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第48回 『星月夜』 李琴峰著


 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、アーティさん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 この前、本屋さんで私、ジャケ買いならぬ、タイトル買いしちゃいました。

『星月夜』

 表紙にあるそのタイトルを見た瞬間、トキめいたんです。なぜかというと、私の大好きな絵のタイトルと同じだったから!
 それはゴッホの代表作。というか西洋絵画の代表作と言ってもいいくらいに超有名な絵画です。キャンバスの半分以上を占める夜空に、星と月がゴッホ特有のあの激しいタッチで、渦巻き状に描かれた絵と言えば、「ああ、あの絵ね」と頭に浮かぶ人も多いんじゃないでしょうか。

 あれ、でもちょっと待って。
 よーく見ると、本の表紙のタイトルにはルビが振られていて、「ほしつきよる」となっています。たしか、ゴッホの作品は「ほしづきよ」と読んだはず。というか、日本語的に「ほしづきよ」が正解ですよね? なんでだろう……そんな疑問を抱きながらも、私はさっそく読み始めました──

 日本を舞台に、互いに惹かれ合う、台湾人女性と新疆ウイグル自治区出身の女性との日々を綴った『星月夜』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 言葉について、考えさせられました。
 ふだん私がなにげなく使っている日本語を、外国語として懸命に使いながら生きている人がいる。そしてその日本語が母語でないと悟られたとたんに、日本人と同じことをしていても、警察官に身元を確認させられたり、赤の他人から白い目で見られたり、罵声を浴びせられたりすることがある。
え、ここって、日本? そこには私の見たことのない日本がありました。
 海外旅行に行ったりすると、言葉なんて意味さえ通じりゃいいじゃーん、みたいなノリで、片言の日本語英語で現地の人との交流を楽しんでいたけれど、ひょっとするとそれは私が外国人観光客だったから楽しめたのかも。覚悟をもってそこに暮らす、そこで生きる外国人生活者だったら、そんなお気軽ではいられないのかもしれない──。

 この小説に登場するのは、日本に暮らす「外国人」の女性二人。
 一人は、日本語講師として働き、翻訳の仕事もこなしながら生計を立てる台湾人 柳凝月(りゅうぎょうげつ)。もう一人は、新疆ウイグル自治区出身で、アルバイトをしながら大学院入試を目指す留学生 玉麗吐孜(ユーリートューズー)。彼女はユルトゥズ(母国語で「星」の意味)という愛称で周りから呼ばれています。
 物語は、彼女たち二人の視点を🌙と⭐のアイコンと共に、交互に交えながら進んでいきます。
 彼女たちはどちらも止むに止まれぬ想いで日本にやってきました。自分の居場所をみつけるために、自ら外国語を使って生きることを選択したんです。そんな二人は互いに惹かれ合い、恋人同士になります。
でも、彼女たちにはそれぞれ抱えているものがあります。
 柳凝月(🌙)は、厳しく育てられた両親との間に確執があり、両親に言うべき言葉をみつけられずにいます。また、過去には好きな日本人女性に想いを言葉にして伝えられなかった苦い経験があります。
 玉麗吐孜(⭐)は、故郷の新疆ウイグル自治区に両親と兄が暮らしており、中国当局のウイグル弾圧に心を痛めています。家族との電話で会話する際には、当局による盗聴を警戒して、使う言葉を慎重に選ばなければいけません。
 そして、柳凝月(🌙)と玉麗吐孜(⭐)の二人の間にも、中国語という共通言語がありながらも、互いを思いやるがゆえに吐き出せない言葉があって、いつしか距離が遠のいてしまう──。

 ──言葉って、いったいなんなのでしょう。
 たとえその言語をしゃべれたとしても、うまく気持ちを言葉に表せなかったり、言いたいのに言ったことの報いを恐れて言えなかったりする。めんどくさくって、もどかしくって、おそろしくって……。それって、つまり、言葉って、それだけ人間の生に直結してるってことなんですよね。そのことを思い知らされました。

 この小説を柳凝月(🌙)と玉麗吐孜(⭐)に交互になったつもりで読んでいくうち、胸がキューって締め付けられるような気持ちになっていたのだけれど、でもね、最後は夜空を眺める彼女たちに、ほのかな救いの光が射すんです。彼女たちは自分たちだけの言葉を手に入れる。言葉って正解か不正解かどうかじゃないんですよね。互いに心が通じ合うかどうか。
 あー二人にはこの先ずっと幸せでいてほしいなーって、思わず祈っちゃいました。

 以来、私はお気に入りのゴッホの「星月夜」を画集に眺めるたび、彼女たちのことを思い浮かべるようになりました。そして、そのタイトルを「ほしつきよる」と心の内で呼ぶようになりました。(なぜ「ほしつきよる」と読むかは、ぜひ本を読んでみてください!)
 ゴッホも李琴峰も最高!! 太郎さんもチェックしてみてくださーい。


 アーティさん、どうもありがとうございます!
 ぼくも読みましたよー。李琴峰さんは、ご自身が台湾人で、第二言語としての日本語で作品を書かれているいま注目の作家さんですよね。
 家族や政治、セクシュアリティといったテーマにも触れながら、二人の女性たちの視点を交互に織り交ぜて綴られるストーリーにぼくも一気に引き込まれてしまいました。
 そして、ぼくも詳しくは解説しませんが、最後まで読み終わって、表紙にあるこのタイトルとその読み仮名に作者が込めた想いを知った時、胸の中がほんのり温かになりました。
 ゴッホの「星月夜」もさっそくチェックしたいと思います! アーティさん、またお便りくださいね。

 それではまた来週。 

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