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読書感想(おちまこと)

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読書感想 『コロナの時代の僕ら』 パオロ・ジョルダーノ  「不安の中での知性のあり方」

2020年に入ってすぐの頃、1月くらいを思い出そうとしても、とても遠くに感じる。そして、今とはまったく違う社会だったのだけど、それも含めて、すでに記憶があやふやになっている。  それは、私だけが特殊というのではなく、今の日本に生きている人たちとは、かなりの部分で共有できるように思っている。 海外の人たちへの関心の薄さ  最初は、そんなに大ごとではなかった。  新しい病気がやってきそうだけど、そんなに危険ではない。あまり致死率が高くなく、いってみれば、毎年、流行を繰り返す

読書感想  『Blue』 川野芽生  . 「カテゴライズの暴力性」

 どこかで誰かがすすめていた。  そのどこかも誰かも忘れる頃、読む機会ができた。  読み進めていくと、主人公の高校生は、男性であるのだけど、本人の性自認は、どうやら女性で、将来は性別適合手術を受けることを目指していることを知る。  それで、それほど知らないはずなのに、トランスジェンダー女性、という言葉が浮かび、自分でもほぼ無意識のうちに、主人公の過去や、それから先の未来のようなものを想像していた。 『Blue』 川野芽生  例えば、男性に生まれながら、そのことに違和感が

読書感想 『〈公正〉を乗りこなす 正義の反対は別の正義か』  「考え続けるための親切なガイドブック」

 本が売れなくなった、と言われてからが長い。  電子書籍が登場する前から、記憶にある限り、出版不況という言葉しか聞いたことがなかった。どうやら戦後すぐの頃は、本がすごく売れた時代があったらしい、という話を、それこそ書籍などで読んだことがあるけれど、ぼんやりとしたイメージしか浮かばない。  そして、今は紙の本の存在自体が危うくなっているし、電車の中などではほとんどの人がスマホを見ていて、本を読んでいる人がいるだけで珍しいと思うようになっている。 100分de名著 それでも

読書感想 『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』  「負けた相手も主役にできるすごさ」

 羽生結弦、大谷翔平、そして井上尚弥。  スポーツの世界で、日本から、これまで存在しないような突出したプレーヤーが一気に現れ始めた。それも、それほど関心がない人間にまで、その凄さが届きやすく、しかも少し古い表現になるとは思うが、心技体のバランスが良く、欠点が見当たりにくい、という共通点もある。  個人的には、日本という国自体が衰退していく分だけ、特定の個人に才能が凝縮するような傾向になっているのかもしれない、と根拠のない印象を抱いたりもしているのだけど、このアスリートたち

『宗教右派とフェミニズム』  「〝支持政党なし52%〟のための大事な情報」

 タイトルに「宗教右派」と「フェミニズム」が並んでいると、かなり特殊な話だと思ってしまうし、そしてどこかで構えるような気持ちにもなる。  ただ、「フェミニズム」が、「宗教右派」に、想像以上に攻撃を受け続けてきた歴史があったことを、この本を読んで改めて知った。  最近、「支持政党なし」が、久しぶりに50%を超えたという報道を知った。  自分もそうだけど、そういう人たちにこそ、この本を読んでもらいたいと思ったのは、政治に関して考える時の大事な情報だと感じたからだ。  だか

読書感想 『熱血シュークリーム』  橋本治 「独特の本物」

 本を読む習慣はほとんどなかったから、20代の頃から細々とながら、ずっと読み続けている著者は、もっと少ない。 読書習慣 それは、時代が変わると、著者の視点がずれていくように思えたり、自分自身が変わることによって生意気な言い方だが、読めなくなったりしたこともあった。  だけどその中で最初から、あまりにも他の著者と違って独特で戸惑いを感じるくらいだったが、その後何十年も印象が変わらず、凄さを伝えてくれる著者が橋本治だった。  あまりにも膨大で全部を読んでいるわけではなかった

読書感想 『啓蒙思想2.0 ー 政治・経済・生活を正気に戻すために』 「絶望の前に知っておくべきこと」

 本を読むきっかけは、いろいろなところにあるけれど、今回の場合は、テレビだった。  こうした「サブカルチャー」の歴史を映像で振り返っている番組を見ていると、1990年代以降であっても、自分がどれだけ映画を見ていないか。さらには、この番組はアメリカを中心に紹介されているから、こんなに歴史の出来事を知らないのか。もしくは、そのことに衝撃を受けていたはずなのに、どれだけ忘れているかを確認して、そのことにちょっとしたショックを受ける。  こういう番組は、必ず「評論家」的な人たちが

読書感想 『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』  「過去との戦い」

 今は当たり前のように、毎日のようにカメラというよりはスマホで写真は撮られ続けているから、昔と比べて、写真家の価値や地位の変化もあるとは想像もできるのだけど、20世紀末に、若い女性の写真家が注目を浴びた時期は、写真家が今よりも輝かしく見えていたのは間違いない。  HIROMIX、という10代の女性の写真家が、自分にとって大事だと思われる身近な人たちを撮影した作品が、今のこの瞬間はすぐに過去になってしまうことを、これだけ伝えてくれるのはすごいと思ったのは覚えている。  その

読書感想 『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』       和田靜香      「無知の知の生かし方」

 長くフリーでライターをしてきて、書き手としてはベテランだけど、政治に関しては、ここ何年かで初めて取り組み始めたのが著者だというのは知っていた。  そして、その著書も読んで、とても新鮮だったのは、もともとは政治に関しては知らないかもしれないけれど、知ろうとする意欲と、理解力、さらには取材力もあって、わかっていく過程が、おそらくは隠すことなく書かれていたからだった。  それは、読者の理解も促してくれる方法だったと思う。  同時に、バブル期は仕事もたくさんあっただろうけれど

読書感想 『ヘンな日本美術史』  「表現の本質」

 著者は、現役の画家でもある。  1990年代に「コタツ派」という展覧会で作品を見て以来、ずっと描き続けている印象がある。  そのうちに、新聞広告などでも作品を目にするようになり、時々、テレビなどで話をしているのを見ることもあるから、気がついたら著名なアーティストになっていた。  こうした展覧会↑も一見、柔らかいというか、分かりにくいようなタイトルがあるものの、そこでは特に明治以来の日本の美術について本質に迫るような試みがされていたし、この「ヘンな日本美術史」も「ヘン」

読書感想 『苦役列車』  「正直を極めることの美しさ」

 その作家は、21世紀には、もしかしたら珍しい存在になった「私小説作家」であることは知っていた。それは、芥川賞受賞会見での受け答えでの印象とも真っ直ぐにつながっていた。  それでも興味がありながらも、読めなかったのは、自分が、ちょっと怖く感じていたのだろうと思うけれど、その西村賢太に関するドキュメンタリーは見た。  その中で、著名な人だけではなく、いわゆる西村賢太のファンでもある人も出てきて、かなり熱心に語り、同時に、自身の配偶者の女性にもすすめて、だけど、その女性は、か

読書感想 『プレカリアートの憂鬱』  「今でも届く叫び」

 著者の名前は、知っていた。  テレビなどの討論番組でも一時期、よく見かけることがあった。  それも、バンギャル、右翼活動、フリーターという、当事者としての経験があるからこそ、その言葉には説得力を感じることもあった。 「この頃」とは、2007年頃で、たぶん、私が知ったのも同時期だったと思う。そして、著者にとっては代表作ではないかもしれないけれど、2009年に出版された本を随分と年月が経ってから読み、そして、自分自身も、収入が増えるあてがないのに、様々なものの値上げで悲しい

読書感想 『ルンルンを買っておうちに帰ろう』  「バブル時代の古典」

 2023年頃、テレビでよく見るようになった一人に林真理子がいる。  様々な問題が噴出した日本大学で初めての女性理事長になり、その後もさらに問題が広がったことに対応するために記者会見で質問をされる立場になり、いらだったような表情で話をしていた。  1980年代からコピーライターとして活躍し、エッセイがベストセラーになり、小説を書いて直木賞をとり、その後は、直木賞の選考委員をはじめとして、様々な要職を務めている。  何冊しか読んだことのない熱心ではない読者の感想として、大

読書感想 『秘密の知識 巨匠も用いた知られざる技術の解明』 「絵画への見方を変える本」

 デイヴィッド・ホックニーの名前は、知っていた。  プールが描かれた明るい絵は、不思議に寂しい感じもしていて、そして、現代の存命のアーティストでは、最も有名な人物の一人でもあるはずだ。  2023年には、国内で展覧会があって、その作品を改めてみて、いろいろなことが不思議に思えた。  そのことで、その著作にも興味がわいて、読みたいと思った。そのうちの一冊を、図書館に予約して取り寄せてもらった。  大きな本だったけれど、これで「普及版」だったから、そうでない版は、どのよう