27歳

概ね満足している。仕事もそれ以外も。もともと私は過去のどの地点よりも今が一番楽しい、と感じるタイプだった。感じずにはいられないタイプだった。過去を下地にして大切に積み重ねた最頂点にある今この瞬間でないと許せないのだ。ほとんど強迫観念。いつも最高を更新していたい。常により良い自分でいたい。いたかった。自分にそれだけ厳しいあり方を強いているのだから、他人のことなんて全然許せない。許せないに決まっている。苦しまない方がおかしい。

去年一年は、そういう許せないものに対して、渾身の力で反抗し続けた。どこへ行っても穏やかな人間と認識される私の、心の根っこに棲んでいる荒くれもんを、ここぞとばかりに暴れさせた。ちょっと一回試してみようと思って。いつまでも黙ってニコニコいい子に言うこと聞くと思ってんじゃねえぞと。いつまでも大人しく支配下に収まってると思ったら大間違えだからなと。嫌いなんだよ。筋の通せない人間が。気持ちに気持ちで返せない人間が。私ばっかり一生懸命で、全部馬鹿みたいになるんだよ。分かり合いたいと思っているはずなのに、結局私が分かってほしいだけで、私が大切にできていない私のことを代わりに受け止めてくれる人がほしいだけで、全然叶わないことによってそれが浮き彫りになるから、余計に悲しくなるんだよ。結局、反抗しても変わらなかった。何も変わらなかった。誰も変わらなかった。ただ私がヘトヘトに疲れただけだった。思いが通じるということを、自分の期待するかたちに合わせて他人が変わってくれるということだと履き違えていたのかな。

相変わらず悲しいことはある。私だけが出来損ないのように思えてならず、消えてしまいたくなる。最寄駅で降りてホームのベンチに座り、何本も電車を見送る。ただぼうっと見ている。変わらない。私が私である限りなにも変わらない。けれど私は私にしかなれない。消えてしまいたい。そういう日はなくならない。だけどそれでも、少しだけ、私にもほんの少しだけは、分かってきたような気がする。悲しい出来事を消したり、減らしたり、感じないようにすることはできないのだけど、それでもなんとなく分かってきた気がする。悲しいことがあっても、私が私を知っている。一番知っている。そして、悲しいことはなくならないと分かっている。そういうものだと分かっている。急に出会い頭でそれにぶつかっても、ああまた会ったね、って思える。悲しみごと自分の人生を愛している。愛せるようになりつつある。つまり私を。下手くそな私自身を。いいじゃん。めちゃくちゃすごいことじゃん。

私にとっての幸せのかたちはもうずっと変わっていない。焦点の置き方は少しずつ変わっているかもしれないけど。変わらない。ちゃんと分かってくれる人がいる。話が通じる友がいる。時々やっぱり通じないと思っても、どこかで見ていてくれる人がいる。誰もいないと思う時は大抵しいたけ占いに救われる。のんのカバーしたエイリアンズをずっとリピートして聴いている。私大丈夫かもしれない。相変わらず全然大丈夫じゃないけど、相変わらず私は私なりに、そこそこやれている。

気になっている人、いつものパターンと最も大きく違うのは、付き合う相手を探している中で私が選択肢に浮上してきたような、ものにしたい、という気持ちが先立っていない、ように見えること。遠目に恋人候補としていいなと思い0からお近づきになろうとしている、のではなくて、気が合うから、居心地がよいから、親しくなったから、その先を考える。根拠のない希望を始点とし、遠いところから近づくために一から知ろうとしたり、共通点を探したり、理想像と照らし合わせて加点していくのではなくて、共有してきた時間がいくらかあり、相手を知っていくうちに、気づけば一歩前に出ている。ここ5年彼氏が途切れたことなかったけど、何人も付き合って何人も別れてきたけど、思えば私いつもその順序で恋愛できなかった。大抵遠くにいる人、あまりよく知らない人と、いきなり恋愛しはじめることが多かった。そうなりやすいビジュアルと染みっついた愛想、あと寂しさと好奇心。友愛はこんなにも信じられるのにどうしても恋愛は上手くいかなくて、気持ち悪くて、苦しかったけど、これからも苦しみは続くのだろうけど、はじめて違和感なく、身に沿うかたちで、始められている気がする。

私はやっぱりよわよわで、面倒くさくて、暗くて、誰より厄介で、それは変わらないし、誰のことも変えられないんだけど、それを分かっていれば、しょっちゅう忘れたとしても時々思い出せれば、自分で自分を抱きしめてあげられたら、きっとそれでいいと思える。解放される日なんて来ないんだよ。けどきっとそれでいい。それでもいいや。