第19回 『砂の女』 安部公房著
こんばんは、JUNBUN太郎です!
今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
ラジオネーム、虫ケ(セラセ)ラさん。
JUNBUN太郎さん、こんばんは。
『砂の女』という小説には、冒頭、男がある日、行方不明になり、7年の後に死亡認定されたことが記されています。
文庫本の、なんともいえないうら寂しいところを黒いカラスが飛んでいる表紙がどうにも気になって、書店でたまたま手にとってページをめくってみたのでした。
本をそのままレジに持っていきました。私が読むべき本だと思ったからです。
私はそのとき死ぬことばかり考えていました。正確には死ぬ方法を探していました。世間に迷惑をかけるのは嫌です。私はひっそりと死にたかった。さらに言えば、死んだということさえ気づかれずに、この世を去りたかった。行方不明になった末に死亡認定を受けた男についての本を読むことで、何かヒントが得られると思ったのです。
ところが、読んでみると、この男がその方法を教えてくれることはありませんでした。それどころか、思いも寄らず、既に死亡しているはずのこの男は、私に「希望」を与えました。
砂丘へ出かけたきり失踪して死亡認定された男の身に起こったことを綴った生き様小説『砂の女』をまだ読んでないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!
この物語を、私は、主人公の男の日常における憤懣に自分のそれを重ね合わせながら、1ページ1ページ、砂の上を1歩また1歩、踏み進めるように読み進めました。
砂の穴に閉じ込められてしまうと、なるほど、ここが男にとっての、つまりは私にとっての墓場なのだろうと覚悟しました。部屋の天井から絶え間なく降り続ける砂、洋服の中にまで入ってくる砂、体に張り付いてくる砂──そんなひどい環境の中で淡々と砂かきをして暮らしている女のことが、私には気狂いじみて見えました。ところがです。だんだんと、この女のことが、まともな、普通の人間のように見えてきたのです。
「構いやしないじゃないですか、そんな、他人のことなんか、どうだって!」
部落が砂を違法に売りさばいていることで社会にどう悪影響が及ぶかを男が非難すると、女はぴしゃりと言い返します。そうです。女は真剣に自分自身の生活のことを考えているのでした。
「あんた、気が変になったんじゃないの?」
部落の老人に彼らの前で性を営んでみせたら願いをきいてやってもいいと言われて、男が女に相談すると、女は激しい口調で男を非難しました。女はまともなことを言っている。気が狂っているのは男の方でした。
──私はひとつの価値観に縛られていたのかもしれない。自分の「普通」が世間の「普通」だと思い込んでいたのかもしれない。はっとさせられました。
暗い砂の穴底で死ぬことばかりを待ち望んでいた私は、いつしか穴からの脱出の方法を男と一心同体で必死に考えていました。これと思う方法を試しても、なかなかうまくいきません。ついに穴から這い出した時、死んでたまるものかと、なんとしても生きて帰ってやると砂地を死に物狂いで進みました。
それでも結局、砂地獄にはまってしまった時、私は、助けてくれえ!なりふり構わず、部落の男たちに救いを求めていました。泣いていました。ポロポロと涙がこぼれ落ちて、ページを濡らしました。
そうして、また砂の底での暮らしに戻り、ああ、私は結局のところ、自分で死ぬこともできず、逃げ出すこともできずに、このまま生かされていくのだなあ、ゆっくりと死んでいくのだなあ、そう諦めかけた時、「希望」に水が湧いていることを発見しました。
そして、男は「希望」に自分の生きがいを見出して、ハシゴのかかった砂の底から出て行かない道を選んだ。ああ、この本は、死んだ男の話ではなく、生き返った男の話だったのだと私は気がつきました。男は死んでいない。いまでも生きている!!
世界は色んな価値観で溢れている。どんな場所も、その人次第で、天国にも地獄にもなる。私は決めました。広い世界を知るために、まずは旅に出てみよう。そう決めました。私には置き手紙をする妻も友人も、休暇届を出す同僚もないので、太郎さんに言わせてください。
行ってきます。
虫ケ(セラセ)ラさん、どうもありがとうございます!!
なるほど、虫ケ(セラセ)ラさんは、この作品をハッピーエンドと読みましたか。確かに、自分のいる場所が檻の中なのか、外なのかは、その人の気持ち次第なのかもしれませんね。
虫ケ(セラセ)ラさん、旅から戻った時にはまたお便りください。旅先からでもウェルカムです。でもどうか砂丘を訪ねる時は十分に気をつけてくださいね笑 行ってらっしゃい!ボンボヤージュ!!
ではまた来週。
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