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第35回 『破局』 遠野遥著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、香織さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 まだまだアラサーだと思っていたのに、気づけばアラフォーに片足突っ込んでることに気がつき、時間の速さに驚いている今日この頃です笑
 でも、それもそのはず、職場で一緒に仕事する同僚が年下の後輩であることがだんだんと増えてきましたから。まあ、毎年、新人が入ってくるわけですからね。わたしもかつてはその新人のひとりだったわけですが。
 で、最近よく思うんです。

「最近の若者は何を考えているのか、よくわからんっ!」

 これって、時代の常、ですよね……。
 わたしも、いよいよ、そっち側の人間になっちゃったんだなぁ、なんて思いながらも、やっぱりわからない笑
 別に突拍子もないことを言ったりするわけではないんです。むしろ発言はまとも。真面目。でも、なんだかつかみどころがないっていうんでしょうか──。
 そんなとき、立ち寄った書店で、たまたま平積みして置いてある本に目が留まったんです。

 なになに、『破局』

 表紙には、作者本人と思しき若い男子の写真がカラーででっかく載っていて、みれば28歳、若い! どうやらこの作品で芥川賞をとったらしい。こういうときこそ、純文学かもしれない!?って、ふと思ったんです。
 文学は世の中を映す鏡だって聞いたことがあるし、とりわけ若い作家が書いた作品を読めば、いまの若者が何を考えているか、少しはわかるかも? まあ、そんなに期待せず、ちょっとした気まぐれにその本を買ってみることにしました。
 さっそく読み始めると、主人公はどうやら、母校の高校でラグビーのコーチをしながら、公務員を目指している大学生の男の子のよう。ここはひとつ、彼になりきって(コスプレして?)読んでみるか。そう思って、わたしはその先を読み進めました。
 すると──

 他人への共感能力に欠き、「正しさ」に執着する青年が破綻するまでを綴った『破局』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 のっけから笑いが止まりませんでした。
 ギャグ小説じゃないんですよ。この作品の主人公の「私」も基本的にはまっとうなセリフしか言いません。でも、そのセリフの前後にある心の声がマジやばい感じなんです。
 読み進めるうち、だんだんと見えてくるのは、彼の行動を律しているのが、世の中のマナーや礼節、法律、それから幼少の頃、父親から口酸っぱく言われた「女性には優しくしろ」というルールだということ。それを守るというのは、社会的な人間としては至極まっとうなはずなんだけれども、彼の場合は、そうした「正しさ」をどこか他人事のようにいちいち自分に言い聞かせているようなところがあって、主体性というか感情みたいなものがとても希薄。まるで、そう、ゾンビのよう。

 例えば、「私」が後に付き合うことになる灯(あかり)という女性と初めて出会い、一緒に入ったカフェで、彼女が「私」の鍛えあげている体に興味を示した時のシーン;

 割れた腹筋も見せてやろうかと思ったが、私と灯は初対面で、ここは公共の場だった。かわりに服の上から大胸筋を触らせてやると、灯は嬉しそうに笑い、それを見た私も嬉しかったか? (作中より引用)

 うんうん、カフェで服を脱いで腹筋を彼女に見せなかったことは正解だとわたしも思う。でも、それをわざわざ心の内で自分に諭すように唱えるなんてちょっと変わってる……。その上、嬉しそうに笑った彼女を見て、自分が嬉しかったかどうかをまさか自問しちゃってる。生真面目なゾンビ感がハンパありません。

 この小説を読んでからというもの、職場で後輩の男子と一緒にいると、彼らの言動に勝手に副音声をつけてしまうんです。そう、彼らの心の声を、あの「私」の語りで。
 例えば、先日ランチを一緒にした入社3年目の後輩くんがランチセットでついてきた食後のデザートをわたしにくれようとしたんです。
「先輩、よかったら僕の分もどうぞ」って。
 彼は甘いものが苦手なのかなと思いつつ、わたしは
「ありがとう。でも、いいの?」って訊ねました。
 そしたら、わたしの脳内では、彼の心の声が勝手にスイッチオン──
 このデザートは僕の好物だが、先輩が物欲しそうな目でこちらを見ている、ということはきっと欲しがっているのだろう、女性にはやさしくするのが当然であるし、やさしくすれば何か見返りもあるだろうから、ここはデザートを先輩に差しだそう。差し出すと先輩は嬉しそうな顔をしている。それを見て、僕もいま嬉しいのだろうか?
──思わず、ぷって吹き出してしまったら、後輩はテーブル越しに不思議そうにわたしのことを見ています。

 でも実は、この小説を笑って読んでいられたのは、中盤くらいまでだったかな。主人公の彼、主体性をもって取り組むことのできる数少ない活動だった高校生へのラグビー指導と恋人とのセックスで、だんだんと破綻をきたすようになっていくんです。そうして、最後には取り返しのつかない破局を迎えてしまう──。

「君さあ、何か悩み事があるんだったら、なんでも聞いてあげるから話してね。自分だけで抱えてちゃだめだよ?」
「え? どうしたんですか、急に」
 わたしはなんだかかわいい後輩の行く末が勝手に心配になってきて、そんな言葉を思わずかけていました。よく考えたら、気味の悪いおせっかいオバさんですよね笑
「ねえ、君さあ、『破局』って小説、知ってる?」
 もう開き直って後輩にそんなことまでダイレクトに質問している始末。すると彼は答えました。
「ああ、読みましたよ」
「えっ? 読んだの? どうだった? 主人公の彼に共感した?」
 わたしは思わずテーブルに身を乗り出して訊いています。
「いやー、まったく理解できませんでした。最近の若者は何を考えているのか、よくわかんないすよね?」
「えっ!?」
 わたしは思わず叫んでいました。
 なるほど、世の中、上には上がいるように、年下には年下がいるんですね……。なんだかもう何もかもがどうでもよくなって、わたしは後輩のくれたデザートをばくばくと貪っていました。
 ごちそうさま!

 香織さん、どうもありがとう!
 たしかに、小説を読むと、登場人物のマインドセットが自分の言動に影響を与えたり、あるいは、その登場人物に似た他人の言動を説明する材料になったりしますよね。そういう意味では、共感できない登場人物を読むほうが、実生活ではよりスリリングなフィードバックが得られるかもしれません。
 この小説は、たしかにぼくもぷぷって笑ったりしながら読んでいたのですが、終盤の破局に至ってみると、いまという時代が抱える「虚無」的なものの存在を考えさせられもしました。
 香織さん、お仕事がんばってくださいね。またお便りお待ちしています!

 それではまた来週。 

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