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読書感想 『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』       和田靜香      「無知の知の生かし方」

 長くフリーでライターをしてきて、書き手としてはベテランだけど、政治に関しては、ここ何年かで初めて取り組み始めたのが著者だというのは知っていた。

 そして、その著書も読んで、とても新鮮だったのは、もともとは政治に関しては知らないかもしれないけれど、知ろうとする意欲と、理解力、さらには取材力もあって、わかっていく過程が、おそらくは隠すことなく書かれていたからだった。

 それは、読者の理解も促してくれる方法だったと思う。

 同時に、バブル期は仕事もたくさんあっただろうけれど、それこそ「失われた30年」の間に社会が停滞するだけでなく沈下していくような状況に巻き込まれ、ライターだけではなく、アルバイトもしなければ生活できないような状態にあって、そうした当事者であったことも、政治を書く上で、説得力を増したように思った。

 その著書は、評判にもなり、さらには、選挙に関する著書も書いて、だから、すっかり仕事も増えて豊かになったのかと思っていた。

 だから、最初、もう困窮している人でなくなって、視点も変わってしまったのではないかという疑念を勝手に思っていたから、政治に関する3冊目に関しても、ちょっと読む気力がわきにくかった。


『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』 和田靜香

 著者は、1965年生まれ。若いときに、著名な音楽評論家・作詞家の湯川れい子氏のアシスタントからキャリアをスタートさせ、その後フリーの音楽ライターとなった。CDが最高に売れた時代は、1990年代後半だから、音楽業界が勢いのあった頃にライターをしていたことになる。

 それが21世紀に入ってから、徐々に仕事が減ってきて、40代に入る頃には、アルバイトもしないと生活ができなくなったようだ。その時間の中で、先も見えず、不安だけがふくらむような状況だったらしい。

 2015年8月、安倍政権は「女性活躍推進法」を」成立させる。これは女性が働きやすい環境づくりについて、企業側に一定の認識を変えさせはしたらしいけれど、それとて一部上場企業とかの正規雇用においてだけの話じゃなかろうか。2015年当時、総務省の「労働力調査」によると、役員を除いた雇用されて働く全女性2388万人の内、2345万人が非正規雇用だった(56・3%)。半数しか正規雇用がいない中、その実効性は疑わしいし、かえって輝きたくても輝けない非正規の女性たちが「私は輝けないダメな人間だ」と自己卑下し、自らを追い詰めていったのは私自身が実感していた。

(『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』より)

 そういう中で、著者自身の、この不安やつらさや苦しさは、自分の責任はもちろんあるのだろうけれど、それは、本当に自分だけの問題なのか、といった疑問が大きくなっていたようで、その気持ちの移り変わりは、今の時代に非正規で働いている人間にとっては、共通するものだと読者としても思った。

 たとえ40年間きちんと支払ってきたとしても2023年度で国民年金は満額で月6万6250円しか受け取れない。とてもじゃないけど、家賃、光熱費、食費を払って生活はできない。今のままでは、老後にひとりで暮らすのは不可能なのが決定的だ。

(『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』より)

 そうしたことが、著者の政治への関心につながり、その成果が2冊の政治に関する本となり、この著者が3冊目になった。だから最初は、動機自体が減っている可能性を考えてしまって、途中までは疑う気持ちが抜けなかった。

大磯町

 著者は、この国のさまざまな矛盾のようなものは、議会の構造にも象徴されていると考えたようだ。

 それは、確かにその通りだと思えるし、まず「パリテ」について調べ始める。この著書における「パリテ」は、議会における議員が男女同数のことを指しているようだったのだけど、何しろ、国会議員の女性議員の割合は、国際的に見ても、かなり低い。

衆議院は11.3%(54名),参議院は17.4%(42名)

(「内閣府男女共同参画局」より)

 だから、著者が「パリテ」を考えつつ、日本の議会で男女同数を達成している地域を見つける。

 大磯町でパリテが達成されたのは2003年で、日本で初めてのことだった。

(『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』より)

 東京都内から東海道線で、約1時間で着く場所ということもあるのだろうけれど、著者は、そのことを知って神奈川県・大磯町に通い始める。

 それも、最初は、それほどはっきりしたあてもないようだったのだけど、そこから始められるのが、やはり長年プロのライターを続けてきた人間の力だと思わせる。

 それでも最初は、あまりにも「パリテ」だけを強調することで、返って漠然としているように感じられるが、そこから、さまざまな人と知り合い、尋ね、さらに人に会うことを繰り返す中で、だんだんと核心に迫っていくように読者としても感じる。

大磯町に通って会う人ごとに「大磯町議会は男女同数なのを知っていますか?」と尋ねると、ほぼ全員が「知っている」と答えることに、私はとても驚いていた。

夜11時ぐらいまでやっていたこともあります。予算特別委員会だったんですけど、こんなに議論し合う議会って神奈川県西部では他にないと思います。

議論は『多様性がある分、長くなる』んです。

 反対する人は必ずいるから、話し合いを重ね、折り合っていく-----これが大磯の文化なんだと、だんだんわかってきた。 

(『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』より)

 それは、近年、政治的なテーマで著書を出しているとはいえ、著者自身も、まだ政治に関しては「無知」なことを自覚しているから、率直に「どうして?」を掲げて進めているように思える。

 著者は、「無知の知」を、正しく使っているから、ここまでたどり着けたのではないだろうか。

 2022年春から1年間、闇雲に町に通った。私がやったことは傍聴に行き、トコトコ町を歩き回って、カフェでお茶を飲み、親切な人たちに会うべき人を紹介してもらっただけだ。本当にありがたい。その中から、大磯でパリテが生まれ育った過程が見えてきた。

(『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』より)

内省と呼びかけ

 「パリテ」を実現させている地域の人々に取材して、その特徴のようなものを感じ、考え、探っていく。

 そうした過程だけでも、プロのライターが書けば、作品として成り立つのだろうけれど、この書籍が、さらに力を持っているように感じられているのは、著者が自身の経験を振り返り、内省し、その視点も含めて、書かれているからだと思う。

 例えば、仕事をしている時の自分の言葉。そのおかしさに今まで気づかなかったこと。

 振り返れば私自身、女性議員には「お子さんは?」「子育てが議員になることの支障となりましたか?」などと聞いていたくせに、男性議員にはそういう質問をしたことがない。

(『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』より)

 例えば、著者自身が若い頃に、湯川れいこの秘書として働いていたとき、湯川に対して時として批判的に向けていた視点が、「男性」のような見方をしていたことに、改めて気づいたこと。

 子どもの頃に遡ると、私は明らかに父と比べて母という一人の主婦をばかにしていたことを思い出した。 

  さらに著者自身の幼い頃にまで内省が届いている。

 ああ、私たち女性って、マジで下方比較させられてきたんだって今さらのように気がつく。

 そして、その作業は、著者自身の、これまでのすべてに及んでいるようだった。

 自分のこれまでを思い出して一つずつ見直し、「よぉ〜しよぉ〜し」とムツゴロウさんになって撫でさすって肯定しながら書いていく作業が必要だった。「やれることはやってきたと思います」――― 私もそう言えて初めてみんなの言葉を、私の言葉にできた。すっごい時間がかかった。けど、必要な時間だった。
 今、私はパリテという女性の政治参画とガッチリ握手している気分だ。パリテを実現させるには、女性が自信を持つことがいちばん大事だと実感する。

(『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』より)

 そうした手間のかかる、時として辛いと思われる過程を経ているから、「パリテ」という、社会構造を変える可能性への呼びかけにも、力がこもっているように感じられる。

 ふと周りを見回すとしかし、この資本主義社会を築くために作られた構造に馴染めない、もしくは馴染みたくない男性もまた苦しんでいるのが見える。「女だけじゃない、男だって家族を養え、強くあれという規範の中で苦しい」という声も聞こえる。私は言おう。じゃ、なおさら、この構造、変えなきゃ!って。みんなが苦しいのに変わらないなんて、おかしいよねって。議会をパリテにしよう。それは、女性のためじゃないんだよ!って。

(『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』より)


 私のように、現在の資本主義社会になじめないないような人間だけではなく、資本主義にフィットしている人にこそ、読んでもらいたい作品だと思います。


(こちらは↓、電子書籍版です)。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、嬉しいです)。



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