見出し画像

読書感想 『橋本治のかけこみ人生相談』 橋本治  「人生相談の最高峰」

  この「読書感想」を始めようと思った理由の一つが、「橋本治の本を紹介したい」(リンクあり)だったのですが、まだ1冊しか紹介していなくて、個人的な理由で申し訳ないのですが、どこか焦りもあります。今回は、2冊目になります。

人生経験による「人生相談」

 これまで、というより、今現在も、人生相談の主流というのは、2つのパターンがある。それは、別に私が指摘するまでもなく、常識的なことであって、それが、相談を受ける人としての条件みたいになっている、ということなのだけど、こんなシステムが多い印象がある。

 まず、人生経験の豊かな人を、回答者として依頼する。その上で有名だったら、言うことはない。そこに、相談が来る。回答者は、自身の豊富な経験の中から、その相談に近い出来事を取り出し、その相談に対しての、自分にとってうまくいった対応そのもの、もしくは、それに多少のアレンジを加えた方法を提示する。

 相談する側が、その答えに納得させられるのは、その回答者の権威や、なにより豊富な経験に対して、その「未知」がない人への畏怖とともに、その答えを持ち帰ることになる。

 だから、望ましい「人生相談」の回答者の一つの理想型は、どんなことにも「当事者性」を持っているような、「経験がすごく豊富な人」ということになる。

「観客のいる人生相談」の方向性

 さらには、人生相談が、どこかの新聞紙上で、もしくは雑誌で、ラジオで、テレビで、といった場所であれば、「観客」がいるのが前提で、その「観客」は、「真っ当さ」という地味さではなく、「意外さ」という派手さを求めていることも多い。その期待に応えるように、「人生相談の回答者」も、数ある解決方法の中で、もしかしたら、多少の無茶さを含んだことを提示している可能性もある。

 だから、場合によっては、だんだん、「人生相談の答え」に乱暴さが宿るようになるが、観客は、そのパターンが「必殺技」のように見えてきてしまうし、エンターテイメント性は増すかもしれない。

 それに、もし「人生相談」の経験が長くなれば、回答者が、「自分の経験」に当てはめようとすることに慣れてしまい、「相談される内容と、自分の経験との一致点」の発見は、早くなることさえある。そして、そのズレに対しては、あまり言及しなくなる。

 だけど、多分、相談する側にとっては、そのズレた部分が大事な上に、「人生相談の回答者が提示する方法」(どんどん乱暴になっていることもある)まで、そのズレを乗り越えて、進むだけの力は、困っている状況にいる今は、たぶん、残っていない。

 だから、結果として、そうした「人生相談の答え」は、相談者にとって、あまり役に立たないのではないだろうか。

「理論」による「人生相談」

 また、もう一つの「人生相談」の主流は、「理論という蓄積」を、「人生経験の豊富さ」と置き換えるように使用する方法で、だから、基本的に「人生経験派」と似ている。もちろん、その「理論派」の回答者は、その「理論」の専門家である必要がある。その上で、有名だったら申し分ない。

 「人生経験派」の回答者と同様に、「理論」と、その「相談者の困難さとのズレ」に目を向けるよりは、その一致点に注目した方が、解決は早くなる。そして、理論というものの権威と、データの蓄積の膨大さがあるので、一致率は、もしかしたら、経験派よりも高くなる可能性もある。

 当初、「理論派」が、「人生経験派」よりも、自信がないように見えたとすれば、理論と実際を一致させる作業に慣れていないからで、でも、そこに慣れてくると、「理論」を通して、人を見るようになるかもしれない。そのほうが「分かる」からだ。そして、答えるまでも早くなり、観客の評価は高まるかもしれない。

 だけど、理論に当てはまらない部分が、もしかしたら見えなくなってくる。

 そうなってしまえば、その「人生相談」も役に立たなくなってしまう。

 やや、乱暴だけど、個人的には、「人生相談」はそういうものだと思っていたし、今でも、多くはそれに近いと考えている。

「橋本治のかけこみ人生相談」  橋本治

 著者は、たぶん、こういう言い方は嫌がったと思うのだけど、この本は「人生相談の最高峰」の1冊だと、個人的には思っている。それは、「人生相談の主流」とは、かなり違った方法で、対応しているから、という理由も大きい。

 橋本治のやり方は、何かに当てはめるということをしない。
 相談者から、手紙なり、メールなりが来て、その文章を徹底的に読み込んで、そして、何をしているのかといえば、おそらくは、その相談者を「理解」しようとしているのだと思う。

 それは、「人生経験」だけにも、「理論」だけにも頼らず、もしかしたら、そうした方法も、相談者と相談を「理解」するために使えるならば、使っているのだろうけど、その場合に生じる、「経験」や「理論」と「実際の相談内容」とのズレをあきらめるのではなく、そのズレも含めて「相談者」のことを、すみずみまで「理解」しようとしているのだと思う。それが徹底されている。

 それは、まるで「相談者」になろうとする行為にも見える。         

 本当に「理解」に近づけば、そこから「解決」までは、あと一歩のはずだから、そのことによって、それは「役に立つ人生相談」にも近づくはずだと思う。

 ただ、それは、解答者側の文章も長くなり、ある意味、地味なやりとりに見えるので、リアルな格闘技のような印象に近づくかもしれない。

 ここまでの文章は、それほど熱心ではなくても、間違いなく橋本治ファンである人間が書いていて、「誇大広告」になる可能性もあるので、一例だけをあげます。

 つかぬことを伺いますが、あなたは最近、人に笑顔を見せたことがおありになりますか?もしかしたら「最近」どころではなく、ずっと以前から「人に笑顔を見せる」などという習慣をお持ちではないんじゃないですか?

 この一文は、唐突だった。その直前まで、こうした表現が出てくる気配すらなかったからだ。
 そして、どうしてそんなことが分かるのだろう、とゾッとした。それがあたっているかどうか分からないけど、もう一度その相談者の文章を読み返すと、そうである可能性が、質問の文章の背後にあったのは、確かだと感じたが、どうして、そこに気づけるのだろうと、思った。やはり、怖さのある人だった。

 この部分に、興味が持てる方であれば、この本は間違いなくオススメできると思います。

「青空人生相談所」 橋本治

 この本は、同じ著者による「人生相談の最高峰」のもう1冊だと思う。

 1980年代出版の本だから、質問の内容も、時代背景も今と違うから、ピンとこないかもしれない。
 それでも、できたら、相談者の年代順に並んでいるので、読む人の年齢に合わせて、そこから読むのが、一番興味が持ちやすいと、思う。

 この時から、すでに、相談者になろうとする「理解」をもとに、人生相談をしていて、それは、当時、まだ若かった私にとっては、「人生経験派」でもなく、「理論派」でもない、初めて「役に立つ」人生相談に思えた。

 そのまま、「人生相談」を続けていれば、もしかしたら、橋本治は、その権威になっていた可能性もあったかもしれない。だけど、この本の最後に登場する相談者は、橋本治自身で、しかも相談内容は、「人生相談の回答者の悩み」で、その回答を自分で出して、これを最後に人生相談をやめてしまう、という、他では、ありえない展開になっている。

 この相談の中でも、やはり、ゾッとする回答の部分がある。

 相談者の深刻な相談内容に対して、唐突に「1行抜けてる」と指摘し、そこから、その相談者の、おそらくは本人も無意識に近い部分で、隠していると思われている本音に対して、迫っていく。それが、はっきりしなければ、おそらく永遠に、その相談者は、解決に向けて進めない部分だと、読者は気づく。

 これがただの橋本ファン(熱心度・中)の妄想に近いかどうかは、よろしかったら、読んで確認していただければ、幸いです。(本当に納得いかなかったら、すみません)。

現在の「最高峰」

 今も、とても個人的ですが、「人生相談の最高峰」と思っている人は、います。

 その人も、そういうことを言われるのを、すごく嫌がりそうで、しかも、あらゆるラベリングを避けたい人のようなので、申し訳ないのですが、でも、優れているのは事実なので、紹介した方がいいと思いました。

 ジェーン・スー氏です。

 著書も多数あり、オススメできる本が多いのですが、今も「ラジオでの人生相談の現役」でもあるので、もしよかったら聞いてください。

 この番組の午後12時から、相談のコーナーがあります。

 勝手な推察かもしれませんが、ジェーン・スー氏は、様々な苦労をしている人、という感じがします。カウセリングを受けた経験もあるようです。そうしたいろいろな経験をした上で、他の人には、できたら、無駄に、こういう辛い経験をさせたくない、と思うタイプに感じます。

 だから、相談に対しても、可能な限り、相手の言葉を聞いて、とにかく理解しようとする姿勢の連続に思え、そして、そこから回答が静かに広がっていくイメージが伝わってきます。

 最初から洞察力に優れている部分もあるのだと思いますが、それよりも、かなり地道な努力型なのだと思います。


 私にとって、この番組で、少し残念なのは、ジェーン・スー氏の相談のあとに、次のコーナーを担当するベテランの中年男性のパーソナリティが、時として、そこまで、丁寧に積み上げてきた相談と回答を、一気に崩すような「人生相談派」の「豪快な答え」を提示することです。

 でも、それが今も行われているということは、「人生相談派」の「ずばり一言」を必要とする人が、一定数以上いるということかもしれません。それは、社会が変わっても、意識はなかなか変わらない、ということでもあり、そうなると、私にとっても他人事ではなくなってきます。

 そういったことも含めて、ラジオも聞いていただければ、と思っています。



(他にもいろいろと書いています↓。クリックして、読んでいただければ、うれしいです)。

読書感想 『ゆるく考える』 東浩紀 「知性の力の、重要性」

いろいろなことを、考えてみました。

「スポーツについて」


(有料マガジンも始めました↓。①を読んでいただき、興味を持ってもらえたら、読んでもらえると、ありがたく思います)。

「コロナ禍日記 ー 身のまわりの気持ち」① 2020年3月 (無料マガジンです)。

「コロナ禍日記 ー 身のまわりの気持ち」② 2020年4月 (有料マガジンです)。


#推薦図書   #読書感想文   #橋本治 #人生相談   #かけこみ人生相談

#青空人生相談所   #ジェーン・スー   #生活は踊る   #哲学

#人生経験   #理論   






この記事が参加している募集

記事を読んでいただき、ありがとうございました。もし、面白かったり、役に立ったのであれば、サポートをお願いできたら、有り難く思います。より良い文章を書こうとする試みを、続けるための力になります。