高野優

小説の置き場/作品を本にして通販で頒布することもある(だいたい近代を舞台にした時代物)…

高野優

小説の置き場/作品を本にして通販で頒布することもある(だいたい近代を舞台にした時代物) 感想→https://forms.gle/zZchQQXzFybEgJxDA 通販→https://feb30.booth.pm/

マガジン

  • 【完結】執狼記

    ルーヴ・ファタールあるいはルー・ファタール 最初の世界大戦の前、とある村で起こったこと。その手記を見つけた。

  • 【完結】日曜日、悲しんでいるあなたが好き

    逆噴射小説大賞2019参加作品/私と彼の半径30キロ圏内のこもごもの話

  • 満洲の雪ホテル

    オフラインで出している同人誌のサンプルです。 太平洋戦争前夜。根室孝蔵と志水桃はそれぞれの目的のために、満洲北部にあるホテルに赴く。だが、そこは未知の機構が蠢いて、暴力が蔓延している奇妙な場所だった。 はたして二人は無事に朝を迎えることが出来るのか。

  • 我らの帝国にようこそ/sample

    オフラインで出している同人誌のサンプルです。/大正時代。当時非合法だった中絶手術を行う女性医師と、その患者の配偶者の闘争を描く『はるか昔からの花や木の根』壁に囲まれた屋敷に住む人々の復讐劇『我らの帝国へようこそ』の2編が収録

  • 赤、紙を折る手

    オフラインで出す同人誌のサンプルです。名刺代わりになるように基礎の短編と、応用の中編でまとめました。 【短編】死んだ妹に会うための旅路『妹たちの国』/電動クリーマーを買っただけなのに怨讐の彼方へ『幸福と涙のヴァレンタイン社製電動クリーマー』他短編3編 【書き下ろし】主人公の勤め先のホテルで集団昏倒事件が発生。事件の犯人が高校時代の先輩と知り、その動機を探っていく表題作『赤、紙を折る手』

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作品まとめ

高野優が今まで書いてきた作品を集めたポータルページ 長いやつたましい、あるいはひとつぶんのベッド 「君は前提的なものってあると思う?――吹き荒れる嵐のような祖父…

高野優
4年前
7

越境する光 4-3/終

←4-2  好春の席は皇太子もいる二階席ではなく、一階最終列の中央になる。宛がわれたのではなく、自ら希望し予約した位置だ。舞台と観客両方の態度を窺うのに、この会場…

高野優
4日前
1

越境する光 4-2

←4-1  しのごのいったところで本番当日はやってくる。聞くところによれば前売り券の売れ行きは好調だという。当日の来場者数も期待を持てるかもしれないとも。満席。そ…

高野優
11日前
4

首都圏のフォロワー選挙行こうね。20時までだよ

高野優
2週間前

越境する光 4-1

←3-3  松が明けた直後に山城がメイルで、公演当日に配布されるプログラムの準備稿を送ってきた。掲載されるプロフィールに間違いがあってはならないので、確かめて欲し…

高野優
2週間前
2

英気を養うため今週の『越境する光』はお休みします。連載は残り三回を予定しています。残り短いですが、よろしくお願いします。

高野優
3週間前
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越境する光 3-3

←3-2  真夜中。ドアの合間から弓生の部屋を覗くと、彼女は壁際に敷かれた布団にもぐっている。膝を抱えた背中を丸めた、幼虫じみた寝相だ。幸いなことにドアの方を向い…

高野優
1か月前
3

越境する光 3‐2

←3-1  時を経るにしたがって二人の演奏はより研ぎ澄まされ、徐々に洗練されていく。積み重ねられた研究や練習量を加味しても、最初のころとはまるで別物のようだ。その…

高野優
1か月前
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越境する光 3-1

←2-5  刺殺事件後。マスコミが押し出した秀才と天才の対立構図や、筝曲の家元などフィクションじみた要素も重なり、野次馬の耳目を集める状態が続く。そのあいだに弓生…

高野優
1か月前
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越境する光 2-5

←2-4  ガレージに赴くと黒色の乗用車の隣に、メタリックなコバルトブルーの軽自動車が仲良く並んでいる。前者が好春の、後者が彼女のものだ。  もともと身分証欲しさ…

高野優
1か月前
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越境する光 2-4

←2-3  『ちゃんとする』のは、佐山にとっても難題であるらしい。観察を重ねるうち理屈を突きつめて、奏法を構築していくのが彼のスタイルなのが好春にはわかってきた。…

高野優
2か月前
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越境する光 2-3

←2-2  週末ごとに奈良まで行くのは時間がかかるので、練習は主に京都で行われることになった。また資料庫として好春の実家として使えるし、佐山が身を寄せている師匠の…

高野優
2か月前
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越境する光 2-2

←2-1  佐山が三年の懲役を勤め上げて、出所したのは昨年のこと。殺人未遂の相場としてはいささか短い刑期だという。その判決には弓生の厳罰を望まない意志が反映されて…

高野優
2か月前
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首から下がったパネル『私は美味しんぼを見て、鰹のたたきにマヨネーズしょうゆの組み合わせを試しました』(酸味と油分で意外とよいシナジーが出てた)(海原が推す生姜じょうゆもさっぱりとしておいしい)

高野優
2か月前
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越境する光 2-1

※未成年に対する性加害の描写があります。閲覧の際にはご注意ください ←1-2  十七年前。まだ大学生だった時分、好春と弓生は大きな喧嘩をした。  このころの彼らはす…

高野優
2か月前
3

鶉鳴く

鶉鳴く  左翼を尾で打たれた鶉は、夏の渡りが叶わなくなった。池の主である大蛇の目を突いて、怒髪天も衝いたのだ。  噂に聞けば池の主は貴い方が、人に産ませた御落…

高野優
2か月前
5
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作品まとめ

高野優が今まで書いてきた作品を集めたポータルページ 長いやつたましい、あるいはひとつぶんのベッド 「君は前提的なものってあると思う?――吹き荒れる嵐のような祖父とその相続を巡り、惨禍を抜けたミチルと、祖父の定めた通りにミチルとの結婚を無垢に求めるノボル、そしてミチルとミチルをもとめるノボルを受け入れようとしたミチルの恋人であり夫であった恵一――の唐突な死。彷徨う祈りの果て、結ばれた指のはざまに宿るもの」 ※タイトル及びあらすじは哉村哉子(ドーナツ革命党)さんによるものです

越境する光 4-3/終

←4-2  好春の席は皇太子もいる二階席ではなく、一階最終列の中央になる。宛がわれたのではなく、自ら希望し予約した位置だ。舞台と観客両方の態度を窺うのに、この会場ではここがちょうど良かったのだ。また、自他ともに諦めをつけるためでもある。こうなったら自分は手助けしないし、出来ない。そういう風に。さらにだめ押しで開演三十分前に席につく。  演奏会は予想よりもずっと楽しめた。どの奏者も地に足がついた実力者たちだ。趣旨からして彼らが取り扱うのは、ヴィーガンレザーが張られた三味線や

越境する光 4-2

←4-1  しのごのいったところで本番当日はやってくる。聞くところによれば前売り券の売れ行きは好調だという。当日の来場者数も期待を持てるかもしれないとも。満席。そんな単語もちらほら小耳に入ってくる。しかし弓生と佐山は我関せずの態度だ。  来る日を前に彼らは楽譜を読み込み、音源を聴き、ひたすら指を弦の上で閃かせる。そうして口少なだった。必要最低限のこと以外は、ほとんど何も言わない。他にやるべきことや、関心を持つべき事柄が山ほどあったから。  唯一の例外は本番当日の朝。弓生は

首都圏のフォロワー選挙行こうね。20時までだよ

越境する光 4-1

←3-3  松が明けた直後に山城がメイルで、公演当日に配布されるプログラムの準備稿を送ってきた。掲載されるプロフィールに間違いがあってはならないので、確かめて欲しいとのこという。三人は記された文章におのおの目を通す。  書かれている文は佐山が一番短かった。(一九九〇年生まれ。筝曲家である父・佐山直梓の許で幼年期から筝を学ぶ。二〇〇〇年に全日本邦楽コンクール青少年部門・最優秀賞、二〇〇三年に××社音楽賞と新緑邦楽賞・優秀賞を受賞。現在は筝曲家・乙部克美に師事)  好春はも

英気を養うため今週の『越境する光』はお休みします。連載は残り三回を予定しています。残り短いですが、よろしくお願いします。

越境する光 3-3

←3-2  真夜中。ドアの合間から弓生の部屋を覗くと、彼女は壁際に敷かれた布団にもぐっている。膝を抱えた背中を丸めた、幼虫じみた寝相だ。幸いなことにドアの方を向いていたので、寝顔は容易に見ることできた。  安らかと言い表すよりは、虚しいと評する方が正しい顔つきだった。たとえるなら背中か首筋にバッテリーが埋め込まれていて、それが抜けたという風なのだ。けれども実際には、そんなことはない。薄明りにあてられた頬は、遠目からでもわかるくらいに血色が良い。触れたら暖かそうだと思われる

越境する光 3‐2

←3-1  時を経るにしたがって二人の演奏はより研ぎ澄まされ、徐々に洗練されていく。積み重ねられた研究や練習量を加味しても、最初のころとはまるで別物のようだ。その根源を考えてみると、やはり分岐点はパートを入れ替えた日になるだろう。  あの日の言葉通り、弓生は確固たる手ごたえを掴んだらしい。腰が据えたというか、地に足がついたというか。なんとなく良さげな方へあちらこちらに揺れ動く、行き当たりばったりの趣がなくなった。現在では迷うことなく、目的地へまっすぐに突き進んでいる。

越境する光 3-1

←2-5  刺殺事件後。マスコミが押し出した秀才と天才の対立構図や、筝曲の家元などフィクションじみた要素も重なり、野次馬の耳目を集める状態が続く。そのあいだに弓生のSNSや動画投稿サイトのアカウントが拡散され、フォロワーとチャンネル登録者が爆発的に増加した。 弓生の作風を面白がったクリエイターから、仕事の依頼も多数送られてきた。『アナキストの子ども(ではない)』もそのうちの一つだ。  持ち込まれる案件を弓生は基本的に受けつけない。コンクールやコンサートなどの晴れ舞台と同じ

越境する光 2-5

←2-4  ガレージに赴くと黒色の乗用車の隣に、メタリックなコバルトブルーの軽自動車が仲良く並んでいる。前者が好春の、後者が彼女のものだ。  もともと身分証欲しさで取得した自動車免許なので、車両の所持は検討すらしていなかった。だが、佐山による刺殺未遂の後――静養を済ませた後に中古で購入。ペーパードライバー講習も受講した。以来神戸からこれを運転して、好春の家を訪れるのが習いとなっている。  そんなに金や手間暇をかけずとも、呼ばれたらいつでも迎えに行くのに。好春がそう言ったと

越境する光 2-4

←2-3  『ちゃんとする』のは、佐山にとっても難題であるらしい。観察を重ねるうち理屈を突きつめて、奏法を構築していくのが彼のスタイルなのが好春にはわかってきた。理論を重視するだけ、抒情性を解するのがいささか難しいように見受けられた。  この弱点は彼自身も把握しているようで、弓生に強いる分だけ苦しんでいた。筝と向き合って弦を弾くたびに、彼は歯噛みして唇と眉根を大きく歪ませる。もっとも今さらきちんとしても、既に手遅れな気もするが。  程度の差はあれ、苦しんでいるのは弓生も同

越境する光 2-3

←2-2  週末ごとに奈良まで行くのは時間がかかるので、練習は主に京都で行われることになった。また資料庫として好春の実家として使えるし、佐山が身を寄せている師匠の家もあるのでちょうどいい。練習場所もだいたい、このどちらかだ。都合が悪ければ、付近の公民館のスタジオを使う。いずれにしても切磋琢磨するのには違いない。そして、その模様が波乱含みなのはたやすく予想がつく。  同じ場所で肩を並べる二人を眺めて、この先どうなるかと師匠は頭を抱えた。 「確かに、あの子のやることは突飛や。

越境する光 2-2

←2-1  佐山が三年の懲役を勤め上げて、出所したのは昨年のこと。殺人未遂の相場としてはいささか短い刑期だという。その判決には弓生の厳罰を望まない意志が反映されてもいた。また佐山自身が刑を黙々と務めたのも解放を早めた。  彼の身元引受人になったのは、弓生の師匠だ。教室を兼ねた自宅の一角に部屋を与え、出所後の佐山を食客兼教え子として扱った。いろいろ物言いがあったらしいが、音楽は人間を選ばないというのが師匠の言い分だった。もしかしたらこの人は彼に対して、少なくない責任を感じて

首から下がったパネル『私は美味しんぼを見て、鰹のたたきにマヨネーズしょうゆの組み合わせを試しました』(酸味と油分で意外とよいシナジーが出てた)(海原が推す生姜じょうゆもさっぱりとしておいしい)

越境する光 2-1

※未成年に対する性加害の描写があります。閲覧の際にはご注意ください ←1-2  十七年前。まだ大学生だった時分、好春と弓生は大きな喧嘩をした。  このころの彼らはすっかり打ち解けて、弓生は気安い呼び名や私室の訪問を許してくれていた。許可が増えるにつれ、どんどん欲が出てくる。つい、彼女と触れ合いたいと考えてしまう。それも限りなく近いところで。  一度喜悦の淵に引きずり込めば、相手を骨抜きにする自信が彼にはあった。あるいはそこまでではないにしろ、少なくとも彼女に悪い気はさせな

鶉鳴く

鶉鳴く  左翼を尾で打たれた鶉は、夏の渡りが叶わなくなった。池の主である大蛇の目を突いて、怒髪天も衝いたのだ。  噂に聞けば池の主は貴い方が、人に産ませた御落胤だそうな。嘘か真かはわらないが、華麗な風貌には一定の説得力があった。黒紅の鱗肌はてらてらと輝き、松葉色の瞳は冷たく冴えている。胴は伸びやかで、肉づきも精悍だ。しかし見かけの美しさとは裏腹に蛇は残酷だ。  大蛇は毎冬ごとに近隣の村から生贄を要求する。捧げられた人間はすぐに屠らず、じっくりと絞め殺す。卵や雛を見つけ