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本当に、どんな歌でも歌える「天才」だと思った。………『美空ひばりベスト 洋楽編』。

 今は、どんな時代の音楽でも動画も含めて視聴しやすくなっているから、音楽の歴史は、どこか並列になっているのかもしれない。

 だから、もしかしたら、今も、昔も、そんなに違いがなく、すごいものはすごいと素直に評価される時代になっている可能性もある。

「美空ひばり」という存在 

 ある年齢以上の人にとっては当たり前のように知られている歌手の一人として、美空ひばりがいる。

 1989年、元号がかわる年に亡くなったので、それから、30年以上がたち、若い人ほど知られていなくて、もしかしたら、知っていたとしても、その印象は「演歌の女王」なのかもしれない。

 昭和の時代に生まれた人なら、誰でも知っていて、テレビやラジオを通してでも、その歌声を聞いたことがない人はいないのではないか、というような存在だった。

 私にとっても、芸能界を考えたときに、当たり前のようにずっと君臨していた「有名人」の一人だったし、そして、特にファンでもなく、レコードなどを購入することもなかったから、歌手として「うまい」と言われているのは知っていたけれど、どれだけすごいのかもよくわかっていなかった。

 たぶん、それが平均的な感覚だったと思う。

川の流れのように

 美空ひばりが亡くなってから、随分と時間が経って、たまたま「川の流れのように」を耳にしたときに、音楽に詳しくない自分のような人間にも、メロディーを完璧に歌える人がいることに気がつかされ、そのシンガーとしての凄さに対して、遅まきながらも、少しわかったような気がした。

 勝手なものだけど、それから、美空ひばりへの見方が変わったと思う。

本物

 さらに時間が経ち、また元号が変わった頃に、こんな文章を読んだ。

 もう半世紀近く前だが、フリージャズのサキソフォン奏者アンソニー・ブラクストンが来日して、ジャズの雑誌に彼のインタビューが載った。アンソニー・ブラクストンは、『フォー・アルト』という名盤を残していて、作曲と哲学を学んだ本物の音楽家だが、そのインタビュー記事で、ある日本人の有名なジャズマンを評して、「これはただのコピーだ、ジャズでも何でもない」と言っていた。そのあと、偶然テレビで聴いたらしい美空ひばりについて、「この歌手は誰なんだ、これは本物だ、ブルースだ」と話していた。

 この言葉は気になっていて、だから、図書館でCDを借りた。

美空ひばりベスト 洋楽編

 全18曲。

 ポップス、ジャズ、クラシック、カンツォーネ、ハワイアンなど、あらゆるジャンルの「洋楽」を歌っている。

1、魅惑のワルツ
2、スターダスト
3、薔薇色の人生
4、A列車で行こう
5、トゥ・ヤング
6、ダニー・ボーイ
7、アヴェ・マリア
8、カタリ・カタリ
9、帰れソレントへ
10、アロハ・オエ
11、ラヴ
12、虹の彼方
13、慕情
14、プリテンド
15、恋人よ我に帰れ
16、テネシー・ワルツ
17、想い出のサンフランシスコ
18、マイ・ウェイ

声の力

 CDという録音音源で、しかも、ミニコンポでの再生だし、何より、自分自身の「耳」がそれほど優れていないので、音楽の良し悪しを語れる自信はないのだけど、美空ひばりの声は、何しろ強かった。

 声が大きいというわけでもなく、また録音のバランスで声を強めにしたかもしれないから、断定はできないのだけど、音を絞っても、声がはっきりと聞こえてくる。

 声が強い、としか言いようがなく、だから、言葉もはっきりと聞こえてくる。

 それは、日本語だけではなく、他の国の言語でも印象は同じだった。

原曲

 そして、次に感じるのは、様々なジャンルの楽曲を歌っているのだけど、それぞれのジャンルの歌い方をしているようで、同じシンガーが、違う方法論を使用しているように感じた。

 おそらくは、そんな理屈ではなくて、聞いた曲を、聞いたように歌っている、という自然な印象だった。

 さらに何度か聞くと、何曲かが明らかに質感が違っていて、美空ひばりが歌っていないのでは、というくらいその楽曲そのものに聞こえたのは、全て原曲の言葉のまま歌っている曲だった。

「スターダスト」
「慕情」
「テネシー・ワルツ」
「思い出のサンフランシスコ」

A列車で行こう

 その中で、4曲目の「A列車で行こう」は、ジャズのスタンダードナンバーのはずで、最初は日本語だけど、他の曲と比べても、完全にメロディーとリズム優先で、日本語に聞こえないくらいだったのだけど、途中から英語になったところから、なんだかすごかった。

 声質そのものが変わったかのように、それは、そんなにジャズを知らない私のような聞き手にとっても、濃度の濃く、しかも、かなりアドリブが効いていて、自由で楽しそうで、それこそ本当に、ジャズに聞こえた。

 美空ひばりは、どんなレコーディングも一発で終わる、というような伝説があるのだけど、もし、これもそうなら、本当にすごいし、村上龍がエッセイの中で引用していたように、フリージャズの一流の奏者が「本物だ」と評していたのが、分かるような気もした。

天才

 個人的には「天才」という表現は、その時に「地球上でただ一人の存在」である人、にするべきではないか、と思っているところもあるのだけど、たとえば、パブロ・ピカソが、「見たものをそのまま絵で再現できる」という「天才」であるように、美空ひばりも「聞いた音楽を、自分の歌で完璧に再現できる」という「天才」であったのではないか。

 そんなことを思うようなアルバムで、それは「演歌の女王」というパブリックイメージをはるかに越えたシンガーである可能性もあったのだけど、万能の歌手の方が、もしかしたら、ビジネスとしては難しく、だから、「演歌の女王」という存在であったのかもしれない、という疑念も今さらだけど、湧いてしまうような歌の力を感じた。

 特にファンでもない人間が語るのは失礼かもしれないけれど、もっといろいろな歌を歌うところを聴いてみたいと勝手に思ったし、現代のボカロ曲のような歌いにくい歌を、どんなふうに歌ったのか、といったことも聞いてみたいなどと思った。


 そういえば、美空ひばりには、まだ子どもの頃、歌は完璧だったのに「子どもらしくない」という理由で、「のど自慢」で高い評価を受けなかった、という「伝説」も、誰に教えられたわけでもないのに、私も自然に知っていた。

 今になってみると、その歌を歌う前に美空ひばりが聴いていたのは、大人が歌う楽曲だったのかもしれず、もしも、同世代の高い技術を持つ子どもが歌っている曲を聴いていたとしたら、完璧でありながら、子どもらしい歌唱を披露して、「のど自慢」も合格したのではないか。そんなことも思うようなアルバムだった。



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