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第28回 『高野聖』 泉鏡花著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、ユメ子さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 突然ですが、「枕元小説」というのをご存知ですか?
 その名の通り、枕元で読む小説のことだそうです。寝入りに読んで、気持ちよく眠りにつける小説。読んでいる途中で寝落ちしても、夢の中でその続きが見られる小説。なんてステキな小説でしょう。友人から教えてもらった時、わたしは想像するだけでウットリしました。
 ぜひ読んでみたいからタイトルを教えてほしいと友人に訊ねると、それはひとそれぞれ違うらしいのです。
 さっそくわたしは書店に出かけました。
 文芸コーナーに立ち寄るなんて本当に久しぶりのことです。本棚を片っ端から見ていきますが……やはり、どれを選んでいいのかさっぱりわかりません。途方に暮れているわたしに書店員が声をかけてきました。
「何かお探しですか?」
 えっと──わたしはほとんど諦めた気持ちで溜息のようにこぼしました。
「枕元小説を探しているのですが……」
 すると、その店員は、しばし天井に目を向けた後、ひらめいたように目を見開いて、それから棚へと手を伸ばし、わたしに一冊の文庫本を差し出してきました。泉鏡花……はるか昔に国語の授業で習った憶えのある作家の名前。タイトルを見ると、

『高野聖』……

「たかの……」
「こうやひじりって読みます」
 読めなかったことにわたしはちょっと恥ずかしくなって、
「これ、ください」
 買うことを即決していました。
 ひじりっていう言葉の響きもどこかキレイだし、なんだかいい夢みられそう♪ そんな期待に胸膨らませながら、書店を後にしました。

 その夜、ゆったりバスタイムの後、ベッドへ。
 準備万端。表紙をめくる前に、ふと気になって裏を返すと、そこには簡単なあらすじが記されています。
 それによると、ある旅僧が道に迷った薬売りを助けようと後を追っているうちに辿り着いた峠の家で美女と出会う話らしい。そして、その美女というのが──わたしの体は一瞬固まりました。
「えっ?」
 どうやら、その美女は、男を獣に変えてしまう妖怪のようなのです。よ、妖怪?!
「聞いてないよー!」
 わたしは大の怖がりなのです。お化け屋敷も、幽霊も、ゾンビ映画も大の苦手。
 どうしてあの店員はこの本をわたしに差し出してきたりなんかしたのだろう。恨めしい気持ちで、でも仕方がない、ここで読まないと逆に妖怪に呪われそうで、わたしはおそるおそる表紙をめくって読み始めました。
 すると、この小説は、どうやら、ある徳の高い旅僧がたまたま道中を共にすることになった男に、ある晩、宿の一室で、眠れないから面白い話をしてくれとせがまれ、そこでかつて飛騨の山越えをした時の話を語って聞かせるという形で物語が進んでいくようです。
 なるほど。これは、旅僧が連れの男の枕元で話を語って聞かせるという、文字通りの枕元小説なのでした! うん、確かにあの店員さん、間違ってはいない。わたしはトホホな気分で、あとはもうせめて、いまにも現れるかもしれない女の妖怪が夢の中にまでは出てこないことを祈りながら、先をこわごわ読み進めました。
 すると、わたしの祈りもむなしく、夢に女は出てきました。ところが、それは恐怖絶叫系の悪夢ではなく、胸キュン系のトキメキドリームなのでした。
 というのも──

 とある旅僧が男を獣に変える女の妖怪に遭遇する話を描いた『高野聖』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 読んでみると、確かに、この小説は、妖怪の話かもしれない。けれども、読後のわたしに残されたのは恐怖ではありませんでした。なんとも言えない、この胸のかすかな疼き──。

「どうして彼は獣に変えられなかったのだろう?」

 引っかかるのは、会う男、会う男すべてをヒキガエルやコウモリ、サルや馬などに変えていった妖怪の女が、旅僧の男だけは獣に変えずに、夕飯をもてなし、翌日そのまま家から送り出したということでした。
 彼女は川で水浴びした時、この男だけは、自分の外見の美しさに惑わされず、本当の自分のことをわかってくれるのではないかと期待したのではないか。だから、獣に変えずに夕飯をふるまった。食後に披露した白痴の亭主の歌に男が涙するのを見て、男のやさしさに心打たれたのではないか──。
 一方、旅僧は、過去の因縁でどうにも離れられない白痴の亭主を献身的に世話する女のやさしさに心打たれた。そして、僧の身分も、何もかもを捨てて女と一生を過ごそうと覚悟して、一度は出発した女の家へと引き返そうとした。
 ひょっとしてこれは──。

 眠りに落ちたわたしが夢の中で見たのは、道中を共にした男に別れを告げ、坂道をひとりのぼっていく旅僧が、本当に雲をも越えていく光景でした。
 雲の上で待っているのは、女です。二人は再会の喜びに熱い抱擁を交わし、天上の川で水浴びをするのです。女は花になって男をやさしく包み込み、男は女をやさしく受け入れるのでした。
 純愛。これは、妖怪の話ではなく、人間の愛の話なのでした。『高野聖』は、わたしの一番の「枕元小説」です。
 これに出会わせてくれた書店員さんに感謝です!

 ユメ子さん、どうもありがとうございます!
 「枕元小説」ですか、いいですね。夢の中を楽しむことができたら、人生2倍楽しいですよね!
 妖怪の小説を、純愛の小説と読むユメ子さんの感性、とっても素敵だと思います。食べ物と一緒で、小説にも「食わず嫌い」ならぬ「読まず嫌い」があるんですよね。
 ジャンルにとらわれずに、時には苦手と感じる本をあえて手に取ってみると、思わぬ世界が開けるのかもしれません。
 ぼくもユメ子さんを見習って、「枕元小説」を探してみようと思います!

 ではまた来週。

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