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水道の蛇口が、「ロシアンルーレット」になっていたらしい。

「蛇口がバカになっちゃった」。

 朝起きたら、妻に言われた。
 確かに最近、すごくきつく締めないと、台所の水道の蛇口はポタポタ垂れるようになっていたから、いよいよかと思いながらも、様子を見たら、昨日の夜に締めた時よりも、明らかに悪化していた。

 ハンドルを回して、締めて、水が止まりそうになって、もうすぐ止まるかも、と思ったら、ハンドルがスーッと軽くなって、また水が多く出る。

 何年か前に、水道の一番上の三角形のハンドルがダメになったので、それに代わって、プラスチック製の一本棒のようなハンドルを使って、水を出したり止めたりしていた。

 だから、すでに無理をさせているのも分かっていたが、何がどうなったのか、どうすればいいのか、分からなかった。

コマを替える

 もしかしたら、コマを替えれば、何とかなるかもしれない。

 まずは、水道の元栓を止めなくては。
 裏口から、細い通路みたいな庭を通る。夏の草が茂っていて、下がよく見えない。どこに元栓があるのか、何度か締めたりしたのに、忘れている。

 妻に聞いたら、一緒に来てくれて、「この辺だよ」と言われたところに、確かにあった。
 その鉄のフタを開けて、元栓を横に倒したら、水が止まる。

 工具があれこれあるけれど、必要なものがどこにあるのか分からないので、大きなペンチみたいなものを探してもらい、そして、それで、蛇口の上の部分のボルトを回して外す。

 棒が出ていて、その下にコマがあるはずだけど、しばらく動かないから、ちょっと困って、さらに力を入れて回したら、スッと取れた。

 下には、コマという名前の通りの、黒いゴムの小さい厚めの円盤があって、それを、妻に探してもらった新しいコマと替える。

 また道具を使って、きつく締める。

うまくいかない

 ちょっと祈るような気持ちで裏口を出て、元栓を開ける。

 バーっという大きめの水の音。

「出てるよ」。

 妻の声。

 それから、台所に戻り、蛇口のハンドルを締めて、水が止まったと思ったら、またハンドルが軽く回ってしまい、水が出る。その繰り返しになる。

 もう一度、古いコマにかえようとして、元栓を止めて、工具を使って、開けて、コマを替えて、再び、元栓を開ける。

 ダメだった

 ハンドルの上の部分からも、小さい噴水のように水が出てしまっていて、もう、どうしようもなかった。

 一瞬、水道の工事ができる会社に電話で頼もうと思ったが、来るだけで7000円、ということも思い出し、とてもせこい発想だけど、家のことなら、ほぼ全部のことができて、ポストも作ってもらった、「ご近所の方」に相談することにする。

 妻は、地元に子供の頃から住んでいるから、「ご近所の方」とも関係がよく、呼んできてもらうことになった。

蛇口交換の必要性

 そのまま、しばらく待った。
「ご近所の方」は、嫌な顔もしないで、やってきてくれて、スリッパをはいて、台所に来て、水があちこちから微妙に吹き出している蛇口を見て、穏やかにすぐに言った。

「これは、蛇口を替えた方がいいね」。

 つまりは、ハンドル付きの小さなパイプである、私たちにとっては「蛇口全体」で、これを替えることなど思いもよらなかった。

 私の発想では、ハンドル部分から、コマに至る、ネジなどの動く部分を替えるくらいで何とかなるのでは、とも思っていたけれど、どうやら、もっと「全部」を替えた方がいいらしい。

 考えたら、この蛇口を何十年使ったか、分からない。だけど、気持ちは重かった。

「道具を持ってくる」。

 そんな言葉を残して、「ご近所の方」は、いったんいなくなり、いろいろと持って、再びやってきてくれた。

蛇口を外す

 私にとっては、見たことがない工具を持ってきてくれた。
 それは、パイプレンチ、という名前らしい。

 元栓を、また止めた。そして、蛇口全体を外すことになる。
 その蛇口は古くて、湯沸かし器にも水を送っているから、なんだか、下手に力を入れると、どこかが壊れるのではないか、という怖さもあるが、その「ご近所の方」は、蛇口全体にレンチをかけて、回そうとした。

「かたいな」。

 妻によれば、家一軒を建てられるくらいのスキルがあるすごい人らしいが、年齢を重ねたせいと、この蛇口が古くてどこか錆びて固まっているような感じもあり、最初は動かなかった。
 私は、どこかが、壊れるかもしれない、と思って、怖かった。

 私も力を添えることによって、グッと蛇口が回り出す
 いつもは、下にしか向いていない蛇口の口が横を向いたり、上を向いたりして、回転しだす。力を入れると、どこかが壊れるのではないか、という怖さとともに、それでも少しずつ回転をして、蛇口が外れる

知らない情報

 そこには、「見慣れない穴」があった。

 毎日、ここから水が流れ込んできているし、ずっと使ってきたけれど、実際には、見たことがない場所だ。

「あ、さびてるな」。

 そんな風に言われ、古い歯ブラシを使って、その「穴」を少しかき出すと、茶色い水が流れ出す。さらに、もう少しこすったけれど、あんまり強くこすると、ネジがダメになるかも、などと思うほど、古いものだった。

 あとは、蛇口を買ってきて、ここに付けるだけだったが、だけど、そんなことをしたことはない。

「ご近所の方」は、その付け方も含めて、教えてくれた。おそらく、大事なのは、蛇口をねじ込んで取り付けるときに、そのネジの部分に、時計と逆回りの方向に、シールテープを何周か回して、つけることだった。

 これによって、その大事な連結部分のすき間を埋める、ということらしいし、取り付けるとき、回して、その蛇口が適切な位置に収まるためにも、大事なものらしい。その巻き方の厚さによって、調整ができるという。

 教えてもらい、本当にありがたかったし、そんな情報を生まれて初めて聞いた。

ホームセンター

 このままでは、一時停止をしている洗濯物も再開できないし、水道が使えないのは、やっぱり困るし、何より「見慣れない穴」がずっと開いているのは、やっぱりちょっと怖かった。

 歩いて、7分くらいのホームセンターに、外した蛇口を一応持って、出かける。
 サクサク歩く。

 少しでも早く買って帰って、取り付けて、洗濯も始めたいし、日常を回復させたい気持ちもあったと思う。

 ホームセンターは、開いていて、それはちょっとホッとする。
 午前10時過ぎ。

 そういえば、水道関係のものがどこに売っているかは知らないけれど、1階に「DIY」の文字を見て、そこで探す。なんだか、工具っぽいところを目指して、水回りのものが売っている場所に近づき、そこにいたスタッフの女性に、蛇口はどこですか?と聞いたら、こちらです、と言われて、そこを探す。

 お風呂の栓とか、蛇口まわりはあるけれど、短いパイプでもある「蛇口全体」が見当たらないので、再び、同じスタッフに、さっき外した蛇口を見せたら、少しお待ちください、と言われて、その早歩きについて行ったら、ベテランの男性スタッフがいた。

 蛇口を見せたら、すぐに「蛇口は取り扱っておりません」と、言われた。
 
 あまり頭の動きが止まることはないけれど、少し立ち止まって、呆然としていた。あの「見慣れない穴」をそのままにはできないし、洗濯は始められないし、水道も使えない。

 どうしよう。

 そのスタッフたちは、一言だけいって、もう関係がない、という気配だったので、自分で気持ちを立て直し、もう一度、水まわりのコーナーに戻る。

 蛇口全体は確かにないけれど、バカになってしまったハンドル部分だけでも替えれば、もしかしたら、応急処置としては有効かもしれない。

 「水栓のハンドル上部」を購入し、不安なまま、家に戻った。

ハンドルを替える

 帰って、「蛇口全体がなかった」と妻に伝えると、不安が移ったようだった。

 それでも、台所に行って、作業を始める。

 蛇口の上の部分に買ってきた新しい「ハンドル上部」と、コマを入れて、工具で締める。

 それから、さっき、ご近所の方が持ってきてくれた「シールテープ」を、外した蛇口のネジのところに、「こっちが時計と逆回りだよね」と確認しながら、妻と二人で協力して、3周ほど巻いた。

 そして、蛇口「見慣れない穴」にねじ込んで、取り付け始める。

 ゆっくり回し、元の部分が壊れないように、そっと回して、だんだん取り付いていく感触は確かにある。抵抗も強くなるが、まだ回る。そして、ちょうど、蛇口の、水が出る部分がほぼ真下になったところで、それ以上、両手では動かなくなる。

 これ以上、レンチなどを使って、回したら、その負担によって、どこかが壊れるのではないか。さっき見た、あちこち錆びている印象が重なって、怖くなり、そこで止める。

 また裏口から外へ出て、元栓を開ける。

 「出てないよ」。

 妻の声が聞こえる。
 台所に回ったら、水がピタッと止まっていた。
 ホッとはしたが、ハンドルを回した。さっきまで使っていた、一本棒のバーの時と違って、回り方がスムーズで、水の出方も何段階かを経て、だんだん多くなっていった。

 そして、また逆に回すと、そんなに力もいらずに、水が止まった。


 蛇口の操作が、こんなにスムーズだったことを忘れていた。

 怖いのは、蛇口の根本から水が漏れたりすることだったけれど、とりあえずは、大丈夫なようだった。

 ほっとした。
 
「これで、いいよね」と妻に確認し、蛇口は、通販で買うことにした。しばらくは、これで行くことにした。

 上部だけピカピカの蛇口が頼もしく、ありがたく見える。

 洗濯も再開できた。長く一時停止にしていたら、いったんスイッチが切れていた。

御礼をする

 やっぱり、ほっとして、そして、道具を返しに、「ご近所の方」に粗品を持って、お礼にいった。最初は受け取ろうとしなかったけれど、なんとか渡せた。道具の名前も確認できた。

 そして、今の状況を確認した。

 水が漏れたりしなければ、とりあえずは大丈夫なこと。

 そして、もしもう一度、つける時、蛇口の位置を調整するのであれば、シールテープの巻き方を薄くしたりして、可能になることを聞いた。さっきも同様なことを教えてくれていたはずだったのだけど、今、聞くと、体でわかる気がする。

 とても助かった。

 この「ご近所の方」がいなかったら、テレビCMで見る、水のことで困ったら、という業者に電話していたと思う。

「ロシアンルーレット」だったらしい

 ここまで約2時間。なんとか昼ごはんの前に、メドがつき、安心して、洗濯物を干しながら、妻と話をした。

 そのときに、微妙に疑問に思っていたことを聞いた。

「夜は、きつくしめて、いったんは止まったはずだったんだけど、朝になって、もっとダラダラ水が出ていたけど、なんでだろ?」

 妻は、言いにくそうに、話をした。

「ハンドルを回して、止めて、そこから、またグイッと回したら、何かが外れるように、水が出るようになっちゃったんだよね」

「あ、そうなんだ。じゃあ、そこでトドメを刺した感じだったんだ」。

 妻は、さらに「モジモジ」するように、恥ずかしそうに、だけど、話を続ける。

「そう。だから、私がやってしまって、謝りたくなかったっていうか。〇〇ちゃん(夫である私のこと)が、そのときに、回してくれれば、なんて、思っちゃったんだよね。ロシアンルーレットみたいな状態だと思ったから」。

 そのことを伝えてくれて、その上で、まだバツが悪いような表情をしている妻を見て、この状況を「ロシアンルーレット」と表現するのはすごいと思いつつも、なんだか笑ってしまった。

 こんなに正直な人と、これまで一緒に生きて来られて、そして、これからも生きていけるのは、本当に幸運なことだ。

 笑っていたけど、そんなことも思った。



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