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読書感想 『教育と愛国』 「嘘のような現実」

 同じタイトルの映画が始まったのを、知った。

 このドキュメンタリーが、最初はテレビ番組だったのも、恥ずかしながら、やっぱり知らなかったけれど、学校という場所が、表面上は分からないのだけど、かなり変化している気配を、ラジオ番組で話をしているテレビディレクターであり、この映画の監督の話によって、少しわかったような気がした。

 そして、その番組を2019年に書籍化していることも知った。

「教育と愛国 ーー 誰が教室を窒息させるのか」 斉加尚代

  自分に子どもがいないと、学校は外側から眺めるだけで、それほど深く知る機会が減る。

  学校という場所は、校舎や制服など、表面上の変化はそれほどないし、自分が学生時代の時は、時代が進めば教育も進んで、ただ圧力をかけるのではなく、生徒の自主性を大事にしながら、学力だけでなく、人としてのさまざまな成長を促すような教育になっていくのではないか、と願望と共に思っていた。

  それが、人類の進歩だと思っていたし、一時期は仕事としてスポーツのことを取材して書くことをしていたけれど、その時に「喉元にナイフを突きつけるような指導では、サッカーで世界的に強くなることはできない」といった話も聞くようになり、未来を考えたら、サッカーが変わっていったように、教育も変化していくのだろうと、希望的な観測とともにぼんやりと思っていた。

 だけど、気がついたら、時代は前へ進むだけではなく、見方によっては、まるで過去を目指すようなねじれた進み方もすることを、この書籍によって、改めて知った。

 それは、嘘のような現実だった。

教科書検定

2018年4月、小学校で導入された「特別の教科 道徳」。戦後73年ぶりに道徳が教科に格上げされ、戦後の教育において最大の転換点を刻んだ。2019年4月からは中学校でも教科書を使って道徳の授業が始まっている。(「教育と愛国」より)

 その前年、2017年には教科書のことが話題になっていたのは少し憶えている。

文部科学省は3月24日に修正前の原本と修正後の合格本の内容を報道発表した。その検定の中で、「国や郷土を愛する態度に照らして」「不適切」との意見をクリアするために、東京書籍の小学1年生向け道徳教科書から「パン屋さん」の場面が消え、「和菓子屋さん」に書き換えられていたことがわかった。毎日新聞だけでなく他紙やインターネット上もこの話題で持ちきりとなる。

 この話題を知った時には、「和菓子屋さん」が「国や郷土を愛する」に適切で、「パン屋さん」が不適切とする見方が、もし本当であれば、それはあまりにもシンプルすぎる思想に支えられていると思った。ただ、絵本作家の女性がこぼした愚痴も紹介されていて、それも、笑い話のようにしか思えないけれど、そんなあり得ないような思想と、つながっていると思えた。

ある教科書出版社から、小学校の道徳教科書のイラストを依頼され、いくつもの挿絵を描いたそうだが、その過程で編集者から細かい注文をつけられた。「ザリガニ釣りをしている子どもたちを挿絵に描いたらダメだと言われたんです」と。「えっ、なぜ?」理由に見当がつかず聞き返すと、「ザリガニじゃなくて、川海老にして欲しい。ザリガニは外来種だから」と大真面目に言われたとか。

戦前の価値観

 ドキュメンタリーでも、おそらくは重要となりそうな「登場人物」が二人いて、それは仕事も年齢も違うのだけど、「事実の前に、信じたいものがある」という信念を持っているような印象は共通している。

 一人は歴史学者。

育鵬社の教科書を推奨する団体「日本教育再生機構」は、改憲を目指す右派団体「日本会議」のフロント組織である。都市部を中心に採択数を増やす育鵬社の歴史教科書が目指すものは何なのか。代表執筆者にインタビューすることを決め、取材を申し入れた。東大名誉教授の歴史学者、伊藤隆氏である。

 そのイタンビューは、途中から熱を帯びたという。

ーー歴史から何を学ぶべきですか?
「(歴史から)学ぶ必要はないんです」
ーー……それは、かみ砕いて言っていただくと。
「学ぶって何を学ぶんですか。あなたがおっしゃっている、学ぶって」
ーー たとえば、日本がなぜ戦争に負けたか…
「それは、弱かったからでしょう」
―― 育鵬社の教科書が目指すものは何になるわけでしょうか?
「ちゃんとした日本人を作るっていうことでしょうね」
―― ちゃんとしたというのは?
「左翼ではない。昔からの伝統を引き継いできた日本人、それを後に引き継いでいく日本人」、「いまの反政府のかなりの部分は左翼だと思いますけども。反日といってもいいかもしれない」


   もう一人は、政治家。

考える歴史に挑戦した「学び舎」は、いっぽうで中学校の歴史教科書から消えていた日本軍慰安婦の記述を十数年ぶりに復活させた。その扱いは政府の公式見解に沿った内容だ。ところが、この慰安婦問題に言及している点が、今回の抗議の最大の理由として挙げられていた。 

  この、抗議として学校へ何枚もハガキを送った人の一人が、防府市長(当時)・松浦正人氏だった。  

―― 学び舎の教科書はご存知でいらっしゃいますか?
「学び舎??知りません」
―― あの、歴史の教科書なんですけれども?
「知りません」
―― そうですか。こういうのが(抗議ハガキのコピーを渡して)出ているが……
「あ、教育再生首長会議の松浦として、いろんな方々に正しい教科書を出さなければいけませんよという声をね、発信したものですね、これ。あるでしょうね、これ、私の字ですから」
―― それは、発信されていらっしゃる、
「これは発信してますね」
―― 学び舎教科書は読んでいますか?
「ああ、ああ、この学び舎というこの学校ですか、この会社ですか…まあ、ちょっと偏った事柄が書いてあるという情報は耳にしました」
―― 読んでいらっしゃいますか。
「読んだというか見たという程度でしょうかね」
―― 表紙を?
「まあ、あの、まあ……これは私の知り合いのとても尊敬する方から、こういうようなことで運動を展開していきたいので、協力してくれませんか、という依頼があったので」
 依頼された人物の名前は言えないと明言を避けた。が、抗議ハガキを20〜30通送ったことは認めた。

  自分が尊敬する人の依頼であれば、それに応じる。それが、松浦氏の行動原理のようだ。この原理は、安倍晋三首相(当時)の政策を称賛することと、つながっているのかもしれない。

「安倍さんは戦後日本が置き忘れたものを一生懸命に取り返しに行ってらっしゃる。ひとつひとつ丁寧に取り戻しつつあるんです」
 そう力説する松浦氏に対し、具体的に何を取り返したのかと尋ねてみると、次のような答えが返ってきた。
「ご先祖さまの名誉もあるでしょうし、先人の名誉やね」「私はね、たとえば南京大虐殺といわれる事件。私はなかったと思ってますからね。私は。私は親からそういう教育を受けてますから。私の父は明治29(1896)年生まれです」
―― でも外務省はあったとしてますけど?
「いえ、ないんじゃないですか。事件として事犯はあったとしても30万人とかの虐殺ということはね。外務省は認めてないと思いますよ」
―― そうではなくて……
「事件はあったんです。私の父は内務省の役人をしていたんです。南京大虐殺があった翌日に南京城へ入っているんです。ぼく親父46歳のときの子ですから。その父から私、子どものころから聞いています。絶対にそんな殺してないと。虐殺ではないんです、戦闘だから。日本人も死んでいるわけだから」

  

  伊藤氏にとっての「昔からの伝統」や、松浦氏の「親から受けてきた教育」は、戦前の価値観のようなので、そうした「信念」を持った人から見たら、戦後の価値観は間違っていると見えるのだろう。だけど、それを個人で思うのは自由だけれど、未来に生きる人間に押しつけては、やっぱりいけないのではないだろうか。

周囲の反応

 私自身は、教育現場への関係は今はほとんどない。

 だけど、いろいろなことは、どこかでつながっているだろうし、何かが起こった時に、どんな対応をするか。日常的な小さな決断や行動を意識することはできるかもしれず、おそらく、最も怖くて手強いのは、無関心や保身なのだと思った。

 例えば、幼稚園児に軍歌を歌わせていたことについての、保護者の反応。

ありのままに編集をした塚本幼稚園の保護者の声が、現時点では極めて気になる。運動会に参加した母親たちは「記憶にないです」、「知りません」、「別に抵抗とかはないですけど、戦争の時代を生きていないし」と関心なさげな様子だった。

 例えば、橋下徹氏が知事だった頃の、周囲の反応。

橋下徹氏の知事時代をよく知る職員が、最近口にしたことがある。これまで大阪の教育行政の中で政治主導の改革に異を唱え、職を賭して抵抗した職員や教育委員を多く取材してきたが、そのとき周囲がどう振舞ったかという話になったとき、彼が見せた複雑な表情が胸を突いた。独立行政機関の役割が揺らいでいるというのだ。
「4・4・2だったんですよ。政治的圧力に対する職員の反応は」
 つまり政治的公平性、中立性の観点からおかしいと正面から唱える職員が2割しかいなかったという(2割は立派と言えるかもしれないが)。4割は首長や議員の意向を忖度し、媚びる職員。残り4割は自分の持ち場に逃げ込んで関わらないようにする職員。大阪は土壌として反骨精神を持つ教員が多い地域のはずだ。この割合は、霞ヶ関も同じだろうか。

 個人的な意見ではなく、おそらくは「教育に関する基本」を主張するだけでも、もしかしたら、とても難しいと思うから、忖度する人も、関わらないようにする人も、非難することもできない。

 でも、そういう決断を迫られることは、小さいことだったら意外と日常にあって、その時に少しでも踏みとどまれるような努力はしようと、本書を読んで思えたのは、そうしないと「嘘のような現実」は思ったよりも速く、さらに悪化してしまう予感が確実にふくらんだせいだった。

おすすめしたい人

 この書籍のタイトルを見て、少しでも気になった方。
 教育に関心がある人。
 これからの社会のあり方を考えたい人。

 大げさな言い方かもしれませんが、21世紀の現代日本に生きている人であれば、知っておいた方がいい内容であるのは、間違いないと思います。




(他にも、いろいろなことを書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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