娘たち」より

 さらに追い討ちをかけるような扱いをされ、全く労われることもない。それどころか、戦後30年以上経ってから、またひどい扱いを受けることさえあった。

 一九八〇年ごろ、遺族会を揺るがす事件が起こった(中略)
 その酒席が終盤に差しかかったころ、遺族会長の三郎が善子を貶める言動をしたのだ。
「おまえはロモーズ(ソ連兵)が好きやったで」
 同じ場にいたという元団員の男性は、「ロモーズー」と三郎の卑猥な口ぶりをまねて見せた。善子は激怒して抗議したが、三郎は謝らなかったそうだ。

「ソ連兵へ差し出された娘たち」より

 遺族会の会長が、どうして、そんなことをしたのか。命を助けられた元団員の男性は、なぜ、そんなことまで出来たのか。

 それは、非常時だから、ということだけで説明のつかない思考の習慣があって、それは、確かに現代の「たった今」までつながっていることを、この作品は明確にしている。

今につながること

 この作品の中では、慰安婦問題を調査して世に出した千田夏光が経験したことにも触れられている。

 ある女子学生が、学生運動内部での性の犠牲者、〝カアちゃん〟たちの存在を千田に明かした。男子学生幹部は、〝カアちゃん〟と呼ばれる女子学生を持ち、中には妊娠中絶させられた者もいたが、その犠牲に甘んじるのが「革命的行為」なのだと信じ込まされているという。
 彼女は千田に向かって、これは慰安婦問題と地続きなのだと訴えた。
「精神において同じです。男の女に対する蔑視、差別、これが女を単なる慰安の対象にして来たのです。軍隊の慰安婦もまたそれから生まれたのです」と。

 そして、この「精神」は、現代でも変わっていないことを、著者は明らかにしている。

女性差別があったのはわかっているから、あえて書かなくてもいいのではないか。現代にも通じる問題があるなんて言い過ぎではないのか。男性読者を失うのではないかーー。この原稿を複数の人に読んでもらったところ、マスコミの組織に属する男たちからはこうした意見もあった。

複雑な心境に陥る男たちは、この作品が世に出ることに消極的だった。より正確に言うと、自分の読みたい角度からは読みたいが、自分が受け容れがたい箇所は省いてほしいようだった。

「ソ連兵へ差し出された娘たち」より

 戦争という非常時では、何が起こるか分からない。普段は理性的であっても、自分の命が危なくなったら、何をするか自分でも分からない。だから、戦争という非常時を作らないように努力するしかない。

 ただ、今も続く、おそらくは無意識のレベルでの男尊女卑の思考の習慣には、できるだけ加担しないように意識を更新することはできるはずだ。
 それができなければ、この貴重な歴史的な事実を明らかにしてくれた作品を読んだ意味がなくなるから、読む時に怖さがあったのだと思うけれど、少なくとも、読んだ以上は、敗戦後の満州での出来事を、他人事として考えてはいけないとは思う。

 それが、今のところ、まだ、とても未熟なレベルだとしても、そこから始めなくてはいけないとも思っている。

おすすめしたい人

 出来たら、少しでも興味を持った人は、全員、読んでもらいたいと思います。

 明るい気持ちにはなれないかもしれませんが、少し時間がある時、やや気持ちに余裕があるときに、これからの未来のためにも、読んでもらえたら、と思っています。

 重い読後感はありますが、今を生きる大人の「課題図書」だとも考えています。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。



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