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【小説】ロックバンドが止まらない(62)


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「大丈夫だろ」そう神原は断言したかった。けれど、できなかった。

 今の自分たちにメジャーデビューの兆しはまだない。このまま何年もインディーズで活動していたら、それこそ佐川たちのように見切りをつけるタイミングが絶対に来ないとは言いきれない。きっと四人全員がそのことについて、一度は不安に思ったはずだ。だから、強く否定することは神原にはできるはずもなかった。

「……どうしてそう思うんだよ」という言葉が、口をついて出る。なるべく責めないような口調を心がけたのに、与木は目をかすかに伏せていた。

「いや、俺には詳しい理由は分かんないんだけどさ、でも佐川さんたちがなかなかメジャーに行けない状況に焦ってたのは、なんとなく分かるから。だって、今の俺たちもそうじゃんか」

「いやいや、俺たちと佐川さんたちはまだ比べられるような状況じゃないだろ。俺たち、まだミニアルバム二枚しか出してないんだし。そんな簡単にうまくいくわけねぇだろ。まだまだこれからだよ」

「でも、本当に才能があったりいい曲を作ってるバンドは、たった一枚アルバム出しただけで、メジャーから声かけられたりするだろ。俺たちとは違って」

 そう言ってくる与木に、神原はすぐに返す言葉を見つけられなかった。

 確かにインディーズで少し活動しただけで、メジャーから声をかけられるバンドはいる。本当に優れたバンドは、そこまで多くの作品や実績を必要としないのかもしれない。

 だけれど、何枚も作品を重ねてようやくメジャーデビューに漕ぎつけるバンドだっている。

 そして、神原は自分たちもそうだと信じたかった。一つ一つ積み重ねていって、いつかはレコード会社の目に留まる存在になる。そんな未来図を描きたかった。

「確かにそういうバンドもいるけどさ、でも全員がそうじゃないだろ。時間がかかってもメジャーデビューできるバンドだって、多くいるんだから。俺たちもそうなろうぜ」

「……お前は、それまで耐えられると思う?」

 ぽつりと呟かれた与木の問いは、神原の痛いところを突いた。

 バンドをすることや音楽を演奏することが嫌いになったわけではまったくないが、それでもなかなか前に進んでいると目に見えて分かるものがない現状が、いつまで続くのか。そう思わないわけでは、神原もなかったからだ。

 だけれど、神原はその思いに背を向ける。バンド活動が苦痛だなんて少しも思いたくなかった。

「そんなの耐えるも何も結果が出るまで、メジャーデビューするまで続けるしかないだろ」

「……そうだよな。ここでやめたら、今までやってきたことが全部台無しになっちゃうもんな」

 絞り出すように言った与木の声はか細くて、神原が抱く不安は晴れることはなかった。

 意地になって続けることは、必ずしもいいこととは限らない。もしかしたら今の自分たちは、他人の目からは音楽に固執して限りある人生を無駄にしていると映るのかもしれない。

 しかし、神原はそれでも自分たちは正しい道を進んでいると思いたかった。この道を歩いていった先には必ずメジャーデビュー、そしてその先の成功がある。

 そう信じでもしなければ、ままならない現実は神原の心を折るのに十分だった。

「まあさ、とりあえずは次のライブ頑張ろうぜ。ここで良いライブをすることで俺たちも成長できるし、回り回って俺たちを助けてくれるかもしれないだろ。やっぱ一つ一つ積み上げていくのが、遠回りに思えても唯一の道なんだよ」

 そう言った神原に、与木も頷く。表情から察するに、心の中で同じようなことを自分に言い聞かせているのかもしれない。

 二人の会話が小休止すると、タイミングを見計らったかのように、厨房からラーメンが提供された。「じゃあ、食べようぜ」と神原が言って二人は食事を始める。

 でも、食べている間も会話はあまり弾まなくて、神原は収まりの悪い思いを抱かずにはいられない。与木が口にしたことは、少し言葉を交わしてみても何も解決していなかった。

 それからも神原たちは次のライブに向けて練習をしながら、新曲を作る日々を送っていた。「FIGHT TERROR RHYMES」に収録されている曲は、ライブで披露するのはまだ三回目だから疎かにすることは当然できないし、今まで演奏してきた曲もライブで少しでもクオリティの高い演奏を披露するためには、まったく気が抜けない。

 与木たちもバンド練習を重ねていくうちに徐々に調子を取り戻してきていて、このままいけば少なくとも観客を失望させるようなライブにはならないだろうと、神原は感じる。

 数週間後に迫った次のライブに向けて、練習に集中する四人。だけれど、その中でも神原には一つ気がかりなことがあった。与木が新曲を作ってこなくなったのだ。

 それは佐川たちの解散が発表されたときからで、やはり与木の中でその衝撃が尾を引いていると、神原はどうしても思ってしまう。

 もちろん神原が作った曲についてはちゃんとリードギターを考えてきてくれているのだが、与木が自分で作った曲を持ってこなくなったことは、神原たちの間に確かな違和感として存在し続けていた。

 それでも、ライブイベントの日は予定通りやってくる。この日は神原たちが初めて訪れるライブハウスでのライブで、神原たちの出番は四組中二組目だった。悪くない順番に、神原たちの心は少しだけ落ち着く。

 この日のトップバッターは男性のシンガーソングライターだった。一人で、アコースティックギター一本でステージに立っている。自分にはなかなかできない芸当だと、神原は思う。

 そのライブは分かりやすく盛り上がっているとは言えなかったけれど、それでも掻き鳴らされるギターと感情がこもった歌声は、その男性の全身全霊をステージに捧げているようで、神原の心はぐっと掴まれた。観客もじっと聴き入っているだろうことを、楽屋にいながらにでも感じる。

 自分たちとは全然方向性が異なる演奏。だけれど、ライブハウスの雰囲気は良好で、男性は音楽に身を委ねる流れをしっかりと作ってくれていた。

 シンガーソングライターの男性のライブが終わると、転換作業を含めた幕間の時間帯が訪れる。それを神原たちは焦がれるような思いで、舞台袖で待っていた。少なくとも神原は一人ながら迫力があった男性のライブに当てられて、早くライブがしたいと思えている。

 フロアの照明が消え、ステージが白い光に照らされる。今までと変わらない登場SEに背中を押されるようにして、神原たちはステージへと足を踏み出した。

 観客から送られるまばらな拍手も、神原たちには一向に構わない。観客の多くは自分たちを受け入れようとしてくれる。そう感じられるだけで十分だった。

 登場SEを止め、神原たちはお互いの顔を見合う。そして、お互いに頷き合ってからタイミングを合わせて、一斉に最初の一音を鳴らした。

 それだけで神原には、自分たちの今日の調子が手に取るように分かる。少なくともまったく悪くはないことは、確かだった。

 自分たちのライブはひとまず成功したと言っていい。神原はステージを降りたときに、そう感じていた。

 観客の反応も上々だったし、自分たちの演奏もミスなくちゃんと揃っていた。それはインディーズとはいえ、人前でライブをするバンドの最低条件だったけれど、それでも今日のライブを見て自分たちに何かあったのかと思うような観客は、ほとんどいないだろう。

 神原は胸をなでおろす。佐川たちがまもなく解散するという事実は、少なくともライブをしている間は神原の頭からは外れていた。

 神原たちが年内最後のライブを終えると、月日はあっという間に流れた。神原たちが音楽活動よりもアルバイトに精を出していると、気づいたときにはその日になっていた。

 一年の終わりが間近に見えてきたその日、神原たち四人は再び下北沢駅に集合していた。少し言葉を交わすとライブハウスへ向けて歩き出す。とはいえ、今日の神原たちはほとんど手ぶらで、ライブをしに行くのではない。

 一二月二八日は、佐川たちのバンド・モントリオールが最後のワンマンライブを開催する、まさにその日だった。

 神原たちが開場時間の少し前にライブハウスに辿り着くと、すでにドアの前には行列ができていた。五〇人ほどの列の全員が、佐川たちの最後のライブを見に来たことが、神原には疑いようもなく分かる。

 最後尾に並び、開場時間を少し過ぎてから、神原たちはライブハウスに入った。そのときにはフロアには多くの人がいたし、神原たちの後にも続々と人は入ってくる。

 今日出演するバンドは佐川たちしかいない。ここにいる全員が佐川たちだけを目当てに来ていることに、神原は喜ばしさと一抹の寂しさを感じていた。

 ライブが始まる数分ほど前には、フロアは定員の八割ほどが人で埋まっていた。自分たちのライブでは経験したことのない人数に、神原は改めて佐川たちが獲得していた人気のほどを思い知る。

 ライブが始まる前のフロアは、今まで神原が味わったことのない独特の雰囲気に包まれていた。

 もちろん佐川たちのライブは見たい。でも、それは佐川たちの終わりが始まることを意味してしまう。

 だから、ここまで来ておいてライブが始まってほしくないという空気もフロアには確かに流れていて、神原たちはとても落ち着くことができない。

 神原の心臓はバクバクと鳴る。自分たちがライブをする前以上に。


(続く)


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