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第46回 『老人と海』 ヘミングウェイ著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、ジィジィさん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 今年の正月は、世の中がこんな状況でしょう、東京から帰省してくる子ども達もなく、ひとりきりで過ごすことになりまして、たっぷり時間があるものですから、珍しく本を読んでみることにしました。

 本屋で買ってきたのは『老人と海』です。

 文学ってものにはまるっきり縁がなく、読書という読書をこれまでしてこなかった私でも、国語の授業かなにかで習ったんでしょうかね、この小説のタイトルには聞き覚えがありまして。
 海にぽつねんと浮かぶ舟に老人がひとり釣り糸を垂れている、そんなイメージが、人生も老いに差し掛かった自分がこれからひとり正月をわびしく迎えようとしている状況と重なったのかもしれません。

 読み始めると、想像した通り、老いた漁師が小舟にのって海に出ます。どうやら、これまで84日もの間、魚が一匹も釣れていない。この読書という航海も、きっとのんびり、暇でわびしいものになるのだろう。いまのわたしにぴったりだなんて自嘲しながら読み進めていくと、まさか、大魚に出くわしたのです。わたしの予想はそれからもどんどん裏切られていきます。それでも、いや、だからこそ、ページをめくる手が止まらないのです──

 不漁続きの老漁師が巨大カジキと遭遇し、死闘を繰り広げる舟上小説『老人と海』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 息つく暇もありません。
 仕掛けた釣網にとんでもなく大物の手応えを感じた老漁師が、それから寝る間も食べる間も惜しみ、舟の上で大魚の捕獲にいそしんだように、わたしも休みなくページをめくっていきました。
 舟の揺れ、海水の匂い、引っ張られる網の重み、大魚との激しい駆け引きのせいで負傷した手の傷の痛みさえも、ありありと感じられるようです。
 なるほど、漁師にとって魚とは、格闘相手であり、命を奪う相手でありながらも、同じ海に生きる兄弟のような存在でもあるのですね。
 老漁師は、ことあるごとに海中の大魚に話しかけるんです。

「魚よ」老人は静かに言った。「こうなったら、おれはくたばるまで付き合うぞ」(作中より引用)
おまえみたいにでかくて、美しく、悠然としていて、しかも気品のあるやつは見たこともないからな、兄弟よ。よし、好きなようにしろ、おれを殺せ。こうなったら、どっちがどっちを殺そうと同じこった。(作中より引用)

 魚に話しかけているとは思えない。まるで兄弟に語りかけているような、あるいは自分自身と対話しているような感覚。

 ついに舟よりも大きなカジキを捕えた時は、私自身、興奮で体が震えました。
 ところに、今度は獲った大魚を狙って、サメが次々襲ってくる。でも老漁師はちっともへこたれずにサメに立ち向かっていく。銛や銛網を奪われても、ナイフが奪われても、老漁師は少しも諦めずにサメを撃退します。

「だが、人間ってやつ、負けるようにはできちゃいない」老人は言った。「叩きつぶされることはあっても、負けやせん」(作中より引用)

 なんて強いのだろうと思いました。
 厳しい海という世界で、時に人間は命を落とす。それを承知の上で、老漁師は最後まで諦めず、一歩も退かずに、老いぼれでも、漁師として、人間として、生きている。そう、生きているんです。
 人間も生きている。カジキも生きている。サメも生きている。海を渡る鳥もぜんぶ生きている。海の、厳しくも美しい、そんな自然の世界をみせつけられた気がしました。そして、私は老いた漁師として、海とひとつになった、そんな瞬間を味わうことができました。

 ああ、老後ってものはないのだなと思い知らされました。
 老いて死ぬだけ。死ぬまで全力で生きるのみ。生涯現役。

 この本を読んで、無性に自然に触れたくなってしまいまして、私は、若い頃、夢中になっていた山登りをまたやってみようかといま思っています。私は元来、海男ではなく、山男なのです。
 「老人と海」ならぬ、「老人と山」を私なりに目指したいと思います。


 ジィジィさん、どうもありがとうございます!
 この作品は、発表以来、世界中の多くの読者に愛され続けている小説ですよね。
 作品とは直接関係ありませんが、ヘミングウェイは、猫を愛した作家としても有名でして、猫好きのぼくとしては、それだけでヘミングウェイに共感しちゃってます!
 話を「老人と海」に戻しましょう。この作品の中には、海を愛する老漁師について、こんな一節があります;

 老人の頭のなかで、海は一貫して “ラ・マール”だった。スペイン語で海を女性扱いしてそう呼ぶのが、海を愛する者の慣わしだった。(作中より引用)

 どうやらスペイン語で、海は通常、「エル・マール」と男性名詞として扱われるようですが、海を愛する人たちのあいだでは「ラ・マール」と呼ばれているようです。海はこの老漁師にとって、愛すべき自然であると同時に、亡き奥様の存在とも重なっていたのかもしれません。
 同じように、山にも、男性名詞の「モンテ」、女性名詞の「モンターニャ」があるようです。さて、ジィジィさんにとっての山は、「モンテ」でしょうか、「モンターニャ」なのでしょうか。
 とにかく、これからの山男ライフ、楽しんでくださいね!

 それではまた来週。 

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