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読書感想 『死に魅入られた人びと  ソ連崩壊と自殺者の記録』  「人が生きていける理由」

 自殺率の高さで、日本は不幸なことに、2016年の調査でも「G7ではトップ」という状況になっている。

 この順位で、以前からよく目にした印象があり、気になっていたのは、旧ソ連の国々だった。

 国の体制が変わったから、という激変はあるものの、日本という西側の価値観から見ると、解放された部分もあるのではないか、と勝手に思っていたので、その自殺率の高さの理由については、想像すら出来にくかった。

 そうしたことに関して、1冊の本を読んだだけだけど、自分では思いつきにくい要素があるらしい、ということだけが、少し見えた気がした。

『死に魅入られた人びと  ソ連崩壊と自殺者の記録』  スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 

 著者は、2015年にノーベル文学賞を授賞し、そのおかげで、私も知ることができたが、この著書も、インタビューを中心にした作品で、本当に「歴史」を描き出そうとしている人の凄みを感じた。

 この作品は、ソ連崩壊後に自殺を試みて、未遂に終わった方々へのインタビューをした記録という、それだけで、とても重いものでもあったのだけど、読み進めると、「人が生きていける理由」というものが、少しずつ見えてくるような気持ちにもなった。

ソ連の理想

ソビエト連邦は1917年のロシア革命を起源とする。

 その時をリアルタイムで知らないものの、おそらくは世界が変わるような出来事だったと思う。そして、そのソ連の一般の人に対しては、それこそ「赤い壁」の向こうで、何を考えていたりするのか。そういうことに対して、全く見えていなかった。

 革命の最初の数年間は、私にとって最高の年月で、すばらしくうつくしかった。レーニンがまだ生きていた。私は誰にもレーニンをわたすまい、この胸にレーニンをいだいて死んでいこう。だれもが世界革命の近いことを信じていた。(ヴァシーリィ・ベトローヴィチ 1920年から共産党員、87歳)

 日本も、いわゆる「西側」の国の一員だから、ソ連に対しては、ネガティブキャンペーンもされていただろうから、こうした人たちの気持ちに関しては、自分が、ほとんど想像もしようとしなかったことに、気がつく。

 「生きていく理由」の中で、物理的な要素以外で、大きいものの一つは、「理想が形になること」だと思うから、その時のソ連は、民主主義が進化したものとしての共産主義が、本当に実現できて、これからは、人類の理想だった、「本当に平等な社会」が来ると思えていた時代でもあったのだろうと、こうした言葉で、初めて知ることが出来た気がする。

 妻は結婚式用の白いドレスをガーゼで縫ったんですよ。私も負傷しており、おなじくガーゼで全身ぐるぐるまきにされておった、包帯でな。まわりじゃ飢餓、疫病、チフス。再発性チフスだ。町を歩けば、死んだ母親が横たわり、かたわらに小さな子がすわって訴えておる、「ママ、おなかすいちゃった……」。オレンブルグ州のオルスク市、一九二一年のことだ。それでも私たちは幸福だった。偉大な時代に生き、革命に仕えていたのだから。これを私の心や脳みそからとりあげることはできんのです。 (ヴァシーリィ・ベトローヴィチ 1920年から共産党員、87歳)

変わらない理想との距離感

 ソ連が誕生した頃から、物資的なことは満たされなかったかもしれないが、その国の理想と一体化して生きられる、というのは、それが本気であれば、幸福だったのだろうと思うし、そのソ連が崩壊(というよりは、その人にとっては消滅なのだと思う)すれば、自分が「生きていく意味」がなくなったと思っても、それは自然なのかもしれない。

 それでも、ソ連誕生で、理想に燃えていた時代から、もっと時間が経った時代に生まれた人たちも、「生きていく理由」を失ったようなのだけど、その言葉から考えると、まだ、ソ連の理想が、内面で、生きていたように感じる。

 私たちの血のなかには、自分を捧げたい、何かを崇めたいという欲求がある。それがなんの反映かを知るためには、フロイトにならなくてはならない。それは、私たちが隷属を、あるいは、最高の意義としての死を愛していることを反映しているのでしょうか。貧困を愛し、禁欲を愛していることを……。
(ナターリヤ・パシケヴィチ 教師、55歳)
 いちばんあこがれていたのは、死ぬこと、祖国のために命をささげることでした。(マルガリータ・パグレビツカヤ 医師、52歳)。

 これは、まるで信仰の告白だと思うが、さらに次の世代になると、意識が違っていて、そのギャップが、より絶望に直結したのかもしれない。

言われるんです。私の子どもたちに。ママってだめな人間だ、人間のクズだ。ママは墓地で育った、ママに必要なのは収容所の塀なんだ、囲いなんだ、ママは囲いの中で生まれたんだと(黙り込む) (中略)
 ママたちは、非人間的な実験の材料にされたんだ、カエルみたいに。屈辱的な。いいかい、屈辱的な実験なんだよ。それなのに、ママたちは耐えぬいたことがご自慢なのかい?生き残ったことが?死んだほうがましだったんだ。こんどは同情を期待している。感謝を。なんに感謝しろってんだよ? (アンナ 建築家 55歳)

日本の自殺率

 この書籍が日本で出版されたのは、2005年で、その中に、2004年のWHOの調査のことに触れられている。それによると、自殺率の上位9位までを旧ソ連と東欧諸国が占め、日本は10位だった。

 経済的に困窮したり、病気になった時だけでなく、信じていた理想や、信念や、「世界」が崩れ、なくなったと思ってしまった時に、人は「生きていく理由」を失いやすいと、特にこの本を読んだあとは、思うようになる。

 では、日本は、何を失ったのだろうかと振り返ると、改めて、やはりバブル崩壊が大きかったのではないか、と思う。

 日本では、経済成長自体が、特に第二次世界大戦後の高度経済成長を通して、ほとんど「信仰」のようになっていたような気がする。

 それが終わったこと。しかも、経済的に絶頂期は「ジャパンアズナンバーワン」などと、日本のやり方自体が(世界で)賞賛されていたのに、それが既に時代に不適応になったこと。

 経済的に困窮することも、もちろん直接的に追い詰められると思うけれど、日本の「経済成長」や「方法を賞賛される時代」が終わったことは、世界が崩壊することに等しかった、と思う人は少なくなかったのかもしれない。

 そこに、リストラという名前の「解雇」が行われたら、そこで人は「生きていく理由」をなくす可能性すらある。そんな推測は、傲慢で失礼だとは思うけれど、そんなことも思った。

おすすめしたい人

 長い停滞期が続いている日本は、コロナ禍によって、残念ながら、さらに下降する可能性が高く、それは、もしかすると、日本の崩壊のように感じるような状況になるかもしれません。

 そんな時に、自分はどうなってしまうのだろう。そうした不安がある方には、特に読んでいただきたいと思っています。

 人は、どうやって「生きていく理由」をなくしていくのか。そういう言葉も、ここにはあるように思い、それは、とても気持ちを重くさせるものでもあるのですが、自分が信じてきたことが崩壊したように思った時ほど、同様に、そんな経験をした人の言葉に触れることで、逆に、少しでも孤立感を減らすことができるのではないか、とも思いました。




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