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読書感想 『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』 上間陽子 「魂のこもった調査の記録」。

 こうした書籍を読むと、時間をかけての丁寧な取材(調査)は、アカデミックな研究者の仕事になっていくのだろうか、と思う。

 それは、ジャーナリズムでのノンフィクションが、どれだけ困難な状況にあるのか、といったことをいろいろな場所で知るたびに、微妙な気持ちにもなるけれど、それでも、これだけのすごい聞き手がいることは、読んでいてわかったし、それは読者にとっては嬉しいことでもあった。

 1972年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学部研究科教授。専攻は教育学、生活指導の観点から主に非行少年少女の問題を研究。1990年代後半から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの調査・支援に携わる。

 著者の略歴は、このように記されている。

 研究の調査でもあるから、厳密さもあり、それは話し手を傷つけてはいけない、という倫理的な枠もあるだろうし、それはこうしたテーマを扱うには特に必要でもあるのだけど、同時に、この略歴からは想像しにくいような、ただ正確さだけにとどまらない記録になっているのは、平凡な表現だけど、明らかに魂がこもっているからだと思う。

「裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち」 上間陽子

 筆者は沖縄の出身である。
 ただ、それだけではなく、一度は離れ、そして戻ってきたということで、動機に強さが加わっているような気もする。

 どうして離れたのか。

 私たちの街は、暴力を孕んでいる。そしてそれは、女の子たちに降りそそぐ。
 中学三年生になる直前、私は地元を離れようと思った。できるだけ遠くに行くこと、煙草やシンナーの匂いから遠く離れること。親が公務員や教員をしている子たちは、地元から遠く離れた進学校に行く。そうやって移動して、知らないひとたちのなかで、新しい生活をつくっていくことはそんなに悪いことではない。疲れ果てた女の子たちの顔を見るのはもうたくさんだ。
 私はひとりで塾を探して、そこに通った。一年間必死に勉強して、第一志望だった高校に合格した。そして一五歳のときに、地元を捨てた。

 そして、筆者はアカデミックな世界の住人となり、研究を重ねる。そして、かなりの時間が経ってから、再び、沖縄に戻ってくる。

 一五歳のときに、捨てようと思った街に私は帰ってきた。今度こそここに立って、女の子たちのことを書き記したい。
 これは、私の街の女の子たちが、家族や恋人や知らない男たちから暴力を受けながら育ち、そこからひとりで逃げて、自分の居場所をつくりあげていくまでの物語だ。
 二〇一二年の夏から二〇一六年の夏までの、四年間の調査の記録である。

 そして、この著書を特色づけているのは、その物語を記し、伝え、広めること自体にも意味は大きいと思うのだけど、それだけでなく、この調査そのものの目的とのバランスにあるのだと、感じた。

 沖縄の風俗業界には、未成年のときから働き出した女性たちがいると伝え聞いていた。年若くして夜の街に押し出された彼女たちがどのような家庭のもとで育ち、どのように生活をしているかがわかれば、暴力の被害者になってしまう子どもたちの生活について話し、それを支援する方法について考えることができるのではないだろうか。

支援の現場

 引用が多くなり、申し訳ないのだけど、調査対象者との距離が近く、さらには調査の途中で支援的な役割を嫌でも担わざるを得ないのは、公的な支援が機能していないのではないか。

 そんなことを思わせる場面も描かれる。

 それは、完全に他人事として捉えることもできないのだけど、こうした場面の描き方の距離感は、とても優れていると感じるし、この著書全般に共通するものだとも思う。

 優歌の身体がいよいよきつくなったときに、優歌を説得して一度だけ、市役所の生活保護の担当部署に出かけたことがある。優歌の現在の状況と、家に暴力をふるうきょうだいがいることを聞いた保護課の職員は、「世帯分離ができていないので、生活保護の対象にはなりません」と話し、生活保護の申請書すら渡そうとしなかった。「八ヶ月の妊婦に働けということですか」と私が声を荒げると、優歌が泣き出してしまい、窓口を退いた。そのあと、社協の窓口に行って、貸付かシェルターに入ることはできないか相談したが、「貸付は難しいです」「まだなぐられていないのでシェルターはムリです」といわれた。
 帰ろうとしているときに、保護課の窓口で私たちに対応した女性がトイレにいた。その女性は、同じ市役所の後輩と思われる女性に、公務員試験の合格の秘訣を得意そうに話していた。「あたしの場合はぁ、公務員過去問の問題集をひととおりやって、そのあとぉ、何回もそれを繰り返して」と、嬉々とした声がトイレのなかをこだまする。
 その場から逃げるように飛び込んだエレベーターのなかで、鏡に映った優歌に「優歌、ほんとうにごめん」と謝った。「……日本語って難しいね。半分もわからなかったよ」と泣いている優歌にいわれる。優歌、ごめん。こんなひどい場所に連れてくるべきではなかった。

6人の女性

 こうした「感情」と「事実」の微妙なバランスを保ちつつ、この書籍に登場する6人の女性が描かれているので、存在感も、かなり強く、それぞれの事情や個性や魅力の違いも、結果として丁寧に伝わってくると思う。

 自分も知らないことばかりだったので、偉そうにお勧めするのは恥ずかしいとしても、沖縄への興味がある方。また、引用する文章で、気になった方はもちろん、現代に生きている以上、自分以外の人が、どのように生きているのかに、少しでも興味がある人であれば、性別や年齢を問わず、どなたにでもおススメできると思います。

 さらに、大きなお世話だと思いますが、よろしかったら、支援職の方にも、読んでくださると有難いと考えています。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでくださると、うれしいです)。


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