見出し画像

松下幸之助と『経営の技法』#114

6/8 経費の使途
~経費が有効かつ適切に使われていない場合、その会社、商店の経営は必ず失敗に終わる。~
 会社、商店の経営にあたって心得るべきいろいろのことがあるが、そのうち最も心しなければならぬことは経費の使途についてである。経費が最も有効適切に使われている会社、商店は繁栄するが、反対の場合は必ず失敗に終わる。
 一枚の伝票、一通の郵便物、一本の電話のかけ方などにムダがあるようでは、自然それが製品原価の上に響いて、売価が高くなり、ついに販路を狭められ、商売が成り立たなくなる。よしんばそうした製品を買ってくれるにしても、そのような放漫な経営による原価格の負担を需要者に課するようなやり方は、社会を毒するもので、その存在が必要でないことになる。
 どこまでも真摯に怠らず、検討努力し、よりよき品をより安き値段で社会に提供することができてこそ、産業の本旨に沿うものであり、我々はぜひかくあらねばならない。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここで示された会社は、価格と品質で競争する会社の原価モデルでしょう。一円でも、一銭でも原価を下げようと日夜努力している製造業の現場の様子が伝わってきます。
 しかもこれほど細かい経費削減は、大きな会社ほど重要になってきます。母数が大きいだけに、一つひとつのムダが小さくても、積み重なればバカにできない金額になるからです。
 他方、大きな会社になるほど、経営者の目の届かないところが多くなり、あるいは人間心理として安きに流れることから、規律が緩くなりがちです。
 ところで、松下幸之助氏は、別の機会(例えば当連載#112、6/6の金言)では、規律がきつすぎると自由な雰囲気が無くなり、組織が停滞することに警告を鳴らします。ここでの発言と反対に、非常に自由を重んじる発言もしています。
 これは、そのどちらが正しいのか、という選択の問題ではなく、対立する要請の調和点を常に模索し続けるべき、バランスの問題であることによります。もちろん、例えばこの自由と規律の関係について、最初は規律を重視して社内を引き締めた後に、自由な発想を奨励し、蓄えたエネルギーを開放するように、対立する要請を調和させる方法は、必ずしも同時に両立させるだけでなく、時間的に前後して組み合わせる方法もあります。後者は、経営学上、「ゆらぎ」と称されるもので、その有効性はかなり以前から認識されているものです。
 このことは、論語の研究でも指摘されるところです。
 すなわち、孔子の言葉をまとめたのが論語ですが、孔子の言葉には一見矛盾するようなものが含まれていることについて、どちらが孔子の真意なのか、等と議論される場合があります。これに対しては、この両方の言葉を含んだ上位概念こそが、孔子の理想とするものである、という解釈手法が主張されているのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、ここで松下幸之助氏が実際に行っているように、規律をしっかりと引き締めることができることが必要です。特に大きな会社になるほど、規律が乱れて統制が取れなくなれば、組織としての力が発揮できなくなっていくからです。
 他方で、そのことで現場の活力が失われるようでは困ります。対立する要請にも、それを排除するのではなく、積極的に取り込んでいき、意欲的に両立を目指してもらわなければなりません。
 さらに難しいのが、このように二兎を追うと、両方とも中途半端になりかねない点です。一人で心のバランスを取るのですら大変なのに、それを組織レベルで、しかも両方とも中途半端ではない形で実現するのですから、経営者の資質と責任が重要になるのです。

3.おわりに
 両立しない要請を調和させなければならない問題は、規律と自由以外にも、沢山あります。他人を使うことが経営だ、と言われますが、結局は他人です。それも、人数が多くなるほど多様な利害関係が積み上がっていきます。その調整にばかり気が向くと、社内調整や社内政治ばかりになり、他方、強権を発動して一体性を無理強いすると、多様性が損なわれます。
 かように、リーダーは大変なことなのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,798件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?