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「想像力」を鍛えることも、「好奇心」を忘れないことも、「本当に大事なこと」ではないと思う。

 何か、とても否定できないように、「常識」のようにいわれることが、いくつもある。

 想像力を鍛えよう。
 好奇心を忘れない。

 そうした「常識」の中で、「想像力」と「好奇心」に関しては、あまり疑問がはさまれない。

 だけど、いつも思っていたのは、「想像力を鍛える」ことも、「好奇心を忘れない」ことも、優先順位で言えば、本当に大事なことではない、ということだった。


想像力と好奇心

 想像力が自分にあるかどうかわからない。それが人と比べて、優れているのか、劣っているのか、それもよくわからない。

 だけど、わざわざ想像力だけを鍛えようとは思わない。

 好奇心が強いのかどうかも、自分では分からない。

 年齢を重ねて、その好奇心が衰えていくのか。そういうことも、時々考えて、その衰えが老化です、といった、どこか脅されるような言葉を知ってはいるのだけど、それでも、自分の好奇心がどの程度のレベルなのか、10年前、20年前と比べて、下降線にあるのかどうか。

 それも、よくわからないし、同時に、何かの栄養補助食品のように、好奇心を補うためだけに、何かをしようとは思わない。

 それは、想像力も、好奇心も、自分が何かをするときの手段に過ぎないから、と思っているせいだろう。

レベル

 例えば、こうして文章を書くときに、何を書こうかと思う。

 それは、今日、起きて、空を見たときに感じたこと。外の空気に触れて思った何か。メディアに接して生じた言葉。

 それは、もしかしたら、好奇心を使っているのかもしれないが、好奇心を使っているというよりも、自分の中の違和感とか、気になったことを、育てているような感覚に近い。

 それが、おそらくは好奇心があるということになるのかもしれない。

 例えば、こうして文章を書きながら、今、ここだけではなく、遠い世界のこととか、違う時代の出来事や、何より自分ではない他の人の気持ちについて考えているときは、知らないうちに想像力を使っているのだと思う。

 それが高いレベルなのかどうか、はよく分からないけれど、世の中にあるさまざまな表現されたものを見て、どうしてこんなことを考えつくのだろう、思いつけるのだろう。と感じるときは、その作り手の想像力のレベルが明らかに高いことも同時に分かっているのだと思う。

やるべきこと、やりたいこと

 ある有名なプロゴルファーが、ゴルフという競技で一番必要なものを問われて、「ピン」と答えたらしい。

   それは、グリーンの上のカップに差し込まれた旗竿のことだ。その名称に由来についは、いろいろとあるというのだけど、問題は、そのプロゴルファーが、それが一番必要だと思った理由で、そのエピソードを覚えている。

 ピンがないと、どこへ向けて、ボールを打てばいいのか、分からないから。

 好奇心も、想像力も、「ピン」という目標のようなものではない。

「やるべきこと」や「やりたいこと」が「ピン」になるのだと思う。

 ゴルフも、あのカップになるべく少ないショット数でボールを入れるために、プレーをしている。正確なスキルも、その目的のために鍛えるもので、決して、ただきれいなスイングをするのが目的ではない。

 それと同様に、好奇心も、想像力も、「やりたいこと」や「やるべきこと」のために使うものだと思う。

 だから、おそらく大事なことは、自分が本当に「やりたいこと」や、心の底から「やるべきこと」を見つけられることで、そのためには、いつも自分の気持ちに正直でいること、できるだけ、自由でいられることが必要になるはずだ。

 それも、考えたら、かなり難しいことだけど、心がけるとしたら、想像力や好奇心を意識することだけではなくて、そうした気持ちの状態を保つために努力した方がいいのではないか。

 それが適切であれば、「目的」を達成するために、夢中になれる確率が高くなり、そうしたときにこそ、ごく自然に好奇心や想像力が最大限発揮されるはずで、そうやって、全力を出せる機会が増えれば、筋肉のように、だんだんとその力が伸びるのではないか。

 そんなことを、時々、考える。


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