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本で読んだだけなのに、30年以上覚えていた北野武監督の2つのエピソード。

 特に、ベネチア映画祭で金獅子賞を受賞する前は、映画館が空いていた印象があったのが北野武監督の作品だった。

 だけど、「この男、凶暴につき」を見てから、日本の映画界ではとても気になる監督になっていて、それほど映画好きでもないのに、そして、貧乏だったのに、何本かは映画館で見ていて、だけど、それは北野武監督のキャリアから言えば、まだ初期のころだった。

 さらに、映画に関する本を出して、それを読んで、すごく感心した記憶があって、中でも2つのエピソードは、そのころ、文章を書く仕事をしていたのだけど、そこにも通じることとして、とても真似することはできないけれど、影響を受けていたと思う。

動画としての美しさ

 一つは、映画の画面の美しさについて、だった。

 一枚の絵のような美しさは、映画では表現できない。動画なのだから、それとは違う。

 そんなようなことが書いてあって、それは、文章についても似たようなことが言えるのではないか、と思った。単純かもしれないけれど、特に動きを描写する時は、そのスピードを殺さないように、止めないように、その上で、その時に見た、例えば、美しさがあるとすれば、どうすれば伝えられるか、は考えるようになった。

 それは、自分の能力の限界もあって、どこまでできたからわからないけれど、ずっと忘れなかったと思う。

捨てカット

 もう一つは、いわゆる「捨てカット」のことだった。

 例えば室内のシーンがずっと続くとすると、それに飽きてしまうから、急に空を映したりする。その絵が入ることで違ってくる。

 そんなふうに記憶している。

 それも、書く時にかなり意識するようになった。ずっと同じ場面が続く時に、突然、その時に見えた、それとは関係ない場面の描写を入れることがあった。そういう真似は恥ずかしくもあったのだけど、それで、確かに読み返すと、少し抜けが良くなったと思うこともあった。

 それが、どこまで本当の意味でできていたからどうかには自信がないが、ずっと覚えていた。

『仁義なき映画論』  ビートたけし

 
 最近、30年ぶりに、その映画論の本を読み返したくなったけれど、確かに購入していたのに、どこかに行ってしまっていたので、図書館で借りた。

 この本は、1990年から1991年まで「週刊テーミス」で連載していたものを書籍化したものだと改めて知ったのだけど、思った以上に、どの映画に対しても「辛口」だった。

 黒澤明にも、コッポラにも容赦がない。

 今では、あまり覚えていない映画もあった。

『あげまん』伊丹十三監督
『天と地と』角川春樹監督
『レッド・オクターバーを追え』ジョン・マクティアナン監督
『クライシス2050』リチャード・C・サラフィアン監督
『ダイ・ハード2』レニー・ハーリン監督
『少年時代』篠田正浩監督
『てなもんやコネクション』山本政志監督
『浪人街』黒木和雄監督
『稲村ジェーン』桑田佳裕監督
『ドライビング・ミス・デイジー』ブルース・べレスフィード監督
『夢』黒澤明監督
『フィールド・オブ・ドリームス』フィル・アルデン・ロビンソン監督
『ゴースト』ジュリー・ザッカー監督
『81/2』フェデリコ・フェリーニ監督
『グッドフェローズ』マーチン・スコセッシ監督
『トータル・リコール』ポール・バーホーベン監督
『ディック・トレーシー』ウォーレン・ベイティ監督
『遺産相続』降旗康男監督
『鉄拳』阪本順治監督
『プリティ・ウーマン』ゲーリー・マーシャル監督
『大誘拐』岡本喜八監督
『ニキータ』リュック・ベッソン監督
『!(アイ・オー)』堤ユキヒコ監督
『逃亡者』マイケル・チミノ監督
『運命の逆転』バーベット・シュロダー監督 
『みんな元気』ジュゼッペ・トルナトーレ監督
『いつの日かこの愛を』リンゴ・ラム監督
『ゴッドファーザーPARTⅢ』フランシス・F・コッポラ監督
『ワイルド・アット・ハート』デヴィッド・リンチ監督
『レナードの朝』ペニー・マーシャル監督
『ダンス・ウィズ・ウルヴス』ケビン・コスナー監督
『ふたり』大林宣彦監督

 30本以上の映画について語っていて、当時の「ビートたけし」は、映画監督としてまだ3本の映画を撮ったころのはずなのだけど、読者として、その評論は今でも的確で鋭いと思った。

『稲村ジェーン』

 映画は、動画なのだから、一枚の絵としての美しさとは違う。

 そこだけを覚えていて、もう一度、本文に触れると、かなり覚えていたのだけど、それでも何か違っていたのではないか、という気持ちになる。

 「稲村ジェーン」についての評論の中での言葉だった。

 監督北野としてちょっというと、お笑い場面については論外として、きれいな絵ってことに関して桑田監督に誤解がある。いろいろ凝った絵があるんだけど、あれはスチールのきれいさなんだ。いってみれば絵葉書のたぐい。映画の絵は動画なわけで、絵コンテ通りにディレクションするってことは錯覚なのであって、シーン全体としてどうかってことにもっと意識的にならないといけない。映画は絵の連続体なのだと考えては大間違い。映画の中で一枚の絵というのはありえないんだよ。
 もうひとつ理屈をいうと、ベトナム戦争に行く米兵のエピソードが出てくるけど、あれはあれで芯になるエピソードなのに要領を得ない扱いになっている。エピソードの詰め込み過ぎで、それらの軽重、バランスが全然とれていないんだ。米兵との話なんて、小説が一本書けるぐらいのものなのに、歌詞の一行って感じの扱い。歌詞の方法を押しつけたって気がする。
 まあ、ともかくサーファーが出てくる映画なんだから、波のひとつぐらいは見せてほしかったよ。環境ビデオとしてももの足りないじゃない。
 とはいうものの、映画を見終わって外に出たとき、何故か『真夏の果実』のメロディを口ずさんでいたのは、われながら不思議だと思ったけどね。

(『仁義なき映画論』より)

 これは、指摘される方から考えると、とてもこたえる言葉だったのではないか、と思うけれど、この単行本ではなぜか、桑田佳祐のはずなのに、桑田佳裕という表記になっていたのも、初めて気がついた。

『ワイルド・アット・ハート』

 今から30年以上前の、デイヴィッド・リンチ監督の映画に関しては、この書籍の中では異例と言っていいほど北野武監督として高評価を与えている。

 この評論の中で、「捨てカット」について論じていた。

 なぜか今回の話は技術的な話ばっかりでふくらみがないけど、オレの映画がクランク・インしたばかりだったってことの影響かもしれないな。ついついオレはこう撮りたいって考えていて、この映画を見て「なんだか似てるなあ」ってことに頭がいっちゃうんだ、きっと。ついでだからどんどん技術的な話をやっちゃうと、“捨てカット”ってのがあるんだよ、映画には。要するにどうでもいい遊びの絵なんだけど、それが効くか効かないかで全体の雰囲気っていうか、味が決まったりするんだ。
 例えば、親子がレストランで食事をしているシーンだとする。親子のやりとりとか食べ方とか料理だとかを要素にいろいろと組み立てる。
 そのなかで、突然空を飛ぶカラスのカットを入れて、またレストランに戻るなんてことをするわけだ。そのカラスのカットが捨てカット、特別、何という意味があるわけじゃない。しかしそれらが積み重なると何かになったりする。
 オレの場合でいえば、レストランの内部の絵ばかりだと面倒くさくなっちゃって、とにかく絵を外に出したくなるんだ。部屋の中ばかりだと疲れちゃうし。客の立場からしても、飽きるのはイヤだから、全然違うところに絵が飛んだほうが気持ちいいってのがある。その気持ちいいってのがオレの生理だし、それを忠実にやろうとするのがオレのスタイルなんだな、きっと。

(『仁義なき映画論』より)

 この時、撮影していたのが、「あの夏、いちばん静かな海」だと、後で知った。

まだ分からないこと

 この「捨てカット」に関しては、ここまでは基本的に自分が覚えていたこととかなり近く、どこまで出来たか分からないにしても、文章を書くときに気をつけてきた。

 だけど、「ワイルド・アット・ハート」を評した文章は、そこからまだ続いていたのを、ほとんど覚えていなかった。それは、その時も理解できなかったし、とても重要なことを書いていることは何となく分かっても、今でもきちんと理解していないからだと思った。

 どんな捨てカットを選ぶかは監督の個性っていえるかもしれないけど、でも、ホントはなんでもいいんだよ。とにかく、シナリオの拘束力みたいなものから飛び出せれば絵としては退屈しないじゃない。ストーリーがつまらない物であればなおさらそうだし。
 余裕のない監督の場合、ストーリーを忠実になぞって、ゴテゴテ塗りたくって、それが映画的描写だのなんだのと思っちゃってるから、どうにもつらくなるんだよ、見ているほうとしては。その点、オレなんかは、すぐに面倒くさくなって、
 「このあたりで鳥を飛ばしちゃおう」
 っていうと、スタッフが、
 「監督、どうして鳥が飛んでいるんでしょうか、ここで」
 なんて質問する。そんなこといわれても答えようがない。で、
 「いいんだよ、なんだって」
 っていって撮っちゃうんだ。
 つまらないことのようだけど、この「いいんだよ、なんだって」ってことを認められない人がいっぱいいるのが日本の映画界で、リンチは「いいんだよ、なんだって」の意味がわかってやっている珍しい監督だろうな。いうのは簡単だけど、いざ現場でカメラをのぞくと、「いいんだよ、なんだって」というのはすごく難しいっていうか、勇気がいるもんなんだけどね。
 今回は最後まで技術論に付き合ってくれた映画好きのキミに、オレの映画作りの秘密のひとつを特別公開したところで「カット、カット」。 

(『仁義なき映画論』より)


 すでに30年以上前の書籍なのだけど、この部分だけでなく、他にも、今でも通用しそうな、映画について、さらに広く言えば表現についての重要な指摘も多いので、もし、興味が湧いたら、一度は手に取ってもらうことを、おすすめします。




(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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