見出し画像

『おれに聞くの? 異端文学者による人生相談』 山下澄人 「正統な視点」

 不思議な小説家、という印象があった。

 山下澄人の本は気がついたら、5冊ほど読んでいるのだけど、どんな内容だった?(この質問自体が、かなり無意味だとしても)と聞かれたときに、すごく答えにくいし、その小説は読んでいると、あまりに印象が広がりすぎたり、あいまいに感じたりして、自分の力では把握しきれない、と思っている。

 さらには、「保坂和志の小説的思考塾」で、配信で画面越しとはいえ、山下澄人と保坂和志が並んで話をしていると、山下は、その画面で初めて見たのだけど、そのたたずまいや語る内容が「独特」としか言いようがなく、同時に力みや構えがないので、この上なく自然な人にも思えていた。

 その山下澄人が「人生相談」をしていた、というのを知り、この人に「人生相談」を頼む人もすごいと思った。同時に興味を強く持てるけれど、その内容の予想がつきにくいと最初に感じ、「人生相談」というジャンルでは、そうした感覚は久しぶりで、もしかしたら、橋本治以来かもしれない。


『おれに聞くの? 異端文学者による人生相談』 山下澄人

 読む前の予想と、読み始めたあとの印象には大きなズレがあった。自分の想像力などがとても貧弱なことがわかる。なんだかすごい。

 それは、最初の回答でも、伝わってくる。

 “やりたい仕事とは違うことをしなくてはいけなくなりました。どうすればいいでしょう?”というような相談に対して、山下は、こう答えている。

 そもそも仕事というのは嫌なものなのだ甘えたことを言ってんじゃねえ的な考えがあります。そこからはみ出るものは破滅する、露頭に迷う、この生きるか死ぬかの世界で生きていけない、ゆえに死ぬ、というのです。しかしあれは「嘘」です。システムが生み出した壮大なる物語です。実際は何がどうなってそうなるのかどうにかなるものです。どうどうにかなるのだ!とまっとう論者には論破されてしまいますがどれだけ正論を振りかざされても「わかりませんがなぜかどうにかなる」とわたしはいいます。人間という宇宙をなめてはいけない。なので嫌ならやめていいと思います。やめてから「さてどうするかな」と考えたらいいんです。わたしたちにはどうにもすることができないものだらけです世界は。いつ隕石が落ちてくるかわからないし、突然地震が来て地面が割れるかもしれない。しかしそれ以外のカードはあなたが握っているのです。だめになるまでだめにはならない。死ぬまで死なないということです。楽しく生きてください。

(「おれに聞くの?」より)

 あまり表立っては語られないような思考にも思えるが、これが、普通に本気で、自然な言葉であるように感じ、同時に、自分も何かに悩みそうになったときは、「人間という宇宙をなめてはいけない」といったことを、ふと思い出せば、何だか気持ちだけでも楽になるように感じた。

 そうやって、部分的な言葉を使ったりするのも、たぶん、ダメなのかもしれないけれど、何だかすごいと思った。

前提

 前出の「小説的思考塾」のなかで、保坂和志が、この「おれに聞くの?」に関して、相談者に対して、今いる場所、というか、前提が間違っていないか、といったことを問い続けているのではないか。という表現をしていたが、確かに、そんなふうにも思えてくる。

 例えば、人生が順調に思えるような経過を並べた上に“自分が生きることに向いていない”といった相談をする人に対して、こうした回答をしている。(回答、というと少し違うのかもしれない、などと思ってしまう)。

 あなたのいうように安定だとか恵まれているというのは生きるとは関係がないからあなたが書くように過酷な状況でも楽しそうに生きる人間というか生き物は砂ほどいる。「過酷」はしょっちゅう戸があく状況だから、見ちゃった人たちだともいえる。いずれにしても生きるのに向いてない生物なんか存在しないし、そうじゃなきゃそもそも生きてないので、向いてはいるので騙し騙しやってください。いずれ戸はあく。ゾッとして、思わず見回し思いもよらない誰かと目が合い、仕方がないから笑って小さく息をしたときにでもここに書いた自分の文を読み返すとかわいいですよ。 

(「おれに聞くの?」より)

 相談者の悩みに対して、そこに答えるだけの内容ではなく、それらをすべて包むようで、他の場所を示すような、何だか壮大な話になったようにさえ思う。

書くことについて

 そして、小説について、書くことに関しての相談も29件ある。

 そのうちの1件。“小説を書く人と、書かない人の違いは?”を問う人に対して、とてもまっすぐに言葉を伝えている。

 いつまでもあるのは衝動のようなものだけです。衝動がどこからくるのかはわかりません。それのある人は何かしらやります。性犯罪者のようにいくらやるなといわれてもやる。捕まえられて投獄されてもやる。ピカソはたしか腕を落とされたら足でやる、足を落とされたら口で描く、というようなことをいった、とどこかで聞いたか読んだ気がしますがそんな感じです。ない人はやらない。芸術はどれもやるかやらないかです。

(「おれに聞くの?」より)

 また、“小説がよくわかりません”というような悩みに対しては、すごく親切な回答をしている。

 小説は書かずにあれこれ理屈を並べるよりは書き切ることです。考えてから走るというよりは考えながら走る。そして絶対に書き切る。書き切ってから見つけたあれこれはまた次書くときに書きながら考える。書き切るというのはほんとうに大事です。書きさしを十個作るより一個書き切る、少なくともわたしはそう考えます。

(「おれに聞くの?」より)

正統な人生相談

 生きること、37項目。書くこと、29項目。関わること、18項目。

 そうした3つのテーマに分けられての「人生相談」が、84件、この書籍の中にある。

 その視点はとても広く、それぞれの悩みに思いもよらない発想を提示することで、誰かの肩の荷を下ろしてくれる。

 こうした「人生相談」の本は、かなり珍しいと思う。異端文学者による人生相談、というサブタイトルも納得がいく。

 その一方で、どこかの誰かの悩みに対しての回答を目にすることで、自分の悩みにも「役に立つ」といったような気持ちにもなれる、という意味では、とても「正統」な「人生相談」でもあると思った。


(こちら↓は、電子書籍版です)。




(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。



#推薦図書   #読書感想文   #山下澄人   #おれに聞くの
#人生相談   #保坂和志   #相談者   #回答
#視点   #正統   #異端   #毎日投稿

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,663件

#読書感想文

190,642件

記事を読んでいただき、ありがとうございました。もし、面白かったり、役に立ったのであれば、サポートをお願いできたら、有り難く思います。より良い文章を書こうとする試みを、続けるための力になります。