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2022年12月 読書記録

 あけましておめでとうございます。今日は、会社の人たちと伝通院に初詣に行ってきました。
 伝通院は、徳川家康の母親・於大の方の菩提寺です。今年の大河ドラマ『どうする家康』では松嶋菜々子さんが於大を演じるようですが、時代の波に翻弄されながらも、息子・家康の天下取りに大きな役割を果たした女性ですよね。伝通院周辺には、他にも徳川家ゆかりの女性の菩提寺がいくつかあるので、いつかまとめて紹介したいです。

伝通院の山門。2012年の再建。


 さて、去年の12月は、青空文庫から五作品とそれ以外の三冊を読みました。

塩野七生『ギリシア人の物語Ⅲ  新しい力』(新潮社)

 気分転換に読んでいた本。一巻の感想に「塩野さんも年齢には勝てないのか」的な大変失礼なことを書いてしまいましたが、杞憂でした。そういえば、「ローマ人の物語」も一巻はあまり面白くなかったっけ。ギリシア人の方も、巻を追うごとに面白くなっていき、この巻では、昔と変わらない語り口を楽しませてもらえました。
 ローマ建国を描いた、ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』は「戦争と一人の英雄を私は歌う」という文で始まるのですが、塩野さんも、戦争と英雄について語る時が最も楽しそう。この巻では半生を戦いに費やしたアレクサンドロス大王の生涯が描かれるので、生き生きとした文章になるのも当然かもしれません。
 それにしても、自分で書かれているように、組織に属さずに生きてこられた塩野さんは、「英雄願望があり、一見颯爽としているが、中身はなく…」みたいな人たちと出会わずに済んだのでしょうね。自分の名刺に「天下布武」とか勝手に書き加えるような上司の尻拭いばかりしていた私は、一人のアレクサンドロスの裏には、どれだけの自称・英雄がいるのだろうと余計なことを考えてしまいます(天下布武は、織田信長の旗印)。


『失われた時を求めて4 花咲く乙女たちのかげにⅡ』(高遠弘美訳 光文社古典新訳文庫)

 夜寝る前に20ページずつ読んでいる作品。後半に登場する娘たちの描写が良かったです。副題にある「花咲く乙女たち」にふさわしく、華やかで楽しげ、移り気で、時に残酷、時に思いやりにあふれた娘たち。個人的に、花が咲いていた時期もなく、乙女であった覚えもないので、郷愁ではなく、憧れの気持ちで読みました。…が、読み終えた後でウィキを見たところ、主人公が恋する乙女・アルベルチーヌのモデルは、プルーストと付き合いのあった男たちらしい(プルーストはゲイ)。男性をモデルにして、こんなに娘らしい人物像が出来上がるとは、男と女って、本質的にはそう変わらないのでしょうか。


リチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』(柴田元幸訳 河出文庫)

 何の予備知識もなく、Kindleのセールの時に柴田さんの翻訳ということで買ったもの。ザ・ポストモダン文学という感じの作品でした(1985年発刊)。美術館で見かけた写真に取り憑かれる青年の物語、写真に写った農夫たちの物語、二十世紀に起きた大小様々な事件の解説、ヴァルター・ベンヤミンを援用しながらの独白/評論部分など、何でもあり。サルトルの小説を読んだ時にも感じたけど、面白い小説は、その作品が書かれた時代の空気や思想を知らなくても面白く読めます。古典になるとはそういうことなのでしょうね。


 ところで、『失われた時を求めて』にはサラ・ベルナールがモデルの女優が登場し、『舞踏会へ向かう…』では、サラがキーパーソンとして登場します。本を並行して読んでいると、こんな風に人や事件がシンクロすることがたまにあり、だから、読書はやめられないと思うひと時。

青空文庫では、自然主義小説を五冊を読みました。

島崎藤村『新生』
田山花袋『蒲団』『田舎教師』
徳田秋声『黴』
正宗白鳥『入江のほとり』

 後で個々の感想文を書くかもしれないけど、ここでは全体の感想を。自然主義文学といえば藤村の名前がまず浮かびますし、『蒲団』も有名ですよね。でも、この五冊を読んでみて、有名な藤村・花袋よりも、秋声・白鳥の小説に強く惹かれました。
 藤村作品は、情景描写は素晴らしいけど、私小説なのに、自分のダークサイドを綺麗事でごまかしすぎ。また、ごまかさずに書いている部分は、自分の経験をそのまま書き連ねているように感じました。作者と主人公が分離していないというか。もしかしたら、私小説とはそういうものなのかもしれませんが…。

 花袋の『蒲団』は面白いけど、習作レベルかな。振られた彼女の蒲団のにおいをかいで泣くという有名なシーンゆえに敬遠している方もいらっしゃるかもしれませんが、戯画的な描き方なので、嫌悪感なく読むことができました。「自然主義小説を一冊ぐらい読んでみたい」と思う方には、気楽に読めて読後感も悪くないこの作品がおすすめです。
 『田舎教師』の方は、花袋が知っていた青年をモデルにしているためか、私小説的な自然主義作品とは雰囲気が異なります。田舎…といっても、埼玉県の熊谷・行田・羽生あたりが舞台なのですが、東京とは違う「田舎」の人たちの暮らしぶりが詳しく描写されており、明治期の庶民史の史料としても使えそう。内容は、割と普通の苦い青春小説でした。

 徳田秋声の『黴』は、藤村と似た作品ーー特に好きでもない女性と性欲や惰性で関係してしまう男のダメっぷりを描いているのだけど、描写がリアルで引き込まれました。リアルといっても、藤村とは違い、徳田秋声は、自分の経験に基づいていながらも、それを文学として昇華させている気がします。後日、後期に書かれた長編小説も読む予定。

 『入江のほとり』は四作品の中で最も短い小説ですが、農村で無為に暮らす青年の心情が、自分の若い頃と重なるように感じる作品でした。時代も境遇も違うのに、そう思えるだけの普遍性のある小説なのかな。短い小説なので、無為に澱んだ青年に共感できる方は、ぜひ読んでみて下さい。白鳥の小説をもっと読んでみたいのですが、青空文庫には『何処へ』等の代表作がなく、Amazonで買えるのは評論だけ。残念。評論をまとめたのが故・坪内祐三さんということからも、白鳥の人柄が何となくしのばれます。

 noteで青空文庫の作品を紹介しようと考えていなければ、藤村の作品だけ読んで「自然主義文学って、私には合わない」と切り捨てていたと思うので、良い作品と出会わせてくれたnoteに感謝です。
 今年も、気の向くままに小説を読み、noteに感想を書いていければいいなと考えています。


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