マガジンのカバー画像

四行小説

143
だいたい四行の小説。起承転結で四行だが、大幅に前後するから掌編小説ともいう。 季節についての覚え書きと日記もどきみたいなもの。
運営しているクリエイター

2021年9月の記事一覧

空に沈んだ地上にて //210930四行小説

 深海の魚は、水面を見上げて泡沫に歌を寄せた。

 空はあんなにも遠くなってしまった。空が高くなったのか、雲の位置が上がったのか、それとも自分が沈んでしまったのか分からなくなる。空が遠くなったことで自分の上の空気が増えて、深く深く呼吸が出来そうだ。
 息を吐き、紡ぐ言葉は音に乗せ、風を波にして届け歌声。

希死念慮と秋の空 //210929四行小説

 女心をすぐに変わりやすい秋の空模様に例えることがあるけれど、希死念慮も大概秋の空のようなものだと思う。
 昨日までは問題なかったのに、不意に思い出したようにやってくる。透明で黒いそいつは自分を粘土のようにくるんでいってまともな意識を消さんとする。
 良くない、と自覚はあれどそれだけで払えるものでもない。
 睡眠不足、運動不足、体調不良、ストレス、気温の変化、変えられない環境、些細な人間関係、怒ら

もっとみる

帰り道 //210928四行小説

 帰る頃には薄暗く、青い空に浮かぶ雲が夕陽のオレンジを映している。
 日が落ちるのが随分早くなった。気温も大分下がってきたようで、そろそろ羽織れる長袖を出さないといけないなと思う。
 最寄り駅に着くと辺りは暗く、景色の見えない代わりに虫の声に耳を澄ませた。

秋服 //210927四行小説

 毎年思ってはいるのだ。秋なんて短いのだから、秋服なんか買っても着れる期間もあまりに短くすぐに冬服に移行してしまう。買ってもあまり着れない。
 だからどうした。
 好きな服を身に纏い、秋を楽しむ贅沢をその程度の理由で手離してなるものか。
 クロムグリーンのパーカーに細身のパンツを合わせ、去年もらった黒いフィルムカメラを首から揺らす。秋の匂いの漂う街で何を撮ろうかと高い空を仰いだ。

秋の馬 //210926四行小説

 馬に季節なんて無いけれど、敢えて言うなら秋が似合うと思う。
 白い桜を咲かせた馬も良かったけれど、きっと彼女は銀木犀も咲かせられるに違いない。
 飛越する馬も格好よかった。地を駆けて前肢をぐっと踏み切り軽やかに障害物を飛び越えていく。少し冷えた空気の中を全力で駆け抜けていくのはどんなに気持ち良いだろうか。
 せめて安らかに夢の中でも駆けて欲しい、と切に願っている。

彼岸花 //210925四行小説

 彼岸花の赤だけが異様に鮮やかに視界に映る。家へと続く舗装されていない道は、無数の彼岸花で彩られていた。別名を幽霊花や毒花と言うらしく、おどろおどろしいがこの時期には似合いの名前だ。
 玄関に一輪飾るのも季節感があって風流では無かろうか。花を手折ろうと茎に指を掛けると、自らの手が透けていることに気付く。

秋に含まれる夏の成分割合は //210924四行小説

 腕に触れる風がヒヤリとしている。そんな日が何日か続いて、すっかり秋だなと肺を澄んだ空気で満たす。
 しかしながら日差しは肌を焼き、歩けば汗が首筋を伝った。
 夏と地続きの秋を感じつつ、眩しい朝を往く。

ハオルチア起床 //210923四行小説

 ハオルチアが起きた。ハオルチアとは多肉植物の一種なのだが、生育期が主に春秋で夏と冬には休眠しているのだ。(ちなみに夏に下手に水を遣ると溶ける)
 確かに起こすつもりで水を遣ったが、こうも素直に起きてくれるとは思わなかった。寝起きがいい。中心から新しい葉が出しているのが起きている証拠であろう。
 しかしよく見れば根も春よりも張っているらしく、「本当に寝てた?」と答えない緑に問うている。

空想の香り //210922四行小説

 世では金木犀の話をし始めているから、咲いているところには咲いているのだなぁと思う。この時期の風物詩、金木犀は本州以南の人にとって親しまれる花の一つであろう。
 とはいえまだ自分の住む地域には咲いていない。
 どんなのだったろうかと去年までの匂いを記憶とともに思い出し、あの日の友人と空想の香りを嗅いでいる。

月のない夜を見る //210921四行小説

 犬の吠える夜なのに月はない。
 そもそもマクドとケンタッキーの月見バーガーを早々に食べていたというのに、友人が団子を作ると言うまで今日が十五夜ということを忘れていた。
 秋の霧雨は肌に冷たく、瞳も濡らす。
 ぼやけた視界に浮かぶ玄関灯の円を眺めながら、月は目の中にあるのかもしれないと嘯いた。

何かを始めるのにうってつけではない日 //210921四行小説

 基本的には三日坊主だった。日記もお小遣い帳も筋トレもまともに続いたことがない。
 でもまぁ書いている間は生きているので、生きている内に少しくらいは書けるでしょう。
 思い立ったが吉日ともいうので、こんななんでもない日に始めてみる。

煮たくなる時期 //210920四行小説

 涼しい日が続いて、夜には秋の虫が聴こえる季節になった。季節の食物━━例えば南瓜や茄子などを手にとって、気の向くままに料理を作れば自然と鍋に水を張っていた。
 豚汁を作ろう、温かいものを舌が欲しているようだから。
 出来上がった鍋から白い湯気が立ち、塗りのお椀を用意する。仕事のない休みの日なので、自分を甘やかすつもりで豚肉を多めに入れるのだった。